桜の勇者~異世界召喚されたら聖剣に選ばれ、可憐な少女が自分を頼ってくるので守ることにした~

和美 一

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第1章:辺境の村、カウニカ

第18話:ドラセナの力

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 想獣王の太い前足がドラセナに向かって伸ばされる。

 その鋭い爪は一本一本が剣のように研ぎ澄まされており、この一撃を喰らえば重症は必至。

 逃げて下さい、ドラセナさん、と倒れ伏したままのイヴは心の中で叫ぶもそれが間に合いそうにない。

 イヴは八つ裂きにされるドラセナの姿を幻視した。その時だった。イヴは我が目を疑った。ドラセナの全身があわい光を帯びた。

 小さな体躯を覆う光は聖桜剣と同じ薄紅色の輝きを放っていて、その光は想獣王に向けて放たれる。

 繰り出されていた想獣王の前足を光は包み込む。直後、想獣王の前足が胴体から千切れて宙空を舞った。

 巨大な物体が地面に激突し、轟音が響き渡る。その音にも負けない想獣王の絶叫が辺りに響き渡った。

 その様子をイヴは呆然と見守っていた。

 今、何が起きた? ドラセナさんの体から明らかに想力と思われる力が発生し、想獣王の足を切断した。ドラセナさんは何か幻想具を持っていたのか? そんな風には見えなかったが……? イヴの困惑を掻き消すように「ドラセナ!」と声が響く。

 黄金の光を帯びた聖桜剣を持ったナハトが想力で強化された脚力で人間離れした大ジャンプをして、こちらに向かってきているところだった。胸に想獣王との戦いで負った傷を抱えているが、行動に支障はないようだ。

 「ナハト!」とドラセナが叫ぶ。ドラセナの側に降り立ったナハトはドラセナを守るようにその前に立ち、黄金の剣を構える。

 片足を失った想獣王ではあるが、残る三本の足で巨体を立ち上がらせ、「グルル……!」と怒り心頭の様子で唸る。

 想獣王はナハトとドラセナに向かって突撃の姿勢を取る。ナハトも両手で聖桜剣を構える。

 想獣王が地を蹴ったのとナハトが地を蹴ったのはほぼ同時、ナハトは地を蹴り体を跳ねさせ、想獣王の頭部に向かって思いっきり黄金の剣を振り下ろす。

 黄金の光刃が想獣王の巨大な頭部に食い込み、肉を断つ嫌な感触と共にその頭部を斬り付ける。

 そのまま斬り抜け、ナハトの体が大地に着く。想獣王の絶叫が響き渡る中、最後にナハトは黄金の刃の切っ先を想獣王の体に向け、両手で持って駆け出す。

 疾駆する勢いを乗せた光刃が想獣王の体を串刺しにし、ついに想獣王は地面に倒れ伏した。

 そこら中の傷から赤く輝くラプラニウム鉱石がこぼれ落ちる。

 想獣王の死体はもはや動くことも唸ることも叫ぶこともなく、地面に倒れ伏している。

 油断なく聖桜剣を構え、その様子を伺っていたナハトだったが、想獣王の死を確信したのか安心した様子で警戒を解き、ドラセナの方に向き直る。



「ドラセナ! 大丈夫だったか!?」

「……うん、ナハト。助けてくれてありがとう」



 ドラセナは微笑を浮かべてナハトの言葉に答える。ナハトの表情にも笑みが浮かぶ。

 だが、ドラセナの表情には明確な疲れの色が見て取れた。それをナハトは凶悪な想獣に襲われたから疲れたのだろう、と受け取った。

 戦いはもはや終わりに近付いているだろう。大挙して押し寄せて来た想獣たちはほとんどが倒され、それらを率いていた想獣王も今、ここで死に様を晒している。

 とはいえ、まだ想獣は残っている。ナハトはイーニッドたちが戦っている方角に視界を向けた。



「まだちょっと想獣が残っている。俺はそいつらを倒してくるからドラセナはここに残っていてくれ」

「でも……」



 ドラセナが少し不安げな顔をする。「大丈夫」とナハトは笑った。



「もうドラセナを襲うような想獣はいないよ。あと少しだけなんだ。ちょっとだけ行ってくるから待っててくれ」



 その言葉にドラセナは「……わかった」とコクリと頷いた。ナハトも頷く。



「……でも、ナハト、怪我してる。大丈夫?」



 ナハトの胸、ここに来る前の戦いで想獣王に斬り裂かれた切り傷からは血がしたたっている。おそらく聖桜剣の想力を纏い防御力を強化していたナハトだからこそこの程度の傷で済んだのだろう。普通の人間が喰らえばもっと深い傷になるか、最悪、体ごと真っ二つになっているところだった。しかし、その傷を見てドラセナは不安げな視線を寄せる。「大丈夫」とナハトは笑った。



「これくらいの傷、なんともないさ。後でイヴに治してもらうよ」

「うん、分かった。ナハト、気を付けて」

「ああ」



 ナハトはそう言うと、残りの想獣を倒すため駆け出して行く。

 その様子を見守っていたイヴだったが、腑に落ちないものはあった。

 さっきドラセナさんは何をした……? 想獣王の前足を切断したのは桜の勇者であるナハト様ではない。

 聖桜剣を持つナハト様でも苦労しそうなことを、ドラセナさんはやってのけたのだ。それからしばらくして村人たちの勝利の歓声が聞こえてきてもイヴの中で疑問は強く残っていた。









 祝勝会であった。

 あれから村から逃げていた人たちも戻ってきて想獣の群れの撃退をみんなして祝った。

 そんなに豪華な料理は用意できなかったが、出来る限りの料理と酒を持ち出して村の中心部で勝利を祝う宴会が開かれた。

 その主役となったのは当然、想獣の多くを狩り、想獣を率いていた想獣王をも討ち取った桜の勇者、ナハトである。

 あまり目立ちたくないんだけどな、というナハトの思いとは裏腹に村人たちは口々に桜の勇者を称え、半ば無理矢理に多くの料理を食べさせられた。酒の類は未成年なのでなんとか勘弁してもらった。

 想獣王との戦いでナハトが負った傷はイヴの治癒杖キュアで治してもらったが破れた服までは直せないので名残惜しいものをやむを得ず元の世界からの付き合いの上着をナハトは捨て、現地の上着に着替えていた。

 既に日は落ち、辺りは宵闇に包まれているが、勝利を祝う宴は少しも終わりを見せる気配はない。

 そんな中、自分を称える人の群れからなんとか抜け出してきたナハトは仲間たちと合流した。「ナハト、お疲れ!」とイーニッドが笑う。「全く、大変だったよ……」とナハトは想獣たちと戦った時よりも疲れの色を色濃く顔に出し、ぼやく。



「みんなして俺のことを桜の勇者だ、救世主だって囃し立てて……俺はそんなに立派なものじゃないってのに」

「ううん。ナハトは十分、立派だよ」



 そんなナハトにドラセナも笑顔を向けてくる。

 仲間たちの中に戻ってからは村人たちのどんちゃん騒ぎも少し遠くに聞こえる。



「そうだな。ナハト殿がいなければドラセナ様は想獣王に殺されているところだった。本当に感謝している」



 グレースも慇懃にそんなことを言う。ナハトは謙遜して「いや、そんなことはないよ」と笑った。



「イーニッドやグレースが雑魚の想獣の相手を引き受けてくれていたから間に合っただけさ。それにイヴが想獣王の片足を切断してくれてドラセナを守ってくれていたみたいだし……」



 そう言って、イヴの方を見る。そこには宴の場に似合わない真剣そうな表情のイヴがいた。そういえば、この宴の間、イヴは静かだな、とナハトは思った。



「私は想獣王の前足を切断したりなんてしていません」



 その声は冷ややかでさえあった。彼女らしからぬ冷たい口調に「え?」とナハトは声をもらす。

 「あれをやったのはドラセナさんです」と続いて告げられた言葉はナハトには信じ難い言葉だった。「ドラセナが?」と言い、ドラセナの方を見る。

 ドラセナは無表情になっていた。再びイヴの方を見る。



「いや、そんなの無理だろ? ドラセナは幻想具を持っていないんだぞ? それなのに聖桜剣でも斬り裂けない想獣の前足を斬り飛ばすなんて……」

「聖桜剣でも斬り裂けない足を、私の治癒杖ごときで斬り裂けるとお思いですか?」

「それは……」



 たしかにその通りだった。ナハトがドラセナが想獣王に襲われている現場に到着した時、既に想獣王の片足はなくなっていた。

 だから、その場にいた幻想具を持つイヴがなんとかしたんだろうと思ってはいたが……。イヴは真剣な表情でドラセナの方を見る。

 ドラセナは気まずそうに視線をそらしたが、それを許さないとばかりにイヴは「ドラセナさん」とドラセナの名を呼ぶ。ドラセナの目がイヴの方を向いた。



「貴方は、何者ですか?」



 イヴの言葉にシンと場が静まり返る。訳が分からないといったナハトとイーニッド。何かを堪えるようなグレース。真剣な表情のイヴと気まずそうな表情のドラセナ。



「私はたしかに見ました。ドラセナさんの体が聖桜剣と同じ薄紅色の輝きを帯びて、その輝きが想獣王の足を切断したのを」

「なんだって……!?」



 ナハトは驚愕する。そんなことが起きたというのか? しかし、ドラセナは幻想具を持っていないのだぞ? それなのに何故、そんな真似ができる?

 ドラセナの目が泳ぐ。だが、イヴの追求はまだ続いていた。



「ドラセナさん。貴方は以前、ゴルドニアース傭兵団に拉致された理由を私とナハト様に訊かれて話せないと答えました。ひょっとしたらこれがその理由なのではないですか?」



 悲痛な表情を浮かべるドラセナ。それを見るに見かねたのか「それは……」とグレースが口を挟もうとする。

 おそらくグレースは事情を知っているんだろうな、とナハトでもなんとなく分かった。「ううん。グレース。いい」とドラセナがグレースの言葉を遮る。



「わたしが話す。わたしのことだから」



 そう言ったドラセナの表情は決意を秘めた毅然としたものだった。やがて、ドラセナは少しの間を起き、ついに口を開いた。



「わたしは普通の人間じゃないの」



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