桜の勇者~異世界召喚されたら聖剣に選ばれ、可憐な少女が自分を頼ってくるので守ることにした~

和美 一

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第1章:辺境の村、カウニカ

第19話:ドラセナの告白

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「わたしは普通の人間じゃないの」



 最初、そのドラセナの言葉が理解できなかった。それくらい唐突で突拍子もない言葉だったからだ。呆然とするナハトをよそにイーニッドが「え~!?」と声を上げる。



「何を言っているんだ、ドラセナ? ドラセナは普通の人間だぞ?」



 無垢な瞳でイーニッドがドラセナを見る。ドラセナは、しかし、申し訳なさそうに首を横に振った。



「ううん。違うのイーニッド。わたしは普通の人間じゃない」



 再度、そう断言する。この頃には少しは余裕を取り戻していたナハトも「どういうことだよ……?」と疑問を口にする。ドラセナはアメジストの瞳でナハトを見て、「ナハトにだけは知られたくなかったんだけどね……」と悲しそうにこぼした。「ドラセナ様……」とグレースも悲痛な表情を浮かべる。



「わたしの体の中には想力があふれている」



 ドラセナはそう言って、自分の胸に両手を当てる。



「わたしは幻想具なしで想力を行使することができるの」



 それがどれくらい凄いことなのか。現地人ではなく、今ひとつ幻想具や想力といったものに理解の薄いナハトには分からなかった。だが、イヴは表情を変えて、驚愕の意をあらわし、イーニッドですら目を丸くしている。



「そんなバカな!? 幻想具なしで想力を使える人間などいるはずがない!」

「……ええ、普通はあり得ないことですね」



 イーニッドとイヴの言葉。その後、イヴが「ですが」と言葉を続ける。



「それならあの現象も、想獣王の前足を切断した現象も納得です。ドラセナさん、貴方にはそういう特別な力があるんですね」



 納得がいった、と言うようにイヴは頷く。



「それだけの力を持っているのなら、その力目当てに拉致されるのも当然です。ドラセナさんを意のままに操ることができれば、事実上、無限の力が手に入るも同然なんですから」



 イヴの指摘にドラセナは悲痛そうな表情を浮かべる。「ちょ、ちょっと、待ってくれよ!」と口にしたのはナハトだ。



「幻想具なしで想力が使える!? それがそんなに凄いことなのか!? 普通の人間じゃない……なんて言うくらいに……」



 ナハトの言葉にイヴは少し黙り込み「異世界人であるナハト様には理解しがたいことでしょうね」と口にした。



「ですが、これはそれだけ大きなことなのです。どういう原理かは知りませんがドラセナさんはラプラニウム鉱石を材料とした物だけが生み出せる想力を行使することができる。これだけの大きな力を持っているのなら、放って置かれるはずがありません」

「け、けど……それじゃ、おかしくないか!?」



 イヴの説明に対し、ナハトは疑問を述べる。



「そんな力があるのならそもそもさらわれることもなかったんじゃないのか? さらわれても俺の助けなんか借りずに自力で逃げ出せれたんじゃないのか?」



 その疑問に答えてくれたのはグレースだった。



「ドラセナ様は自らの力を自由に使える訳ではない。おそらく想獣王の前足を切断したというのも危機的状況に陥ったが故の偶発的なものだろう」

「そ、それじゃあ、俺をこの世界に呼び寄せたのも……!?」

「うん」



 ナハトの言葉にドラセナは申し訳なさそうに頷く。



「多分、わたしの力が暴走した結果。偶然、ナハトという存在をこの世界に呼び寄せた」

「偶然……」



 思わず絶句する。いきなり日常の世界から訳の分からないファンタジーな世界に呼び寄せられた。それが偶然だというのか……。その言葉に少しのショックを受けたナハトは黙り込む。そんなナハトに構わずイヴは語り始める。



「ナハト様をこの世界に呼び寄せた時点で何かあるだろうとは思っていましたが……想力を生み出すことができるとは……。それならば想力機の原動力にもなりうるでしょうね」



 その言葉にはナハトも聞き覚えがあった。たしかラプラニウム鉱石の生み出す想力を原動力として動くカラクリ――機械。



「想力機には様々なものがあります。それこそ想力を直接、相手に射撃するような危険なものも」



 イヴは一拍、置いて続ける。



「ですがこれらの想力機は慢性的な欠陥として動力源のラプラニウム鉱石の不足を抱えています。そこにドラセナさんから発せられる想力を何らかの形でつなぐことができれば、それは凄まじいことになるでしょう。永久機関の誕生です」



 永久機関。そんなものを生み出してしまえる程にドラセナの持つ力は凄まじいものがあるのか。ここまで来ると薄々ながらナハトにもドラセナの凄さが分かってきた。思わず、ドラセナを見る。ドラセナが悲しそうな顔をした。



「王都でわたしのこの力を知った人はみんな、わたしのことを恐ろしいものを見るような目で見るようになった。例外はグレースくらい。だから……知られたくなかった……!」



 ドラセナのその言葉は半ば涙声になっていた。ドラセナは顔を伏せ、言葉を続ける。



「みんな黙っていてごめん……わたしがこんな力を持った化け物だなんてこと、黙っていてごめん」



 否、涙声どころではない。ドラセナは泣いていた。涙をポロポロとこぼしながら、悲しみの声を紡ぐ。



「わたしを狙うのは多分ヴァルチザン帝国やゴルドニアース傭兵団だけじゃない。もっと沢山の勢力がわたしの力を狙う。だから……」



 それ以上は言うな! ナハトは本能的にそう思った。だが、ドラセナはそこから先の言葉を口にする。



「この旅は、ここで終わりにしよう。わたしはグレースと二人きりで王都に戻る。みんなを巻き込みたくはない。みんなに迷惑をかけたくない」



 言うんじゃない! ナハトは内心で叫んだ。この旅がこれで終わりだなんて、自分たちと彼女の物語がこれで終わってしまうなんて、そんなこと絶対にあってはならないことだ。絶対に認められないことだ。



「……みんなとの旅は楽しかったよ。ありがとう」



 ドラセナはそう言い切ると周りから逃げ出すように「それじゃ、さよなら」と言い駆け出して行ってしまった。

 後を追おうとしたナハトだったが、ドラセナが背負っているものを感じ取るとなんだか気後れしたような感じになってしまって、足が止まってしまった。

 幻想具なしで想力を使える力。

 それはたしかに恐ろしい力だろう。

 ナハト自身、幻想具の凄まじさ、想力の凄まじさは身にしみて分かっている。

 ナハトは腰の聖桜剣を見る。この剣があるから自分は想獣や想獣王なんて言う恐ろしい化け物たちと戦うことができたのだ。 この剣、幻想具から発せられる想力を全身に纏うことで始めてそれが可能になる。

 今はドラセナもその力の制御ができていないという話しだが、将来的には……? もし完全にドラセナが自分の中の想力を完全に制御することができたのなら、それはたしかにとんでもないことだ。

 そんな力が自分に宿っているというのは、嬉しいと思う人もいるかもしれない。だが、ドラセナの性格を考えるにそれは、とんでもなくつらいことだろうと思う。

 ドラセナはあの幼気な表情の下にそんな重みを背負って生きてきたのだ。

 自分はそのことを一切、知らなかった。ドラセナは俺が守るんだ、と息巻いてその実、彼女のことを何も知りもしなかった。

 そんな現実に直面し足が止まってしまったのだ。

 そんなナハトを叱責するように「ナハト様!」とイヴの声が飛んだ。



「何をボーっとしておいでですか! 早くドラセナさんを追いかけてください!」

「で、でも……俺は……」



 ドラセナのことを何も分かっていなかった。そう言おうとしたナハトを叱るようにイーニッドが言う。



「ドラセナを説得できるのは、多分、ナハトだけだ。このままじゃ、本当にここで旅は終わってしまうぞ? それでナハトはいいのか? わたしはそんなのは嫌だぞ!」



 普段は脳天気な癖にこういう時は的を射たことを言う。イヴとイーニッドの言葉を受けて、ナハトはグレースを見た。「ドラセナ様を頼む」とグレースは端的に告げた。

 そうだ、とナハトは思う。ドラセナとの旅がこれで終わりなんて、そんなことはあってはならないことなんだ!

 ドラセナを説得しなけばならない。その思いを胸にナハトはドラセナの後を追って、駆け出した。

 ドラセナ・エリアス。

 ナハトがこの世界に召喚され、夜の森で出会った可憐な少女。

 少し浮世離れしたような印象があって、性格は淡白なようであって、その中に何よりも優しさを秘めた女の子。

 あの夜、全ての現実に空虚さを感じていたナハトに熱を、命を吹き込んでくれた女の子。

 その女の子が泣いていた。自らの力ゆえに仲間たちに別れを告げようとしている。そんなこと許されるはずがない。絶対に許されるはずがない! その思いは強く、強く、ナハトの中で芽生える。

 その思いを胸にナハトは駆けた。ドラセナの後を追って、駆け出した。

 幸い、ドラセナの脚力はそう速くない。

 すぐに追いつくことができた、というよりドラセナは村外れでたたずんでいてた。何も言わず夜空を見上げてた。夜の空には月と満天の星。

 ナハトがいた現代社会と違い、この世界では星々がよく見ることができる。その美しい光景に目を奪われているようにドラセナは静かに、空を見上げていた。

 そんなドラセナの側に近寄る。気配と足音から向こうもナハトが来たことを察したようだった。また逃げられるかな、と思ったが、そんなことはなくドラセナは静かに「何しに来たの」と呟いた。「ドラセナと話をしにきた」とナハトは告げる。ドラセナは僅かな沈黙を返し、その後、「話なんてない」と冷たく言い放った。



「わたしとみんなの、ナハトとの旅はここでおしまい。わたしたちはもう会うことはない」

「そんな……そんなのあんまりだろ……?」

「わたしみたいな化け物と一緒に旅をするよりはそっちの方がナハトのためでもある。もうわたしに構わないで」



 自分を卑下したドラセナの態度。

 そんな態度が我慢ならなかった。彼女にそんな態度は取ってほしくなかった。

 ナハトは「化け物なんて言うなよ……」と口に出していた。えっ? とドラセナがここに来て始めて顔を向けてくる。そのアメジストの目は涙に濡れていた。



「俺にとってドラセナは化け物でもなんでもない。普通の女の子だ」



 真摯な瞳でドラセナを見る。

 そうだ。ドラセナは化け物なんかじゃない。

 人並みに喜んで、悲しんで、怒って、恥ずかしがって、全てにおいて普通の女の子だ。

 幻想具なしで想力を操ることができる? それがなんだと言うのだ? そんな力、些細なことではないか。

 そんなものよりドラセナという人間本人のことの方が重要だ。そして、これまでの旅で見たドラセナはどう見ても普通の女の子だった。

 だから確信を持ってナハトは口にする。



「ドラセナは化け物なんかじゃない」



 真摯に思いを込めて、ドラセナに言葉を伝える。アメジストの瞳から流れる涙はいつの間にか止まっていた。



「……でも、わたしと一緒にいるとナハトに迷惑がかかるよ。色んな人たちがわたしの力目当てにやって来る。そうしたらナハトに迷惑がかかる」

「俺はドラセナと一緒にいることを迷惑だなんて思わない。最初に会った時に言っただろうドラセナは、俺が守る。俺がドラセナのことを守ってみせる」



 ひたすら真摯に、ナハトは言葉を紡ぐ。自分の中の思いを、全て愛しい人に伝えるように。



「ヴァルチザン帝国? ゴルドニアース傭兵団? はっ、俺を誰だと思っているんだ? 俺は桜の勇者、ナハト・カツラギ様だぜ? どんな奴らがドラセナ目当てに襲ってきても蹴散らして、追い返してやる」



 ナハトは真っ直ぐにドラセナのアメジストの瞳を見つめる。闇夜に美しく輝くアメジストを。



「だから、終わりなんて言うなよ。俺はもっとドラセナと一緒にいたい。一緒に旅を続けたいんだ。約束しただろ? 王都までドラセナを送り届けるって」



 最後に懇願する。こればかりはドラセナが決めることだからだ。

 自分が何を言っても彼女が自分たちとの旅をやめると言ったら、それに従わざるを得ない。

 自分がドラセナと一緒にいたいというのは自分のワガママだ。だから、彼女の意志を踏みにじることまではできない。

 それでも、ナハトはドラセナと一緒の旅を続けたかった。これで終わりなんてことは絶対に嫌だった。

 もっとドラセナのそばにいたい。彼女と一緒に色んなところを見てみたい。

 そうだ。自分たちの旅はまだ始まったばかりじゃないか。聖域付近の森で出会って、イヴの家に行ってそこから平原を歩いて森を抜けて、この村に来た。

 たった、それだけだ。俺たちはまだそれだけしか一緒に時間を過ごしていない。

 それだけで終わりなんてあんまりだ。自分はもっと一緒にドラセナといたい。ドラセナと一緒に色んな場所を見て回りたい。

 この国の王都も見たいし、鉱山都市ラグリアというところも見てみたい。イヴが言った想力機とかいうものも見てみたい。ドラセナと一緒に世界を見て回りたい。その思いを込めてナハトはドラセナを見る。



「頼む、ドラセナ。俺たちとの旅をこれで終わりにするなんて言わないでくれ」



 真摯に言う。ドラセナは逡巡した様子を見せた。

 彼女の決意が緩んでいる。自分の思いが届こうとしている。その感触を感じ取る。



「で、でも……ナハトはよくてもイヴやイーニッドは迷惑だと思うよ……わたしなんかと一緒にいたら……」



 アメジストの瞳を泳がせて、ドラセナは逃げるようにそう言う。



「みんな、そんなことは思わない。ドラセナと一緒にいることを迷惑だなんて思うヤツは俺たちの仲間にはいない」

「本当に、そう……?」



 すがるようにドラセナが見つめて来る。「ああ、そうさ」とナハトは断言した。「ドラセナ」と万感の思いを込めて彼女の名を呼ぶ。



「お前は、俺が守る。だから俺と一緒にいてくれ。これは俺の願いだ」



 願い、とドラセナが言葉をオウム返しにする。

 その瞳は揺れている。ドラセナはまだ逡巡してる様子だった。そんなドラセナの手をナハトは取り、顔を近付ける。

 いきなりのことにドラセナの頬が朱色を帯びる。ナハトは思ったままのことを、ドラセナの目をしっかり見たまま、言った。



「俺たちと一緒に旅をしよう、ドラセナ。決して、ドラセナに嫌な思いはさせない」



 ナハトの言葉にドラセナは目を見開き、そして、「……分かった」と小さな声で言った。



「みんなと一緒に旅をする……ナハト、お願いしてもいい? これからもわたしを、守ってくれる?」



 ドラセナの問い。そんなの考えるまでもないことだった。



「ああ。何度も言ったろ? お前は俺が守るって。絶対に守ってみせる」

「分かった。……ありがとう、ナハト」



 ドラセナはそこで始めて笑みを浮かべた。美しい、とナハトは不躾にもそんなことを思う。

 そうして、手を繋いだまま、みんなのところに戻る。イヴやイーニッド、それにグレースはこうなることは分かっていたとでも言うようにしたり顔でナハトとドラセナを出迎えてくれた。



「みんな……わたし、みんなと一緒の旅を続けることにする。……勝手なことを言って、ごめん」



 ドラセナはそう言って頭を下げる。



「勝手なことなんかじゃありませんよ」とイヴは微笑み、「これでいつも通りだな!」とイーニッドは笑う。「一件落着、といったところでしょうか」とグレースも穏やかな表情だ。

 よかった……。そう万感の思いでナハトがいると「ナハト……」とドラセナの声が耳朶を打った。



「いつまで手を繋いでいるの?」

「あ、ごめん」



 そう言えば、繋ぎっぱなしだった。ドラセナも恥ずかしいだろう。さっさと手を離そうとしたナハトは「いや、やっぱり、いい」という恥ずかしそうなドラセナの声に動きを止めた。



「もう少し、ナハトと手を繋いでいたい。……ダメ?」



 アメジストの瞳で上目遣いに見られる。ナハトは顔が紅潮するのを感じながら「い、いや、そんなことはないけど……」となんとか言葉を紡ぎ出した。握った手の感触。それはやわらかくて、あたたかかった。「あらあら」とイヴが悪戯っぽく、笑う。



「お熱いことですね~。羨ましいです」

「羨ましぞ! ドラセナ! わたしもナハトと手を繋ぎたい!」

「ナハト殿。ドラセナ様に手を出すのは許さんぞ……?」



 周りから色々な目で見られながら、月と星の下、ナハトはドラセナと手を繋ぎ続ける。その感触にしばらくは身を委ねてもいいか、とナハトは思った。

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