桜の勇者~異世界召喚されたら聖剣に選ばれ、可憐な少女が自分を頼ってくるので守ることにした~

和美 一

文字の大きさ
54 / 87
第4章:交易都市ペルトーセ

第53話:戦い、終えて

しおりを挟む
 治癒杖キュアのあわい光がアイネの体を包んでいく。アイネの体中に刻まれた切り傷はふさがり、流れる血も止まる。光線が命中したことによる火傷の跡も治癒し、荒い息遣いだったアイネの呼吸も安定し、アイネは「ふぅ……」と安堵の吐息をもらす。



「ありがと、イヴ。助かったわ」



 キュアによる治癒は生身の傷はふさがっても服の損傷は直らない。

 トレードマークの赤いコートをボロボロにして、アイネは立ち上がった。



 「いえいえ、大したことはありませんよ」



 イヴは笑う。あれからしばらく経ち、想獣をおおむね撃退したということで他にみんなも屋敷に帰ってきたのだ。

 想獣たちと戦っているナハトたちの元にベネディクトゥス家が襲われているという伝令が来て、ナハト一人が先行して戻ってきたが、他のみんなも想獣たちとの戦いに一区切りついたら帰ってくるつもりだった。

 他の面子が帰ってくると、まず真っ先にイヴに声をかけ、傷つき、倒れているエイブラム卿とアイネの治療をお願いしたところだ。

 イヴがいない状態でも傷を負っているエイブラム卿とアイネを放置する訳にはいかず生き残っている使用人の人に声をかけて包帯を巻く等して出来る限りの応急処置を施していたのだが、やはり治癒杖キュアでの治療は格別のものがあった。

 まずエイブラム卿を治療し、その後、アイネを治療した。ほとんど一瞬の出来事だったのにエイブラム卿とアイネはもう包帯もいらない程度には回復していた。

 「いやはや、イヴ殿は凄いな」とエイブラム卿が笑みを見せる。「いえ、大したことはありませんよ」とイヴは謙遜して笑う。何はともあれ二人に命に別状がなくてよかった。

 そんな思いでナハトがエイブラム卿とアイネの親子を眺めているとアイネの視線がナハトの方を向いた。そして、申し訳無さげに瞳が伏せられる。「ごめん、ナハト」と声がしたのはそのすぐ後だった。「えっ?」とナハトがアイネを見る。



「アタシ、あのゴスロリ女に勝てなかった……ドラセナを守るよう言われていたのに、守れなかった……」



 そう言ってうつむいてしまう。ああ、そのことか、とナハトは思い、「そんなことはない」と口に出していた。ハッとしてアイネの顔が上がる。



「アイネは十分、ドラセナを守ってくれたよ。アイネとエイブラム卿があの女……メリクリウスと戦って、時間を稼いでくれたから俺がここに来るのも間に合ったんだし」



 ナハトはアイネに対して、笑みを浮かべてみせる。アイネは気まずげに視線をそらし、ドラセナの方を見た。ドラセナも笑みを浮かべて「そうだよ、アイネ」と口にする。



「アイネはわたしを守ろうとしてくれた。全力であの女に立ち向かってくれた。それだけで十分。アイネの思いは伝わってきたから……」

「ドラセナ……」



 感極まった、というようにアイネは声をもらし、そして、顔をそらした。

 その直前、エメラルドの瞳からこぼれたのは涙、だろうか……? そんなことをナハトが思っていると「泣いてなんかいないんだからね!」とアイネがナハトを睨み付けてくる。

 その目はやはり涙目になっていたが、本人がこう主張する以上、それを指摘するのもはばかられた。「お、おう……」と思わず声を出して応じる。



「だいたいナハト! アンタが悪いのよ! 肝心のドラセナのことを放って想獣退治になんて行っちゃって!」

「うぐ……それに関しては本当に反省している」



 痛いところを突かれた。それを言われるとナハトは何も言えなくなってしまう。ドラセナに対しても、アイネに対しても、申し訳無い気持ちでいっぱいになる。「ううん、ナハト」とドラセナの声。



「ナハトはこの町を襲う想獣から町を守ろうとしたんだから、気にすることはないよ。それは決して、悪いことなんかじゃない」

「そうかもしれないが……ドラセナを守ることを放棄していたのはたしかだ。守る、って約束してたのに、危うく自分のいない間にさらわれるところだった」

「……でも、ナハトは間に合った」



 ドラセナが微笑を浮かべる。ナハトは呆気にとられてドラセナのアメジストの瞳を覗き込む。



「今回もわたしを助けに来てくれた。ナハトはわたしを守ってくれている。それはたしかなことだよ」



 真正面からこんなことを言われるとつい照れ臭くなってしまう。ナハトはなんとか「そ、そうか……」の声をしぼり出すと、「それならいいんだけどな」と続ける。



「約束したからな、俺はドラセナを守るって。それだけは何があっても揺るがない」

「うん。ありがとう、ナハト」



 そうして二人して見つめ合う。穏やかな雰囲気が二人の間に漂い、ナハトは居心地の良さを覚えた。……のだが。



「あのー、ナハト様、みんながいる中でドラセナさんとイチャつくの、自重してもらえませんか?」



 イヴがそんなことを言って、ハッと我に返る。

 そういえば、そうだった。ここにはみんなが――エイブラム卿まで――いるのだ。

 気まずい思いでコホン、と咳払いしたナハトは「それにしても想獣の襲撃に乗じてゴルドニアースの連中が襲ってくるとはな」と話題を切り替える言葉を出していた。



「まるで想獣が来ると分かっていたかのような手際の良さだったな」

「そうですね……」



 イーニッドとイヴもその話題に乗っかり、呟く。

 イーニッドの言う通り、本当にまるで想獣が来ることを始めから分かっていたかのような手際だ。

 不思議なものだ、と思っていると「実際、分かっていたのかもしれん」とエイブラム卿が口を挟んだ。エッとなって一同の視線がエイブラム卿に集まる。



「ヴァルチザン帝国には想獣を自由に操る女がいると聞く。もしかしたら今回の想獣の襲撃はその女が手引きしたものかもしれん」

「あ、私も聞いたことがあります。たしか四獅の一人でリリアーヌ・ブラーヌ。想獣使いの異名を持つ幻想具使いですね」



 エイブラム卿の言葉にイヴも頷く。「四獅?」とナハトが訊ねると、「ヴァルチザンの中でも特に強力な四人の幻想具使いのことを指した称号よ」とアイネが答えてくれた。



「ゴルドニアース傭兵団だけではなく、ヴァルチザン帝国本国までもが協力してドラセナ様を拉致しようとしたということですか……?」



 グレースの問いにエイブラム卿は「おそらくな」と答える。「で、ですが……」とイヴが信じられないという面持ちで言葉を発する。



「ゴルドニアース傭兵団だけならともかく、ヴァルチザン帝国軍に所属している人間がそんなことをすれば国際問題になるはずです。想獣の群れをアインクラフトの町の一つにけしかけるなんて……そんなことすぐに戦争の引き金になってもおかしくない!」

「だが、証拠はない」



 エイブラム卿は言い切った。たしかに。今回の想獣の群れの襲来が、想獣たちの意志によるものかその帝国内の想獣を操る女の手引きかは分からないのだ。



「想獣を自由に操る女、か。そんなヤツがドラセナを狙っているとなると……面倒だな……」



 ナハトの言葉にみんなして頷く。どうやらヴァルチザンは本気でドラセナの身柄を狙っているようだった。暗くなってしまった場の雰囲気を変えるように「ともかく」とエイブラム卿が言葉を発する。



「今日のところは皆、疲れているだろう。存分にこの屋敷で休んでくれ。この屋敷も襲われたので後始末やらがあるが……皆が体を休める分には支障はないはずだ」



 そう言い、笑うエイブラム卿に「ありがとうございます」とナハトは一同を代表して礼を言う。

 そんなエイブラム卿のところに使用人の一人がやって来て、何事かを耳打ちした。「そうだな」とエイブラム卿は頷く。



「それでは私は今回の件の後始末があるので少し失礼するよ。皆は気にせず、休んでくれたまえ」



 そう言ってエイブラム卿は去って行く。その姿を見送ったナハトは「さて、どうする?」と皆に声をかけた。



「アタシは少し疲れたから素直に部屋で休んでいるわ……」



 アイネが言う。治癒杖の効力で傷は塞がっても、失った体力が戻る訳ではないのだ。「そうだな」とナハトも応じる。



「わたしはまだ余裕があるが……あまりうろちょろしても邪魔だろうし、部屋に戻っていることにするぞ」

「私も部屋に戻ります」



 イーニッドとイヴもそう言う。グレースもドラセナも部屋で休むということで同意のようだった。となればナハトが異論を唱えるはずもない。



「そうだな。今回は俺も少し疲れた。部屋で休んでいることにするよ」



 みんなの意見に合わせた、という訳ではない。実際、ナハトは凄まじく疲弊していた。

 メリクリウスと正面から対決したこともそうだが、聖桜剣のさらなる力を引き出し、それを振るった。

 そのことがナハトの体を疲弊させている。今更になって疲れが重くのしかかって来ることをナハトは感じた。









「やれやれ、ドラセナ・エリアスの拉致は失敗に終わりましたか……」



 ペルトーセから少し離れた地にて一人の女がペルトーセの方面を見つめている。ヴァルチザン四獅の一人にして、想獣使いの女、リリアーヌ・ブラーヌだった。

 約束通りなら、この時間にはドラセナ・エリアスを連れたゴルドニアース傭兵団の面々がこの場所にやって来るはずだ。それが来ないとなれば失敗したと見ていいだろう。



「ゴルドニアース傭兵団、使えませんね」



 失望をあらわにリリアーヌは呟く。ドラセナ・エリアス拉致のためのお膳立てはしっかりやってやったというのにそれをいかせないとは……全くもってヴァルチザン最大の傭兵団の名が泣くというものだった。

 だが、だからといって、このまま帝国本国に帰る訳にはいかない。ドラセナ・エリアスの身柄の確保は自分が独力でもやり遂げる必要がある。

 さて、どうしたものか、とリリアーヌは考え込み、一つの結論に達する。



「仕方がありません。あまり使いたくはない手ですが、強硬策で行くとしましょう」



 想獣使いの自分にできることは多い。その中で最も有効であろうという手段を選択する。



「想獣に桜の勇者御一行を襲ってもらうとしましょう。最強の想獣……竜に……」



 この世界における最強の生物をぶつける。竜が相手となれば、流石の桜の勇者もひとたまりもないだろう。そして、その隙に自分がドラセナ・エリアスをさらう。その方針を決めるとリリアーヌはその場を後にした。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界では地味な俺が、なぜか神々に最愛されて無双してる件

fuwamofu
ファンタジー
平凡な高校生・桐生ユウは、女神の手違いで異世界に転生した。 チートもスキルも貰えず、冒険者登録すらままならない落ちこぼれ……のはずだった。 しかし周囲の異常な好感度、意味不明な強運、そして隠された神格スキルによって、ユウは「無自覚に全能」な存在へと覚醒していく。 気づけば女神も姫騎士も魔王娘も彼に夢中。誤解と崇拝が加速する中、ユウの“地味な日常”は世界を揺るがす伝説になっていく。 笑いあり、胸キュンあり、ざまぁありの最強(なのに本人だけ気づいてない)異世界ファンタジー開幕!

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

最強すぎて無職になりましたが、隣国の姫が勝手に嫁入りしてきました

eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・佐藤亮は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移する。神様から「世界最強の力」を授かったはずが、本人はただの無職ニートとしか思っていない。冒険者ギルドで雑用を請け負う日々。そんな亮の周囲に、冷徹な騎士姫、天才魔導士、元盗賊の少女、竜人族の戦士など個性豊かな美少女たちが自然と集まってくる。一方、彼を「ただの運のいい凡人」と侮る貴族や悪徳商人たちは次々と痛快なざまぁ展開に。亮は「俺なんて大したことないのに」と呟きながら、気づけば国を揺るがす陰謀を解決し、世界を救うことに――。無自覚最強主人公による、爽快ハーレムファンタジー開幕!

無自覚に世界最強だった俺、追放後にチートがバレて全員ざまぁされる件

fuwamofu
ファンタジー
冒険者団から「役立たず」と追放された青年リオ。 実は彼のスキル《創造》は、世界の理を作り替える最強の能力だった。 追放後、孤独な旅に出るリオは、自身の無自覚な力で人々を救い、国を救い、やがて世界の中心に立つ。 そんな彼の元には、かつて彼を見下していた美少女たちが次々と跪いていく──。 これは、無自覚に世界を変えてしまう青年の、ざまぁと覇道の物語。

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...