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幽霊になって帰って来た妻
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ある王国の貴族の子息マードックは同じく貴族の令嬢グロリアを妻に迎えた。二人の仲は睦まじく、周囲にも評判の夫婦であった。
「グロリア、私は幸せだ。君という妻を迎えることができたのだからな」
「マードック様、私も幸せです。マードック様と一緒にいられるのですから」
「そうだな。さて、今日は町に繰り出すか。グロリアのための服を選んでやらねば」
「そのようなことをしていただかなくとも今の服でも私は満足しておりますよ?」
「いや、君のために服は多い方がいい。新しく買いに行こう」
マードックはグロリアと共にある時は町中に繰り出し、買い物をし、幾度もグロリアにプレゼントを贈り、グロリアも少し遠慮した困った顔を浮かべつつもマードックの寵愛に応えた。ある時は一緒に狩りに行き、二人は二人だけの時間を共に過ごした。
マードックはグロリアを愛し、グロリアもまたマードックを愛した。幸せの絶頂にいる、とマードックは感じていた。しかし、そんな中、グロリアが難病に倒れてしまう。マードックはあらゆる医者を呼び、あらゆる治療法を試したが、グロリアの病状が回復することはなかった。そして、ついにグロリアの命は尽きようとしていた。
「マードック様、私の事はどうかお忘れになって」
「何を言うのだグロリア。お前のことを忘れるなどできるはずがないではないか」
「それではダメです、マードック様。死者に引きずられていては先に進めません。どうか、私の事はお忘れになってください」
それを遺言にグロリアの命は尽きた。マードックは悲しみに暮れた。食事も喉を通さない有様でしばらくは悲しみのあまり、酒浸りの日々を送った。そんな悲しみの中、マードックの父は言った。
「お前も早く後妻を取れ」
この父は何を言っているのだろうとマードックは思った。後妻を取れ、だと? 私の愛は全て今は亡きグロリアに捧げた。別の女を愛するなんてとんでもない。父だけではなく周りの人間もマードックに新たな縁談を勧めたが、マードックはそれらを全て断っていた。そんなマードックの前に奇跡が訪れた。
「マードック様」
聞きなれた声が耳朶を打つ。見ればそこにはグロリアの姿があった。
「グロリア! ああ、なんてことだ! 君がここにいるなんて!」
「マードック様の思いが強いおかげで私は霊としてマードック様の前に現れることができました」
「幽霊、なのか? いや、そんなことはどうでもいい。君がここにいてくれるなら私には何も言うべきことはない!」
マードックは幽霊となったグロリアと共に日々を過ごした。しかし、幽霊のグロリアはマードックにしか見えないようであった。周囲の人間は亡き妻恋しさのあまりマードックが狂乱した、と噂した。そんな陰口はマードックにも届いていたが、マードックにはどうでもよかった。グロリアがそばにいる。幽霊の身になったとはいえ、グロリアと共に過ごすことができる。それなら何を文句を言う必要があるのだ。周囲の人間の言うことなんて関係ない。マードックはそう思ったが、幽霊のグロリアは違うようであった。
「マードック様、やはり私の事はお忘れになってください。周りの人間はマードック様は狂乱したと言っております。このままではマードック様のためになりません」
「何を言うのだグロリア。私は君がいてくれればそれでいい。他の者の言うことなど無視してしまって構わない。さあ、今日も共に出掛けようではないか」
そんなマードックに幽霊のグロリアは苦笑いしつつ、行動を共にしてくれた。グロリアと共にある時は町中に出掛け、ある時は馬を駆り、狩りにいそしむ。一人でそんなことをやっているマードックを見て、周りの人間はついにマードックは本格的に狂ったと口々に告げたが、マードックはそんなことは気にしなかった。
幽霊、とはいえ、グロリアと共に過ごす日々はやはり至福の日々であり、マードックは大いに満足していた。が、そんな日々にも終わりが訪れる。
「マードック様」
「なんだ、グロリア」
「私はそろそろ天に帰らなければならないようです」
それは突然の通告であった。これにマードックは驚き、悲嘆した。
「そんな、私はお前と一緒にいたいと言うのに……」
「二度目ですが、私の事はどうかお忘れになってください。マードック様は新しい女性と縁を結び幸せになってください。それが私の願いです」
「そんなグロリア……ああ……」
マードックの嘆きも虚しくグロリアの姿は露と消えていく。マードックは再び失意の底に沈んだが、グロリアの言葉を思い起こし、立ち上がった。再婚、しよう。そう思った。それがグロリアの願いであるのなら叶えなければならない。幽霊となってまで自分を慰めに来てくれたグロリアがそれを願っているのなら……。
マードックが再婚の意志を示したことを父は大いに喜んだ。そして、貴族の令嬢を一人、新たな妻に迎えた。この令嬢もよくできた娘でマードックに尽くしてくれた。それでもマードックの心の中からグロリアが消えることはなかったが、新たな妻と共に生活を歩みだす程度のことはできた。
こうしてマードックは貴族の跡取りとして後妻も迎え、日々を過ごすことになる。その心の中にはいつまでもグロリアがいたが、新たな妻もまたマードックは愛し、新たな生活を送るのであった。
「グロリア、見ているか。私は幸せになったぞ。お前の願い通り。願わくばお前がそばにいてくれればもっと良かったのだが……」
グロリアの霊が力を貸してくれているかのようにマードックは王国内で出世していった。次々に重要な職務を歴任し、ついには王国のナンバー2・宰相の立場にまで上り詰めた。マードックは自分がこれだけの出世ができたのは全てグロリアの加護のおかげだ、と思い、今は亡きグロリアに思いを馳せる。新たな妻にも感謝していた。グロリアを失い傷心のマードックを必死に支えようとしてくれた。この妻がいてくれなければ立ち直ることはできなかったであろう。
新たな妻との間に子も成した。そこまでしてもまだマードックはグロリアの事を忘れ去ることはできなかった。きっと一生、自分はグロリアの事を思い続けて生きていくのだな、とマードックは確信していた。それは辛いことかもしれないが、幸せなことかもしれない。マードックは一流の貴族となって国を運営し、名宰相と称えられることになる。これもすべてはグロリアのおかげだ。マードックはそう思うのであった。
「グロリア、私は幸せだ。君という妻を迎えることができたのだからな」
「マードック様、私も幸せです。マードック様と一緒にいられるのですから」
「そうだな。さて、今日は町に繰り出すか。グロリアのための服を選んでやらねば」
「そのようなことをしていただかなくとも今の服でも私は満足しておりますよ?」
「いや、君のために服は多い方がいい。新しく買いに行こう」
マードックはグロリアと共にある時は町中に繰り出し、買い物をし、幾度もグロリアにプレゼントを贈り、グロリアも少し遠慮した困った顔を浮かべつつもマードックの寵愛に応えた。ある時は一緒に狩りに行き、二人は二人だけの時間を共に過ごした。
マードックはグロリアを愛し、グロリアもまたマードックを愛した。幸せの絶頂にいる、とマードックは感じていた。しかし、そんな中、グロリアが難病に倒れてしまう。マードックはあらゆる医者を呼び、あらゆる治療法を試したが、グロリアの病状が回復することはなかった。そして、ついにグロリアの命は尽きようとしていた。
「マードック様、私の事はどうかお忘れになって」
「何を言うのだグロリア。お前のことを忘れるなどできるはずがないではないか」
「それではダメです、マードック様。死者に引きずられていては先に進めません。どうか、私の事はお忘れになってください」
それを遺言にグロリアの命は尽きた。マードックは悲しみに暮れた。食事も喉を通さない有様でしばらくは悲しみのあまり、酒浸りの日々を送った。そんな悲しみの中、マードックの父は言った。
「お前も早く後妻を取れ」
この父は何を言っているのだろうとマードックは思った。後妻を取れ、だと? 私の愛は全て今は亡きグロリアに捧げた。別の女を愛するなんてとんでもない。父だけではなく周りの人間もマードックに新たな縁談を勧めたが、マードックはそれらを全て断っていた。そんなマードックの前に奇跡が訪れた。
「マードック様」
聞きなれた声が耳朶を打つ。見ればそこにはグロリアの姿があった。
「グロリア! ああ、なんてことだ! 君がここにいるなんて!」
「マードック様の思いが強いおかげで私は霊としてマードック様の前に現れることができました」
「幽霊、なのか? いや、そんなことはどうでもいい。君がここにいてくれるなら私には何も言うべきことはない!」
マードックは幽霊となったグロリアと共に日々を過ごした。しかし、幽霊のグロリアはマードックにしか見えないようであった。周囲の人間は亡き妻恋しさのあまりマードックが狂乱した、と噂した。そんな陰口はマードックにも届いていたが、マードックにはどうでもよかった。グロリアがそばにいる。幽霊の身になったとはいえ、グロリアと共に過ごすことができる。それなら何を文句を言う必要があるのだ。周囲の人間の言うことなんて関係ない。マードックはそう思ったが、幽霊のグロリアは違うようであった。
「マードック様、やはり私の事はお忘れになってください。周りの人間はマードック様は狂乱したと言っております。このままではマードック様のためになりません」
「何を言うのだグロリア。私は君がいてくれればそれでいい。他の者の言うことなど無視してしまって構わない。さあ、今日も共に出掛けようではないか」
そんなマードックに幽霊のグロリアは苦笑いしつつ、行動を共にしてくれた。グロリアと共にある時は町中に出掛け、ある時は馬を駆り、狩りにいそしむ。一人でそんなことをやっているマードックを見て、周りの人間はついにマードックは本格的に狂ったと口々に告げたが、マードックはそんなことは気にしなかった。
幽霊、とはいえ、グロリアと共に過ごす日々はやはり至福の日々であり、マードックは大いに満足していた。が、そんな日々にも終わりが訪れる。
「マードック様」
「なんだ、グロリア」
「私はそろそろ天に帰らなければならないようです」
それは突然の通告であった。これにマードックは驚き、悲嘆した。
「そんな、私はお前と一緒にいたいと言うのに……」
「二度目ですが、私の事はどうかお忘れになってください。マードック様は新しい女性と縁を結び幸せになってください。それが私の願いです」
「そんなグロリア……ああ……」
マードックの嘆きも虚しくグロリアの姿は露と消えていく。マードックは再び失意の底に沈んだが、グロリアの言葉を思い起こし、立ち上がった。再婚、しよう。そう思った。それがグロリアの願いであるのなら叶えなければならない。幽霊となってまで自分を慰めに来てくれたグロリアがそれを願っているのなら……。
マードックが再婚の意志を示したことを父は大いに喜んだ。そして、貴族の令嬢を一人、新たな妻に迎えた。この令嬢もよくできた娘でマードックに尽くしてくれた。それでもマードックの心の中からグロリアが消えることはなかったが、新たな妻と共に生活を歩みだす程度のことはできた。
こうしてマードックは貴族の跡取りとして後妻も迎え、日々を過ごすことになる。その心の中にはいつまでもグロリアがいたが、新たな妻もまたマードックは愛し、新たな生活を送るのであった。
「グロリア、見ているか。私は幸せになったぞ。お前の願い通り。願わくばお前がそばにいてくれればもっと良かったのだが……」
グロリアの霊が力を貸してくれているかのようにマードックは王国内で出世していった。次々に重要な職務を歴任し、ついには王国のナンバー2・宰相の立場にまで上り詰めた。マードックは自分がこれだけの出世ができたのは全てグロリアの加護のおかげだ、と思い、今は亡きグロリアに思いを馳せる。新たな妻にも感謝していた。グロリアを失い傷心のマードックを必死に支えようとしてくれた。この妻がいてくれなければ立ち直ることはできなかったであろう。
新たな妻との間に子も成した。そこまでしてもまだマードックはグロリアの事を忘れ去ることはできなかった。きっと一生、自分はグロリアの事を思い続けて生きていくのだな、とマードックは確信していた。それは辛いことかもしれないが、幸せなことかもしれない。マードックは一流の貴族となって国を運営し、名宰相と称えられることになる。これもすべてはグロリアのおかげだ。マードックはそう思うのであった。
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