新米魔王、冷徹貴族閣下に躾けられます

寅次郎

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はじまりは、ここから

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 何もかも〝どうでもいい〟と思える瞬間は人生の中で何度やってくるものなのか。到底今の俺には想像すらつかないというものであり。その〝どうでもいい〟の真っ只中の俺はというと、いつもなら絶対に足を踏み込まなかった場所にへと、踏み込んでいた。



(子供の頃から何ひとつ物の位置が変わっていない気がする……ぜってぇ、そんな筈はねぇのにな)

 何かが〝可笑しいおかしい〟と分かってはいるけれど、今更ここから引き下がろうとは決して今の自分では思わなかった。ーーと、いうのも今の心境としてはもう、何もかも失ってしまっても困らないという気持ちだったからだ。
 それ故、この場所がただならぬ空気を纏っていたとしても、だ。

(ひいじいちゃんがずっと言ってたのを思い出すな……ここに入ったら最後、自分じゃなくなるって)

 子供の頃はそんな言葉を信じていたがいつの頃かその記憶も薄れて、ここの存在も忘れかけていた。
 けれど、つい最近完全に身内を含め周囲の人間たちのことを信用出来なくなってしまった今、もう何もかもどうにでも、なってしまえという気持ちが募ってどうしようもなく。
 そんな時にふと脳に過ったのはこのど田舎の実家の敷地内にあるもう何年も、住居する場所として使われていなかった母屋の存在だった。
 と、言えど年末になれば大掃除の一貫でここも掃除されるのは恒例の筈なのだが、扉を開けた瞬間から、感じたドス黒い不気味な雰囲気は一体なんだというのか。

(埃はねぇのに……ここまで何もかも子供の頃と変わってないのは可笑しい……よな)

 さっきまで大口叩いてどうでもいいと思っていた癖に奥に進めば進むほどに、違和感と不気味さを感じてならない。
 しかし、それでもうしろに戻るなんて気持ちもやはりなく。とにかく奥に進んでいれば母屋の中心部にあるとある部屋にへとたどり着いた。

(ひいじいちゃんが言ってたのはここだ……)

 まるでこの閉じられた襖の向こうから不気味なお経でも聞こえてくるのではないのかと、思わされるほどの不気味さが深まる雰囲気。ここでごくりとひとつ唾を呑み込んだ俺の喉の音が、静かなこの場所に響いてしまう。
 そのうち、ぽたりと額からーーそして、頬にへと垂れ落ちていく汗が、足もとの畳にへと落ちようとしたところで、俺は思い切ってパァンッと音を立ててその襖を開いた。

「こ、これってーー……」
 

 視界にすぐさま飛び込んできたのは部屋の奥にあったまるで、お寺にでも収納されているような少し大きめな仏壇だけだった。
 期待して損した、と、そう思ったのは仏壇以外何も見当たらなかったうえに、その仏壇の開き窓は開いた状態で、そこに何かあるわけでもなかったからだ。

「何が自分じゃなくなるだ……子供相手にからかったてただけか」

 本当にこれで今の最悪の自分とお別れ出来るかと馬鹿みたいなことをほんの少しだけでも、思っていた自分が恥ずかしくてならない。結局は現実と向き合うしかないという訳である。
 しらけた、と、ばかりにすぐさまこの部屋から退散してしまおうと、くるりと背を向けた途端何やら触れてもいない仏壇の方から、カタッと音が鳴った気がした。

「は?」

 思わずそんな小さな驚きの声と共に短い言葉が出てしまった訳だが、次の瞬間うしろからビュオオッと強い風が吹き荒れる。

「はあああ!?なんだ、おいっ、これは、なんだってーー……どわっ!?!?」

 これは只事ただごとではないと一人この場で驚くが次の瞬間、吹き荒れていた風は突如としてゴォォォォと音を立てて、段々とこの俺のことを吸い込んでいこうとする。
 一体全体何が起きてるんだ!?と困惑し手足共にこの場でジタバタするも、吸引力はそれはもう恐ろしいほどに力強く。
 等々、うしろの仏壇と背中がピッタリとひっついた瞬間、俺は横目にその仏壇の中を覗き見るとここでもまた、思ってもなかった光景をこの目にすることになった。

「て、手!?!?あ、悪魔の……手!?!?」

 真っ黒で太くその指先には鋭い爪があるようにも伺える仏壇から飛び出してきていた手に、俺は驚愕してしまった。どうして、そんな場所からそんなものが飛び出してくるというのか。
 もしかして、この仏壇の中にはとんでもない妖怪でも住みついていたのか、だからひいじいちゃんもあんなことを言っていたのかと、思うもそんな思考を巡らせている間にも、その手はうしろからガッシリと俺を鷲掴みにするなり、掴んだ俺の身体ごと、その仏壇の中にへと引き摺り込もうとしていた。

「無理だ!無理に決まってんだろうが!ンな小せえとこに入るわけねえっつの!やめろや!おい!おいっ!」

 自分でもこんなにもパニック状態になっていることに驚きでしかない。だが、それ以前に今はそんなことを言っている場合ではまったくなく。段々とこの身体は絶対に入る訳がないと思っていた場所に、吸い込まれていってしまうのだ。

(やめろ!やめろ!やめやがれっ!)

本来はその否定の声も自分の口から放ちたかったのだが、いかんせんこの時点ではもう身体のほとんどが仏壇の中にへと吸収されており。ジ、エンドだーーと思った瞬間、完全に視界はパタンッと仏壇の窓開きが閉まったのと同時に、真っ暗にへとなってしまったのであった。
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