ギャル最強

猫屋綾

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第一章

惨憺たる光景

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それから、どれほどの日が経ったのか。
正確な時間は、もう分からなかった。
だが体感では、少なくとも一週間以上は過ぎている。



三日目までは、床に転がるパンに手を伸ばすことができなかった。
見るだけで喉が詰まり、胃が拒絶した。




それでも――
三日目を過ぎた頃、結李は無言でそれを拾い、口へ運ぶようになっていた。
理由は単純だ。



――生きるため。



味は、ほとんどなく、硬く乾き、噛むたびに口内の水分を奪われた。
手ですくった水を流し込み、無理やり喉へ押し込んだ。



食べて、水分を補給しなければ、身体が動かなくなる。



この先殺されたとしても、まだ生きる時間があるのなら、その少しの時間生きよう。
絶望と恐怖の中でもそう思った結李は、この先、何が待っているのか分からない状況でも、空腹で倒れるわけにはいかなかった。



毎日が、同じことの繰り返しだった。
扉の開く音。
鈍く重たい足音。
どこかの牢から響く悲鳴。


そして――誰かが、消える。


日を追うごとに人は減っていった。
それに比例するように、地下牢を満たす悪臭は濃くなっていった。
排泄物。汗。体臭。


時間が過ぎ、声も減った今、この牢に残っている者こそが「最後の生き残り」なのだと、結李は悟っていた。



周囲の人々は完全に弱り果てていた。
壁にもたれ、呼吸だけを繰り返す者。
床に倒れたまま嗚咽する者。
餓死寸前の者や、すでに精神を壊している者もいた。



結李はその光景を見つめながら、膝を抱えて心の奥で、必死に家族の無事を祈り続けていた。


(お願いだから……生きていて……)
家族への想いだけが、結李をこの世界につなぎ止めていた。




そんな、ある日。
いつものように、あの怪物と白衣の老人が現れた。
もう悲鳴は少ない。
それに慣れてしまった自分に、結李は薄ら寒さを覚えた。
だが――今回は、違った。




何も持たない彼らは、結李たちの牢の前で立ち止まる。
ガチャン、と鍵が外された。


――来た。


自分たちの番だ。
「いや……いやあああ!!!」
叫ぶ者。
弱り、抵抗すらしない者。
声も出せず涙を流す者。
結李は牢の奥に座ったまま、その光景を見つめていた。


(……もう、ここまでか)



今までの日々が、どれほど幸せだったか。
家族との記憶を必死に思い出し、心を保とうとする。
泣き腫らした目にあるのは、底の見えない絶望だけだった。



一人、また一人と連れて行かれる。
気づけば、牢内には結李を含めて数人しか残っていない。



――次は、確実に自分だ。



どこからか、かすかな嗚咽が聞こえる。
「……なんでよ……なんで、わたしが……」
結李はその声の主に目を向ける。
(……同じだよ)
誰もが同じ気持ちだ。


そう思った瞬間――
「ガチャ……」
再び扉が開く。



鈍い足音。鍵の外れる音。
巨大な影が、結李を含めた残り五人の元へと近づく。
三メートル近い体躯。



床を揺らしながら、怪物が結李の前で止まった。
心臓が大きく跳ねる。
近くで見るとよりおぞましいその巨体に、結李は久しぶりに恐怖を感じた。



次の瞬間、怪物の巨大な手が結李の腕を掴んだ。
「――痛っ!」
骨が砕けるかと思うほどの力。
身体は軽々と持ち上げられる。
逃げる隙も、叫ぶ余裕もない。
抱えられながら牢が遠ざかっていく。



――連れていかれる。
すべてを、諦めろと言わんばかりの絶望。



牢を出ると、石造りの長い廊下が続いていた。
両側には無数の扉。
白衣の老人はその一つの前で立ち止まり、扉を開く。



中に入った瞬間、強烈な鉄の臭いが鼻を突いた。
床は血で染まっている。
乾いたものと、まだ湿り気を帯びたものが混在していた。
棚には、得体の知れない何かが入った瓶が整然と並ぶ。
中央には、手術台のようなベッド。  



そのとき。
「いやあああああ! 放して! やめて!」
絶叫が響く。



結李が視線を向けると――



血に染まった床の奥に、死体の山が無造作に積み上げられていた。
腕と脚が絡み合い、誰が誰か分からない。
顔は潰れ、血と正体不明の液体に濡れている。
それは紛れもなく、あの地下牢にいた人々だった。
数日前まで隣で息をしていた者たち。




この光景に、他の者たちも取り乱す。
嘔吐する者。
「なんでこんなことを……」と震える声。
「母さん!父さん!助けて!」と叫ぶ声。



結李の胃の奥からも激しい吐き気が込み上げ、咄嗟に口を押さえた。
死体の中には、
胸を切り開かれたもの。
身体がひび割れたようなもの。
目が飛び出しているものもあった。



――ここで、何が行われていたのか。  



生きたまま受けた傷なのか。
死後の処置なのか。
そんな疑問さえ、意味を持たない。



床に滴る血は、この部屋で何度も同じことが繰り返された証だった。


「……ひっ……」


視界が揺れ、力が抜ける。
逃げられない。
叫べない。
助けも来ない。  


結李は、ようやく理解した。
あのパンや水は――
実験用のネズミに与える餌と変わらない。




材料を生かしておくためのものだったのだ。



呼吸が浅くなり、心臓が耳の奥で鳴り響く。
そのとき、白衣の老人が一歩前へ出た。


「……▲≒≡▼■∵」
初めてはっきりと声を聞く。
だが意味は分からない。


老人はやれやれと言わんばかりの表情を浮かべ、手にした器具をこちらへ向け、光を浴びせた。


「っ!」


まばゆさに目を閉じた瞬間、脳裏に声が直接響く。
「これで、我々の言葉も理解できるだろう」
顔を上げると、老人がにやりと笑っていた。


「これから君たちには、神位精霊を身体に宿してもらう。
もちろん身体は拒絶反応で壊れるだろう。
それを耐え抜いた者だけが、神位精霊の依代になれる」



(神位精霊…?なに?どういうこと?)
言葉は分かれど何を言っているのか結李には理解できなかった。



そして、老人が値踏みする視線が、結李をなぞる。
「恐怖と絶望の中を長く生き延びた個体ほど、反応に“深み”が出る」


老人が不敵な笑みを浮かべると、金色の歯が光った。


「君は、実に興味深い」


怪物が結李たちを床へ降ろす。
足が震え、立っているのがやっとだ。



ベッドの金属が、かすかに軋む。
「……さあ」




老人が静かに告げる。
「始めようか。
まずは――君からだ」
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