ギャル最強

猫屋綾

文字の大きさ
2 / 3
第一章

地下牢

しおりを挟む



それからどれだけ時間が経ったのか、
冷たい感触に包まれ、結李は意識を取り戻した。


「……っ……」


石の硬さが全身に伝わってくる。
鼻を突く湿った匂いに、思わず顔をしかめた。


目を開けて周りを見渡すと壁に掛けられたランタンが、心もとない光を揺らしている。
外からの光は一切ない。


――地下だ。


結李はそう理解するより早く、周囲の異様さに気づいた。
石造りの牢屋が、奥へ奥へと連なっている。
石でできた牢屋は無数に連なり、地下全体でどれほどの広さなのか想像もつかない。


一つの牢屋には、数十人が押し込まれていた。
床も壁も冷たく、石の冷たさが直接肌に伝わる。


布団も毛布もなく、唯一、壁の端に大人一人が入れるような窪みがあり、そこから悪臭が漂っている。


――簡易トイレのような場所らしい。

 

牢屋の中では、すすり泣く声、叫ぶ声、怒鳴る声が入り混じり、地下全体に反響している。


蹲る者、うつ伏せの者、まだ目を開けられない者もいる。
床に横たわる人々は、ただ生き延びるために固まっているようだった。


結李は、恐怖で体が震え、視線をさまよわせた。
「……家族は?」
頭の中で考えがぐるぐる回る。
ここがどこなのか、逃げれるものなのか、次に何が起こるのか。
恐怖と不安が押し寄せ、胸が締め付けられる。


「ここは、どこなの……?」


小さくつぶやく声は、自分でも驚くほど震えていた。


そのとき――
「ガチャ……」


地下牢全体に、金属音が響いた。
結李は、びくりと肩を跳ねさせた。
重たい足音。
ドシッ、ドシッ、と石の床を踏み鳴らす音が近づいてくる。


歩くたびに、周囲の人々がピクリと身をすくめる。


「……な、なに……?」
そう口走った矢先に奥の牢屋から、突然叫び声が上がった。


「バ、バケモノだー!!」
「うわああああ!!」


人々の悲鳴は地下全体に反響し、耳を刺すように響いた。
結李の心臓は、冷たい石の床に押しつぶされるようにバクバクと打った。



次の瞬間、ガチャっと鍵を開けた音と共に奥の牢屋の扉が開く音が響き渡った。



そして遠くから
「やめろ!来るな!!」
「離して!離してよ!!」
という叫び声がいくつも聞こえる。


どうやら誰かが、そのバケモノとやらに牢屋から連れ出されているらしい。
結李は思わず耳を塞いだ。
頭の中が押しつぶされるようにぐるぐると不安でいっぱいになった。
体の震えが止まらなかった。


「私……ここで……どうなるの……?」


冷たい床に膝をつき、視界の端で人々の恐怖に引きずられるように震えた。
今までの平凡な日常は、もはやどこにもなかった。
地下牢はただ、泣き声と怒声、そして濃い悪臭だけが支配する。


出口は見えず、光は届かない。
ここがどこで、何が待っているのか――
結李には、想像することさえできなかった。



それからというもの、石の床に体育座りで座る結李は、ずっと耳を塞いでいた。
少しでも音をシャットアウトすることで、不安を和らげようとしていた。
だが、その行為は全く意味をなさなかった。


「ガチャ……」
また扉が開く音がした。
そして、ドシッ、と重たい足音が地下牢に鳴り響く。


「……また……」


結李は小さく震えながら目を伏せた。
次の瞬間、再び奥の牢屋から叫び声が上がる。
「離せ!離せって言ってんだろ!!」
「お願いだ、助けてくれ!!」
叫んでいるもの達は、また一人、また一人――
牢屋の外に連れ出されているようだった。



そしてそれは、数分おきに同じ光景が繰り返された。
足音、扉の開閉、叫び声、連れ出されて行く人達。



それはまるで決まったリズムで死神が踊るかのようだった。


数時間が過ぎ、結李には時間の感覚が失われつつあった。
どれだけ気絶していたのかも分からず、今が朝なのか、夜なのかも分からなかった。



最初は抵抗していた人々も、次第に力を失い、声を失っていった。


助けを求めていた者、怒声を上げていた者、顔を真っ赤にして泣いていた者
そのほとんどが、疲れ果てていた。



「こんな場所に居たくない。もう殺してくれ」と、懇願する者も現れ始めていた。
 


結李は体育座りのまま、ずっと耳を塞いでいた。胸の奥に、家族の笑顔が浮かぶ。
「透兄、千鶴、お母さん、お父さん……」
ただその名前を念じながら、恐怖の波をやり過ごしていた。 


またしても、扉の開く音、重たい歩行音が聞こえた。
石造りの廊下を、多数の足音が一直線に歩く。



牢屋の扉を開ける音と共にゴトンッゴトンッカランカランとなにか重たい音と軽い音が響いた。
人々の叫び声が、次々とひび割れた空気の中で積み重なってゆく中、たしかにその音は結李の牢屋に近づいてきた。



「……来る……?」


そして――
結李の視界に、姿がはっきりと捉えられた。



そこにはワニのような化け物達と老人が立っていた。



化け物は、想像を絶する姿をしていた。
身長は三メートル近くあり、濃い緑色の皮膚、その皮膚は分厚く、まるで装甲のよう、鋭い足爪が、床を叩くたび石を削った、顔はワニにも似ているが、あまりにも不気味で人間とは程遠い造形をしていた。



その横には、白衣を着た老人がいた。
老いた体に丸メガネ。
表情は見えないが、その存在自体が空気を凍らせる。



結李は、思わず目を逸らしたくなるほどの不気味さに、喉の奥まで吐き気がこみ上げた。


「……や…やばい」
本気でそう思った。



だが、そのワニのような化け物は、大きな樽を抱えていた。

そして牢屋の扉を開けて2体の化け物が樽を持ち入ってくる。
ゴトンッカランカラン
そう音を立てるとコップらしきものと樽が置かれた。


次の瞬間、牢屋の外に居た化け物は自身の持っていた樽の中に手を伸ばし、次々と牢屋の中にパンを投げ込んだ。


鋭い爪を持つ巨体が、一切の躊躇なく、
まるで作業のようにパンを放り込む。
牢屋の床に落ちるパンは、数十個にも及んだ。
結李の目の前にも、ひとつ転がってきた。


「……パン?」


結李は、転がってきたパンから目を離せずにいた。
硬そうな、どこにでもありそうなパン。
焦げ目もなく、匂いもほとんどしない。
だが、それを投げ入れた存在を思い出した瞬間、胃の奥がひくりと痙攣した。



――あの化け物が、食べ物を…?
視界の端で、誰かがパンに手を伸ばす。



最初は一人だった。
同じ牢屋に閉じ込められていた人が震える手でパンを掴み、何度も躊躇するように見つめたあと、意を決したように口に運ぶ。



次の瞬間、周囲の空気が一変した。
まるでその人が口に運んだのが合図かのように、あちこちから手が伸び、床に落ちたパンが次々と消えていく。



「うそ…食べるの……?」


結李の喉から、掠れた声が漏れた。
さっきまで泣き叫んでいた人が、歯を食いしばり、涙を流しながらパンを齧っている。
誰かは無言で、誰かは嗚咽を噛み殺しながら、ただ必死に、口を動かしていた。



樽の中は水だったようでコップを使い飲むものや手で掬って飲むものも現れた。



――これも生きるためだ。



恐怖と飢えと絶望が混ざった光景。
結李は、足元のパンを見下ろしたまま動けなかった。
恐怖で、ではない。
理解してしまったからだ。 



ここでは、
「食べるか、そのまま餓死するか」
その選択しか与えられていないのだと。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

さようなら、あなたとはもうお別れです

四季
恋愛
十八の誕生日、親から告げられたアセインという青年と婚約した。 幸せになれると思っていた。 そう夢みていたのだ。 しかし、婚約から三ヶ月ほどが経った頃、異変が起こり始める。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...