ギャル最強

猫屋綾

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第一章

始まりの渦

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富永結李は、オシャレが好きで少し派手な高校二年生だった。
よく笑い、よく喋る。
髪は少し明るめで、制服も校則など存在しないかのように着崩している。


だが、素行が悪いわけではない。
 

剣道部に所属し、朝練も欠かさず、成績もむしろ良好だった。
俗に言う「ギャルだけど真面目」
 

それが、家族の共通認識だった。


父と母
大学二年生の兄・透
中学二年生の弟・千鶴。
五人家族だった。



昔から、よく話し、よく笑う家族。
その日も、朝はいつも通りに始まった。
 
 

「……ん、もう朝じゃん」
目覚ましが鳴る前に、結李は目を開けた。
スマホを確認し、時間を見る。
「目覚ましより早く起きるなんて、奇跡」
軽く伸びをして、ベッドから降りる。


制服に着替え、鏡の前で髪を整え、軽くメイクを済ませた。


(今日の私、割と盛れてない?) 


満足して部屋を出る。



階段を降りると、味噌汁の匂いが鼻をくすぐった。


「おはよー、お母さん!」
「おはよう結李。目玉焼きできてるわよ。今日はベーコン付き」
「神。今日も優勝」
母は呆れたように笑いながらも、どこか嬉しそうだった。


「お母さんの朝ごはん、食べないと力が出ないー」
そう言いながら、結李は自然に茶碗を取り、ご飯をよそった。


食卓では、父が新聞を読み、兄の透がノートパソコンを開いていた。
 
「おはよ、結李」
透が眼鏡越しに顔を上げた。
「みんなおはよぉー。透兄!昨日楽しかったねあのゲーム!」
「そう。頭使うけど、結構面白いんだよ」
「ね!またやろ」
 
軽い調子だったが、透の目は楽しそうだった。

その横で、弟の千鶴が二人をじっと見ている。
「……いいなあ」
「なに、ちーちゃん」
結李が即座に反応すると、千鶴は少し照れた。
「兄ちゃんと姉ちゃん、昨日ずっとゲームしてたじゃん」
「あー」
「俺もやりたかった」
声はのんびりしているが、羨ましさは隠せていない。
 

「ちーちゃんは、朝弱いじゃん」
結李は笑いながら言った。
「早く寝ないと、今日の授業つらいよ?」
「姉ちゃんは平気なのに」
「私は鍛えてるから。剣道パワー」


透がくすっと笑う。

「今日の夜一緒にやろう」
「え、マジ!?俺も!?」
「いいじゃん、いいじゃん!3人でやろうよ!」
「やった!約束だよ!」


その様子を見て、父が新聞を畳んだ。
「本当に仲がいいな、お前たちは」
「だって楽しいじゃん」
結李が即答すると、母が微笑む。
「こうやって毎朝揃って話せるの、幸せよね」
誰も否定しなかった。


それが、この家では当たり前だったから。
 

食後、最終準備を終えた結李は鞄を持って玄関に立つ。
剣道部の朝練があるため、家族の中で一番早い。
「じゃ、行ってきまーす!」
「気をつけてね」
「車に注意しろよ」
父と母が笑顔で見送ってくれた。


すると、透と千鶴がリビングから顔を出した。
「雨降りそうだったら連絡しろ」
「姉ちゃん!夜はゲームね!」
「はいはい、約束」
結李は笑って手を振り、扉を開けた。
春の終わりの風が、制服の裾を揺らす。
 

こんな他愛ない朝を迎え、誰一人として思わなかった。


この“普通”が、今日で終わるなんて。
 



外に出た結李は、歩きながら軽く伸びをした。

「今日も一日がんばりますかー」

中高生やスーツ姿の大人たちが行き交う、いつもと変わらない朝。
少し眠たそうで、どこか慌ただしい、見慣れた風景。
 
スマホで友人から届いたメッセージを確認しながら、結李はふと立ち止まった。
 
――空が、変だった。
 

「……え?」

結李は、足を止めた。
晴れているはずの空の一部が、歪んで見える。
黒く、渦を巻くような“何か”が、ぽっかりと空間をえぐっていた。
ただの影じゃない。ぐにゃりと歪み、渦を巻く“穴”。


「ちょ、なにあれ……」
ざわり、と空気が揺れる。
低く、不快な音。


そして――
空だけじゃない。


道路の端、建物の壁、路地の奥。
いくつもの場所に、黒い渦が同時に開いていく。


「……やば……」



次の瞬間。
渦の奥から、黒くて禍々しいものが這い出した。
それは人の手に似ていたが、皮膚は黒く、指は異様に長い。

柔らかくしなやかにうごくそれは蛇のごとく蠢きながら伸びてくる。
 

「いや…いやぁああ!!」
悲鳴が、あちこちで上がった。
黒いそれらは、人を掴み、引きずり、
次々と、通りすがりの人々を掴んでいく。
 

抵抗する間もなく、10代から30代と思しき人たちが、叫び声と共に渦の中へ引きずり込まれていった。
「助けて!!」
「やだ!!」
 
混乱と恐怖。
 
現実感が、音を立てて崩れていく。
結李の足は、地面に縫い止められたように動かなかった。
 

「に……逃げなきゃ!!」
結李がどうにか走り出そうとした、その瞬間。
足首に、ぬるりとした感触。

「――っ!?」

黒いそれが、絡みついていた。
「ちょ、離してって!!」
必死に振りほどこうとするが、力が違いすぎる。


誰かが腕を掴んだ。
「大丈夫か!」
その直後、別の黒いものがその人ごと巻き取った。


世界が、引きずられる。
「……お母さん……お父さん…」
「千鶴……」
「透兄……」
最後に口から出たのは、
いつも呼んでいた名前だった。



そして――
富永結李は、黒い渦に飲み込まれた。
 


その朝、日本各地に無数の黒い渦が出現した。


連日テレビで報道され、
そこから伸びる凄まじい“何か”によって、二百人以上が行方不明となった。


世界は、騒然とした。
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