転生天使は平穏に眠りたい〜社畜を辞めたら美形王子の腕の中でとろとろに甘やかされる日々が始まりました〜

メープル

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第六話

 アリスターに髪を整えてもらった後、俺たちは王宮の広大な庭園へとやってきた。
 前世では、緑と言えば駅前の街路樹か、疲れ果てて買ったコンビニのサラダくらいだったが、目の前の景色は圧巻だ。
 手入れの行き届いた芝生に、色とりどりの花。中央には噴水があり、水しぶきが日の光を浴びてキラキラと輝いている。

「ここは僕のお気に入りの場所なんだ。風通しもいいし、誰にも邪魔されずにのんびりできるよ」
「すごい……。本当に綺麗ですね」

 俺は思わず感嘆の声を漏らした。
 アリスターは「気に入ってくれて嬉しいよ」と微笑み、近くの白いベンチに俺を座らせた。

「シオン、ここで少し待っていてくれるかい?カイルが急ぎの書類を持ってくるはずなんだ。すぐに戻るから」
「あ、はい。大丈夫です。ゆっくりしてきてください」

 俺が頷くと、アリスターは名残惜しそうに俺の髪を一房なでてから、足早に東屋の方へと向かっていった。
 一人になると、途端に静寂が訪れる。
 風の音と、噴水の音。それに混じって、どこからか「お腹すいた」「眠いなぁ」という不思議な声が聞こえてきた。

(……空耳か?)

 周囲を見渡すと、ベンチのすぐ横にある低木の中に、一際丸っこい影を見つけた。
 それは、握りこぶしほどの大きさの、真っ白でふわふわした小鳥だった。

『お、見慣れない顔だね。美味しそうな匂いがするぞ』

 はっきりと聞こえた。その小鳥が、俺を見上げて呟いている。

「……え、お前、喋ってるのか?」
『ピピッ!?なんだ、お前、僕たちの言葉がわかるのか?』

 小鳥は驚いたように羽をばたつかせ、俺の肩へと飛び乗ってきた。
 触れた感覚は、綿菓子のように軽くて柔らかい。

「わかるっていうか……勝手に頭に入ってくるんだ。お前、何者だ?」
『僕はミル。この庭の精霊さ。お前、ただの人間じゃないだろ?すっごく清らかな、温かい光が漏れてるよ』

 ミルと名乗った小鳥は、俺の頬に嘴を擦り寄せてきた。
 どうやら天使としての俺の「本質」を見抜いたらしい。人間にはバレたくないが、精霊なら問題ないだろう。

「俺はシオン。……頼むから、言わないでくれよ。俺はここで、目立たず平穏に暮らしたいんだ」
『えー。じゃあ、お詫びに美味しいお菓子をちょうだいよ。テレーズのクッキーが大好きなんだ』

 なんとも現金な精霊だ。
 俺が苦笑いしながらミルの頭を指先で撫でていると、いつの間にか戻ってきていたアリスターが、呆然とこちらを見て立ち尽くしていた。

「……シオン?」
「あ、アリスター様。おかえりなさい」
「君はもしかして、小鳥と話をしていたのかい?」

 まずい。見られていた。
 俺は慌ててミルを肩から下ろそうとしたが、ミルは「離れないぞ」と言わんばかりに俺の髪の中に潜り込んでしまった。

「いや、その、なんか懐かれちゃって。独り言を言ってただけですよ」
「……そうか。小鳥でさえ君の側にいたいと思うんだね」

 アリスターはゆっくりと俺に歩み寄り、俺の肩に手を置いた。
 その瞳には、先ほどまでの穏やかさとは違う、深い熱が宿っている。

「君を見ていると、時々本当に……神様からの贈り物なんじゃないかと思ってしまう。動物にまで愛されるなんて、君はなんて優しくて、特別な存在なんだろう」

 アリスターの指が、ミルのいる近くの俺の首筋をなぞる。
 その熱い感触に、また背中の羽が疼き出した。

「特別なんかじゃありません。ただの、怠け者の居候ですよ」
「ふふっ。その謙虚なところも好きだよ。でも、シオン……」

 アリスターは俺の顔を覗き込み、囁くような低い声で続けた。

「その小鳥が羨ましいな。僕も、一日中君の肩に乗っていられたらいいのに」

 爽やかな王子の口から飛び出した、あまりに重すぎる独白。
 俺は顔が火照るのを感じながら、必死に視線を逸らした。
 アリスターの過保護は、どうやら俺が思っている以上に「特別」な方向へ加速しているようだった。
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