海辺にて君を待つ

鈴咲絢音

文字の大きさ
8 / 17

episode.8 少女達の旅立ち

しおりを挟む

 私は突然のミベロの行動に固まってしまい、彼女が消えた水面を見つめるしかなかった。

 ミベロは水面の揺れが収まる前に浮かんできた。

「びっくりした、急にどうしたの?」

 私の問いかけにミベロは自身の右頬を擦りながら小さな声で答えた。

「痛イ……?」

「えっ? ……あ!」

 彼女の右頬を見ると赤くなっていた。火傷とまではいかないが熱い物が触れたようだった。

 そこに触れたものと言えば、私は自分の指先を見る。

 そういえばさっき冷たく感じたのはミベロの肌だったんだ。となると彼女の頬を熱したのは、私の指?

 ミベロの右頬に走る短い赤い線と自分の指を見比べる。そのサイズはほぼ同じだった。

「ごめん、私が触ったからだ」

 漸く気づいた事実に私は謝罪の言葉を述べるしかない。

 するとミベロも思い出したように話し出した。

「人間、熱イ。ダカラ、触ル、ダメ。オ母サン、言ッタ」

 ミベロの言う事はつまり、魚人にとって人間の体温は熱すぎて火傷してしまう恐れがあるという事だ。

 そういう事なら今後は不用意に触ったりしないよう気をつけないと。

 もう一度ミベロの右頬を見ると、海水で冷やされて赤みは少しずつ落ち着いているようだった。

「熱かったよね、大丈夫?」

「ン、大丈夫」

 そう言いつつもミベロはなおも右頬をさすっている。その姿が私の不安を煽った。

「本当に大丈夫? これからは気をつけるから、本当にごめんね」

「大丈夫、心配ナイ」

 そんな私に対してミベロはゆっくり首を横に振るとにこっと笑った。

 可憐な笑みに少しどきりと胸が鳴る。

 私が思わず視線を外すと、その間にミベロは頭のワカメを取り去って代わりに私が渡したポンチョ型バスタオルを被った。

 彼女は可愛らしい笑みを浮かべたまま羊のフードを両手で摘んでみせた。

「コレ、アリガト!」

 お礼を言う仕草も女の子らしく可愛らしい。

 それを羨ましいと思うのは私が女の子だからだろうか。

 それとも女の子に憧れているからだろうか。

 一瞬そんな考えが頭を過ぎる。浮かんだ思考に目を伏せて私は応えた。

「気に入ってもらえて良かった。もうそれ使ってないからミベロにあげるよ。ワカメ破っちゃったお詫びね」

「アリガト、ナオ!」

 ミベロはさっきまで落ち込んでいたのが嘘のように花を飛ばす勢いで喜んでいた。

 白い裾を靡かせて水中をくるくる回る。

 水を吸った柔らかいタオル生地は重そうにも思えたが、ミベロは気にする様子もなく水中を自由自在に泳いでいる。

 白を纏うその姿は海の天使みたいで綺麗だった。

 それを見ていると自分とミベロの女子力の差とでも言うのか、女の子らしさの違いになんだか無性に悲しくなってきた。

 肩幅がある私には着こなせなくてずっと押し入れに仕舞われたままだったバスタオル。

 可愛いからと我儘を言って買ってもらったけど、結局使う勇気は起きなくて。

 そんな可愛い女の子らしいもの似合わないと言われるのが怖くて。

 ちゃんと『女の子』の体に生まれていればこんな事で悩むこともなかったのかな。

 華奢で可愛らしいミベロにはぴったりなそのポンチョが泳ぐのをぼんやり眺めていると、ふと彼女と目が合った。

「コレ、好キ! ナオ、アリガト!」

「ふふ、どういたしまして」

 ミベロがあんまりにも嬉しそうに笑うもんだから私も釣られて笑顔になった。

 喜ぶ彼女の姿を見て、譲って良かったと確信する。

 可愛いバスタオルへの未練を振り切ろうと勢いよく立ち上がり、乗り慣れたカヤックに乗り移る。

 桟橋にパドルを当ててカヤックを力強く押し出し海上へ出る。

 隣に並んだミベロに目配せしてにっと歯を覗かせた。

「じゃあ、行こっか。陸地目指してレッツゴー!」

「ゴー?」

 ミベロは首を傾げつつも私に合わせて手を掲げてくれた。

 それが嬉しくて私はついにやけてしまう。

 浮ついた心持ちで私はパドルを握り直し、右手を大きく前に出す。次に左手。また右手。

 リズムを崩さないようどんどん漕ぎ進める。

 ちらりと後ろを確認すると陽光を反射する水面の下に人魚とも天使とも見える姿が映る。

 ミベロがしっかりついてきている事に安堵し、私は意気揚々と大海原へ飛び出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...