海辺にて君を待つ

鈴咲絢音

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episode.9 海上の小休止

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 どれだけ漕いできただろう、振り返ると私が住むマンション群は海の遠く彼方になっていた。

 周りには地点を示すブイがぽつりぽつりと浮いているだけで、広大な群青に囲まれている。透き通る海中に見えるのは白いバスタオルに身を包む彼女の姿。

 お互い言葉を交わすことなく黙々とここまで進んで来た。

 太陽は少し西に傾き始めているが、まだまだ眩しく私達を照りつける。

 腕が疲れてきた私は一旦パドルを置いてスマホを取り出した。画面に表示される時間を見ると出発してから二時間が経とうとしていた。

 ぐーっと背中を伸ばして体を解していると、ミベロがひょっこりと不思議そうにしている顔を出した。彼女の表情に私はすぐさま言葉を発する。

「あ、ごめん。ちょっと疲れてきちゃって。少し休憩しない?」

 彼女が頷くのを確認して、私は腰に着けたポシェットを開き、その中から先程家に寄った時に適当に詰め込んだおやつを取り出した。

 掌サイズの箱のパッケージをミベロに見せて首を傾げる。

「チョコレート、食べる?」

 私を真似るようにミベロも首を傾けた。

 チョコレートなんて海にはないから知らなくても当たり前か、察した私は彼女の答えを待たずにお菓子の箱を差し出した。

「手、出して」

 私に言われるがまま彼女の白い手が海面から現れた。そこへ一口サイズのチョコレートを一粒転がす。

「食べてみて。甘くて美味しいよ」

 そう言って私も一粒口に放り込んだ。疲れた体にチョコレートの甘さが沁みる。

 私の顔が綻ぶのを見て、ミベロも初めて見るであろうチョコレートを乗せた手に口を寄せた。

 途端、彼女の顔が驚きと共にぱっと華やぐ。それを見た私も思わず口角が上がる。

「美味しいでしょ」

「美味シイ!」

 私の言葉に被せるようにミベロは初めて食べたチョコレートの感想を述べた。

 そのはしゃぎように私は優越感にも似た喜びを覚える。調子良く私はチョコレートの箱を振って音を鳴らした。

「もっと食べる?」

「ハイ!」

 威勢よく伸ばされた手に零さないよう甘い粒を落としていく。

 手に乗せられたチョコレートはあっという間にミベロの意外と大きな口の中へ消えていく。

「美味シイ! ナオ、アリガト!」

「うん、まだあるからまた欲しくなったら言ってね」

「ハイ!」

 満面の笑みで彼女は答える。そんなにも気に入ってもらえるとは思わず、私も嬉しくて笑顔になった。

 ひとまず終わりにしようとお菓子を荷物入れに戻していると、ミベロが何やらそわそわした様子でこちらを見ている。

「どうかした?」

「オ礼、スル」

「え、別にいいよ? 大したものじゃないし」

「オ礼、スル! 何、良イ?」

「うーん、そこまで言うなら……でも急に言われてもな……そうだ、それじゃあさ、今度はミベロの好きな物食べさせてよ」

「分カッタ!」

 ミベロは嬉しそうに大きく首を縦に振った。

 その様子は幼子みたいで可愛らしく私は自然と笑みが零れていた。
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