王太子殿下は虐げられ令嬢を救いたい

参谷しのぶ

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第2章

1.特別待遇

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 王立治療院での入院生活は、端的に言って素晴らしい日々だった。
 治癒師のシャレドとローリックは思いやりがあり、エリシアのことを何かと気にかけてくれる。
 看護師のターシャとロゼリン、そしてホープは嬉々としてエリシアを甘やかす。

 両親を亡くして以来、すっかり忘れていた家族愛的なものが掻き立てられ、エリシアはくすぐったい気分だった。
 ちなみに病室の変更は、何だかんだで却下された。王太子であるアラスターが頻繁に出入りするため、警備上の問題があるらしい。

「ここに君がいることを知っているのは、王室内でもごくわずかだ。貴族たちにはまったく知られていない。外界から守られているわけだから、しばし己の出自を忘れてゆっくり休め」

 そう言ったのは、必要以上に騎士道精神を発揮する王太子様だ。未来の国王ゆえに正義感が頭をもたげるらしい。
 何しろエリシアはあれから一気に衰弱し、寝たきりになってしまったのだ。
 シンクレア公爵家での生活水準は地を這うように低かったので、体力と気力を総動員させて生きてきた。アラスターに救出して貰ったが、ある意味で支えを失って気が抜けてしまったらしい。

 エリシアがベッドに横たわる姿は酷く弱々しかったそうで、アラスターは妙に責任を感じてしまったようだ。
 公務で忙しいはずなのに、彼は毎日病室に来てくれる。エリシアが入院してちょうど十日目になるその日も、彼は当然のように病室に入ってきた。

「おお、ちょうど食事の時間か。ターシャたちが、君の食事量が少ないとこぼしていたぞ。どうせ遠慮しているのだろうが……今日はせっかくだから、僕が見守ってやろう。食事こそが元気の源だ」

「アラスター殿下……食事こそが体力回復のための特効薬であることはわかっているのです。ですが、こんなにご馳走が並んでいては平静を失ってしまいます。興奮で気が高ぶって、見ているだけでお腹がいっぱいになってしまうのです」

 エリシアは成長する過程で、粗末な食事がデフォルトだった。
 『恥知らずなアージェント家』の跡取りだった父と、男爵家の五女だった母との暮らしも貧しく、必要最低限の食事だけで生きる癖がついている。

 昇降式のサイドテーブルの上は、栄養士が腕を振るった料理でいっぱいだった。アラスターはまるで軍事作戦でも行っているかのように、エリシアに食べる順番を指示した。
 食事には時間がかかった。こんなこともたやすく行えない自分が恥ずかしい。頭では『早く』と思うのに、体の方が受け付けないのだ。

「焦ることはない。ゆっくり、確実にいこう。バランスの取れた食事をしていなかったせいで、野菜が苦手なんだろう。だが、これは美味いぞ。騙されたと思って食べてみろ」

 アラスターの青い瞳が背中を押してくる。エリシアは思い切って、人参のグラッセを口に突っ込んだ。

「美味しい……」

「な、言ったとおりだったろう? さあ、もうひと口だ」

 アラスターの目がきらきらと輝いた。エリシアを健康にすることにかけて、彼は戦馬並みの押しの強さを発揮する。

(うーん。ラーラが夢中になっていただけのことはあるなあ……)

 まだ19歳と若く、美貌に恵まれ、飛びぬけて聡明であるらしいアラスター。ガルブレイス王国の、たったひとりの王子様。世界中を見回しても、彼ほどの好条件を備えた男性は少ないだろう。
 婚約者候補の筆頭だったラーラが脱落したことで、国中の令嬢たちが奮い立っているに違いない。

(ラーラは……シンクレア公爵家は怒っているだろうな。あんなことがあったのだから当然だけど)

 公爵家の屋敷に残してきた荷物のことも気にかかる。貴族たちの前で「送ってあげる」と宣言したのだから、すぐには捨てないと信じたい。

「もう、もうお腹いっぱいです、アラスター殿下」

「そうか? まあ、エリシアにしてはよく食べたと言えるだろう。君は我が国の大切な国民で、僕は国民に対して重い責任を負っている。これからもちょくちょく、食事の時間に訪問するとしよう」

 そう言ってアラスターは笑った。信じられないくらい綺麗な笑顔だった。
 思いやりがある彼は『恥知らずなアージェント家』の末裔であるエリシアにも、敬意をもって接してくれる。

 本当に奇特な人だ。だからこそ、自分が取るに足らない存在であることを忘れてはならない、とエリシアは己に言い聞かせた。
 退院後にどうやって生きていけばいいかなど見当もつかないが、アラスターの優しさに慣れてしまうと恐ろしいことになりそうだ。

「あの、アラスター殿下。私を匿うだけで、殿下は大変な危険を冒していらっしゃいます。体も癒えてきましたし、そろそろ身の振り方を決めたいのですが」

「それについては後日話し合うことにしよう。シャレドもローリックも、まだ退院の許可を出していないのだから」

 アラスターはさらりと言って、なぜか明後日の方を向いた。
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