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終章
2.アラスターの告白
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「シャレド、ローリック。すまないが席を外してくれないか」
アラスターがぼそりと言う。
二人の治癒師はちらっとエリシアを見た。うなずいてみせると、彼らは隣の小部屋へ出て行った。
「さっさと済ませましょう。アラスター殿下、お風呂に入らずに水魔法で済ませてたでしょう。言いたくはないですけど、体臭で酔いそうです」
「ぐ……。もうちょっと歯に衣着せてくれ」
アラスターはうなるように言うと、ぼさぼさになった銀の髪をかきあげた。
「僕が、何もかも君のために動いていたのかというと……あいにく違うんだ」
「私を心配してあれこれ気遣ってくださったのは、下心があったということですか?」
「そうだ。僕は子どもの頃から、自分の思い通りにならないと気が済まないタイプだ。ついでに完璧主義だ。僕が幼少期から、アージェント家についてじっくり調べてきたことは言ったよな?」
エリシアはうなずいた。
「百年前にアージェント家を見捨てたことは、我が国の汚点だ。僕は当時の王族の無能さに驚かされたし、頭にきた」
「えーっと。国として必要な手助けをしなかった王家のほうが恥ずかしいってことですよね? 『魔力がないのが悪い』で一件落着にしてしまったのは、当時の王の怠慢だと」
アラスターは「そうだ」とつぶやきながら顎を撫でた。
「9歳のとき、メンケレン帝国のギャレットから面と向かって馬鹿にされたんだ。アージェント家の問題を、未だに解決していないのが理解できないと。他国の魔法学界隈では、魔力なしで長期間闘い続けた君の祖先に、実は何らかの魔力があったのだろうと考えられ始めていた」
うめくように「悔しかったよ」と言って、アラスターは天井を見上げた。
「王家の落ち度を認めて、償おうなんて気はさらさらなかった。間違いを僕が正してやろうと思っただけだ。そうすれば僕の人生は完璧になる。とにかく必要な情報をすべて集めようと、両親の反対を押し切って王宮を飛び出したんだ」
「それって、9歳のときに迷子になって死にかけたってやつですか? ギャレット皇太子からの手紙に書いてありました」
「あの野郎、何書いてくれてんだ……」
アラスターは頬を染め、唇を噛んだ。
「ちゃんと顔を思い出すこともできないんですけど、私が『友達』に会ったのは、8歳の頃だったんですよね。ずっとひとりで遊んでたから、友達がほしいなんて思ったことは一度もなかったんだけど。二人で遊んだら、思ったよりも楽しくて。あれってもしかして……?」
「そうだよ、僕だよ」
アラスターがエリシアを見た。まるで先生に叱られている生徒のような顔だ。
「僕は紅顔の美少年だったからね。白馬の王子様を大歓迎してくれるかと思ったら……いきなり泥団子を投げつけられた」
「そうでしたっけ? まあ、いきなり不審者が現れたら全力で抵抗しますよね。それで、箱入り息子の殿下は泣いちゃいました?」
「あいにく僕は、難敵を前にすると俄然闘志がみなぎってくるタイプでね。望むところだって叫んで、全力でやり返したよ」
「あー、なんか思い出してきました。私もつい熱くなっちゃって、かなりの打撃を与えたんだった」
「勝利の証だって言って、僕からハンカチを奪ったよな。ちっちゃくて細い女の子に負けて、僕はもう悔しくて悔しくて……王宮に帰ってから、しゃにむに体を鍛えたよ」
アラスターが片方の口角を上げて笑った。
「社交界で再会しても、君はちっとも覚えてなかったけど」
「いやー、だってあれっきり会えなかったし、付添人の仕事も忙しかったし。思い出すきっかけがなかったんですよねえ。あ、ハンカチは大事に取ってありますよ?」
エリシアは小物入れからハンカチを引っ張り出した。当時は真っ白だったが、10年もたてばさすがに変色していた。
「もう一度会えたら返そうと思ってました。すごく楽しかったから、再戦したかったんですよ」
「僕だって、会えるものなら会いたかったさ。でも『恥知らずなアージェント家』の末裔との接触は、二度と許されなかった」
「まあ、大人の手で引き離されたのは覚えてるんで。そうなんだろうなーとは思ってました」
エリシアが笑うと、アラスターは目を伏せた。
「負けたままってのは悔しくてね。次に会うときは、君が抱いている僕の印象を変えて見せるって意気込んでた」
アラスターはため息をつき、遠くを見るような目をした。
「僕は完璧な王太子になりたかった。完璧な人生を築きたかった。アージェント家の問題を解決するために、万全の態勢で臨もうと思った。やるからには失敗は許されない。許せない。絶対に成功してやると、自由時間のすべてを研究に注ぎ込んだ」
「それで私に、せいぜい恩に着て貰おうと思った?」
エリシアは椅子から立ち上がり、アラスターの前に行って屈み込んだ。
「そうだよ。もし君が役に立つ魔力を持っていたら、手玉に取ってやろうと思っていたんだよ。問題を解決してやったのだから、せいぜい役に立って貰おうと。気ままな生活を送らせてやれば、簡単に操れるだろうと」
アラスターは「卑劣だろう?」と吐き捨てた。
「それなのに君は、こっちが白馬の王子様のように振る舞えば胡散臭そうにするし。豊かな財産や贅沢な生活を与えようとすれば吐くし。ちやほやされても自分を見失わないし」
そう言って、アラスターは泣き笑いのような表情を浮かべた。
アラスターがぼそりと言う。
二人の治癒師はちらっとエリシアを見た。うなずいてみせると、彼らは隣の小部屋へ出て行った。
「さっさと済ませましょう。アラスター殿下、お風呂に入らずに水魔法で済ませてたでしょう。言いたくはないですけど、体臭で酔いそうです」
「ぐ……。もうちょっと歯に衣着せてくれ」
アラスターはうなるように言うと、ぼさぼさになった銀の髪をかきあげた。
「僕が、何もかも君のために動いていたのかというと……あいにく違うんだ」
「私を心配してあれこれ気遣ってくださったのは、下心があったということですか?」
「そうだ。僕は子どもの頃から、自分の思い通りにならないと気が済まないタイプだ。ついでに完璧主義だ。僕が幼少期から、アージェント家についてじっくり調べてきたことは言ったよな?」
エリシアはうなずいた。
「百年前にアージェント家を見捨てたことは、我が国の汚点だ。僕は当時の王族の無能さに驚かされたし、頭にきた」
「えーっと。国として必要な手助けをしなかった王家のほうが恥ずかしいってことですよね? 『魔力がないのが悪い』で一件落着にしてしまったのは、当時の王の怠慢だと」
アラスターは「そうだ」とつぶやきながら顎を撫でた。
「9歳のとき、メンケレン帝国のギャレットから面と向かって馬鹿にされたんだ。アージェント家の問題を、未だに解決していないのが理解できないと。他国の魔法学界隈では、魔力なしで長期間闘い続けた君の祖先に、実は何らかの魔力があったのだろうと考えられ始めていた」
うめくように「悔しかったよ」と言って、アラスターは天井を見上げた。
「王家の落ち度を認めて、償おうなんて気はさらさらなかった。間違いを僕が正してやろうと思っただけだ。そうすれば僕の人生は完璧になる。とにかく必要な情報をすべて集めようと、両親の反対を押し切って王宮を飛び出したんだ」
「それって、9歳のときに迷子になって死にかけたってやつですか? ギャレット皇太子からの手紙に書いてありました」
「あの野郎、何書いてくれてんだ……」
アラスターは頬を染め、唇を噛んだ。
「ちゃんと顔を思い出すこともできないんですけど、私が『友達』に会ったのは、8歳の頃だったんですよね。ずっとひとりで遊んでたから、友達がほしいなんて思ったことは一度もなかったんだけど。二人で遊んだら、思ったよりも楽しくて。あれってもしかして……?」
「そうだよ、僕だよ」
アラスターがエリシアを見た。まるで先生に叱られている生徒のような顔だ。
「僕は紅顔の美少年だったからね。白馬の王子様を大歓迎してくれるかと思ったら……いきなり泥団子を投げつけられた」
「そうでしたっけ? まあ、いきなり不審者が現れたら全力で抵抗しますよね。それで、箱入り息子の殿下は泣いちゃいました?」
「あいにく僕は、難敵を前にすると俄然闘志がみなぎってくるタイプでね。望むところだって叫んで、全力でやり返したよ」
「あー、なんか思い出してきました。私もつい熱くなっちゃって、かなりの打撃を与えたんだった」
「勝利の証だって言って、僕からハンカチを奪ったよな。ちっちゃくて細い女の子に負けて、僕はもう悔しくて悔しくて……王宮に帰ってから、しゃにむに体を鍛えたよ」
アラスターが片方の口角を上げて笑った。
「社交界で再会しても、君はちっとも覚えてなかったけど」
「いやー、だってあれっきり会えなかったし、付添人の仕事も忙しかったし。思い出すきっかけがなかったんですよねえ。あ、ハンカチは大事に取ってありますよ?」
エリシアは小物入れからハンカチを引っ張り出した。当時は真っ白だったが、10年もたてばさすがに変色していた。
「もう一度会えたら返そうと思ってました。すごく楽しかったから、再戦したかったんですよ」
「僕だって、会えるものなら会いたかったさ。でも『恥知らずなアージェント家』の末裔との接触は、二度と許されなかった」
「まあ、大人の手で引き離されたのは覚えてるんで。そうなんだろうなーとは思ってました」
エリシアが笑うと、アラスターは目を伏せた。
「負けたままってのは悔しくてね。次に会うときは、君が抱いている僕の印象を変えて見せるって意気込んでた」
アラスターはため息をつき、遠くを見るような目をした。
「僕は完璧な王太子になりたかった。完璧な人生を築きたかった。アージェント家の問題を解決するために、万全の態勢で臨もうと思った。やるからには失敗は許されない。許せない。絶対に成功してやると、自由時間のすべてを研究に注ぎ込んだ」
「それで私に、せいぜい恩に着て貰おうと思った?」
エリシアは椅子から立ち上がり、アラスターの前に行って屈み込んだ。
「そうだよ。もし君が役に立つ魔力を持っていたら、手玉に取ってやろうと思っていたんだよ。問題を解決してやったのだから、せいぜい役に立って貰おうと。気ままな生活を送らせてやれば、簡単に操れるだろうと」
アラスターは「卑劣だろう?」と吐き捨てた。
「それなのに君は、こっちが白馬の王子様のように振る舞えば胡散臭そうにするし。豊かな財産や贅沢な生活を与えようとすれば吐くし。ちやほやされても自分を見失わないし」
そう言って、アラスターは泣き笑いのような表情を浮かべた。
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