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第1章 伯爵令嬢アイシア
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「銀髪碧眼のエイドリアナ王女殿下なら、断然ブルーサファイヤのジュエリーセット『ファム・ピール』の方が似合うのに。ナチュラルブルーダイヤモンドの『ラ・ホロムナーデ』も、ネオンブルーのトルマリン『ラジュエ・ルトル』もあったのに……」
「それ、八歳の僕でも知ってるよ。フォレット伯爵家の家宝中の家宝だよ。めちゃくちゃ希少な宝石がふんだんに使われてるよ。ライバルに貸してやるとか『頭沸いてる』って言われるやつだよ」
シルチェスターの突っ込みも、今の私には聞こえません。
「ランダル様は宝石に疎い方だとわかっていたのだから、私が選んで差し上げるべきだった。それなのに私ったら、ひとりぼっちのデビュタントくらいで拗ねた姿を見せて……ランダル様の婚約者失格だわ」
「あんなクソ野郎の婚約者なら失格の方が幸せだと思う」
私は両手でシルチェスターの肩をガッと掴みました。
「シルチェスター、私は頭が冷えたわ。あなたもよく考えてみて? ランダル様は親に勝手に婚約者を決められた被害者なのよ」
「いやそんなの貴族社会では普通だし、スタートはどうあれ充実した関係性を築きあげることが大切でしょ。それを放棄してる時点であいつは押しも押されもせぬクソ野郎だよ」
シルチェスターの言葉をスルーして、私は宙を見つめます。
「ランダル様を選んだ十四歳の私は、ただただ領地を守りたいという気持ちでいっぱいだった。そう、しょせん私は打算にまみれた腹黒女なのよ」
「領民目線で見たら自己犠牲の極み、聖人と変わらない行為……」
シルチェスターの言葉を遮って、私は「うんうん」と何度も大きくうなずきました。覆いかぶさる勢いでシルチェスターの肩を掴んでいたので、私の顎が彼の頭に当たりました。
「痛い!」
「やっぱりね、私のような女は欲張っちゃダメなの。ランダル様が一生エイドリアナ王女殿下と共にあれるよう、お支えするのが筋ってものなの。今日みたいにランダル様に罪悪感を抱かせるのは絶対にやってはいけない行為だし、淑女失格だわ」
「んああ~この令嬢、話が通じね~っ!!」
シルチェスターが貴族令息らしからぬ乱暴な口調で言い、天井を仰ぎ見ます。彼の頭が私の顎に当たり、私まで天井を仰ぎ見る羽目になりました。
「い、痛い……」
「お互い様だよっ!!」
私とシルチェスターは、揃って涙目で見つめ合いました。それからほぼ同時に「ぷ」と噴き出しました。
私はシルチェスターの子供っぽい可愛い怒り顔が、シルチェスターは私のしょぼくれた情けない顔が、笑いのツボを刺激してしまったようです。
ひとしきり笑った後で、私たちは握手で仲直りをしました。
「シルチェスター、今からランドル様に『ファム・ピール』と『ラ・ホロムナーデ』と『ラジュエ・ルトル』を届けに行くから、ついてきてくれる?」
「なんか一周回って面白くなってきたから、いいよ。ジノービアも誘っていいよね?」
(公爵令嬢のジノービアなら、ランドルの悪行を喧伝する歩くスピーカーになってくれると思うし)
シルチェスターが小声で腹黒いことを呟いた気がして、私は小首をかしげました。
「いいけど……余計なことはしないでね? 私は目立つつもりはないし、ランダル様の罪悪感を刺激するようなことは、絶対にしちゃいけないんだから。『ひっそりこっそり』が合言葉よ」
「オッケーオッケー『ひっそりこっそり』ね、まかせといて! じゃあ早速ジノービアを呼んでくるからっ!」
シルチェスターは子供らしく駆け出しました。走りながらもニコラスとミリーと器用に握手を交わし、使用人控え室を出ていきます。
「ミリー、街歩き用の服を出してくれる? シルチェスターのあの様子じゃ、ジノービアちゃんはすぐに来ちゃうと思うから。ニコラスはジュエリーセットの用意をお願い」
ニコラスとミリーが「かしこまりました」と小さく頭を下げます。私たちも使用人控え室を出て、廊下の奥の階段へと向かいました。
「シルチェスター様は、まだ領地で暮らすべきご年齢ですけれど。お父様のキャントレ侯爵が開いた商会が大繁盛している関係で、一年の半分は王都にいらっしゃいます。アクティブなご性格でしょっちゅう出歩いているそうですから、普段引きこもりのアイシア様よりずっと街には詳しいですよ」
私について廊下を歩きながらミリーが言います。
「ジノービア様のマッキンタイア公爵家は、領地が王都のすぐお隣。ジノービア様にとって王都は庭のようなものだそうですよ。これまた頼もしい援軍ですな」
ニコラスが嬉しそうな声で言いました。
(よく考えなくてもキャントレ侯爵家とマッキンタイア公爵家の護衛がついてきちゃうわね……目立ってしまったらどうしましょう)
私のような立場でランダル様に『人数による圧力』をかけるのは正しくありません。しかし今更断れない。
何しろシルチェスターのキャントレ侯爵家のタウンハウスはうちのお隣、ジノービアちゃんのマッキンタイア公爵家タウンハウスは、隣の隣なのです。もうすでに準備に取り掛かっているでしょう。
大金庫に向かうニコラスと途中で別れ、私とミリーは私の部屋に入りました。すぐにミリーが続きの衣装部屋からシンプルな街歩き用のドレスを取ってきて、私を着替えさせます。
さらにミリーは私の髪全体を左サイドに持ってきて、可愛い三つ編みにしてくれました。まさしく目立たない町娘仕様、さすがです。
(まあとにかく、私が年長者としてシルチェスターとジノービアちゃんを大人しくさせるしかない!)
私はそう決意を固め、姿見の前で両の拳を握りしめました。
「頑張るのよアイシア。邪魔にならないタイミングを見極めて、ランダル様にジュエリーセットをお渡しするのよ。決して彼に罪悪感を抱かせないように『ひとりぼっちのデビュタント最高』『むしろ最初から一人で行きたいと思ってた』みたいな言葉を伝えられると、なおいいわね!」
「それ、八歳の僕でも知ってるよ。フォレット伯爵家の家宝中の家宝だよ。めちゃくちゃ希少な宝石がふんだんに使われてるよ。ライバルに貸してやるとか『頭沸いてる』って言われるやつだよ」
シルチェスターの突っ込みも、今の私には聞こえません。
「ランダル様は宝石に疎い方だとわかっていたのだから、私が選んで差し上げるべきだった。それなのに私ったら、ひとりぼっちのデビュタントくらいで拗ねた姿を見せて……ランダル様の婚約者失格だわ」
「あんなクソ野郎の婚約者なら失格の方が幸せだと思う」
私は両手でシルチェスターの肩をガッと掴みました。
「シルチェスター、私は頭が冷えたわ。あなたもよく考えてみて? ランダル様は親に勝手に婚約者を決められた被害者なのよ」
「いやそんなの貴族社会では普通だし、スタートはどうあれ充実した関係性を築きあげることが大切でしょ。それを放棄してる時点であいつは押しも押されもせぬクソ野郎だよ」
シルチェスターの言葉をスルーして、私は宙を見つめます。
「ランダル様を選んだ十四歳の私は、ただただ領地を守りたいという気持ちでいっぱいだった。そう、しょせん私は打算にまみれた腹黒女なのよ」
「領民目線で見たら自己犠牲の極み、聖人と変わらない行為……」
シルチェスターの言葉を遮って、私は「うんうん」と何度も大きくうなずきました。覆いかぶさる勢いでシルチェスターの肩を掴んでいたので、私の顎が彼の頭に当たりました。
「痛い!」
「やっぱりね、私のような女は欲張っちゃダメなの。ランダル様が一生エイドリアナ王女殿下と共にあれるよう、お支えするのが筋ってものなの。今日みたいにランダル様に罪悪感を抱かせるのは絶対にやってはいけない行為だし、淑女失格だわ」
「んああ~この令嬢、話が通じね~っ!!」
シルチェスターが貴族令息らしからぬ乱暴な口調で言い、天井を仰ぎ見ます。彼の頭が私の顎に当たり、私まで天井を仰ぎ見る羽目になりました。
「い、痛い……」
「お互い様だよっ!!」
私とシルチェスターは、揃って涙目で見つめ合いました。それからほぼ同時に「ぷ」と噴き出しました。
私はシルチェスターの子供っぽい可愛い怒り顔が、シルチェスターは私のしょぼくれた情けない顔が、笑いのツボを刺激してしまったようです。
ひとしきり笑った後で、私たちは握手で仲直りをしました。
「シルチェスター、今からランドル様に『ファム・ピール』と『ラ・ホロムナーデ』と『ラジュエ・ルトル』を届けに行くから、ついてきてくれる?」
「なんか一周回って面白くなってきたから、いいよ。ジノービアも誘っていいよね?」
(公爵令嬢のジノービアなら、ランドルの悪行を喧伝する歩くスピーカーになってくれると思うし)
シルチェスターが小声で腹黒いことを呟いた気がして、私は小首をかしげました。
「いいけど……余計なことはしないでね? 私は目立つつもりはないし、ランダル様の罪悪感を刺激するようなことは、絶対にしちゃいけないんだから。『ひっそりこっそり』が合言葉よ」
「オッケーオッケー『ひっそりこっそり』ね、まかせといて! じゃあ早速ジノービアを呼んでくるからっ!」
シルチェスターは子供らしく駆け出しました。走りながらもニコラスとミリーと器用に握手を交わし、使用人控え室を出ていきます。
「ミリー、街歩き用の服を出してくれる? シルチェスターのあの様子じゃ、ジノービアちゃんはすぐに来ちゃうと思うから。ニコラスはジュエリーセットの用意をお願い」
ニコラスとミリーが「かしこまりました」と小さく頭を下げます。私たちも使用人控え室を出て、廊下の奥の階段へと向かいました。
「シルチェスター様は、まだ領地で暮らすべきご年齢ですけれど。お父様のキャントレ侯爵が開いた商会が大繁盛している関係で、一年の半分は王都にいらっしゃいます。アクティブなご性格でしょっちゅう出歩いているそうですから、普段引きこもりのアイシア様よりずっと街には詳しいですよ」
私について廊下を歩きながらミリーが言います。
「ジノービア様のマッキンタイア公爵家は、領地が王都のすぐお隣。ジノービア様にとって王都は庭のようなものだそうですよ。これまた頼もしい援軍ですな」
ニコラスが嬉しそうな声で言いました。
(よく考えなくてもキャントレ侯爵家とマッキンタイア公爵家の護衛がついてきちゃうわね……目立ってしまったらどうしましょう)
私のような立場でランダル様に『人数による圧力』をかけるのは正しくありません。しかし今更断れない。
何しろシルチェスターのキャントレ侯爵家のタウンハウスはうちのお隣、ジノービアちゃんのマッキンタイア公爵家タウンハウスは、隣の隣なのです。もうすでに準備に取り掛かっているでしょう。
大金庫に向かうニコラスと途中で別れ、私とミリーは私の部屋に入りました。すぐにミリーが続きの衣装部屋からシンプルな街歩き用のドレスを取ってきて、私を着替えさせます。
さらにミリーは私の髪全体を左サイドに持ってきて、可愛い三つ編みにしてくれました。まさしく目立たない町娘仕様、さすがです。
(まあとにかく、私が年長者としてシルチェスターとジノービアちゃんを大人しくさせるしかない!)
私はそう決意を固め、姿見の前で両の拳を握りしめました。
「頑張るのよアイシア。邪魔にならないタイミングを見極めて、ランダル様にジュエリーセットをお渡しするのよ。決して彼に罪悪感を抱かせないように『ひとりぼっちのデビュタント最高』『むしろ最初から一人で行きたいと思ってた』みたいな言葉を伝えられると、なおいいわね!」
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