ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ

文字の大きさ
5 / 20
第1章 伯爵令嬢アイシア

しおりを挟む
「銀髪碧眼のエイドリアナ王女殿下なら、断然ブルーサファイヤのジュエリーセット『ファム・ピール』の方が似合うのに。ナチュラルブルーダイヤモンドの『ラ・ホロムナーデ』も、ネオンブルーのトルマリン『ラジュエ・ルトル』もあったのに……」

「それ、八歳の僕でも知ってるよ。フォレット伯爵家の家宝中の家宝だよ。めちゃくちゃ希少な宝石がふんだんに使われてるよ。ライバルに貸してやるとか『頭沸いてる』って言われるやつだよ」

 シルチェスターの突っ込みも、今の私には聞こえません。

「ランダル様は宝石に疎い方だとわかっていたのだから、私が選んで差し上げるべきだった。それなのに私ったら、ひとりぼっちのデビュタントくらいで拗ねた姿を見せて……ランダル様の婚約者失格だわ」

「あんなクソ野郎の婚約者なら失格の方が幸せだと思う」

 私は両手でシルチェスターの肩をガッと掴みました。

「シルチェスター、私は頭が冷えたわ。あなたもよく考えてみて? ランダル様は親に勝手に婚約者を決められた被害者なのよ」

「いやそんなの貴族社会では普通だし、スタートはどうあれ充実した関係性を築きあげることが大切でしょ。それを放棄してる時点であいつは押しも押されもせぬクソ野郎だよ」

 シルチェスターの言葉をスルーして、私は宙を見つめます。

「ランダル様を選んだ十四歳の私は、ただただ領地を守りたいという気持ちでいっぱいだった。そう、しょせん私は打算にまみれた腹黒女なのよ」

「領民目線で見たら自己犠牲の極み、聖人と変わらない行為……」

 シルチェスターの言葉を遮って、私は「うんうん」と何度も大きくうなずきました。覆いかぶさる勢いでシルチェスターの肩を掴んでいたので、私の顎が彼の頭に当たりました。

「痛い!」

「やっぱりね、私のような女は欲張っちゃダメなの。ランダル様が一生エイドリアナ王女殿下と共にあれるよう、お支えするのが筋ってものなの。今日みたいにランダル様に罪悪感を抱かせるのは絶対にやってはいけない行為だし、淑女失格だわ」

「んああ~この令嬢、話が通じね~っ!!」

 シルチェスターが貴族令息らしからぬ乱暴な口調で言い、天井を仰ぎ見ます。彼の頭が私の顎に当たり、私まで天井を仰ぎ見る羽目になりました。

「い、痛い……」

「お互い様だよっ!!」

 私とシルチェスターは、揃って涙目で見つめ合いました。それからほぼ同時に「ぷ」と噴き出しました。
 私はシルチェスターの子供っぽい可愛い怒り顔が、シルチェスターは私のしょぼくれた情けない顔が、笑いのツボを刺激してしまったようです。
 ひとしきり笑った後で、私たちは握手で仲直りをしました。

「シルチェスター、今からランドル様に『ファム・ピール』と『ラ・ホロムナーデ』と『ラジュエ・ルトル』を届けに行くから、ついてきてくれる?」

「なんか一周回って面白くなってきたから、いいよ。ジノービアも誘っていいよね?」
(公爵令嬢のジノービアなら、ランドルの悪行を喧伝する歩くスピーカーになってくれると思うし)

 シルチェスターが小声で腹黒いことを呟いた気がして、私は小首をかしげました。

「いいけど……余計なことはしないでね? 私は目立つつもりはないし、ランダル様の罪悪感を刺激するようなことは、絶対にしちゃいけないんだから。『ひっそりこっそり』が合言葉よ」

「オッケーオッケー『ひっそりこっそり』ね、まかせといて! じゃあ早速ジノービアを呼んでくるからっ!」

 シルチェスターは子供らしく駆け出しました。走りながらもニコラスとミリーと器用に握手を交わし、使用人控え室を出ていきます。

「ミリー、街歩き用の服を出してくれる? シルチェスターのあの様子じゃ、ジノービアちゃんはすぐに来ちゃうと思うから。ニコラスはジュエリーセットの用意をお願い」

 ニコラスとミリーが「かしこまりました」と小さく頭を下げます。私たちも使用人控え室を出て、廊下の奥の階段へと向かいました。

「シルチェスター様は、まだ領地で暮らすべきご年齢ですけれど。お父様のキャントレ侯爵が開いた商会が大繁盛している関係で、一年の半分は王都にいらっしゃいます。アクティブなご性格でしょっちゅう出歩いているそうですから、普段引きこもりのアイシア様よりずっと街には詳しいですよ」

 私について廊下を歩きながらミリーが言います。

「ジノービア様のマッキンタイア公爵家は、領地が王都のすぐお隣。ジノービア様にとって王都は庭のようなものだそうですよ。これまた頼もしい援軍ですな」

 ニコラスが嬉しそうな声で言いました。 

(よく考えなくてもキャントレ侯爵家とマッキンタイア公爵家の護衛がついてきちゃうわね……目立ってしまったらどうしましょう)

 私のような立場でランダル様に『人数による圧力』をかけるのは正しくありません。しかし今更断れない。
 何しろシルチェスターのキャントレ侯爵家のタウンハウスはうちのお隣、ジノービアちゃんのマッキンタイア公爵家タウンハウスは、隣の隣なのです。もうすでに準備に取り掛かっているでしょう。

 大金庫に向かうニコラスと途中で別れ、私とミリーは私の部屋に入りました。すぐにミリーが続きの衣装部屋からシンプルな街歩き用のドレスを取ってきて、私を着替えさせます。
 さらにミリーは私の髪全体を左サイドに持ってきて、可愛い三つ編みにしてくれました。まさしく目立たない町娘仕様、さすがです。

(まあとにかく、私が年長者としてシルチェスターとジノービアちゃんを大人しくさせるしかない!)

 私はそう決意を固め、姿見の前で両の拳を握りしめました。

「頑張るのよアイシア。邪魔にならないタイミングを見極めて、ランダル様にジュエリーセットをお渡しするのよ。決して彼に罪悪感を抱かせないように『ひとりぼっちのデビュタント最高』『むしろ最初から一人で行きたいと思ってた』みたいな言葉を伝えられると、なおいいわね!」
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...