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◇ 二章九話 忍びの想い * 慶応元年 閏五月
おもむろな移ろい
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カァン、と乾いた激しい音が屯所の道場に反響する。
振り下ろされた沖田の木刀を受け、弾き、打って変わり今度は斎藤の薙ぎ払った木刀を沖田がいなし、その度に音が鳴り響いた。
周囲にいるはずの他の隊士達は、物音ひとつ立てず息を潜めて斎藤らの手合わせを見ているらしく、気配は意識外の彼方に消えている。時折その視線に羽が触れたような感覚は生じるが、沖田との手合わせの前では気に留めるだけ無駄だ。
爛々とした負けん気の強い瞳が斎藤を睨んでくる。
気力で負けてはいられず睨み返す。
そんなやり取りをしている間にも互いの手は止まらず、胸、首、頭と急所ばかりに木刀が突かれ、振り下ろされ、斬り上げられ、同じだけをやり返し、それを互いに繰り返す。
ふと沖田が低く踏み込み、斎藤のあご下から蛇のような動きで刀を突き上げてきた。
目の端でそれを捉え、今から受けたのでは間に合わないと本能的に判断し、逆に斎藤も上段から逆手に持った刀を沖田の頸動脈に突き下ろす。
互いの急所に当たる直前で互いが動きを止めたのは、ほぼ同時のことだった。
「……っ、ふー……また相打ちかぁ」
先に沖田がふっと肩の力を抜き、鋭かった瞳をなごませてへにゃりと笑った。
途端、思い出したように息切れの苦しさを感じ、斎藤も幾度か細く息を吐いて呼吸を整えながら木刀を引く。
「……最近、一試合が長引くようになってきた気がする」
「ですねぇ。お互いの成長速度が似たようなものなんでしょうかね。攻撃の手数が増えるだけお互いの対処の手数も増えて、なかなかに面白いことになってきている気がします」
「……疲れる」
「もう! またそういう、ざっくりしたことをおっしゃる!」
手合わせを眺めていた隊士らのほうが、大きく息を吐いて肩の力を抜いているのを横目に、沖田と並んで中庭の井戸へ向かう。
蝉こそまだ鳴いていないが、道場の外へ出ればじっとりとした空気が濃くなり、いよいよまた本格的な夏が迫っているのだと思い知らされたような気分だった。
と、そんなことを考えた直後、沖田が不意に、そのまとわりつくような空気を喉に詰まらせたみたいに軽く咳をする。
「……平気か」
「っ、けほ……ええ、まだ大丈夫ですよ」
咳はすぐに治まったようで、顔を上げた沖田は顔色も悪くない様子で微笑んだ。
「なら、いい」
あごを引き、たどり着いた井戸から水を汲み上げて先に沖田へ渡してやる。
「ありがとうございます。……でも、すみません。とことん我侭だって、わかってるんですけどね」
独り言つように小さく言いながら顔を洗い、口をすすぐ沖田の様子を眺めながら、斎藤は口をつぐんだ。どう答えれば良いものか判断に迷い、無意識に視線を横へ流す。
と、ちょうど視線の先となった、すぐ傍らの建物の濡れ縁から、毎度の見知った顔がにょきっと顔を覗かせた。
「総司、あんまり気に病むと余計に身体に良くないよ?」
「あれっ、愁介さん。ひと月くらいぶりですね!」
斎藤からすれば、愁介の顔を見るのは江戸に行く前以来だった。帰還後、会津本陣へ挨拶と報告に上がった時にも会わなかったので、およそ三月ぶりになるだろうか。
愁介は「だね、ちょっと久しぶり。斎藤もお帰り」と手を振りながら歩み寄ってきて、やわらかく目尻をたわめる。
斎藤は軽く会釈をし、しかし何故か妙な気まずさのようなものを感じずにはおられず、それを誤魔化すように沖田と交代して井戸水で顔を洗い、体を軽く拭った。
振り下ろされた沖田の木刀を受け、弾き、打って変わり今度は斎藤の薙ぎ払った木刀を沖田がいなし、その度に音が鳴り響いた。
周囲にいるはずの他の隊士達は、物音ひとつ立てず息を潜めて斎藤らの手合わせを見ているらしく、気配は意識外の彼方に消えている。時折その視線に羽が触れたような感覚は生じるが、沖田との手合わせの前では気に留めるだけ無駄だ。
爛々とした負けん気の強い瞳が斎藤を睨んでくる。
気力で負けてはいられず睨み返す。
そんなやり取りをしている間にも互いの手は止まらず、胸、首、頭と急所ばかりに木刀が突かれ、振り下ろされ、斬り上げられ、同じだけをやり返し、それを互いに繰り返す。
ふと沖田が低く踏み込み、斎藤のあご下から蛇のような動きで刀を突き上げてきた。
目の端でそれを捉え、今から受けたのでは間に合わないと本能的に判断し、逆に斎藤も上段から逆手に持った刀を沖田の頸動脈に突き下ろす。
互いの急所に当たる直前で互いが動きを止めたのは、ほぼ同時のことだった。
「……っ、ふー……また相打ちかぁ」
先に沖田がふっと肩の力を抜き、鋭かった瞳をなごませてへにゃりと笑った。
途端、思い出したように息切れの苦しさを感じ、斎藤も幾度か細く息を吐いて呼吸を整えながら木刀を引く。
「……最近、一試合が長引くようになってきた気がする」
「ですねぇ。お互いの成長速度が似たようなものなんでしょうかね。攻撃の手数が増えるだけお互いの対処の手数も増えて、なかなかに面白いことになってきている気がします」
「……疲れる」
「もう! またそういう、ざっくりしたことをおっしゃる!」
手合わせを眺めていた隊士らのほうが、大きく息を吐いて肩の力を抜いているのを横目に、沖田と並んで中庭の井戸へ向かう。
蝉こそまだ鳴いていないが、道場の外へ出ればじっとりとした空気が濃くなり、いよいよまた本格的な夏が迫っているのだと思い知らされたような気分だった。
と、そんなことを考えた直後、沖田が不意に、そのまとわりつくような空気を喉に詰まらせたみたいに軽く咳をする。
「……平気か」
「っ、けほ……ええ、まだ大丈夫ですよ」
咳はすぐに治まったようで、顔を上げた沖田は顔色も悪くない様子で微笑んだ。
「なら、いい」
あごを引き、たどり着いた井戸から水を汲み上げて先に沖田へ渡してやる。
「ありがとうございます。……でも、すみません。とことん我侭だって、わかってるんですけどね」
独り言つように小さく言いながら顔を洗い、口をすすぐ沖田の様子を眺めながら、斎藤は口をつぐんだ。どう答えれば良いものか判断に迷い、無意識に視線を横へ流す。
と、ちょうど視線の先となった、すぐ傍らの建物の濡れ縁から、毎度の見知った顔がにょきっと顔を覗かせた。
「総司、あんまり気に病むと余計に身体に良くないよ?」
「あれっ、愁介さん。ひと月くらいぶりですね!」
斎藤からすれば、愁介の顔を見るのは江戸に行く前以来だった。帰還後、会津本陣へ挨拶と報告に上がった時にも会わなかったので、およそ三月ぶりになるだろうか。
愁介は「だね、ちょっと久しぶり。斎藤もお帰り」と手を振りながら歩み寄ってきて、やわらかく目尻をたわめる。
斎藤は軽く会釈をし、しかし何故か妙な気まずさのようなものを感じずにはおられず、それを誤魔化すように沖田と交代して井戸水で顔を洗い、体を軽く拭った。
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