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本編
始まり #1
しおりを挟む__いたぞ!
ばらばらと駆ける複数の足音。連なる銃声。夜闇の中、目を凝らしてよく見ても路地裏の奥ははっきり見えない。
ボタタっ...と水分を含む何かが石畳に垂れ、黒い染みを作る。潜めた息遣いと抑えきれずこぼれる呻き。だがそれらの音の主の姿は暗がりに紛れ判然としない。
そして怪物は、さらなる暗闇へと足を踏み込み、消えた。
__夜に現る怪物、正体未だ掴めず
淹れたばかりのコーヒーを飲みながら、雑誌の中の1ページ、そう書かれた見出しの先を何とも無しに眺める。吸血鬼に関する記事だ。同じ吸血鬼が何度も、死体とともに目撃されているらしい。
ヒトでないものが関わる事件は基本的に、テレビのニュースでは真相が語られない。「猟奇殺人が」「無惨に殺され」と抽象的な言葉で飾られ、人外の存在すらあやふやにするのがオチだ。そういったものは大体オカルトとして扱われ、その類の話の愛好家が作る雑誌なんかに誇張も甚だしく載せられている。__怪物、か。まぁ、そういう事件を扱うのが、オレたちの__
「おーいシアン、ひっさびさの仕事だよぉー!」
ガランガランガラン、とけたたましくドアの上部のベルを鳴らして、やかましく叫びながら足音もうるさく1人の女性が入ってきた。靴の高い踵を鳴らして入り口近くの棚を周り、バーカウンターのような台を迂回して、今オレが座って雑誌を読んでいるこちら側へと回ってきた。カツ、カツ、というヒールの音が慌ただしい。ずい、と腰をかがめて顔を近づけてくる。
「し・ご・と!やるよね??」
まず目を引くのは情熱的なオレンジの髪。元気に跳ねる長髪を今日もポニーテールに束ね、蜻蛉玉の飾りのついたちょっと中華風のリボンを巻いている。そしてこちらを真正面から覗き込んでくる大きな2つの目。瞳は深い紫色で、魔女の作る薬鍋の中身のようだ。
まあ現にこの__ポロロッカは言うなれば魔女そのものなのだが。彼女、表向きは人間として暮らしているが、何十年の付き合いで見た目が二十代くらいの若いまま変わらない。ずっとこの街で、このアンティークショップの店主として居座っているのだから、そろそろバレてしまわないだろうか。そんなの、人間からしたら魔女か何かでなければありえないだろう。オレだって長く生きてきてずっとこのまま、彼女とあまり変わらないけどな。
見た目の若い魔女さんは今は大きな口をにかっと開けて、しつこく仕事、仕事と迫る。
「なに、ロロ。今雑誌読んでたんだけど......」
「あー!!そう、そうそうまさにその事件だよ。夜な夜な路地裏に現れる怪物!」
さらにうるさい。ロロはいつも感情あらわだなぁ。ちょうどオレが読んでいた吸血鬼の件について、オレに仕事を押し付け......いや斡旋しようとしていたようだ。鼻息荒くまくし立てる。
「......というか、特に人殺しの事件とかは起きてなくて、人外の生存を脅かそうって連中が立ち上がって暴れてるだけ、ってのがポロロッカちゃんの見解なんだけどね」
そう、こういった町の裏で起きてる、人間の警察の手には負えない事件をどうにかするのがオレたちの仕事なのだ。......って、ん?
「殺しはないの?」
「うん、確かに記事に書かれてる吸血鬼さんは存在するんだけど、悪いのは彼じゃないのね。......まあこのファイルを見て」
と言ってロロがオレに突き出したのは、この街の人外たちの素性や何やらを一人一人細かく書き連ねたファイル。中にはオレやこの魔女のページも......ってその話は今はいいや。
「吸血鬼が悪くない......?なんだ、記録が新しいみたいだけど」
「そう。この子どうやら最近生まれた......というか吸血鬼に成ったみたいなのね。だから情報もまだ少ないんだけど。そんでここ。」
毒々しいネイルの指先が示した先、行動内容の項目を見ると、
「数回、血吸いの現場を目撃されているが、見つかると慌てて去っていく。後に残された人間は必ず事切れている__オレが読んだ記事もそんな内容だったな」
「そ。表にでてる情報はここまでなんだけどね、どうも怪しいのよ」
「こいつが人間を殺してるんじゃあないって?」
「うん......。現場は決まって路地裏とか貧民街の奥まったところでね、普段から餓死しちゃった人とか、自殺者とか、裏の人間に始末された人とかの死体がごろごろ。で、そこに住んでるホームレスの人に聞いたんだけど、3度目にその吸血鬼が血を飲んでるのを発見された人は、事件の2日前にはね」
もう死んでたって。凄い秘密を打ち明けるように急に小声になる。ここにはオレとロロ以外居ないって。
「なるほど、もと死んでるやつから血をね......」
新鮮な血を吸ったらいいのになぁ。どうしてこの吸血鬼はコソコソとそんな事をしなければならないのだろう。
「で証拠がその一件のみで、しかも世間的に信用ない路上生活者の証言しかないってことかぁ、うーん」
「だけど絶対この吸血鬼さんは悪くないと思うのよぉ。それなのに奴ら、騒ぎ立てては夜、あちこちの路地裏で張り込んで......」
話しながら悔しげに、今にも地団駄を踏み始めてしまいそうな魔女をよしよし、と宥めてコーヒーを淹れてあげながら、考える。自分のカップのコーヒーは、とうにぬるくなっていた。
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