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本編

贋の光は強い、でも本物はもっと強いから #2

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⬜︎
「ダメじゃんね、好きな子泣かせちゃ」

 少し離れた広い公園。今は微妙な時間だからか、遊歩道に人の姿はまばらだ。店を飛び出してきたはいいものの、どこへ行ったらいいかわからないまま人通りを避け、ここへ来ていたらしい。視界がぼやけ、頬を絶え間なく水が滴り落ちていた。オレってこんなに弱かったっけ。なんでこんな、いつものオレじゃない......。

「えっ、お前......」

 はっと我に帰った。話しかけてきたやつの存在を忘れていた。ベンチの背もたれ越しに後ろからこちらを覗き込み、にこにこしている。オレにとってよく知っている顔だ。漆黒の柔らかい髪の毛。男か女か分かりづらい長さに伸ばされ、それに半ば覆われた顔も中性的だ。目鼻立ちはどこか幼く、年齢も感じづらい。

「えへへ、久しぶり。ボクだよ~」

 急に現れたこいつは仮に天使と呼ぶ。仮にでなくても天使を自称している。痛いやつではなく、実際白い翼が生えているのを見せてくれたこともある。今はどこかに収納しているのか、はたからは普通の人間に見えるだろう。
 泣いているのを見つかってしまい、オレは決まりが悪いのだが、天使はなおも、久しぶりに帰ってきたんだよー、とか店に寄ろうと思ってたんだけど、とか言った。

「でもさ、お邪魔しようとしたら、裏口から君が飛び出してきて」

 オレも少し落ち着いてきた。見たのか、やつを。シルフを奪い取って我が物顔で居座る...

「ちらっとね。びっくりしちゃった、だって」

 オレの顔を真っ直ぐに見る。確かめるように。大きな目の中の不思議な色の瞳に、ひどい表情のオレがいる。

「中にいた人と君、本当に同じ顔なんだもん」

 中にいた人。シルフと親しげに話していた何者か。シルフとキスをしていたのは、オレだった。姿はそっくりオレに化けた、得体のしれない何者か。
 天使はあっけらかんとそう答えると、ぐいと顔を寄せてきて、

「どっちが本物?もしかして君のほうが贋物なの?」

 へ。今なんて言った。にせ、もの......?いや、そんな......お前までオレを裏切るのか......?オレは、オレは......

「ごめん!あぁごめんって。ボクは絶対まちがえないよ。だって君の、ここ」

 慌てて否定する。天使の手がオレの胸のあたりに添えられる。温かい手。透明に輝いて、オレのより眩しい金色の目がオレに向けられる。

「君の命の色がちゃんと見えてるから、わかるよ」

 天使はときおり不思議なことを言う。命の色、という言葉もこれまで何度か聞いた。分からないけど、不思議と説得力があった。天使なりの根拠でオレを信じてくれているのだと思う。

「......冗談にしても、オレが贋物だなんてやめてくれよぉ」

「わっ、もうせっかく落ち着いたのにまた涙がっ...うわぁぁごめんって」

 違うこれはお前が分かってくれて安心して......。頬を挟まれぐにぐにと揉まれる。それは子供に対するあやし方だよ、もう...。

「騙されるあのこもひどいけど、悪いのは贋物のやつのほうだから!あいつの命の色、どす黒かったよ」

「そうなの?」

 天使には、オレじゃない贋物だと判るだけじゃなく、内に秘めた性質まで解るのか。

「もしかして、正体も......」

「それはよくわかんない。君に化けて気がつかれないくらいだから、よっぽど変身が上手い種族なのかな」

 変身が上手い。そんな種族、これまで関わってきた人外の中にはごまんといた。顔を合わせたやつらのうちにはオレを怨んでいるやつだって大勢いるだろう。しかし、オレやシルフはそんなやつらの変身を見破ってきた側だ。

「あいつが、贋物に何も思わないなんて...」

「それなら、幻惑を使って信じさせているのかもだね」

 ......そうか。シルフがオレと信じてしまったのは何も、目が節穴だったからとは限らない。いや、そうだったらなんてことはあり得ない。シルフはどこにいたってオレを助けに来る。いつだってそうだった。オレだって同じだ。あいつのことは、何があっても見間違えない。ただ、そう例えば......

「オレの兄上たちのような悪魔、だったら」

 悪魔の得意なこと。

「誘惑とか幻惑とか、人を騙す魔法で信じ込ませたりできるね」

 そうか、あれは悪魔か。悪魔が同じ悪魔であるオレに変身して、おまけに能力まで使って、......シルフを騙して。何がしたいんだ?許せねえよ。どこの悪魔だろうと、絶対に......。

「天使、手伝ってくれる?あの悪魔、シルフから引き剥がすの」

「もちろんだよ。こてんぱんにやっつけちゃお」

 天使は元気に笑った。うん、オレこのままだと立ち直れないから、その天使の微笑みをずっと向けていて欲しいな。



⬛︎

「はァ、行ったね」

「ん、何が」

 今日のシアンはなんだか気怠げだ。おまけに午前中から魔力が足りないだなんて。......唇を合わせている間、理由はわからないけどシアンで頭がいっぱいで、他のことは全く考えていなかった。

「んーん、もう大丈夫。さっき帰ってきたとき虫が一匹入ってきたみたいで」

 そう言うとシアンは俺にべったりくっついたまま、さっき買ってきてくれた板チョコの箱を開けた。わざわざ割ってから差し出してくれる。今日はそういう気分なのかな。

「食べて食べて。...あ、それよりオレの血がいい?オレも魔力もらっちゃったし」

 そう言われるとなぜか無性に飲みたくなってくるものだ。俺はさっきより照れて顔が赤くなっている気がする。

「いいのか」

「ダメな訳ねーじゃん。ほらおいで」

 剥き出しの肩がやけに色めく。いや理性も忘れて飲んでしまってはだめだ。けれどいつものように少しだけなら。肩に手を添え、口をつける。
 プツリと歯で入れた小さな傷口からとろりと熱い液が溢れ出す。口に含んだ途端、世にも不思議な感覚に溺れていく......。
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