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624、ヴィルさんの助言、初めて外れた……?
しおりを挟むドアをノックした瞬間、ヴィデロさんに腰を掴まれ、抱き寄せられる。すると、目の前ですごい勢いでドアが開いた。今いた場所に立っていたら、絶対にドアが顔にぶち当たって痛かったと思う。
「ふざけんなよ! もう頼まねえよ!」
「おうおう! 二度と来んじゃねえ!」
怒鳴り声と共に、目の前を怒りまくった表情の人が通り過ぎていく。
その後ドアから顔を出した髭のおっさんが「けっ」と唾を吐いて、バタンとすごい勢いでドアを閉めてしまった。
何だったんだろう。
「ヴィデロさんありがとう……」
「いや、怪我がなくて何よりだ」
抱きしめられたまま一連の流れを見ていた俺は、どうしようかとヴィデロさんを見上げた。
「とりあえず……入ってみるか?」
「うん。でも、さっきの人滅茶苦茶怒ってたよね」
いったいどうやったらあんな怒鳴り合いになるんだろう。
ドキドキしながらも、せっかく来たんだからともう一度ノックしてみる。
すると、またしてもヴィデロさんに抱えられて、ドア前からサッと動かされた。
「まだいたのか! ……って、なんだお前ら」
さっきの人だと思ったらしいおっさんが、もう一度顔を出して怒鳴った後、人違いだと気付いたらしい。すっごく顔を顰めて、動きを止めてしまった。
ヴィデロさんが俺を抱えたまま、表情を消しておっさんを見る。
「ここで家具を作ってもらえると聞いてきたんだが……他を当たった方がいいみたいだ」
声に何やら不機嫌さが滲んでいる。もしかして、ドアが二度も俺に当たりそうになったのを怒ってるのかな。
ヴィデロさんの言葉に、おっさんも目を細めた。
「あーあーその方がいいもん手に入るかもしれねえなあ。何せ俺は今何も作る気にならねえからなあ」
「とても素晴らしい家具を作ると聞いてやってきたんだが……どうやらそうじゃないらしいな。確かに他で探したほうがいい家具が手に入りそうだ。本気で素晴らしい物を作ってくれる気概のない三流の者に頼むのは金を川に捨てるようなものだからな。邪魔したな」
ヴィデロさんは俺を抱えたまま、踵を返した。
えっと、何でこんなに喧嘩腰なんだろう。
確かにおっさんの言い方はちょっと職人としてどうなんだろうって思うけど。せっかくヴィルさんが勧めてくれた家具屋さんなのに。
抱えられたまま首を捻っていると、ヴィデロさんが横に移動した。咄嗟にそっちに目を向けると、手を宙に投げ出してよろけているおっさんの姿が目に入った。
もしかしてヴィデロさんの肩を掴もうとして空振りしたのかな。
「てめえ今俺を三流っつったか」
スカったのもまた立腹案件だったらしく、おっさんはヴィデロさんを睨みつけて突っかかって来た。
ヴィデロさんは特に表情を変えることなく、「言ったが何か」としれっとしている。う、ツンなヴィデロさんもレアでこれまた、いい……ってそんな場合じゃないんだけど。
「感情を優先して仕事を放棄するなど、三流以外の何物でもないだろう」
「俺の作ったもんを見たこともねえのに生意気言ってやがるんじゃねえ!」
「見なくてもわかる。お前は一流なんかじゃない。俺は一流の技術者を知っているが、その人はいつでも技術向上に意欲的で、相手の立場に立ってしっかりと頼まれたことをこなしている。感情的になって仕事を断るなんてことは絶対にしないし、自分の技術に驕り威張るなんてこともない。今まで一流の技術者に関わる幸運に恵まれたけれど、誰一人、お前の様に技術に溺れ驕った者はいない。誰一人だ。一流とは、決して腕だけでなる物ではないというのを学ぶことをお奨めする」
ヴィデロさんは冷めた目でおっさんを一瞥すると、俺を抱えたまま家具屋をあとにした。店の前ではおっさんが呆然と立ち尽くしていた。
他の家具屋を回る気分にもなれなくて、俺たちは表通りの食堂に入った。
せっかくヴィルさんが勧めてくれた家具屋さんだったけど、ヴィルさんの助言が初めて外れたのかな。
せっかくのデートなのになんだかヴィデロさんはちょっと不機嫌そうだし。
俺はそっとテーブルに身を乗り出して、ヴィデロさんに小声で声を掛けた。
「ヴィデロさんの言う一流の技術者って、アリッサさん?」
彼女は文句なく一流の技術者だから、と訊いてみると、ヴィデロさんはフッと表情を緩めて頷いた。
「俺が今まで見て来た一流の技術者は、母と、マック。それと、長光。モントさんやカイルもまた一流だと思ってる」
ヴィデロさんの言葉に、俺はちょっとだけ身じろぎした。
だって、そんなメンバーの中に俺入ってていいの? しがない薬師だよ。
照れながらそう言うと、ヴィデロさんがほらな、と笑った。
「マックはもう少し自分に自信を持っていいと思う。どこをとっても最高だからな」
「それは、ほ、惚れた欲目なんじゃないのかな!」
「惚れてるのは否定しないが、マックの腕は一流だろ。俺はあそこまで快調になるポーションを飲んだことがないから。しかも美味い」
「う、嬉しいけど、むずむずする」
そこまでべた褒めしないで。調子に乗るから。でもさっきの不機嫌さはなくなったのが嬉しい。
でもそれを言ったらヴィデロさんこそ一流の剣士だよね。あの魔物を瞬殺するヴィデロさんは最高にかっこよくて綺麗でドキドキする。あんまり強い魔物とは戦って欲しくないけど。
ちょっと火照った顔を冷ましていると、目の前に料理が出てきた。美味しそうな匂いが胃袋を刺激する。あんまりお腹は減ってないはずだったんだけど、これはすごく美味しそう。
二人でいただきますと手を合わせて、目の前の大きな器に手を伸ばす。
焼かれた肉と、茹でられた野菜が彩り綺麗。パンもふんわりしていて、何より赤いスープがとても美味しい。
トマトっぽい酸味と甘み、そしてピリッとした刺激が最高。もしかしてこれ、レッドガルスパイスで味付けしたのかな?
ヴィデロさんもそれに気付いたらしく、一口スープを飲んで、顔を上げた。
思った以上に美味しかったご飯を食べ終えて、俺たちは皿を下げる時に厨房に声を掛けてみた。
「あの、すごく美味しかったです」
「あ、どうも。そう言ってもらえると嬉しいね」
「あのスープに入ってた隠し味、もしかして……獣人の村から?」
俺が声を掛けると、若い料理人さんが驚いたようにこっちに来た。
「お客さんあの調味料知ってるのかい? そう、あの『レッドガルスパイス』な、異邦人から一つ譲ってもらったのをきっかけに、直接獣人たちから買い取らせてもらってるんだ。美味いだろ。最高だろ」
「はい。直接取引してたんですか」
料理人さんは誇らしそうに、なくなりそうになると店を閉めてからノヴェに転移魔法陣で移動して、護衛を雇ってモロウさんの所から獣人の村に行くんだと教えてくれた。
「いっつも村に連れて行ってくれる獣人の子がかっわいくてなあ。あの子に逢いに行くと言っても過言じゃないんだ」
「こらトラム、なにお客さんの足を止めて惚気てやがる。仕事しろ!」
料理人さんがデレっとしたところにすかさず奥から声が聞こえる。
周りの人たちはくすくす笑っていて、カウンターのおじさんなんかは「また始まった」なんて肩を震わせていた。
「こいつな、その獣人に一目惚れしてよ、買い付けはぜひ自分がと立候補したんだよ。その子に逢いたいからって。若いねえ」
「いいだろ。ほんとに可愛いんだから。そのうちここに招待して俺の自慢の料理を食ってもらいたい」
「はははは、まあ頑張れや」
なるほどね。モロウさんの所の案内人は、可愛い子なんだ。一瞬ケインさんが可愛い子なのかと思ってドキッとしたけど、そういえば他の魔法陣魔法の使い手さんに役目分担したからホッとしたとかなんとか前にケインさんから聞いたような。
生暖かい目をして料理人さんにエールを送ると、俺とヴィデロさんは店を出た。
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