最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

朝陽天満

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1巻

1-5

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 それから、今回ブルーノ君が研究にたずさわることになったのは、彼が天才だからというのもそうだけど、地属性の魔法を使えるからだというのが判明した。
 新薬の研究所に、ブルーノ君自身が滅茶苦茶興味を示したらしい。
 元々本当は草花の研究とかがしたかったんだって目をキラキラさせながら話してくれた姿は、先程とは違ってちゃんと年相応だった。

「うちの家系、本当は水属性の家系なんだ。だから属性維持のためには水属性を持つ弟が家を継いだ方がいいんだよ。だったら勉強を頑張って僕が宰相の地位を継いで、弟が家を継げばいいと父は言ってくれたけれど、僕は宰相になりたいと思ったことは実は一度もなくてね」

 お菓子を食べながらブルーノ君の話を聞く。
 ゲームの設定にはあったのかもしれないけれど、本当にオルシス様のこと以外ほぼ興味なかったからうろ覚えだった。一度だけクリアしたブルーノのトゥルーエンドでは、主人公が宰相の奥さんになっていたから、きっと本当だったらうちになんて来ないで、彼は父親の言うままに宰相を目指していたのかもしれない。
 もしかしたら俺が時間軸をずらしてあの新薬を見つけてしまったから、今ブルーノ君がここにいるってことかな。何せ天才地属性キャラだから。
 だったら大歓迎だ。兄様ともとても仲よくなれるだろうし。ゲームでもあの無表情の最推しと普通に話していたから、きっと相性はいいはず。
 逆に騎士団長子息の攻略対象者と最推しはかなり険悪だったけどね。
 血筋を尊ぶ直情型と頭脳派クール。想像でも反発しかないよね。でも珍しく激怒するオルシス様は、その騎士団長子息のルートでしか見ることが出来ないので貴重ではあった。オルシス様を激怒させたってだけで俺の中でのポイントは最悪だけれども!
 こうして、義父たちの話し合いが終わるまで、俺たち三人は庭を散歩したり図書室で本を読んだりと中々に有意義な時間を過ごした。
 ブルーノ君は俺の持病のことも聞いていたらしく、始終俺に気を配っていてくれて、とても優しかった。
 もしかして彼はとんでもなく周りに気を配る人なのかもしれない。だからこそ宰相になる身としては王子の補佐役に徹して、成績もわざと下げたりしていたんじゃなかろうか。
 でも確か、ゲーム内ではブルーノ君って何かをするとオルシス様を抜いて成績が一位になったはずだ。オルシス様が抜かれたキーッ! って騒いでいる仲間がいたのを覚えているから。
 マジか! と思いつつ、オルシス様が二位転落するのを見たくなくて、俺はやらなかったんだけど。
 その方法を思い出したいような、思い出したくないような。
 兄様と楽しそうに難しい本の話をするブルーノ君をチラ見しながら、俺はちょっとだけ唸った。


   ◆◆◆


 それから俺の遊び場兼勉強場所は温室か図書室になった。
 兄様とブルーノ君が顔をつきあわせて、メロンの研究を始めたからだ。
 ちゃんと温室でもメロンの木がすくすく育っていることから、ここでも栽培できると確信した義父が温室を拡張し、気付いたときには倍くらいになっていた。
 毎日足を運んでいるはずなのに、昨日行った場所がいきなり広くなっているとか、狐につままれたような感覚だった。とにかく驚いて、言葉が出なかった。むしろよく発作起きなかったよ俺。魔法のすごさを垣間見た気がした。
 本当に新種だったメロンの木は、俺が見つけたからということで『アルバ』と命名されそうになったので、必死で止めた。
 ほんとやめて。俺の名前とか恥ずかしすぎて無理。普通にメロンにしよ。
 嬉々として『アルバの木』だよと言う義父を必死で説得すると、途轍もなく残念そうな顔で、何度も「本当につけなくていいのかい?」と訊いてきた。むしろやめて。ほんとやめて。ガチでやめてほしい。
 そんな交渉の末、なんとかメロンは『レガーレ』という名前で登録された。この世界の言葉で「繋ぐ」という意味だ。
 それによって新薬の名前も『レガーレ魔力抑止薬』になったので、ホッとする。
 俺的にはメロン一択だけど、ブルーノ君に響きがよくないとダメ出しされてしまった。
 そんなわけで、メロン――もとい、レガーレについて話し合っている兄様とブルーノ君を見つめる。
 兄様たち、九歳だよね? 俺、二人の歳間違えてないよね。九歳で出てくる会話内容じゃないよ。俺も、兄様に恥じない程度にはと思って、家庭教師の先生を付けてもらっているから、文字を読めるようにはなったけど、兄様たちはどう考えてもその域にとどまっていない。
 例えばブルーノ君は土属性の魔法にけているからか、植物に限り詳細なデータが読み取れるそうで、鑑定の魔法よりも詳細にメロンについてレポートをまとめて父様に提出しているらしい。
 今日は温室でそのレポートを俺も横で見ているんだけど。

「ええと、果実が魔力を留める効用を持つため、果実の摂取後、体外に魔力を放出する魔法を使う場合に威力低下が見られる。逆に、身体能力向上の魔法を使う場合は、体内を循環する魔力が凝縮され絶大な威力を発揮する……」
「偉いね、アルバ。ちゃんと文字が読めて」
「兄様に褒められて嬉しいです……! でも僕もう五歳ですよ。ちゃんと頑張ってお勉強してます」
「うん。知ってるよ。いつも頑張ってて偉い。でも、疲れちゃったら大変だからほどほどにね」
「はい!」

 頭を撫でられて、つい兄様にメロメロになってしまう。だってだよ。ニコッと笑って頭を撫でてくれるんだよ。夢のようだよね。はっ、もしや俺は今、夢を見ているのでは……?
 つい自分の頬をつねって痛さに現実を実感していると、呆れたような顔で笑ったブルーノ君が「また始まった」と呟いた。

「ホント君たち仲がいいよな。そろそろ飽きない?」
「「飽きない」」

 二人同時に答えると、さらにブルーノ君は呆れた顔になった。
 普段は大人な笑顔を浮かべているブルーノ君は、俺たち二人の前でだけその作り笑顔を止めてくれた。でもだからと言って気遣いの子であることには変わりない。
 俺がちょっとでもせて咳をするとすぐ兄様と共に飛んできて、咳止め効果のある植物をその場に生やしてくれるから、うちの庭の五か所くらいにはこの咳止めの草が生えている。
 父様がその場で苦しくなったらすぐ使えるようにしておきなさい、と言ってくれたから、ブルーノ君がそれを使った後も残りは生やしっぱなしだ。整えられた庭のど真ん中に大きな葉の草が生えている光景は、ちょっと可笑おかしい。でも何より、外観よりも俺を優先してくれたというところが嬉しい。庭師さんにはとても申し訳ないけれど。
 その光景を思い浮かべて笑っていると、兄様に頭を撫でられた。

「ほらまた撫でてるし」
「そういうブルーノだって弟がいるでしょ」
「いるけれど、そんな仲よくなんてないよ。それに弟はまだ幼いから……ってそうだった。アルバ君と同じ五歳だった。え、待って。実はアルバ君天才……?」
「え」

 ハッと気付いたように呟いたブルーノ君の言葉に、俺と兄様は二人して動きを止めた。
 待って。なんで俺が天才とかいう発想が出てくる? 家庭教師に習う勉強すらひいこら聞いているだけだし、歴史とか全然覚えられないし、特産品が言えるのは父様の持つ領地だけなのに。
 そう言うと、ブルーノ君は首を振った。

「だってアルバ君は僕たちの会話をちゃんと理解しているだろ。うちの弟に研究内容について話をしたとしても何言ってんだこいつって顔で僕を見るだけだよ」
「ああ……アルバはこれが当たり前だから、世間でも当たり前だと思ってた。アルバ以外の小さい子ってほとんど会話をしたことがないんだ。親戚とか繋がりのある家もほぼ行き来しないから」
「アルバ君を長距離移動させるのはちょっとよくないしな。でも見ろよ。彼はきっとこの報告書の意味を理解して読んでるよ。そうだよな、アルバ君」
「内容は……わかりますけど。僕が天才とかそういうのはちょっと間違ってます。過大評価された後に、実力がバレてがっかりさせるのってこっちも心が折れそうだからやめてほしいです。天才なのはブルーノ君と兄様です。これ九歳の書くレポート内容じゃないですもの」
「ほらその言い回し。普通の五歳児は言わないよ。うちの弟だったら多分有頂天になって僕天才! って大騒ぎして父上に怒られているもの」
「それはちょっと……恥ずかしいです。普通に」

 有頂天とか絶対無理。だって俺は自分の実力を知っている。俺の記憶力が唸るのは、兄様に関することくらいだから他は無理だ。
 目をそらすと広い温室の中には、俺たちがいる以外にもポツポツと人が歩いている。
 全員父様の信頼している人たちらしい。
 中にはブルーノ君の親戚のお兄さんもいるらしく、たまにお菓子を俺にくれたりする。
 そんな中で九歳児が二人大人に交じって温室内を牛耳っているのはちょっと不思議な光景だった。

「まあ、アルバが天才だろうとそうでなかろうと僕の特別であることには変わらないよ」
「兄様……!」

 身に余る光栄を受けて身体を丸めると、ブルーノ君は苦笑してから僕の頭をポンと撫でてくれた。

「僕は君ら二人ともがとんでもないと思うけどね……、ああそうだ。オルシス。ちょっとこっちへ来てくれないか? 試したいことがあって」
「分かった。アルバも来るかい?」
「いえ、僕はこちらで勉強をしていますから!」

 これ以上兄様に甘やかされたら人間の形をなくす気がする。
 手を振って、兄様たちが歩いて行くのを見送ってから書き取りの練習を始めると、兄様とブルーノ君はメロンの木の方に向かっていった。
 二人で木を見上げたり触ったり、他の人と話をしたりしている。行動が大人顔負けだ。
 あれを天才と言わずして誰を天才と呼ぼう。俺の能力はただ単に兄様をでていた前世の知識があるだけだ。
 詳細に記憶が残っているわけじゃないから、人生経験プラス前世の歳分です、とも言えない中途半端さ。もしもこのまま大きくなれたとしても別に取り立てて優秀なところもなく、兄様と公爵家のお荷物にしかならないと思う。
 ……なんか、ストーリー通り兄様の思い出の弟としてはかなくなった方が世のためになるような気がしてきた。
 たまに入るネガティブモードに陥りながら、机に突っ伏した。
 相変わらず目の前にある自分の文字は汚いし、溜息が出そうだ。
 ふぅ、と息を吐いてから頭を上げて、俺はもう一度ペンを持った。
 前は最推し愛故にひたすら絵を描いてはSNSに上げていたけれど、今は全然絵なんて描いていない。何せ目の前に最推しがいて、笑って、話して、動いているからそっちをでるのに忙しいんだ。
 でも、と並んでいる二人を見て、俺は手を動かす。
 これからは今までよりも兄様と一緒にいられる時間が減っていくんだろう。
 今も俺だけが一人こんなテーブルに留まっている。
 そういえば、前世で描いたブルーノ君と満面の笑みでお茶をするオルシス様がSNSでバズってから俺の知名度が上がったんだよな。でもそのアカウントでは、ほぼオルシス様のことしか上げていなかったから、結局ふるいに掛けられたようにオルシス様推ししか集まらなくて、毎晩の白熱トークが生まれたんだよな。懐かしい。
 あの白熱トークと熱い推し愛を思い出して、ふふっと笑う。
 いいだろう、今は俺、生のオルシス様をでているんだぜ。あの時の仲間にそう自慢したいくらいだ。
 紙に描かれていく線はやっぱりつたない。でも、絵を描くという感性が自分に残っていたことにホッとする。これで今世が画伯だったら、俺の生きる希望は兄様以外なくなっていた。
 興が乗ってそのまま落描きを続けていると、兄様たちが揃ってテーブルに戻ってきた。

「ごめんね一人にして。寂しくなかった?」
「お絵かきをしていたので大丈夫です」
「お絵かき? アルバは絵が描けたの? 見せてほしいな」
「下手くそなんで見せるほどの価値はないですけど」

 全盛期の絵だったらもう喜んで見せるのに。と思っていたら、兄様が俺の手元を覗き込んできた。

「うわ……え、これ、アルバが描いたの?」
「はい。線はガタガタなんですけど」
「これ、僕? と、ブルーノ?」
「え、なんでわかったんですか?」

 調子に乗って、ゲームの最推しと友人を描いてしまっていた。
 大人な兄様を描いた絵を本人に見られて、しかも気付かれるという居たたまれなさ。
 ブルーノ君も覗き込んできて、「え、うま」と呟いた。

「アルバ君凄い。これ僕とオルシス? なんだかとても大人に見えるけど。確かにオルシスが大きくなったらこんな顔になりそうだね。天才?」
「褒め過ぎですブルーノ君……」
「僕は事実を述べただけだよ。でも、どうして僕たちの大人の姿なんて」
「大きくなった兄様たちを見たくて」

 ゲーム内だと無表情だったオルシス様だけど、兄様の表情筋はいまだに元気だ。そんなの絶対にカッコよくて綺麗で素晴らしくて素敵で、向かうところ敵なしになるんだよ。
 なんて気楽な気分で答えた瞬間、兄様とブルーノ君に抱き締められた。
 嬉しいけれどどうしたの⁉、焦って二人を見上げると、ブルーノ君は鼻声で「頑張るから」と呟いた。

「アルバ君が、僕たちと一緒に大きくなれるように、僕、すっごく頑張るから」
「僕も。アルバがいない生活なんてもう想像もつかないよ。僕も頑張るから、だから、アルバはちゃんと大きくなれるからそんなことは言わないで」

 兄様の声もちょっと鼻声だった。
 ああ、と自分の失態を悟る。
 俺は長く生きられないから、というアピールを知らずにした感じになってしまった。
 でもね、俺、全然死ぬつもりはないんだ。地べたを這ってでも、メロンを服の下に隠し持ってでも意地汚く生きるつもりだ。だからこそのフライング延命の旅に出たんだから。
 最終的に義父がいなかったら何も出来なくてすごすごと帰って来ていたのは目に見えているけれど。

「兄様、ブルーノ君。ありがとうございます」

 でも、ごめんなさいと言っても優しい二人はすぐにそれを否定してしまいそうだったから、俺は精いっぱいの心を込めてお礼を言うことにした。


 結果として、ブルーノ君と兄様は天才だった。
 二人は十歳になる前に、ラオネン病の新薬を作り上げた。
 ブルーノ君の地魔法で植物の成長促進をうんたらかんたら、兄様の氷魔法で凍らせることで成分がうんたらかんたら、と説明を受けたけれどちんぷんかんぷん。
 とにかく、ブルーノ君と兄様がいなかったら出来上がらなかったってことでいいんだよね。他にも火魔法が得意な人が果実を乾燥させたりとか、色んなプロフェッショナルな人たちが挑戦してくれた成果だ。
 なんでも生の果実だと、口に含んで飲み込むまでの一時的な効果しかなく、実を切ってから効果が切れるまでがかなり短かったそうだ。それを兄様とブルーノ君がなんとか効果の持続が出来るように考えた結果、携帯できる飴にしてくれたらしいんだけれど、俺には原理はさっぱりわけがわからなかった。
 とはいえ、これは一度使えばやまいが治るわけではなく、発作の時に魔力を枯渇するほどは放出しないで済むという、症状の緩和を主にした薬だ。いうなれば、価格と品質をものすごく向上させた、今までの薬の上位互換。
 それでも俺にとっては画期的、かつ延命に繋がる最高の薬だった。

「ほら、アルバのために、僕たち頑張ったよ」

 兄様から紙に包まれた飴を手渡されて、鼻の奥がツンとした。

「兄様、ブルーノ君……」
「あああ鼻水が出て。嬉しいのはわかるけど、そのままオルシスにくっつくと服が鼻水まみれになるぞ」
「だっでうでじぐで……うう、ぐすっ」
「アルバ、ほら。顔を拭こう。可愛い顔が大変なことになってるよ。アルバが舐めやすいように甘くしたからね。ちゃんと発作が起きた時はこれを食べるんだよ」
「はい……っ!」

 綺麗に顔を拭いてもらってから、俺は嬉しさのあまり兄様に抱きついた。


   ◆◆◆


「兄様、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」

 玄関で佇む兄様をギュッとして送り出す。
 調子が悪くなったら分かっているね、と言われて俺は大きく頷いた。
 発作が起きたら近くにいた人が俺の口にレガーレの飴を突っ込むと、俺の魔力放出が止まり、発作がゆるやかに止まる。そんなルーティンが出来上がっているのだ。
 そして発作がそれほど怖くなくなってからは、兄様たちが中等学園に通う今まで無事生き続けることが出来ている。発作自体は笑えないくらいには頻発したけれども。
 でも、兄様が馬車に乗って中等学園に通うのを見送るのはとても寂しい。
 兄様は十一歳になり、俺は七歳になったけれど、この世界には初等学園というものはないらしい。そこはそれ、貴族だから、色々なしきたりを踏まえて、家庭教師を雇うなりして家で教えるのが普通らしい。
 基礎学習が身についた辺りで、今度は社交性を広げるために中等学園に通わせて、応用編の勉強をするんだとか。遊んでばっかりだった子供はきっと最初からつまずくんだよ。怖いね!
 ブルーノ君と兄様は大丈夫だっただろうけど、俺がヤバい。本気でヤバい。そろそろ本腰を入れて勉強しないと。なんせ俺も生きていれば四年後に通うことになるから。
 名残惜しく馬車が消えるまで玄関先で兄様を見送った俺はしょんぼりと家に入って、自分の勉強を始めた。

「今日もよろしくお願いします!」
「はい、アルバ君。どうぞよろしくお願いいたします」

 ついに俺専用の学習部屋も出来て、家庭教師の先生が来る頻度も上がった。
 読み書きはなんとかなるんだけれど、公爵家の歴史と家系図がまったく覚えられない。似たような名前ばっかりだし、何代前のご先祖様は何をして王家に貢献したとか、何代前の当主は戦の武勲により王家より新たな領地を賜ったとか覚えないといけないんだよ。
 うえーってなる。知らないの一言で終わらせたい。
 けれど、貴族っていうのはそういうのを覚えていないと恥をかくんだそうだ。
 なんで恥なんだ、と首を傾げていたら、家庭教師の先生は「例えば皇太后様とお話しする際、皇太后様の時代の公爵様が何を成したかという話題が出たりします。それにおかしな相槌を打ってしまうだけで、その者の家格が落ちたりしてしまうものなのです」と教えてくれた。
 たった一度の会話でそうなるのが怖い。貴族怖い。
 だから唸りながらも一人一人の名前を復唱していく。でも俺は知っている。この家系図が終わったら貴族名鑑とかそういうのを覚えさせられるのを。
 唸っていると、家庭教師の先生がはあ、と溜息をついてこちらを見た。

「オルシス君は一度復唱した内容を忘れることはありませんでしたよ」
「ふぇっ⁉ さ、さすが兄様……!」
「……それに比べて、アルバ君はもう少し暗記を頑張らないといけませんね」
「そうですよね……、あの、でも頑張って覚えたら兄様がどれぐらいの速さでこの内容を覚えたかとか教えていただけたりしますか?」
「……いいでしょう。では、まずはこちらを覚えてしまいましょうか。この初代サリエンテ公爵様は……」

 追加で渡された紙を見下ろしながら、必死で文字を追っていく。これを覚えれば、兄様の幼少期極秘情報を貰えるので、真剣だ。
 この家庭教師は兄様にも教えた人らしく、何かにつけて兄様はこうだったと、とっておき情報を教えてくれる。初代公爵から数代までの名鑑以上に詳細なデータの載っている紙を必死で覚えながら、あとで兄様がどれほど短い時間で覚えたのか教えてもらおうと心に決めた。
 兄様の話が家庭教師の口から飛び出す度に兄様がどんな風に勉強をしたのかをひたすら訊きまくる俺は、授業を中断することが多々あるから、かなりの問題児だと思う。
 勉強が苦手だから授業を中断するわけじゃないよ。ご褒美として必要なんだよ。
 家庭教師が帰ると、お昼ご飯になる。ここではだいたい義父と母が一緒に食べてくれる。そして勉強はどうだい、と優しく聞いてくれるんだけど、頑張ってますしか言えない。
 前に泣き言を義父に言ったら即座に家庭教師の首を切ろうとしていたから必死で止めて、それからは頑張るマンになっている。だってあの先生が辞めたら、兄様の勉強の様子を教えてもらえなくなる。そんなの勿体ない。
 ごちそうさまをしたら、家の図書室に向かって、片っ端から魔法学の本とか魔術陣とかの本を読み漁っている。兄様が帰ってくるまでの時間つぶしだ。
 結局家庭教師の先生から習っているのは、言葉の習得や礼儀、歴史が中心で魔法は一切学べていない。だから、本だけでも読みたいのだ。
 そんな風に、この頃はほとんど一人で過ごしているから、一日が長い。
 ああ、でも四年後には俺が一年生になって、一年間だけとはいえ兄様と一緒に学校に通えるのがとても楽しみだ。それを励みに生きていくことにしよう。
 それに生きて高等学園に通う兄様を見られる可能性が出てきたのは、喜ぶべきことだよね。
 実際に俺が死んだのが何歳の時、というのははっきりとはわかっていないからもしかしたら追加課金パソストとかでは語られたのかもしれない。そのせいでもう大丈夫、とはっきりと断言することは出来なかった。でも、一応危機は乗り切ったと思いたい。
 ゲーム内での最推しの歳は十六歳から十八歳までの三年間。王立の高等学園内での話がメインだ。
 だから後五年。もし、その時までに俺がまだ生きていたら、今度こそ大手を振って「乗り切った!」と言えるようになるんじゃないだろうか。
 でも兄様の想い出の弟にならないのなら、先があるということだから勉強が必要だ。
 俺も一人の人として人生を生きていくということで勉強が付いてくるのだ……
 書斎でひたすら魔術陣の本をめくる。
 いまだに魔法を使う許可は得られていないし、自分の魔術属性もわからない。魔法学は実践ではない魔法の基礎知識だから、魔法学の本だけは読む許可をもらったけれど。
 だったら、自分でも使えそうな魔法を、ということで、基本的に魔力いらずで使える魔術陣の勉強を始めたんだ。
 魔術陣を描くには、魔力の込められたインクを使うんだけれど、俺はそんなインク持っていないから、普通のインクとペンで今は魔術陣の練習中。
 お絵かき大好きな俺にはこの勉強が案外合っていたらしく、とても楽しい作業となっている。

「よしっと」

 ふと手を止めて顔を上げると、窓から夕日が射していた。
 そろそろ兄様が帰宅する時間だ、と立ち上がって、走らない程度に急いで玄関に向かう。
 おかえりなさいのハグをするのが日課になっている。これは兄様の入学初日に学園に行ってほしくなくてみっともなくも泣いてしまった俺へ、兄様が提案してくれたことだ。

「アルバと一緒にいられないのは寂しいけれど、僕は立派な大人になって、アルバとこの家を護り続けないといけないんだ。だから、僕が元気に学園に行けるように毎朝僕にギュッてしてくれる? 帰ってきたら、今日一日頑張りましたってギュッてしてくれる?」

 そんなことを兄様に言われたら、はいって返事しか出来ないよね。
 それに兄様とのハグを一日二回も味わえるってなんて贅沢だろう。
 涙を呑んでギュッとくっついて「兄様学園頑張ってください」って見送ると、ハグし返してもらえて泣き顔もデレ顔になったよね。
 後ろで母が「流石さすがオルシス君……」って呟いていたけれど、どういう意味だったのかな。スルーでいいかな。
 俺が玄関に急ぐと、ちょうど兄様がブルーノ君と共に玄関から入ってくるところだった。
 第二次成長期真っただ中な兄様は、大分身長も伸びて、しなやかながらスラっと美麗な立ち姿を惜しげもなく披露してくれている。
 ブルーノ君はまだ兄様より少し小さいけれど、確かゲームでは並ぶと兄様よりも大きかったはずだから、これから眼鏡になって身長も伸びるはずだ。
 俺はというと、命の危険は少なくなったとはいえ、いまだに貧弱でチビなままで、兄様との差はだんだんと開いていく。一応ここに来てからは大分伸びたんだけどね。当社比で。
 はしたないけれど、はやる心で兄様に駆け寄った俺は、そのままの勢いで兄様に抱きついた。
 兄様もフッと笑顔になって俺を抱き返してくれて、優しい声音で「ただいま、アルバ」と頭を撫でてくれた。

「おかえりなさい、兄様。今日も無事のご帰宅、嬉しいです」
「ありがとう」

 二人で朝振りのハグを交わしていると、呆れた声でブルーノ君がストップをかけた。

「ほらほら、オルシス。研究所に行くぞ。アルバとの抱擁は朝もしたんだろう。そろそろ兄弟離れしてもいいんじゃないのか?」
「酷いこと言うなよブルーノ。僕のオアシスだぞ。学園での疲れは、今ここで癒されるんだ」
「疲れたのはわかるけどな。限度ってもんがあるだろ」
「羨ましいならブルーノも弟とハグすればいい。アルバじゃないぞ。君の弟だぞ」
「え、やだよ。なんであいつとハグなんてしないといけないんだよ」

 お前可哀そうなやつだな、お前ら恥ずかしい奴らだな、と軽口を言いあいながら、俺から離れていく兄様。
 兄様もブルーノ君も、学園から帰ってきたら挨拶もそこそこに、温室と研究室に行ってしまうので置いてけぼりを喰らうのも日常になっている。
 命の恩人ともいうべきブルーノ君に、嫉妬してしまいそうだ。兄様とずっと一緒にいてずるいって。
 でも俺のために今も二人とも頑張ってくれているから、そういう愚痴も言えない。寂しい。
 ああ、そうだ。兄離れしないといけないんだよな。いつかは。
 ……ちょっと無理かも。
 俺には兄離れというものは無理です。なんていうか、全ては兄様をこの目ででるために生きているので、兄様から離れるとなると、生きる希望はなくなりますね。
 ……ブルーノ君無茶言うね。

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