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書籍化記念SS
俺が一番必要なものは。
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書籍化記念SS
ある晴れた日。俺は一冊の本を手に入れた。
買ったわけではなく、貰ったわけでもない。手に入れた、というのが一番しっくりくる手に入り方だった。
今日は旦那様である兄様と一緒に王城に仕事に向かい、お互いお昼の約束をして自分の部署に向かった。
俺は宮廷魔術陣技師となったので、とある一室で毎日ひたすら魔術陣開発をしている。
新しい魔術陣を開発するのはとても楽しい。
文字を駆使して、こういう効果はどうかな、なんて試行錯誤するのはおもちゃで遊ぶのと同じような気持ちだったりする。
今日は、昨日構想を練った「その時一番必要になる道具を手元に引き寄せる」効果のある魔術陣の試作に取り組んでいた。
失敗なんて当たり前。何度も試作を重ねて何十枚も何百枚も描き上げて初めてちゃんと万人が使える物が出来上がる。
俺が考えたそれも、今手の中でちりとなって消えていった魔術陣で四度目の失敗だ。
「やっぱり『その時一番必要になる』なんていう曖昧な表記が失敗の元なのかな」
むむむ、と頭を悩ませていると、先輩が後ろから覗き込んできた。
「まーたおかしな魔術陣を作ってるなー。アルバはどうしてそう突飛な発想をするかね」
「先輩だって魔力を流したら食べ物が出てくる魔術陣とかいうおかしなものを試作中じゃないですか。出来たんですか?」
そもそも一般的な発想では新しい魔術陣の開発は出来ないと言われているこの世界。こんなユニークな発想が出来ない人は、開発ではなくて製作の方に回される。
俺も最初は製作の方で魔術陣の腕を上げ、そこから開発に回ったくちだ。
「いやまあ、飯は出てくるんだけどな。問題がな」
「問題? もしかして、ご近所の食堂から勝手に転移されたりして無銭飲食とか?」
「いやいや、だから何でそんな発想になるんだよ⁉ そんなことしねえよ! ちゃんと魔力使って食い物自体を魔術陣で構築してるんだよ」
「ほうほう」
「でもな、問題があって」
問題、と相槌を打つと、先輩はこれ見よがしに盛大に溜め息を吐いた。
「味がねえんだわ。どんだけ見た目豪華でも、味が一切しなくて、全然食欲湧かねえの」
ほらこれ、とまだ試作段階の魔術陣を見せて貰ったんだけれど、その魔術陣の中には味の記述はあれど、具体的なものはなかった。
味をつけるにしても、塩味なら塩味と設定してしまえばとても簡単に成功するとはおもうんだけれど。魔術陣自体が途轍もなく高価なので、まずは外に出て王都の高級レストランで食べた方がまだ安い。
とりあえずは、出来上がっても使い道はあまりなさそうだ。
苦笑しながら魔術陣にもう一度目を向け、そこにとても汎用性の高い言葉が使われているのに気付いた。
「……これだ」
これを組み込めば成功率は上がるかもしれない。
頑張ってくださいと先輩に魔術陣を返しながら、俺はもう一度自分の試作中の魔術陣に目を向けた。
「……できたんじゃないかな」
兄様を待つまでの間に、魔術陣は出来上がった。
その時一番必要な道具を召喚する魔術陣。
俺はドキドキしながら、その魔術陣を使った。
出てきたのは、一冊の本。
見た目は普通の本だった。
けれど、背表紙と表に本の題名が入っていない。それがとても違和感だった。
先輩の魔術陣をお手本にして、引き寄せるのではなく魔力で構築する状態にしたので、そういうのもあるのかもしれない。何せ食べ物は一切味がなかったというし。この題名がないのもそれと一緒なのかもしれない。
そしてこれは、俺が今現在一番必要な道具。
一体何が書いてあるんだろう、と本を開いて……
バン! と俺は慌てて本を閉じた。
「アルバ、どうしたの? 今日は無理でもしちゃった? 熱でもあるのかな」
兄様と合流すると、兄様は俺の顔を見た瞬間に走り寄ってきて、おでこに手の平を当てた。
自分でもわかる。顔に血が上っているのが。
これは熱とかそういうのじゃないから大丈夫と言っても、兄様は心配げな顔をしている。
そのまま抱き上げられて馬車に詰め込まれ、膝の上に乗せられたまま俺は公爵家に帰った。体調は悪くないから下ろして欲しい、むしろちょっと心の準備がヤバいのでそっとしておいてほしい。
なんて言っても兄様が聞くわけもなく。
そのまま俺たちの住まいである離れに運ばれ、兄様にベッドに降ろされる。
やめて。今の状態でベッドとか余計に顔が熱くなるからやめて。
そして俺を覗き込まないで。ベッドの上で下から兄様の顔を見上げるアングルはもう俺にとってはエロ女神の化身が光臨した神々しいお姿にしか見えない。無理。
「アルバ、本当に大丈夫? さっきよりも頬が熱い。体調崩したのかな。明日は休んで、ゆっくりしてね」
「違うんです……っ、体調は、悪くなくて」
本当に違うんです。原因は今日手に入れた一冊の本なんです。
そう言いたいけれど、言ったら本を見せろと言われるので言えないジレンマ。
かといって体調が悪いわけではないのにここまで心配そうな顔をさせる自分が不甲斐ない。
どうすれば……と悩んでいる間に、うちの執事のユリアスが部屋に荷物を届けてくれた。
それは、今日手に入れた本で。
兄様が受け取るのを見た俺は、すごい勢いでベッドから起き上がり、兄様の手から本を取り返そうとダッシュした。
「ダメ、ダメです! それの中を見てはダメです!」
俺が本を奪おうとすると、兄様は手を上に上げて俺に奪取されるのを阻止する。そして、ふうん、と目を細めた。あまり見たことのない兄様のその顔に見惚れてしまった俺は、結局は兄様から本を奪い取ることは出来なかった。
そして、今現在、羞恥プレイ中である。
俺が召喚した本を、兄様が興味深げに見ているのを、横から固まって窺っているのである。
俺が今一番必要だと召喚した本の中身。
それは……
世にいう夜の手本、夢の指南書、四十八手の図解だったのである……!
どうしてそんな本が俺にとって一番必要だったのかはわからない。
それに、この世界にはそんな本はなかったはず。だってその絵がこの世界の絵とはかけ離れた、前世で崇拝していた絵師様が描いた絵に途轍もなく近いものだったから!
あの絵師様のアドオルは本当に神がかっていたのだ。その絵師様の描く裸体も……
それが惜しげもなく余すところなく四十八手すべて描かれているのだ。
それを目の前で兄様に見られているこれはどんな羞恥プレイか。
「……」
兄様は一ページ一ページ丁寧に見ていき、最後まで見終わると、ふぅ、と小さく息を吐いて本をパタンと閉じた。
「……なるほど。アルバの頬が熱かった意味が分かったよ」
「……はい」
ベッドの上に正座して縮こまる俺に、兄様の優しい声がまるで悪魔のささやきのように響いた。
「この本は、とても素晴らしいね」
「……はい」
お薦めアドオルの絵師様なのです、とは言えなかった。アドオルは解釈違いだし、既にオルシス様は俺の旦那様なのだ。誰にもあげる気はない。
そして、と続けた兄様の言葉に、俺はパタンとベッドに突っ伏した。
「アルバは……欲求不満だったんだね……僕が不甲斐ないばかりに。これからは、この本を参考にさせて貰おう」
かくして、俺の作った魔術陣は闇に葬られた。
一番という概念が、自分の思い描いているものと実際の状況の一番では乖離しているということが図らずも最初の成功で証明されてしまったからだ。
……例のあの本を参考にして俺たちの夜の生活が営まれたかどうかは、俺と兄様だけの秘密である。
ちなみに、本は寝室の本棚にちゃっかり並んでいたりする。
終わり。
ある晴れた日。俺は一冊の本を手に入れた。
買ったわけではなく、貰ったわけでもない。手に入れた、というのが一番しっくりくる手に入り方だった。
今日は旦那様である兄様と一緒に王城に仕事に向かい、お互いお昼の約束をして自分の部署に向かった。
俺は宮廷魔術陣技師となったので、とある一室で毎日ひたすら魔術陣開発をしている。
新しい魔術陣を開発するのはとても楽しい。
文字を駆使して、こういう効果はどうかな、なんて試行錯誤するのはおもちゃで遊ぶのと同じような気持ちだったりする。
今日は、昨日構想を練った「その時一番必要になる道具を手元に引き寄せる」効果のある魔術陣の試作に取り組んでいた。
失敗なんて当たり前。何度も試作を重ねて何十枚も何百枚も描き上げて初めてちゃんと万人が使える物が出来上がる。
俺が考えたそれも、今手の中でちりとなって消えていった魔術陣で四度目の失敗だ。
「やっぱり『その時一番必要になる』なんていう曖昧な表記が失敗の元なのかな」
むむむ、と頭を悩ませていると、先輩が後ろから覗き込んできた。
「まーたおかしな魔術陣を作ってるなー。アルバはどうしてそう突飛な発想をするかね」
「先輩だって魔力を流したら食べ物が出てくる魔術陣とかいうおかしなものを試作中じゃないですか。出来たんですか?」
そもそも一般的な発想では新しい魔術陣の開発は出来ないと言われているこの世界。こんなユニークな発想が出来ない人は、開発ではなくて製作の方に回される。
俺も最初は製作の方で魔術陣の腕を上げ、そこから開発に回ったくちだ。
「いやまあ、飯は出てくるんだけどな。問題がな」
「問題? もしかして、ご近所の食堂から勝手に転移されたりして無銭飲食とか?」
「いやいや、だから何でそんな発想になるんだよ⁉ そんなことしねえよ! ちゃんと魔力使って食い物自体を魔術陣で構築してるんだよ」
「ほうほう」
「でもな、問題があって」
問題、と相槌を打つと、先輩はこれ見よがしに盛大に溜め息を吐いた。
「味がねえんだわ。どんだけ見た目豪華でも、味が一切しなくて、全然食欲湧かねえの」
ほらこれ、とまだ試作段階の魔術陣を見せて貰ったんだけれど、その魔術陣の中には味の記述はあれど、具体的なものはなかった。
味をつけるにしても、塩味なら塩味と設定してしまえばとても簡単に成功するとはおもうんだけれど。魔術陣自体が途轍もなく高価なので、まずは外に出て王都の高級レストランで食べた方がまだ安い。
とりあえずは、出来上がっても使い道はあまりなさそうだ。
苦笑しながら魔術陣にもう一度目を向け、そこにとても汎用性の高い言葉が使われているのに気付いた。
「……これだ」
これを組み込めば成功率は上がるかもしれない。
頑張ってくださいと先輩に魔術陣を返しながら、俺はもう一度自分の試作中の魔術陣に目を向けた。
「……できたんじゃないかな」
兄様を待つまでの間に、魔術陣は出来上がった。
その時一番必要な道具を召喚する魔術陣。
俺はドキドキしながら、その魔術陣を使った。
出てきたのは、一冊の本。
見た目は普通の本だった。
けれど、背表紙と表に本の題名が入っていない。それがとても違和感だった。
先輩の魔術陣をお手本にして、引き寄せるのではなく魔力で構築する状態にしたので、そういうのもあるのかもしれない。何せ食べ物は一切味がなかったというし。この題名がないのもそれと一緒なのかもしれない。
そしてこれは、俺が今現在一番必要な道具。
一体何が書いてあるんだろう、と本を開いて……
バン! と俺は慌てて本を閉じた。
「アルバ、どうしたの? 今日は無理でもしちゃった? 熱でもあるのかな」
兄様と合流すると、兄様は俺の顔を見た瞬間に走り寄ってきて、おでこに手の平を当てた。
自分でもわかる。顔に血が上っているのが。
これは熱とかそういうのじゃないから大丈夫と言っても、兄様は心配げな顔をしている。
そのまま抱き上げられて馬車に詰め込まれ、膝の上に乗せられたまま俺は公爵家に帰った。体調は悪くないから下ろして欲しい、むしろちょっと心の準備がヤバいのでそっとしておいてほしい。
なんて言っても兄様が聞くわけもなく。
そのまま俺たちの住まいである離れに運ばれ、兄様にベッドに降ろされる。
やめて。今の状態でベッドとか余計に顔が熱くなるからやめて。
そして俺を覗き込まないで。ベッドの上で下から兄様の顔を見上げるアングルはもう俺にとってはエロ女神の化身が光臨した神々しいお姿にしか見えない。無理。
「アルバ、本当に大丈夫? さっきよりも頬が熱い。体調崩したのかな。明日は休んで、ゆっくりしてね」
「違うんです……っ、体調は、悪くなくて」
本当に違うんです。原因は今日手に入れた一冊の本なんです。
そう言いたいけれど、言ったら本を見せろと言われるので言えないジレンマ。
かといって体調が悪いわけではないのにここまで心配そうな顔をさせる自分が不甲斐ない。
どうすれば……と悩んでいる間に、うちの執事のユリアスが部屋に荷物を届けてくれた。
それは、今日手に入れた本で。
兄様が受け取るのを見た俺は、すごい勢いでベッドから起き上がり、兄様の手から本を取り返そうとダッシュした。
「ダメ、ダメです! それの中を見てはダメです!」
俺が本を奪おうとすると、兄様は手を上に上げて俺に奪取されるのを阻止する。そして、ふうん、と目を細めた。あまり見たことのない兄様のその顔に見惚れてしまった俺は、結局は兄様から本を奪い取ることは出来なかった。
そして、今現在、羞恥プレイ中である。
俺が召喚した本を、兄様が興味深げに見ているのを、横から固まって窺っているのである。
俺が今一番必要だと召喚した本の中身。
それは……
世にいう夜の手本、夢の指南書、四十八手の図解だったのである……!
どうしてそんな本が俺にとって一番必要だったのかはわからない。
それに、この世界にはそんな本はなかったはず。だってその絵がこの世界の絵とはかけ離れた、前世で崇拝していた絵師様が描いた絵に途轍もなく近いものだったから!
あの絵師様のアドオルは本当に神がかっていたのだ。その絵師様の描く裸体も……
それが惜しげもなく余すところなく四十八手すべて描かれているのだ。
それを目の前で兄様に見られているこれはどんな羞恥プレイか。
「……」
兄様は一ページ一ページ丁寧に見ていき、最後まで見終わると、ふぅ、と小さく息を吐いて本をパタンと閉じた。
「……なるほど。アルバの頬が熱かった意味が分かったよ」
「……はい」
ベッドの上に正座して縮こまる俺に、兄様の優しい声がまるで悪魔のささやきのように響いた。
「この本は、とても素晴らしいね」
「……はい」
お薦めアドオルの絵師様なのです、とは言えなかった。アドオルは解釈違いだし、既にオルシス様は俺の旦那様なのだ。誰にもあげる気はない。
そして、と続けた兄様の言葉に、俺はパタンとベッドに突っ伏した。
「アルバは……欲求不満だったんだね……僕が不甲斐ないばかりに。これからは、この本を参考にさせて貰おう」
かくして、俺の作った魔術陣は闇に葬られた。
一番という概念が、自分の思い描いているものと実際の状況の一番では乖離しているということが図らずも最初の成功で証明されてしまったからだ。
……例のあの本を参考にして俺たちの夜の生活が営まれたかどうかは、俺と兄様だけの秘密である。
ちなみに、本は寝室の本棚にちゃっかり並んでいたりする。
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