異世界忍者活劇 †影一族の伝説†

錯羅

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第壱章 影一族

第参話 花菱 乱馬(はなびし らんま)

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 腰を抜かした農民の若夫婦に、死体の処理を命じ、雷堂光は名主の屋敷に入っていった。名主の名は彦部惣之丞ひこべそうのじょう

 中津東の国の領主は、花菱数馬はなびしかずまという30半ばの領主であるが、竜ヶ崎の軍勢が迫る中、竜ヶ崎の部将・菊川次郎右衛門にあっさりと降伏した。竜ヶ崎の勢力は近年、圧倒的な様相を呈している。一部の戦国大名は、あと十年もすれば、約百年続いた倭の国の戦国時代が終わるとみている。花菱数馬はこうした世の中の潮目の変わりを敏感に嗅ぎ取り、従順に屈することで己の所領の安堵を図ろうとしたといえる。

 しかし、東国の果てに位置する中津東の民は、長きにわたって大海原との格闘し、日々の糧を得てきた荒れくれものたちである。遠国から来た兵隊に戦わずして屈することを良しとしない者は少なくない。海岸の小さな村を治める彦部もそんな反骨の名主の一人であった。

「はいるぜ。」

 奥座敷の障子を、雷堂は我が家のごとく無遠慮に開けた。部屋には二人の男が雷堂の戻りを待っていた。

「無事、終わりましたかな。」

 初老の小柄な男・彦部惣之丞が声をかけた。

「・・・ああ。多少の被害が出ちまったようだ。何人か死なせちまったぜ。」
「いや・・・、百ちょうの鉄砲隊だったと聞いております。それをたった一人で半刻もかけずに撃退とは・・・、驚嘆するばかりです。」

 もう一人の男が口を開いた。

「ご苦労であった。屋根の上で見物させてもらったぞ。」
「はっ。光栄にございます。」

 ここまでやや横柄にふるまっていた雷堂が、居住まいを正し、両手をついて頭を下げた。二十歳はたちを過ぎた頃の若い男である。長い髪を後ろに括って流し、花の刺繍をあしらった錦の羽織に紫紺の袴、白足袋。村の人々と明らかに異なる武士のいでたちである。

「しかし、末端とはいえ、竜ヶ崎に弓を引いた以上、これからは枕を高くして寝る暇はなさそうだな。」
「ふっ、その覚悟は当然お持ちのことと理解しておりますが?」
「ああ、明日には伯父貴も泡を食って反乱分子の掃討に乗り出すだろうよ。」

 "伯父貴"とは、領主・花菱数親のこと。この見目麗しい青年の名は花菱乱麻。領主・数親の甥にあたる。

「派手に暴れましたので、此度の乱闘を隠しおおすのは少々難しいですかな。」
「隠す必要はない。そのためにお前を連れ、この地に赴いたのだ。お前の力、存分に振るってもらうぞ。」
「はっ。」

「何卒、村には、・・・これ以上損害を出さぬよう、お願い申し上げます。」

 彦部が頭を下げた。彦部としては、よそ者の竜ヶ崎への反骨精神は確かにあるが、彼は名主、自分の村の安泰が何よりである。

「安心せい。伯父貴も自国の民を傷つけるのは、己の首を絞めるに等しいことくらいは分かっておろうよ。というか、この男を相手に伯父貴にはそんなことをする暇もなかろが。」
「・・・もしや、乱馬様。この方は。」
「勘が鈍いな、彦部。ようやく察したか。この雷堂光は、燻隠いぶしがくれの忍、影の七人衆の一人だ。」
「や、・・・やはり、七人衆のお一人でござったか。」

 彦部のこめかみから汗の玉が伝い落ちた。

 戦国の世の立役者は何も侍だけではない。侍が日のあたる地で合戦に明け暮れる一方で、闇を住処とし、人知れぬ地で暗闘を繰り広げる集団が存在した。忍び衆である。彼らの使う変幻自在の忍術は、時に侍の兵法を凌駕する。

 忍び衆は、集落単位で山奥に身を隠し、門外不出の技術として忍術を磨く。そのためその全貌を知る者はごく限られる。彼らは、しばしば戦国大名と契約を交わし、諜報や暗殺だけでなく、侍たちの軍勢への奇襲までも手掛け、その力を誇示してきた。

 その忍衆の流派の中でも燻隠れの忍は最強を謳われている。燻隠れの精鋭と言われる"七人衆"は、顔を見れば死ぬとまで噂されているほどである。

(乱馬様は、七人衆を動かしたか。・・・恐ろしや。世では、竜ヶ崎の力で戦国の大火は静まると言われておるが、これは新たなる争乱の火種となるやもしれぬ。)

 背筋に冷たいものを感じつつも、彦部はこの男なら、あの竜ヶ崎に一太刀を浴びせられる将となるやもしれんと、ひそかな期待を寄せるのであった。
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