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第壱章 影一族
第漆話 壊滅
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数親の控える陣から火の手が上がった。異変を知った重臣たちが駆けつける。
「殿!いかがいたした!?」
しかし、その行動はうかつだったとしか言いようがない。臨戦態勢で厳重な警戒をしている時に本陣で失火などあり得る話ではない。火の手が上がったのなら何かしらの奇襲を受けたと捉えるべきだ。大将を守るために駆け付けるのは当然としても、そこに敵がいるかもしれないということも心する必要がある。
だが、あまりの火勢の強さに、慌てた数親の家臣たちはそこまで考えが及ばなかった。本陣に入り込んだ順に、瞬く間に頸動脈を切られ絶命した。火の手が上がってから数分で、本陣が危険な場所になっていると、周囲の人間は気付いたが、その数分の間に同行したすべての重臣が絶命してしまった。瞬く間の出来事だった。
「あーあ、あんまりうちの家臣を殺生しないでもらいたいところだ。俺の国になってから人が足りなくなるじゃないか。」
木の上で高みの見物を決め込んでいる乱馬は、口では悪態をつきながら、その顔には冷たい笑みが張り付いている。
指揮者を失った千五百の軍は大混乱になった。火の手が上がっているので敵がいるのは間違いないが、どこにいるかわからない。旗指物も次々と焼け落ち、今、敵味方が入り乱れたら収拾がつかない状態だ。戦のイロハを知る者ならば危惧したことだろう。
「何をしておる!陣形を立て直せ。敵兵はすぐそこじゃ!!」
「!!!」
壊滅的な混乱状態に陥ろうとしていた、右翼の部隊八百に、突如檄を飛ばす者が現れた。大将の数親だ。いや、兵たちは数親と思った。鎧が数親のものだったからだ。ただし、面で顔が覆われているため、真に数親であることは確認できない。だが、狂乱状態に陥りかけていた兵たちは、固く信じた。
「攻めよ!左翼が撃破された。間をおいてはならん。一気に突撃し、動くものすべてを討ち取れ!」
「うおー!!!!」
数親の檄によって、統率を取り戻した右翼部隊が陣形を整えて、左翼舞台に押し寄せた。
「ぐわ!!」
「ば、ばかな。俺たちは味方・・・。ぎゃあ」
阿鼻叫喚の同士討ちが繰り広げられる。一部の頭の回る者、冷静な者は、その異常な事態に気づき、数親を疑った。しかし数親は、実に冷静に兵一人一人の状況ににらみを利かせ、踊らされてない者、まやかしに気付いた者の喉笛に片っ端から苦無を叩き込んで絶命させ、混乱収拾の芽を摘み取った。
四半刻(30分)も過ぎた頃、千五百いた数親の軍勢は焼け焦げた骸の山にとってかわっていた。ただ一人たたずむ数親は、ゆるゆると甲冑を脱ぎ捨て、雷堂の姿に戻った。懐からキセルを取り出し、くゆらせる。
「ご苦労だったな。」
見物を終えた乱馬が、ゆっくりとした足取りで歩み寄る。
「見苦しいものをお見せした。」
「全くだ。派手に焼きすぎぞ。兵は非戦時は農民なのだから、降伏するものを受け入れれば、百くらいは回収出来たろうに。皆殺しとはな。」
「恥ずかしながら、戦場の駆け引きは命の取り合いしか学んでおりませんでな。今後は、殿から学ばせていただきとう存じます。」
「ふふん、ぬかせ。」
乱馬とて、燻隠れの里でともに修業を積んできた身であるので、雷堂の恐ろしさはよく知っているつもりであった。しかし、彼にとっては今宵の戦が、初めて目の前で繰り広げられた実戦であった。勝つと信じていたとはいえ、一対千五百を制した雷堂の修羅ぶりに、さしもの乱馬もやや気圧された。
「これからいかがいたしますか。」
「今夜中の完全決着が可能であれば、したいところだが。さすがに控えるべきであろうな。」
「・・・敵は、我らが小山城まで反攻するとは想定していなかろう。その意味では利点はあるが、いかんせん、城にいるは竜ヶ崎の軍勢。兵力の把握もなしに乗り込むは、無謀の域となりましょう。」
「いかにも。だが彦部の屋敷に戻ることは避けよう。我らの情報が敵方に漏れぬようにすべきだ。」
「ならば、どこかで野営しますかな。」
「それがよかろう。・・・だが、その前に。」
乱馬の目にさっきが宿った。
「・・・・・・──」
気づいていたな、という表情で乱馬を見つめ、雷堂が黙る。
「逃がさぬぞ。いるのだろう・・・?出てこい。」
乱馬が闇夜に向けて、声を投げかける。
(ちっ、気配を消していたこの俺に気付くだと。)菊川の命を受け、合戦の成り行きを偵察していた朧は、戦慄した。まさか己の存在が気付かれることは想定していなかった。
「殿!いかがいたした!?」
しかし、その行動はうかつだったとしか言いようがない。臨戦態勢で厳重な警戒をしている時に本陣で失火などあり得る話ではない。火の手が上がったのなら何かしらの奇襲を受けたと捉えるべきだ。大将を守るために駆け付けるのは当然としても、そこに敵がいるかもしれないということも心する必要がある。
だが、あまりの火勢の強さに、慌てた数親の家臣たちはそこまで考えが及ばなかった。本陣に入り込んだ順に、瞬く間に頸動脈を切られ絶命した。火の手が上がってから数分で、本陣が危険な場所になっていると、周囲の人間は気付いたが、その数分の間に同行したすべての重臣が絶命してしまった。瞬く間の出来事だった。
「あーあ、あんまりうちの家臣を殺生しないでもらいたいところだ。俺の国になってから人が足りなくなるじゃないか。」
木の上で高みの見物を決め込んでいる乱馬は、口では悪態をつきながら、その顔には冷たい笑みが張り付いている。
指揮者を失った千五百の軍は大混乱になった。火の手が上がっているので敵がいるのは間違いないが、どこにいるかわからない。旗指物も次々と焼け落ち、今、敵味方が入り乱れたら収拾がつかない状態だ。戦のイロハを知る者ならば危惧したことだろう。
「何をしておる!陣形を立て直せ。敵兵はすぐそこじゃ!!」
「!!!」
壊滅的な混乱状態に陥ろうとしていた、右翼の部隊八百に、突如檄を飛ばす者が現れた。大将の数親だ。いや、兵たちは数親と思った。鎧が数親のものだったからだ。ただし、面で顔が覆われているため、真に数親であることは確認できない。だが、狂乱状態に陥りかけていた兵たちは、固く信じた。
「攻めよ!左翼が撃破された。間をおいてはならん。一気に突撃し、動くものすべてを討ち取れ!」
「うおー!!!!」
数親の檄によって、統率を取り戻した右翼部隊が陣形を整えて、左翼舞台に押し寄せた。
「ぐわ!!」
「ば、ばかな。俺たちは味方・・・。ぎゃあ」
阿鼻叫喚の同士討ちが繰り広げられる。一部の頭の回る者、冷静な者は、その異常な事態に気づき、数親を疑った。しかし数親は、実に冷静に兵一人一人の状況ににらみを利かせ、踊らされてない者、まやかしに気付いた者の喉笛に片っ端から苦無を叩き込んで絶命させ、混乱収拾の芽を摘み取った。
四半刻(30分)も過ぎた頃、千五百いた数親の軍勢は焼け焦げた骸の山にとってかわっていた。ただ一人たたずむ数親は、ゆるゆると甲冑を脱ぎ捨て、雷堂の姿に戻った。懐からキセルを取り出し、くゆらせる。
「ご苦労だったな。」
見物を終えた乱馬が、ゆっくりとした足取りで歩み寄る。
「見苦しいものをお見せした。」
「全くだ。派手に焼きすぎぞ。兵は非戦時は農民なのだから、降伏するものを受け入れれば、百くらいは回収出来たろうに。皆殺しとはな。」
「恥ずかしながら、戦場の駆け引きは命の取り合いしか学んでおりませんでな。今後は、殿から学ばせていただきとう存じます。」
「ふふん、ぬかせ。」
乱馬とて、燻隠れの里でともに修業を積んできた身であるので、雷堂の恐ろしさはよく知っているつもりであった。しかし、彼にとっては今宵の戦が、初めて目の前で繰り広げられた実戦であった。勝つと信じていたとはいえ、一対千五百を制した雷堂の修羅ぶりに、さしもの乱馬もやや気圧された。
「これからいかがいたしますか。」
「今夜中の完全決着が可能であれば、したいところだが。さすがに控えるべきであろうな。」
「・・・敵は、我らが小山城まで反攻するとは想定していなかろう。その意味では利点はあるが、いかんせん、城にいるは竜ヶ崎の軍勢。兵力の把握もなしに乗り込むは、無謀の域となりましょう。」
「いかにも。だが彦部の屋敷に戻ることは避けよう。我らの情報が敵方に漏れぬようにすべきだ。」
「ならば、どこかで野営しますかな。」
「それがよかろう。・・・だが、その前に。」
乱馬の目にさっきが宿った。
「・・・・・・──」
気づいていたな、という表情で乱馬を見つめ、雷堂が黙る。
「逃がさぬぞ。いるのだろう・・・?出てこい。」
乱馬が闇夜に向けて、声を投げかける。
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