21 / 21
第弐章 西伐の狼煙
第廿話 奇襲
しおりを挟む
小山城の奥座敷で花菱乱馬は、政務にあたっていた。曲がりなりにも家臣団をまとめ上げた花菱は、次の段階として兵の訓練に力を入れている。とはいえ現状は、自国を守り抜くこともままならない状態である。
隣国には、久遠浜、楽土という国があるが、今やいずれの国も竜ヶ崎率いる降魔の国に帰順してしまっている。いずれの領主も、国力を消耗することを嫌って、積極的にこちらに攻め寄せてくることはない。しかし、ひとたび竜ヶ崎の軍勢が遠征するとなれば、惜しみなく支援し、忠誠をアピールするのだ。
先の菊川次郎右衛門の東征の時、菊川は久遠浜に陣を敷いたが、領主の長瀬小五郎は彼に平身低頭の姿勢でへりくだった。菊川は領主の居城を我が家のように使い、気の向くままに出入りし、馳走を楽しみながら、采配を振るったのだ。風の噂では、一部の長瀬の家臣団は、屈辱に涙を流したという。
花菱は、そのような周辺の諸国のように降魔に屈する気はない。だが、砦を築き、兵を鍛え、防備を行き渡らせなければ、国を守り切ることはできない。一騎当千の影の七人衆を仲間に加えたとしても、それは変わらない。
そんな花菱だが、最近は心なしかソワソワしている雰囲気がある。先日、萌香あづみを通して、燕女の文を手にしてからそんな状態が続いている。実は昨日、東塩津の船着き場に端島からの船が着いたという知らせがあった。机上に山と積まれた書類に目を通しつつも、どこか物思いにふけっているように見えなくもない。
「あ。」
傍らにいた萌香が、彼にしては間抜けな声を出した。
ゴス──
と同時に、花菱の顔面が机に激突した。何者かが背後から突然手刀を振り下ろしたのだ。花菱が身構えて振り返る。
「何奴!」
「燕女ですよ!」
「・・・」
「プ」
数秒間の沈黙ののち、萌香が思わず噴き出した。
「こ、こらお前、この俺の頭に一撃くれるとはどういうつもりだ。俺ぁ、中津東の殿さまだぜ?」
「ふふん、ごめんなさい。影一族の七人衆のわりには、後姿が隙だらけに見えたから、ついやっちゃった★」
「何おぉ」
「御屋形様!」
とかやっていると、近習が声をかけてきた。
「何だ!」
「那須野燕女と名乗る女が、御屋形様にお目通りを請うておりますが、いかがいたしましょうか。」
「燕女はあたしだよ。」
「へ・・・?」
近習の目が点になった。彼はついさっき、城の玄関で燕女一行と面会し、すぐに花菱に取り次ぎに来たところだったのだが。
「待ちくたびれて、こっそり入っちゃいました。あんたんとこの城、警備がザルよね。あたしが侵入者だったらどうするのよ。」
「よく言うぜ。十分侵入者じゃねぇか。」
「・・・で、あの、お通ししてよいので?お連れの方もいらっしゃいますが。」
狼狽しながら問う近習に、花菱は燕女の連れを通させた。
「に、兄さま。やっと会えましたぁ。」
「こ、これ、離れなさい。みっともないですよ、あずさ!」
奥座敷に通されたとたん、あずさが兄のあづみに駆け寄って抱き着いた。たしなめつつも兄のあづみも目尻が垂れて嬉しそうだ。
昨晩は、大人顔負けの立ち回りを見せたあずさだが、幼い頃から(今も幼いが)大のお兄ちゃん子で、忍術の修業以外では、兄には散々甘やかされて育った。あづみが中津東へ渡ってから、寂しさに耐えかね、兄に会いたい一心で燕女についてきたのだが、この振る舞いはいかがなものか。
麗しき兄妹愛と言いたいところなのだが、互いに抱き締め合い頬を擦りつけ合って、再会を喜ぶさまを見せつけられ、周囲は若干引き気味だ。
「あ、・・・なあ、あづみよ。皆もおるし、ほどほどにな。」
かすれ気味の声で、花菱がたしなめた。
「ああ、失礼。どうです、可愛いでしょう。うちの自慢の妹です。」
いつもクールで感情をあらわにすることがないあづみに、ややドヤ顔でそう言われ、一同は返答に詰まる。(きょ、兄妹が仲が良いのは結構なんだが・・・大丈夫か?大丈夫なんだろうな??)
一通りの再会のあいさつなどを終え、燕女が昨夜のことを花菱と萌香に報告する。話の途中で内容が重要であると判断した花菱は、雷堂と慈電を呼び寄せ、同席させた。(介肋は行方が分からず不参加。)
「残念ながら、敵方の目眩ましに翻弄され、遁走されてしまいました。数で上回っておりながら、このような結果となり、大変申し訳ありませぬ。」
悔しさをにじませ、未来がその状況説明を締めた。
「・・・兄者よ、どう思う?」
雷堂が慈電に振った。本物の兄ではないが、彼は兄弟子の慈電を「兄者」と呼んでいる。
「三人連れの忍。相当の連携戦術の手練れ。となれば、鍔隠れの忍衆であろうな。」
「なるほど、侮れぬな、菊川め。次の手をすでに打っておるか。」
渋い顔をして花菱は思案する。
「その者らの一人が「お蝶」という名を呼んだのですね。ならば、恐らく彼らは猪鹿蝶にござりましょう。最近、鍔隠れの中で台頭してきた三人衆で、そういう者を聞いたことがあります。」
国外の情報に明るい萌香あづみがそう分析した。
なるほど、向うはやる気だ。ならばやるしかない。こちらから軍勢をもって仕掛けることは今はまだ無理だが、降りかかる火の粉は、払うのみ。そう花菱が心積もりした時だった。
ズドン──
城の外で大きな爆発音がさく裂した。
隣国には、久遠浜、楽土という国があるが、今やいずれの国も竜ヶ崎率いる降魔の国に帰順してしまっている。いずれの領主も、国力を消耗することを嫌って、積極的にこちらに攻め寄せてくることはない。しかし、ひとたび竜ヶ崎の軍勢が遠征するとなれば、惜しみなく支援し、忠誠をアピールするのだ。
先の菊川次郎右衛門の東征の時、菊川は久遠浜に陣を敷いたが、領主の長瀬小五郎は彼に平身低頭の姿勢でへりくだった。菊川は領主の居城を我が家のように使い、気の向くままに出入りし、馳走を楽しみながら、采配を振るったのだ。風の噂では、一部の長瀬の家臣団は、屈辱に涙を流したという。
花菱は、そのような周辺の諸国のように降魔に屈する気はない。だが、砦を築き、兵を鍛え、防備を行き渡らせなければ、国を守り切ることはできない。一騎当千の影の七人衆を仲間に加えたとしても、それは変わらない。
そんな花菱だが、最近は心なしかソワソワしている雰囲気がある。先日、萌香あづみを通して、燕女の文を手にしてからそんな状態が続いている。実は昨日、東塩津の船着き場に端島からの船が着いたという知らせがあった。机上に山と積まれた書類に目を通しつつも、どこか物思いにふけっているように見えなくもない。
「あ。」
傍らにいた萌香が、彼にしては間抜けな声を出した。
ゴス──
と同時に、花菱の顔面が机に激突した。何者かが背後から突然手刀を振り下ろしたのだ。花菱が身構えて振り返る。
「何奴!」
「燕女ですよ!」
「・・・」
「プ」
数秒間の沈黙ののち、萌香が思わず噴き出した。
「こ、こらお前、この俺の頭に一撃くれるとはどういうつもりだ。俺ぁ、中津東の殿さまだぜ?」
「ふふん、ごめんなさい。影一族の七人衆のわりには、後姿が隙だらけに見えたから、ついやっちゃった★」
「何おぉ」
「御屋形様!」
とかやっていると、近習が声をかけてきた。
「何だ!」
「那須野燕女と名乗る女が、御屋形様にお目通りを請うておりますが、いかがいたしましょうか。」
「燕女はあたしだよ。」
「へ・・・?」
近習の目が点になった。彼はついさっき、城の玄関で燕女一行と面会し、すぐに花菱に取り次ぎに来たところだったのだが。
「待ちくたびれて、こっそり入っちゃいました。あんたんとこの城、警備がザルよね。あたしが侵入者だったらどうするのよ。」
「よく言うぜ。十分侵入者じゃねぇか。」
「・・・で、あの、お通ししてよいので?お連れの方もいらっしゃいますが。」
狼狽しながら問う近習に、花菱は燕女の連れを通させた。
「に、兄さま。やっと会えましたぁ。」
「こ、これ、離れなさい。みっともないですよ、あずさ!」
奥座敷に通されたとたん、あずさが兄のあづみに駆け寄って抱き着いた。たしなめつつも兄のあづみも目尻が垂れて嬉しそうだ。
昨晩は、大人顔負けの立ち回りを見せたあずさだが、幼い頃から(今も幼いが)大のお兄ちゃん子で、忍術の修業以外では、兄には散々甘やかされて育った。あづみが中津東へ渡ってから、寂しさに耐えかね、兄に会いたい一心で燕女についてきたのだが、この振る舞いはいかがなものか。
麗しき兄妹愛と言いたいところなのだが、互いに抱き締め合い頬を擦りつけ合って、再会を喜ぶさまを見せつけられ、周囲は若干引き気味だ。
「あ、・・・なあ、あづみよ。皆もおるし、ほどほどにな。」
かすれ気味の声で、花菱がたしなめた。
「ああ、失礼。どうです、可愛いでしょう。うちの自慢の妹です。」
いつもクールで感情をあらわにすることがないあづみに、ややドヤ顔でそう言われ、一同は返答に詰まる。(きょ、兄妹が仲が良いのは結構なんだが・・・大丈夫か?大丈夫なんだろうな??)
一通りの再会のあいさつなどを終え、燕女が昨夜のことを花菱と萌香に報告する。話の途中で内容が重要であると判断した花菱は、雷堂と慈電を呼び寄せ、同席させた。(介肋は行方が分からず不参加。)
「残念ながら、敵方の目眩ましに翻弄され、遁走されてしまいました。数で上回っておりながら、このような結果となり、大変申し訳ありませぬ。」
悔しさをにじませ、未来がその状況説明を締めた。
「・・・兄者よ、どう思う?」
雷堂が慈電に振った。本物の兄ではないが、彼は兄弟子の慈電を「兄者」と呼んでいる。
「三人連れの忍。相当の連携戦術の手練れ。となれば、鍔隠れの忍衆であろうな。」
「なるほど、侮れぬな、菊川め。次の手をすでに打っておるか。」
渋い顔をして花菱は思案する。
「その者らの一人が「お蝶」という名を呼んだのですね。ならば、恐らく彼らは猪鹿蝶にござりましょう。最近、鍔隠れの中で台頭してきた三人衆で、そういう者を聞いたことがあります。」
国外の情報に明るい萌香あづみがそう分析した。
なるほど、向うはやる気だ。ならばやるしかない。こちらから軍勢をもって仕掛けることは今はまだ無理だが、降りかかる火の粉は、払うのみ。そう花菱が心積もりした時だった。
ズドン──
城の外で大きな爆発音がさく裂した。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる