異世界忍者活劇 †影一族の伝説†

錯羅

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第弐章 西伐の狼煙

第拾玖話 斬り結ぶ群影 後編

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 小山城の周囲の小道で7人の忍の戦いが続いている。両者入り乱れての混戦の様相を呈している。

「ぺっ」

 口に咥えた仕込み槍を吐き捨て、鬼の形相で構える猪子兵助には、美しくも数々の暗器を握り、鋭い殺気をたたえた鈴堂香莉奈が対峙する。

 飄々と刀を正眼に構える鹿島鉄人の前には、野太刀を地摺りに構えた未来正太郎、無手(素手)のまま不気味に立ち尽くす那須野燕女が立つ。

 両手で印を結ぶ由井薗お蝶は、幻術の使用を狙っている。対する萌香あずさは、懐から小さなひょうたんを取り出し、立つ。用途の分からない怪しげな道具を前に、お蝶は警戒気味だ。

 (香莉奈の荷が重いな。)刀を構える鹿島の前に立ちながら、そう燕女は考える。敵方の三人のうち筋肉男(=猪子)の身体能力がずば抜けている。2対1で戦うべきは、似非エセ侍(=鹿島)ではなく、肉男の方。未来と燕女、どちらが動くべきか・・・。

「その侍、あなたに任せて良い?私は香莉奈の加勢をする。」
「ええ、任せてください。」

 燕女は、自らが動くことを選択した。侍と未来であれば、獲物のリーチの差で未来が有利という判断だ。だが、タイミングが問題だ。相手の牽制にならない不用意な動作は、すぐさま相手から致命的な一撃を被るきっかけを作りかねない。しかし、のんびりしていれば、香莉奈が猪子に押し負ける恐れがある。

 と、猪子と鹿島が示し合わせたかのように同時に動き出した。猛然と香莉奈に突進する猪子。時を同じくして、正眼の構えから間合いを詰め、鹿島が未来の咽喉へめがけて突きを繰り出す。

 香梨奈は、苦無を猪子に向けて投げるが、両腕で頭部を覆った猪子はよけもしないで直進する、鋼の筋肉が重量のない苦無を弾き飛ばした。猪子は、減速することなく一気に間合いを詰める。その間、0.1秒というような一瞬の出来事であり、鹿島と対峙している燕女はそれに反応できない。当然、のど元に突きを繰り出されている未来も自分自身が防御の反応をする必要があるため、香莉奈への援護はできない。

 3対4で、数で一人分劣る猪鹿蝶は、この連携で一人を潰して人数を五部にしようという狙いだ。迫りくる肉塊を前に香莉奈は指にはめた流れ卍(手裏剣の一種)を回転させ、もう目の前まで来た猪子めがけて一閃した。それでも猪子は止まらない。

 猪子が先ほど投げることができなかった苦無で香莉奈を刺しにかかる、香莉奈は二股に分かれた異形の短刀を取り出し、これを受け、折る。突進を止めることなく猪子がさらに間合いを詰め香莉奈につかみかかった。そのまま押し倒し馬乗りになる。相手が女だろうと全く容赦する気配はない。

 (香莉奈!)燕女が振り返る、鹿島の攻撃が未来に向かった隙をついて体勢を猪子に向ける。香莉奈は絶体絶命の状況だ。猪子が左腕で香莉奈の右腕をつかみ、もう片方の腕で喉に手をかけようとする。が、つかんだはずの左腕が滑り、香莉奈の右腕は外れた。

「!?」

 ぬるっという感触。いつの間にか猪子の左手は血にまみれている。先ほど組み敷かれる瞬間に香莉奈が放った流れ卍が、猪子の左腕の動脈を切っていたのだ。

「伏せろ!」

 燕女が叫ぶ。応じて香莉奈は猪子にまたがられたままうつぶせに頭を下げた。猪子が左手から声のする方向に視線を戻した時には、燕女が目の前まで間合いを詰めていた。

 (はやい!)と思うのと、燕女が両掌を猪子の胸部に突き出すのは同時だった。

金剛・双掌禅そうしょうぜん!──

 およそ女の体術で発するとは思えない地響きのようなすさまじい激突音がさく裂し、筋肉自慢の猪子の身体が吹き飛ぶ。

「っ──!!ぐぼっぉ。」

 その衝撃の大きさを物語るように燕女の両足が踏みしめる地面はひび割れ、陥没していた。未来と数戟刃を交えていた鹿島の目に驚きの色が浮かぶ。華奢な体格の女(燕女)からそれほどの破壊力を持つ攻撃が繰り出されることは全く想定していなかった。同時に猪子の受けたダメージから、彼がすぐには戦える状態に回復しないことを悟る。

「お蝶!」
「ハ!」

 鹿島が名を呼ぶと同時に掛け声とともにお蝶が印を完成させた。鹿島がその名を呼んだ瞬間
反射的にその場の全員がお蝶に目を向けた。それがねらいであった。お蝶が身にまとう浴衣に染め抜かれた色彩豊かな蝶のがら。暗がりの中では、その色は目立たなくなり灰色を呈していたのだが、突如鮮やかな色彩をたたえ、無数の蝶の群れとなって空に羽ばたきだした。視界が蝶で埋まり、敵の姿さえ見えなくなる。

「ぬぅ!」
「逃がすか!」

 あずさはまだ諦めていなかった。手にしたひょうたんのふたを開け、ふうっと息を吹き付ける。鹿島とお蝶は蝶に紛れて逃げの体勢に入ったのだが、突如目の前に少女(あずさ)の姿が現れた。(馬鹿な、そいつのいる方向とは逆方向に走り出したはずだ。)

「いいから直進!」

 お蝶が声を張り上げる。瞬時に得心した鹿島はそのままお蝶とともに走り抜ける、目の前のあずさの映像がゆらりと歪み消えた。幻影だったのだ。

「待て!」

 未来が吠える。しかし二人は走り去り、忘れずに猪子を回収し、あっという間に姿を消したのだった。

「・・・すみません、逃がしてしまいました。」
 あずさが残念そうに謝った。

「何言ってんの。最後までよく粘ってくれたわ。あたしら、あの蝶々にすっかり翻弄されちまったからね。」と燕女。

「ああ怖かった。早くお風呂に入りたいわ。」
 ようやく香莉奈が起き上がる。猪子の返り血を受けて服が汚れてしまっている。

「三人連れということは、鍔隠れの忍かもしれませんね。」
 未来が野太刀を鞘に納めながら話す。

「ええ、かなり手ごわい相手だったわ。」

 幸い、燕女たちには負傷はなかった。しかし、戦いはほぼ互角。燕女が奥の手としている必殺の一撃を使っていなければ、香莉奈は無事ではなかったかもしれない。ほっと胸をなでおろす燕女であった。
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