異世界忍者活劇 †影一族の伝説†

錯羅

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第弐章 西伐の狼煙

第拾捌話 切り結ぶ群影 前編

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 ──天地!激斬!!──

 己の身長ほどもある野太刀のだちを抜き閃かせ、未来みくが鹿島の背後から切りかかった。天地激斬は、影一族の刀術の一つ。瞬時に縦横の斬撃を繰り出す二段斬りの総称だが、個人によって技の細部は異なる。

 多くは、初太刀でフェイントをかけ、生じた隙に本命の二閃目を見舞う技とする者が多いが、未来の場合は、その両方とも必殺の踏み込みで斬りつける。それも野太刀を用いて行うのは、未来以外にはいない。通常は、刀身が短く小回りの利く忍刀しのびがたなで繰り出す技である。

 横薙よこなぎの一閃を鹿島は辛うじて跳躍でかわした。刀身の長い野太刀は、そばにいたお蝶も射程に捉えていたが、鹿島よりさらに間合いが確保されていたお蝶は、後ろに転がりながらこれを避けた。避けると同時にあずさとの間合いを詰め、袖口に隠していた短刀を抜き、襲い掛かる。

 空ぶった一撃目をものともせず、未来はさらに間合いを詰めて、唐竹割り(真上から真下に向けて刀を振り下ろす斬り方)の構えで鹿島に斬りかかる。

「くっ。」

 一撃目を跳躍でよけた鹿島は、これをよけられない。当然、未来もそれを計算に入れての攻撃だ。しかし──

「!!」

 突然、茂みから肉の岩が飛び出した。さながら大砲の玉のような勢いで肉塊はうなりを上げて未来をめがけ空中を走る。やむなく未来は唐竹割りの構えを解き、守りの姿勢に入った。刀を振り抜き始めていたら防御が間に合わないところであった。彼の瞬時の判断は、まさしく生死を分けた。

 肉弾に野太刀の刃を向けてこれを防ぐ。右手で逆手に柄を握り、左に着けた小手で刀身の背を支え、刀の切っ先を地面に突き刺し、刀身を傾けて斜めに肉塊を受ける。衝撃を真正面から受けず、逸らす狙いだ。それでもその重量・衝撃は凄まじいものだった。

 野太刀に激突した猪子の身体は空中に弾かれた。刃に体当たりをかましたため、当然無傷ではないが、鋼の筋肉が軽傷に留めた。

 猛烈な衝撃を耐えた未来は、まだ体勢を立て直せていない。空中の猪子はすかさず、懐に両手を突っ込み苦無を取り出す。この機を逃すはずもない。

 しかし、未来の首をめがけ放とうとした猪子はそれができない状況を悟った。新手の女(香莉奈)が未来の前に立ち、暗器を構えている。

 (ちっ、まだ仲間がいやがったか。)

 一瞬で攻守の立場が逆転する。空中の猪子は、今は飛び道具の格好の的だ。香莉奈が手にした暗器は短い棒のようなものであるが──

カシャン──

 冷たい金属音と共に棒は5倍に長さを増した。伸縮自在の仕掛けが施されており、その先端は刃。仕込み槍だ。

 (あの女、なんちゅうもんを!)

 コンパクトな動作で香莉奈が投擲する。それは見事に着地前の猪子に命中した。

 一方、未来の天地激斬をかわし、体勢を立て直した鹿島が未来に襲いかかる。未来の持つ野太刀の切っ先は、猪子の肉弾を受けた衝撃で深々と地面に突き刺さり、抜けなくなっている。そこへ鹿島が斬りかかる。

バラリ──

 袈裟懸けに斬る構えを見せ、振りぬくと同時に鹿島の懐から5つほどの黒い塊が飛び散った。撒き菱だ。

 撒き菱とはとげ状の突起を持つ鉄の塊で、通常は追手から逃れるために地面に撒いて使う。踏めば足を負傷し、追いかけられなくなるのだ。

 だが、鹿島はこれを積極的な攻めの道具として使う、流れるような動作で、袈裟懸けの斬撃の動作を滞らせることなく、未来の周囲に撒き菱を散らし、かわすための動作の自由を封じる。

 散らされた撒き菱を鹿島自身が踏むことはない。この男は、瞬時に地面の異物の位置を見極めてよけながら走る訓練を毎日のようにしている。未来は、野太刀から手を離し、脇差を抜く。

 (馬鹿め、踏み込みもできない状況で俺の太刀筋に対応できるものか!)万全の勝算をもって斬りかかろうとする鹿島だったが、この攻撃も封じられることとなった。巨大な炎が鹿島の目の前を横切り、前髪を焼いたのだ。視界の隅に生じた強烈な光に反応し、鹿島が踏み込みを止めていなければ、炎の玉は完全に鹿島を捉えているところだった。

 (くそ、また新手か!一体何人いやがるんだ。)

火遁 精華しょうかの術──

「無事に帰れると思わないでよ。」
 術の主、燕女が不敵に笑った。

 その隙に未来は、撒き菱を蹴って路肩に飛ばし、突き刺さった野太刀を再び引き抜いた。燕女と並んで構える。一方の鹿島は、苦い表情で刀を正眼に構えなおした。

 槍を投げつけられた猪子は、顔面にもろに受けたように見えたが、刃にかみつき歯で何とか防いでいた。

 (なに、こいつ。まるで獣みたいなやつ)心中でつぶやきながら、香莉奈は懐から異様な暗器を取り出した。手裏剣、苦無、釣り針状の刃、両手に5,6種類は持っている。中には何に使うのか一目ではわからないようなものもある。

 お蝶とあずさもにらみ合いを続けている。未来の天地激斬を避けた後、その相手を鹿島に任せ、お蝶はあずさを攻撃の的にしたが、見た目に似合わずこの少女の太刀さばきも鋭かった。

 (あたしゃ荒事はあまり得意じゃないのよね。)猪鹿蝶の三人の中では、お蝶の戦闘能力は最も低い。彼女は、諜報活動や心理戦を得意とするタイプだ。だからこそ、一番弱そうなあずさを狙ったのだが、2,3回斬り結んでみて、簡単に決着をつけられそうにはないことがよく分かった。

 (しょうがない、目眩めくらましを使うか。)幻術は、お蝶の得意技だ。ゆっくりと両手を構え、印を結ぶ体制をとる。しかし、あずさの方も怪しげな行動を始めていた。

「──?」

 あずさが懐から小さなひょうたんを取り出した。あからさまに怪しい道具だ。単純な攻撃用の道具とは思えない。(いいわ、見せてもらおうじゃないの。)ニヤリとお蝶が口角を吊り上げた。
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