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第弐章 西伐の狼煙
第拾漆話 港町の攻防
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中津東の海路の玄関口にあたる港町に東塩津がある。平坦な海浜を広く持つ中津東では、入浜式の塩田が多く作られ、その塩は倭の国で広く流通している。東塩津の港町は、片田舎の小さな港町ではあるが、ここから全国に塩を出荷しており、中津東の主要な収入源の一つだ。
稼げる産業があれば、人が集まるので食物や日用品の市も活発に立つ。小規模ではあるが、活気のあるまちである。端島の燻隠れに住む影一族は、外から何かを仕入れる必要があるときは、必ずここ東塩津を訪れる。東塩津まで出れば、大抵のものは手に入るので、影一族は任務以外の用事で東塩津以外の地に赴くことは滅多にない。
燕女や香莉奈達も同じで、ちょっと遠出しよう、買い物を楽しもうなどという時は、この港町によく足を運んだのだった。そのためどこに何が売っているとか、どこに宿があるとかいった、まちの基本的なことはよく知っている。船着き場を出た燕女たちは、少し港町を歩く。
いつも通りの喧騒。活気のある魚や野菜の市があり、船には、壺に入れられた塩が次々と運び込まれていく。多くの人が往来するこのまちなかから、先ほど船ですれ違った人物を見つけ出すのはやはり不可能である。
「ここであいつらを探すのは無意味ね。」燕女がつぶやいた。
「ああ、無駄な労力になるからやめた方がいい。」未来が同調する。
「どうする?もう花菱様の城に行く?」
香梨奈は見つけられないものを無理に探すより、早く城に行きたそうだ。
「一日だけ、城の近くに潜伏しようか。」
忍であるあの三人組は、九割がた敵と考えて良い。中津東の領主となった花菱乱馬が、影一族以外の忍を呼び寄せるとは考えられないからだ。数親を討ち、竜ヶ崎一門の菊川を追い返した今、中津東に忍が入るとすれば、近々に城を落とすための敵情視察がまず考えられる。
その目的で領内に入ったのなら、奴らは小山の城に近づく可能性が高い。城を探ろうとしている奴らには、こちらの存在は意識の外にあるだろう。前もって周辺に潜伏し、近づいてきたところをたたく、という考えだ。もちろん、必ず今夜城に近づくとは限らないし、城が目的ではなく領民に偽報を流すなど、別の計略目的なのかもしれない。だが、それなら明日花菱のもとを訪れ、事の次第を報告すれば充分間に合う。
「何も起きないかもしれませんよ。」未来が指摘する。
「起きなければそれはそれでよし。でも奴らが城に来たら、裏をかける。」
「まあいいわ。あたしは早くお布団で寝たいんだけど。燕女に付き合ってあげるわよ。」
往来を歩いていた4人は、いつとも知れぬうちに、どこにも姿が見えなくなった。
「さて、どう料理しようかね。」
日没を眺めながら、町はずれの寂しい道をぶらぶらと歩く二人連れがいる。鹿島とお蝶だ。姿は見えないが、猪子も近くにいると思われる。
「とりあえずは、中を見てみないことにはね。」
とお蝶。傍目には仲良しの二人連れを装いつつ、全く違う話題の会話を続けている。
「正面から行くか、潜入するか、どうするかね。」
「正面からって、正面からいけるネタがないわよ。何に扮しても今の中津東の警戒度だったら、城内に入るのは無理じゃないかしら。」
「やっぱり潜入かね。とりあえずぐるっと城の周りを歩いてみて良さげな場所を探そうか。」
「そうね。二周はだめよ。警戒されてしまうわ。一周歩く間に判断しましょう。」
「猪。内容分かった?」
(大丈夫だ。全部聞こえている。)
二人にしか聞き取れないささやきで猪子から返事があった。そのままの調子で歩きながら彼らは小山城に進路をとった。
「月がきれいだぁね。」
「えぇ、お前様。」
反対方向から旅人があるいてきたので、お蝶は鹿島の腕をとり身を寄せ、二人して夜空を眺めながら歩く。鹿島の左手には提灯。ちょっと一杯ひっかけて、これから自宅に帰るという感じの二人連れを演出している。
(リア充爆発しろ。)それを眺めて、旅人は何の違和感も感じることなく、そう毒づきながらすれ違った。カモフラージュの技術も見上げたものである。因みに浴衣を着流し、いかにも近所に住んでますといった格好をしている二人だが、服の下には鎖帷子を着込み、忍刀に手裏剣、幻術の秘薬など、忍の装備をフルに身に着けている。
小山城が正面に見えてきたころ、ふと道行く先に幼い少女がうずくまっているのを見つけた。しくしくと泣いているようだ。空はすっかり暗くなり、周囲の家は戸締りをする時分、こんな幼い少女は、家にいなければ危ない状況である。
「お嬢ちゃん、どうかしたのかい?」
1間半(約2.4メートル)ほどの距離で立ち止まり、鹿島が少女に声をかけた。手の届く距離まで近づかないのが、彼の用心深さだ。
「ヒック、ヒック。お母さんに叱られて、家に入れてもらえないの。」
「まあ、どうして?」
今度はお蝶が尋ねる。
「探し物が見つからないの。見つけるまで帰れないの。ヒックヒック。」
「一体何をなくしたんだ?」
ここで、少し間があいた。
「あなたの・・・」
うつむいていた少女が、二人に顔を向けた。
「!!」
目が殺気立っている。とても幼い少女の目とは思えない。二人がやばいと思ったその時には、すでに少女・萌香あずさの手から二本の苦無が放たれていた。
「命よ!」
(ちっ、花菱の忍か!?こんな幼い娘を使ってやがるか!)用心のために取った1間半の距離が活きた。身を翻して辛うじて二人がよける。その時、背後から何者かが迫りくるのが分かった。
──天地!激斬!!──
人の身長ほどもある野太刀が襲い掛かった。仕掛けたのは、少年、未来正太郎。しかし、未来もまた不意を突かれることとなる。岩のような肉の塊がうなりを上げて飛んできたのだ。
やむを得ず、未来は技を中止する。すさまじい激突音が薄暗がりの空に響いた。
稼げる産業があれば、人が集まるので食物や日用品の市も活発に立つ。小規模ではあるが、活気のあるまちである。端島の燻隠れに住む影一族は、外から何かを仕入れる必要があるときは、必ずここ東塩津を訪れる。東塩津まで出れば、大抵のものは手に入るので、影一族は任務以外の用事で東塩津以外の地に赴くことは滅多にない。
燕女や香莉奈達も同じで、ちょっと遠出しよう、買い物を楽しもうなどという時は、この港町によく足を運んだのだった。そのためどこに何が売っているとか、どこに宿があるとかいった、まちの基本的なことはよく知っている。船着き場を出た燕女たちは、少し港町を歩く。
いつも通りの喧騒。活気のある魚や野菜の市があり、船には、壺に入れられた塩が次々と運び込まれていく。多くの人が往来するこのまちなかから、先ほど船ですれ違った人物を見つけ出すのはやはり不可能である。
「ここであいつらを探すのは無意味ね。」燕女がつぶやいた。
「ああ、無駄な労力になるからやめた方がいい。」未来が同調する。
「どうする?もう花菱様の城に行く?」
香梨奈は見つけられないものを無理に探すより、早く城に行きたそうだ。
「一日だけ、城の近くに潜伏しようか。」
忍であるあの三人組は、九割がた敵と考えて良い。中津東の領主となった花菱乱馬が、影一族以外の忍を呼び寄せるとは考えられないからだ。数親を討ち、竜ヶ崎一門の菊川を追い返した今、中津東に忍が入るとすれば、近々に城を落とすための敵情視察がまず考えられる。
その目的で領内に入ったのなら、奴らは小山の城に近づく可能性が高い。城を探ろうとしている奴らには、こちらの存在は意識の外にあるだろう。前もって周辺に潜伏し、近づいてきたところをたたく、という考えだ。もちろん、必ず今夜城に近づくとは限らないし、城が目的ではなく領民に偽報を流すなど、別の計略目的なのかもしれない。だが、それなら明日花菱のもとを訪れ、事の次第を報告すれば充分間に合う。
「何も起きないかもしれませんよ。」未来が指摘する。
「起きなければそれはそれでよし。でも奴らが城に来たら、裏をかける。」
「まあいいわ。あたしは早くお布団で寝たいんだけど。燕女に付き合ってあげるわよ。」
往来を歩いていた4人は、いつとも知れぬうちに、どこにも姿が見えなくなった。
「さて、どう料理しようかね。」
日没を眺めながら、町はずれの寂しい道をぶらぶらと歩く二人連れがいる。鹿島とお蝶だ。姿は見えないが、猪子も近くにいると思われる。
「とりあえずは、中を見てみないことにはね。」
とお蝶。傍目には仲良しの二人連れを装いつつ、全く違う話題の会話を続けている。
「正面から行くか、潜入するか、どうするかね。」
「正面からって、正面からいけるネタがないわよ。何に扮しても今の中津東の警戒度だったら、城内に入るのは無理じゃないかしら。」
「やっぱり潜入かね。とりあえずぐるっと城の周りを歩いてみて良さげな場所を探そうか。」
「そうね。二周はだめよ。警戒されてしまうわ。一周歩く間に判断しましょう。」
「猪。内容分かった?」
(大丈夫だ。全部聞こえている。)
二人にしか聞き取れないささやきで猪子から返事があった。そのままの調子で歩きながら彼らは小山城に進路をとった。
「月がきれいだぁね。」
「えぇ、お前様。」
反対方向から旅人があるいてきたので、お蝶は鹿島の腕をとり身を寄せ、二人して夜空を眺めながら歩く。鹿島の左手には提灯。ちょっと一杯ひっかけて、これから自宅に帰るという感じの二人連れを演出している。
(リア充爆発しろ。)それを眺めて、旅人は何の違和感も感じることなく、そう毒づきながらすれ違った。カモフラージュの技術も見上げたものである。因みに浴衣を着流し、いかにも近所に住んでますといった格好をしている二人だが、服の下には鎖帷子を着込み、忍刀に手裏剣、幻術の秘薬など、忍の装備をフルに身に着けている。
小山城が正面に見えてきたころ、ふと道行く先に幼い少女がうずくまっているのを見つけた。しくしくと泣いているようだ。空はすっかり暗くなり、周囲の家は戸締りをする時分、こんな幼い少女は、家にいなければ危ない状況である。
「お嬢ちゃん、どうかしたのかい?」
1間半(約2.4メートル)ほどの距離で立ち止まり、鹿島が少女に声をかけた。手の届く距離まで近づかないのが、彼の用心深さだ。
「ヒック、ヒック。お母さんに叱られて、家に入れてもらえないの。」
「まあ、どうして?」
今度はお蝶が尋ねる。
「探し物が見つからないの。見つけるまで帰れないの。ヒックヒック。」
「一体何をなくしたんだ?」
ここで、少し間があいた。
「あなたの・・・」
うつむいていた少女が、二人に顔を向けた。
「!!」
目が殺気立っている。とても幼い少女の目とは思えない。二人がやばいと思ったその時には、すでに少女・萌香あずさの手から二本の苦無が放たれていた。
「命よ!」
(ちっ、花菱の忍か!?こんな幼い娘を使ってやがるか!)用心のために取った1間半の距離が活きた。身を翻して辛うじて二人がよける。その時、背後から何者かが迫りくるのが分かった。
──天地!激斬!!──
人の身長ほどもある野太刀が襲い掛かった。仕掛けたのは、少年、未来正太郎。しかし、未来もまた不意を突かれることとなる。岩のような肉の塊がうなりを上げて飛んできたのだ。
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