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第弐章 西伐の狼煙

第拾陸話 交錯

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「珍しいね。二人連れでこんなところまで船出するなんて。」

 遠くに船影を見つけた燕女がつぶやいた。すると櫓をこいでいた未来が背負っていた野太刀を外し、船底に置いた。香莉奈が感心する。

「未来さん。用心深いですね。」
「僕の武器は目立つからね。百姓ひゃくせい(一般人)相手でもビビらせてしまうし、もし敵方の間者だったら、こちらの腕を悟られるのは致命的になるかもしれない。」
「ま、もし敵だったとしても今は船の上。こちらにはあずさちゃんがいるから怖いものなしだけどね。」

 燕女の言葉に、「そんなことないです」とあずさは可愛らしくはにかんだ。子猫を思わせる愛くるしさだが、実際のところ燕女の言うとおりである。周囲を海という水で囲まれたこの状況は、水遁を得意とする萌香の一族にとっては最も能力を発揮できる舞台だ。



 一方、こちらは燕女たちに見つけられた船の方。久遠浜から中津東の港に向けて出港したこの船は、陸地の人間に見られるのを嫌い、遠回りを承知で沖に出て、大きく迂回する経路をとって中津東を目指していた。

「やぁね。もうちょっと曇ってくれないかしら。日焼けしちゃうわ。」

 ぼやいたのは、由井薗お蝶である。そうはいっても藁で編んだ被り笠を身に着け、両手には布の手袋をしっかりと履いて、フル装備の紫外線対策だ。乙女の肌に直射日光は天敵なのである。

「万全の対策をしておいて、何言ってやがる。元々お前が船に乗ろうと言い出したんじゃねぇか。少しは漕ぐのを手伝ったらどうだ。」

 呑気な発言にあきれて突っ込みを入れたのは、鹿島鉄人。こちらの船は中津東に潜入を試みている猪鹿蝶の面々だ。

「ちょっと、こんな大和撫子に何言ってんの?か弱い私の細腕で船なんか焦げるわけないでしょ?」
「・・・頼むぜ。どこから突っ込んだらいいか迷って、反応できなかったじゃないか。」
「ちょ、なによ!」

 (こら、鹿島。ちゃんと仕事しろ。ほとんど俺のバタ足でしか進んでないじゃないか。)船底から声が聞こえてくる。船底にしがみつき、猪子兵助が懸命にバタ足で船を進めているのだ。猪子は口に竹製の管を加え、海面上に突き出して何とか呼吸を持たせている。鹿島が、いい加減な櫓の漕ぎ方しかしないため、負担が猪子に集中している。

「悪ぃ悪ぃ。ちょっと猛獣娘が」「お蝶様よ!」「ぶりっ子しちゃってるもんだから、あきれてたとこだ。・・・っと。」

 鹿島が遠くに何かを見つけた。小船だ。男が一人、女が三人乗っているようだ。

「・・・やれやれ、人に見られたくなくて海に出たってのに、ついてないねぇ。」

 鹿島がぼやく。

「・・・近づいちゃったら、適当に当たり障りない挨拶でもしてずらかるわよ。無言で去るとかえって怪しまれるわ。」
「承知承知。」

 その辺は鹿島も心得たものである。特に寄るでもなく、今進んできた進路をそのまま進む体で船をこぎ続ける。どちらの船も目的地は中津東であるので、結局はだんだん距離が近くなっていく。

「兵助。少し早めに!あまり顔の見える距離にはしたくない。」
 (鹿島に言え、鹿島に!俺のバタ足に頼るんじゃねぇ)一番きついのは猪子だ。彼の言動も無理からぬこと。
「兵助、悪いが急いでいる風には見られたくねぇ。俺は悠々と漕ぐポーズをしているから、一肌脱いでくれ。」
 (後でかつ丼だ。(←※和風の世界観ですが、ファンタジー世界なので何でもありです))
「しゃあねぇな。」
「わかったわ、兵ちゃん。うな重も付けましょう。」

 (猪)鹿蝶を乗せた船が、がぜん速度を増し、接近しかけた二つの船は再び距離を離し始めた。たまたま顔を合わせた旅の船同士という体で、鹿島とお蝶は燕女たちの船に会釈をしつつ離れていった。


「燕女様。」

 真剣な面持ちであずさが燕女に声をかけた。

「どうしたの、あずさ。」
「・・・あの船の人たちは忍かもです。」
「!」

「船の速度が速すぎます。あの漕ぎ方であの速度は出ないはず。それに船周りの水の流れが、櫓で漕いだ時の動きと違います。」
「え、そんなの分かるの?」

 速さについては、若干の不自然さを感じていた燕女だが、さすがに水の流れまでは気づかなかった。

「あたしも萌香の一族ですから!」

 あずさが、ない胸をはって、ドヤ顔する。可愛い。

「多分、二人連れを装った三人連れだ。あと一人は海の中にもぐっている。」
 未来が目で追いながら分析する。

「え、そんな。じゃあ一人だけずっと海に潜りっぱなしってこと?」
「そうです。だから多分あの人たちは忍です。」

 驚く香莉奈にあずさが答えた。早速燕女が物騒なことを言い出す。

「どうする?締め上げてみる?」
「・・・いや、無理だ。船足が速すぎる。俺の櫓じゃ追いつけん。あれは相当訓練を積んでいるぞ。」

「分かったわ。味方とは・・・思えないわね。陸地に上がったらひと勝負始めちゃいましょうか。」

 小さくなる船影を目で追いながら、燕女が不敵に笑った。
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