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第弐章 西伐の狼煙
第拾伍話 くノ一少女達の旅立ち
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「燕女殿、こちらに。」
端島の国の小さな船着き場で、少年が燕女に声をかける。端島の国(燻隠れはこの国の中の里の一つ)は海に囲まれた島国であるが、人口が少ないため、船着き場はこの一ヶ所しかない。
「ありがとう、正太郎君。」
そう少年に声をかけ、荷物をまとめた燕女は船に乗り込んだ。その後ろには、少女がもう二人ついてきている。少女の一人は、鈴堂香莉奈という。年の頃は16。肩口まで伸ばした黒髪が爽やかな風になびいている。背丈はこの年の女としては平均的といったところ。よく見ると首や指に装飾品をいろいろ身に着けている。アクセサリーが好きなようだ。
実は、彼女が身に着けている装飾品はすべて自作である。彼女の父親は鍛冶屋を営んでおり、彼女は幼い頃より金属の加工技術を父から学んできた。
燻隠れの鍛冶師は当然ながら、苦無をはじめとした手裏剣の類の需要が多い。装飾品づくりで高じた彼女の金属加工技術は、程なく父の仕事を手伝える水準になり、今や父に負けず劣らず多くの手裏剣類を生産・供給している。そして今は彼女自身が、無類の手裏剣使いである。
もう一人の少女は、さらに若い。年の頃は12。名前は萌香あずさという。その姓から察せられるとおり、七人衆・萌香あづみの一族だ。ただし、娘ではなく腹違いの妹である。兄あづみとの歳の差は20近くになる。腰近くまで伸びた栗色の柔らかい髪をツインテールにして後ろに垂らしている。黒目がちな瞳と小柄な体格は、リスのような小動物を思わせ、思わず庇護欲を掻き立てられる者も少なくないだろう。
燕女が花菱を追って、海を渡ると言い出した時、二人はすぐさま同行することを決めたのだった。香莉奈は燕女と同じく、想い人を追って。あずさは慕っている兄を追って。
「本当にいいのね?二人とも。ここから先は、戦国の渦中。何があっても自分の手で自分を守るしかないのよ。」
「そういうあなたはどうなの?花菱様は中津東の領主さまになったっていうから、あなたのことなんか構ってくれないかもしれないわよ?」
香梨奈が意地悪なことを言う。可憐な顔と裏腹に若干Sな性格だ。
「な、べ、別に構ってほしくて行くんじゃないもの!私だって、いろいろ忍の術を身に着けてるんだから、きっと役に立つんだから!!あんたこそ、戦場じゃ小さすぎてますらお様に見つけてもらえないかもね。」
「まぁ!言ったわね。」
彼女、香莉奈の想い人はあろうことか、剛力の巨漢・慈電ますらおである。この花も恥じらうような少女がなぜ、ゴリラを思わせる先祖返りしかけのけだもの男を好きになったのかは、全く不明なのだが、すでに片思いは足掛け2年になろうとしていた。
残念ながら相手の慈電は、その図体が物語る通りの鈍感力の持ち主で、彼女があの手この手でアピールしてみるものの、興味はもっぱらバナナと肉に向いており(←※和風ですがあくまで異世界なので何でもありです)、色目を使われていることに気付きもしなかった。
己の容姿に少なからず自信を持っていた香莉奈の滑稽なまでの敗北ぶりは、最近では年の近い女友達の間ではいい笑いのネタになってしまっている。ひどくプライドを傷つけられた彼女の恋路は、今や戦のような真剣勝負の様相を呈し始めていた。そんな香莉奈と燕女は、仲は良いがライバル意識が強く、よくくだらないことで争うことが多い。
「二人とも喧嘩はだめですよぉ。仲良くしましょうよ。」
なんと残念な光景だろうか。一番年下のあずみがドンパチ仕掛けた二人をなだめに入った。見かねて、正太郎と呼ばれた少年も声をかける。
「まあまあその辺にして、もう船を出しますよ。乗ってください。」
この少年が船の船頭役を務めるようだ。名前は未来正太郎。前髪を真ん中で分け、高い位置で結んで後ろに垂らしている。背中には、刀身が自分の身長ほどもある野太刀を背負っている。通常このような大げさな武器は、忍衆が使うことは滅多にないが、この少年はまるで己の身体の一部のように使いこなし、周囲を驚かせている。
忍びの技術も優れていて、同年代では指折りの実力者だ。タイミングが良ければ七人衆になることも可能な実力と言われるほど。しかし今は残念ながら、雷堂と花菱が新しく七人衆に加わってまだ日が浅く、残りの5人もほとんどが20~30代前半と、当分世代交代はなさそうなのが現状だ。
船頭役を務め、彼女らを中津東に運ぶ役を買って出た彼だが、彼にその後帰る気はない。この少年も、まだ見ぬ本物の戦場に自分の描く夢を重ねている。
航行は全く順調である。そもそも端島の国から中津東までは大した距離ではなく、片道なら半日で充分つく距離である。天候の変わりやすい海は何が起きるかわからないとよく言われるが、今日は天気も良く、中津東に行く程度なら船の事故などまずないだろう。未来が巧みに櫓をこぎ、船は滑るように海を渡っていった。
と、視界の先にもう一隻、中津東の港へ向かう船がある。
「珍しいわね、男女の二人ずれでこんな沖まで船を出すなんて。」
船を見つけて、燕女がつぶやいた。
端島の国の小さな船着き場で、少年が燕女に声をかける。端島の国(燻隠れはこの国の中の里の一つ)は海に囲まれた島国であるが、人口が少ないため、船着き場はこの一ヶ所しかない。
「ありがとう、正太郎君。」
そう少年に声をかけ、荷物をまとめた燕女は船に乗り込んだ。その後ろには、少女がもう二人ついてきている。少女の一人は、鈴堂香莉奈という。年の頃は16。肩口まで伸ばした黒髪が爽やかな風になびいている。背丈はこの年の女としては平均的といったところ。よく見ると首や指に装飾品をいろいろ身に着けている。アクセサリーが好きなようだ。
実は、彼女が身に着けている装飾品はすべて自作である。彼女の父親は鍛冶屋を営んでおり、彼女は幼い頃より金属の加工技術を父から学んできた。
燻隠れの鍛冶師は当然ながら、苦無をはじめとした手裏剣の類の需要が多い。装飾品づくりで高じた彼女の金属加工技術は、程なく父の仕事を手伝える水準になり、今や父に負けず劣らず多くの手裏剣類を生産・供給している。そして今は彼女自身が、無類の手裏剣使いである。
もう一人の少女は、さらに若い。年の頃は12。名前は萌香あずさという。その姓から察せられるとおり、七人衆・萌香あづみの一族だ。ただし、娘ではなく腹違いの妹である。兄あづみとの歳の差は20近くになる。腰近くまで伸びた栗色の柔らかい髪をツインテールにして後ろに垂らしている。黒目がちな瞳と小柄な体格は、リスのような小動物を思わせ、思わず庇護欲を掻き立てられる者も少なくないだろう。
燕女が花菱を追って、海を渡ると言い出した時、二人はすぐさま同行することを決めたのだった。香莉奈は燕女と同じく、想い人を追って。あずさは慕っている兄を追って。
「本当にいいのね?二人とも。ここから先は、戦国の渦中。何があっても自分の手で自分を守るしかないのよ。」
「そういうあなたはどうなの?花菱様は中津東の領主さまになったっていうから、あなたのことなんか構ってくれないかもしれないわよ?」
香梨奈が意地悪なことを言う。可憐な顔と裏腹に若干Sな性格だ。
「な、べ、別に構ってほしくて行くんじゃないもの!私だって、いろいろ忍の術を身に着けてるんだから、きっと役に立つんだから!!あんたこそ、戦場じゃ小さすぎてますらお様に見つけてもらえないかもね。」
「まぁ!言ったわね。」
彼女、香莉奈の想い人はあろうことか、剛力の巨漢・慈電ますらおである。この花も恥じらうような少女がなぜ、ゴリラを思わせる先祖返りしかけのけだもの男を好きになったのかは、全く不明なのだが、すでに片思いは足掛け2年になろうとしていた。
残念ながら相手の慈電は、その図体が物語る通りの鈍感力の持ち主で、彼女があの手この手でアピールしてみるものの、興味はもっぱらバナナと肉に向いており(←※和風ですがあくまで異世界なので何でもありです)、色目を使われていることに気付きもしなかった。
己の容姿に少なからず自信を持っていた香莉奈の滑稽なまでの敗北ぶりは、最近では年の近い女友達の間ではいい笑いのネタになってしまっている。ひどくプライドを傷つけられた彼女の恋路は、今や戦のような真剣勝負の様相を呈し始めていた。そんな香莉奈と燕女は、仲は良いがライバル意識が強く、よくくだらないことで争うことが多い。
「二人とも喧嘩はだめですよぉ。仲良くしましょうよ。」
なんと残念な光景だろうか。一番年下のあずみがドンパチ仕掛けた二人をなだめに入った。見かねて、正太郎と呼ばれた少年も声をかける。
「まあまあその辺にして、もう船を出しますよ。乗ってください。」
この少年が船の船頭役を務めるようだ。名前は未来正太郎。前髪を真ん中で分け、高い位置で結んで後ろに垂らしている。背中には、刀身が自分の身長ほどもある野太刀を背負っている。通常このような大げさな武器は、忍衆が使うことは滅多にないが、この少年はまるで己の身体の一部のように使いこなし、周囲を驚かせている。
忍びの技術も優れていて、同年代では指折りの実力者だ。タイミングが良ければ七人衆になることも可能な実力と言われるほど。しかし今は残念ながら、雷堂と花菱が新しく七人衆に加わってまだ日が浅く、残りの5人もほとんどが20~30代前半と、当分世代交代はなさそうなのが現状だ。
船頭役を務め、彼女らを中津東に運ぶ役を買って出た彼だが、彼にその後帰る気はない。この少年も、まだ見ぬ本物の戦場に自分の描く夢を重ねている。
航行は全く順調である。そもそも端島の国から中津東までは大した距離ではなく、片道なら半日で充分つく距離である。天候の変わりやすい海は何が起きるかわからないとよく言われるが、今日は天気も良く、中津東に行く程度なら船の事故などまずないだろう。未来が巧みに櫓をこぎ、船は滑るように海を渡っていった。
と、視界の先にもう一隻、中津東の港へ向かう船がある。
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船を見つけて、燕女がつぶやいた。
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