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辺境伯とご対面
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「準備はよろしいですか?」
ハルトリー家の一室の前で、ジュストが尋ねた。
眼前の扉を開けると辺境伯がいるという。
傍に置いてある輝かしいミラーで身だしなみを確認。
つんとはねた茶髪を直して、服の乱れをチェックして。
最後にそつのない笑顔を浮かべて頷いた。
「はい、いつでも」
「どうぞ行ってらっしゃいませ。私とロゼッタ様は外で待機しております。何かありましたら、お呼びください」
「ええ、ありがとうございます」
ジュストが開いた扉の先に踏み込む。
少しだけ緊張する。本当に、少しだけ。
生涯にわたって付き添うことになるかもしれない人だ。
こうして事が運んだ以上、老獪でも醜男でも添い遂げるつもりであったが……。
「――」
視線が合う。
彼は、驚いたように目を瞠ってクラーラを見ていた。
一方でクラーラも部屋の入り口で立ち尽くす。
思わずカーテシーを忘れてしまったのだ。
雪をのせたように真っ白な髪。
水面のように美しく薙いだ碧色の瞳。
天使のように白く柔らかい肌。
座っていながらも窺える、すらりと長い背丈。
彼……レナート・ハルトリーは想像を遥かに超える男性だった。
また、同じくレナートも現れた美しい花に驚き戸惑っている。
驚愕ゆえの沈黙。
サラサラと風に揺れるカーテンの音だけが響く。
「あ……失礼いたしました。お初にお目にかかります。リナルディ伯爵家より参りました、クラーラ・リナルディですわ。以後お見知りおきを」
ゆっくりと、華麗な所作で頭を下げる。
クラーラはレナートからの言葉があるまで待った。
待って、待って……待って。
あれ、おかしいな。
いつまで経っても返事がない。
彼はいまどうしているのだろう。
クラーラは頭を下げながら思った。
「――綺麗だ」
「……はい?」
「かわいい、美しい、可憐、綺麗。こんな美女は見たことない。ちょっと待て。顔を上げて、もう一度顔を見せてくれ」
顔を上げてくれ。
そのオペレーションだけを聞き届け、クラーラは言われるがまま顔を上げる。
かわいいだとか綺麗だとか、そういう言葉は置いておいて。
いや、置いておけないのだが。
「……! すごい、王都の女性はみなこうなのか? 俺は辺境から滅多に出ないから知らないんだけど、これが平均? いやそんなはずはない。君、リナルディ伯爵令嬢は……たぶん、おそらく、確実に絶世の美女の類に分類される。それにいい匂いがする。ああ、この髪飾りも美しい」
「失礼いたします! すみません、クラーラ様! わが主はご覧のとおり変わり者な研究者気質で、嘘がつけない人間でして……部屋の外で話を聞いていましたが、思わず仲裁に入ってしまいました!」
「あ、ええ……むしろ助かりました。その、綺麗と言われるのは嬉しいのですが……少し照れますし」
「照れてる様子もすごくいい。ジュスト、映像を切り取る魔道具を仕入れてくれ。かなりの高値だが、それだけの価値がある」
どうやらレナートは止まる気がないらしい。
今の一瞬で、クラーラはレナートの本質を理解した。
――なんとも愉快で、かわいらしい方ではないか。
初手でずいぶんと褒めちぎってくれたものだ。
嘘がつけないとは言え、口を開かずに本心を抑えているとか……そういうやり方もあっただろうに。
耳が熱い。
レナートを叱るジュストの傍ら、クラーラはうつむいて笑った。
ハルトリー家の一室の前で、ジュストが尋ねた。
眼前の扉を開けると辺境伯がいるという。
傍に置いてある輝かしいミラーで身だしなみを確認。
つんとはねた茶髪を直して、服の乱れをチェックして。
最後にそつのない笑顔を浮かべて頷いた。
「はい、いつでも」
「どうぞ行ってらっしゃいませ。私とロゼッタ様は外で待機しております。何かありましたら、お呼びください」
「ええ、ありがとうございます」
ジュストが開いた扉の先に踏み込む。
少しだけ緊張する。本当に、少しだけ。
生涯にわたって付き添うことになるかもしれない人だ。
こうして事が運んだ以上、老獪でも醜男でも添い遂げるつもりであったが……。
「――」
視線が合う。
彼は、驚いたように目を瞠ってクラーラを見ていた。
一方でクラーラも部屋の入り口で立ち尽くす。
思わずカーテシーを忘れてしまったのだ。
雪をのせたように真っ白な髪。
水面のように美しく薙いだ碧色の瞳。
天使のように白く柔らかい肌。
座っていながらも窺える、すらりと長い背丈。
彼……レナート・ハルトリーは想像を遥かに超える男性だった。
また、同じくレナートも現れた美しい花に驚き戸惑っている。
驚愕ゆえの沈黙。
サラサラと風に揺れるカーテンの音だけが響く。
「あ……失礼いたしました。お初にお目にかかります。リナルディ伯爵家より参りました、クラーラ・リナルディですわ。以後お見知りおきを」
ゆっくりと、華麗な所作で頭を下げる。
クラーラはレナートからの言葉があるまで待った。
待って、待って……待って。
あれ、おかしいな。
いつまで経っても返事がない。
彼はいまどうしているのだろう。
クラーラは頭を下げながら思った。
「――綺麗だ」
「……はい?」
「かわいい、美しい、可憐、綺麗。こんな美女は見たことない。ちょっと待て。顔を上げて、もう一度顔を見せてくれ」
顔を上げてくれ。
そのオペレーションだけを聞き届け、クラーラは言われるがまま顔を上げる。
かわいいだとか綺麗だとか、そういう言葉は置いておいて。
いや、置いておけないのだが。
「……! すごい、王都の女性はみなこうなのか? 俺は辺境から滅多に出ないから知らないんだけど、これが平均? いやそんなはずはない。君、リナルディ伯爵令嬢は……たぶん、おそらく、確実に絶世の美女の類に分類される。それにいい匂いがする。ああ、この髪飾りも美しい」
「失礼いたします! すみません、クラーラ様! わが主はご覧のとおり変わり者な研究者気質で、嘘がつけない人間でして……部屋の外で話を聞いていましたが、思わず仲裁に入ってしまいました!」
「あ、ええ……むしろ助かりました。その、綺麗と言われるのは嬉しいのですが……少し照れますし」
「照れてる様子もすごくいい。ジュスト、映像を切り取る魔道具を仕入れてくれ。かなりの高値だが、それだけの価値がある」
どうやらレナートは止まる気がないらしい。
今の一瞬で、クラーラはレナートの本質を理解した。
――なんとも愉快で、かわいらしい方ではないか。
初手でずいぶんと褒めちぎってくれたものだ。
嘘がつけないとは言え、口を開かずに本心を抑えているとか……そういうやり方もあっただろうに。
耳が熱い。
レナートを叱るジュストの傍ら、クラーラはうつむいて笑った。
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