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欠如した危機感

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 フレーナが生贄に捧げられて、数日の時が経った。
 麓のシシロ村は今日も変わらぬ暮らし。

 ただし、ひとつだけ変化があった。

 「はぁっ……なんで私が薪割りなんか!」

 村長の娘、トリナは斧を片手に愚痴をこぼす。
 早朝から寒気に包まれての労働。
 今までしてこなかった仕事に、トリナは不満まみれだった。

 「仕方ないでしょ。少しくらい仕事しないと、村から追い出されちゃうし」

 友人のシーラも同様に怠そうにしている。
 今まで二人はフレーナに仕事を押しつけていた。
 しかし彼女が生贄に捧げられたことにより、仕事を押しつける相手がいなくなってしまったのだ。

 「まあ、別にいいけど。目障りなフレーナが村にいることと、私が多少の仕事をすること。どちらがマシかと聞かれれば、仕事をした方がマシだわ」

 昔はよく遊ぶ間柄だったが、トリナは過剰にフレーナを嫌っていた。
 というのも、前々から嫉妬していたのだ。
 フレーナの金髪は美しく日頃から大人たちに褒められていた。
 一方、トリナの銀髪は不吉な色としてあまり好まれておらず。

 嫉妬の心をひそかに抱えていたところに、あの事件が起きた。
 フレーナの両親が村に疫病を持ち込んだという疑惑。
 最初は疑惑に過ぎなかった。
 しかし、トリナは立場を使ってその疑惑が事実ということにしたのだ。

 そしてフレーナ一家を差別するように仕向け、気に入らないフレーナを村の奴隷のように扱った。
 あの女が消えてくれてトリナは清々している。


 薪割りが一段落したところで、シーラが呟く。

 「でもさー、神様に生贄を捧げたのに生活は豊かにならないよね。もしかしてフレーナの味が不味かったのかな?」
 「神様は困ったことがあれば助けてくれるけど、普段の生活には介入してこないそうよ。うちに伝わってる古文書にもそう書いてあるわ」
 「へー。まあ、人間ひとりで満足してくれるなら安いもんだよね。しかも二百年に一回だし」

 自然災害や飢饉、魔物の襲撃などがあったときに神は助けてくれる。
 非常時に対する備えとして神は認識されていた。

 「そろそろ帰りましょ。あー疲れた」

 トリナは斧を投げ出して広場から去っていく。
 最近、日増しに仕事が増えている気がする。
 家畜たちの生産性も下がっていて、どうにも不況だ。

 とはいえ、なんだかんだで村は回っている。
 たまに来る不作のようなものだろう。

 二人が村の入り口に差しかかったところで、何やら慌てる村人の姿があった。
 トリナの父である村長が深刻な顔をして、何かを話し込んでいる。

 「お父さん、どうしたのかしら?」
 「む、トリナか。よかった、無事だったのだな」

 無事。
 その一語に違和感を覚える。

 シシロ村周辺は特に危険もなく、外に出ても問題ないはずだが。

 「実はな、危険な魔物が出たらしいんだ」
 「ふーん……別に心配いらないでしょ」

 魔物は魔領と呼ばれる土地から基本的には出てこない。
 シシロ村まで入り込むことはないはずだ。

 仮に領内に入ってきたとしても、王都の方に応援を要請すればいい。
 そこまで危機感を抱く必要はないと思われる。

 「それが……魔領と村を隔てる結界が弱まっているのだ。王城の方に点検を要請しているが、取り込んでいるらしくてな。過剰な心配は不要だが、万が一にも魔物がすり抜けて来る可能性がある。あまり村からは出ないようにな」
 「はーい。シーラ、行きましょ」

 適当に返事をしてトリナは村の中に入っていく。
 王城がシシロ村を優先しないのは当然だ。
 こんな辺境の村、気にかけたところでメリットがない。

 呑気な娘の態度に、村長は心配しつつも結局他人事だった。
 どうせ魔物など村には出ない。
 そう思い込んでいた。
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