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2章 氷王青葉杯
12. 激情
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試合当日。
バトルターミナルは、漠然としたざわめきに包まれていた。
中央闘技場には、あふれ返らんばかりのアマチュアパフォーマーが集っている。
レヴリッツたち『Oath』もまた。
「対戦カードがもうすぐ決まる。楽しみだね」
今回の戦略戦は、視聴者からのPPによって成績が決まる。
単純に見せ場を多く作り、投げ銭を最も稼いだチームの勝利だ。この制度は有名パフォーマーが完全に有利な競技だと思われるが……意外とそうでもない。
いかに有名なパフォーマーであっても見せ場がなければ、そこまで大量にPPが投げられることはないのだ。逆に言えば無名でも見せ場さえ作ることができれば、優勝が狙えるということ。
対戦カードを心待ちにする中、やがてペリが告げる。
「私たちの対戦相手が決まったようです。……マジか」
彼女は苦悶の表情を浮かべ、一気に青褪めた。
四人の間に不穏な空気が流れる。周囲のパフォーマーたちが沸く中で、Oathの領域だけが奇妙な沈黙に包まれていた。
レヴリッツはそんな静寂を破り、対戦相手の名前を読み上げていく。
「相手チーム『Banded』……ケビン・ジェード、ガフティマ・ナベル、グルッペ、トシュア・マロウ。ああ、あの迷惑系パフォーマーのチームか。
彼らは今回の優勝候補だったね。潰し甲斐があるな!」
リオートの道を阻みに来たのは、奇しくもケビンだった。
またガフティマは、初日にレヴリッツと決闘した初心者狩りの男。グルッペとトシュアという人物は知らないが、ガフティマはどこか因縁のある対戦相手だ。
「このチームと当たるって……最悪ですね……」
ペリは露骨に嫌な表情を浮かべるも、レヴリッツはそこまで気にしていないようだ。彼としては何者が相手でも勝つ気でいるのだから。
一方でリオートの表情は、表面上では普段と変わらないものだった。冷静さを未だに保っているのか、それとも内心は恐怖しているのか。
戦慄するペリにヨミが尋ねる。
「シュッシュセンパイ。相手の情報ってわかりますかー?」
「……失礼しました。私としたことが取り乱しましたね。
まずケビン・ジェード。彼は元プロ級だったので、相当な使い手です。おまけに独壇場まで使いこなすので、1対1での勝ち目は薄いですね……複数人で袋叩きにすれば勝機はあるかと。
次にガフティマ・ナベル。レヴリッツくんが初日でボコした初心者狩りですね。まあ、彼はそこまで強くないですが、卑怯な手を使ってきます。注意しましょう。
グルッペはガフティマの取り巻きで、魔導士です。主に弱体化魔術を使ってくるウザいやつ。たぶん指揮官を務めてくるでしょう。
そしてトシュア・マロウですが……すみません、よくわかりません。それなりに面識はありますが、戦法は興味がなくて分析してませんでした」
わからないものは仕方ない。
相手チームもヨミの戦法はわからないはずだ。お互いに一名がシークレットだと考えれば、情報戦では平等になっている。
「試合まで時間は残りわずかですが、作戦を立てましょう。相手は優勝候補ですが……勝ちますよ。とにかくPPをたくさん稼げば勝ちなのです!」
「おー!」
ヨミの気合の籠った返事を聞きつつ、レヴリッツは隣のリオートを見る。
相変わらず無表情だ。先程からまったく言葉を発していない。
「リオート、なんか変な物でも食った?」
「……ん? いや、別に。相手は強敵か……がんばろうな」
まるで感情の籠っていない声で彼は答えた。
正直、どうでもいいのだ。これが最後の試合となるのだから。
相手も強い。リオートなど見せ場を作る暇もなく退場になるに違いない。
彼は自分でそう思い込んでいた。この勝負は記念試合だと。
「……」
再びリオートは押し黙ってしまう。
レヴリッツはそんな彼に対して、どう接すればいいのか……勝負の直前だというのに、答えが出せなかった。
ー----
『チーム『Oath』、出場です』
呼び出しのアナウンスが鳴る。
レヴリッツはこれまでの各チームの試合を観戦していたが、やはり新人たちのレベルが上がりつつある。同期のパフォーマーは場慣れして着実に力をつけているようだ。
デビューから一ヶ月で同期二十四人のうち、すでに引退者は四人出ている。逆に言えば、弱者が淘汰されていると言ってもいいかもしれない。
「みなさん準備はいいですか? 行きましょう!」
ペリは意気揚々と闘技場へ向かっていく。
今回は空間拡張衛星からつながるバトルフィールドが戦場ではない。公式大会だけあって、中央闘技場で大勢の観客が見守る中、試合が行われる。
この『青葉杯』は、以前参加した『新人杯』とは規模が違う。
今期デビューした新人しか参加できなかった新人杯と違い、青葉杯はアマチュア級パフォーマーの全員に参加資格がある。
新人杯の視聴者は10000人ほど。対して青葉杯の視聴者は……50000人。それに加えて、現地で観戦している観客が8000人。
「いやはや、緊張するね。こんなに大衆の目があると」
闘技場へ続く廊下を歩きながら、レヴリッツは呟いた。
彼方には白光。あの先にはストラテジーの戦場が待ち構えている。次第にざわめく観客の声が大きくなっていく。
「……お前は緊張するような性質じゃねえだろ。いつも通りやれよ」
「リオートは冷静だね。君みたいな強い心、僕も欲しかった……って、ん?」
廊下の出口に差しかかった頃、前方に大きな人影が見えた。
リオートの従者……ダルベルト。彼は通路の壁にもたれかかり、主人を待っているようだった。
リオートは彼の姿を見て、思わず立ち止まる。
「……悪い。お前らは先に行っててくれ」
「ヨミ、ペリ先輩。行きましょう」
レヴリッツの誘導と共に、リオートのチームメイトは一足先に闘技場へ向かっていく。
リオートがこの大会に重い感情を預けていることは、チームメイトの誰もが察していた。あくまでヨミとペリは静観という立場。
三人が通路を抜け、闘技場へ入ったことを確認したリオートは、改めてダルベルトと向き合う。
「で、どうした? まさかこの大会にも出るなと?」
「いいえ。俺はただ……若へ声援を送りに来ただけですから」
「声援」
自分を連れ戻しに来たと言うのに、なんと傲慢なことか。
腹の中で沸々と怒りが煮え立つ感覚。リオートは必至に激情を抑え込み、ダルベルトを視線で射貫く。
「どうせ俺はな、ここで終わりなんだよ。この大会で活躍もせずにバトルパフォーマーとしての人生を終わらせて、また温室育ちに逆戻りだ。
……もう同期は四人が引退した。みんな非才に気づいて辞めていく。俺もまた、その中の一人になるんだろうな」
「若。俺は、この国に来て……実際に触れてみるまで、バトルパフォーマンスを見下していました。でも……こりゃ素晴らしい競技じゃないですか。素人目に見ても、武という概念の美しさを実感できる。興奮を分かち合える。
ラザじゃこんな光景は見られませんよ。武とは誉れの象徴、優れた者だけの特権……そんな風潮がありますから」
ダルベルトの口から飛び出た意外な言葉。
彼はバトルパフォーマンスという競技の魅力を、知らないながらも必死に学んでいた。偏に主人であるリオートへの献身から来る言葉であろう。
彼の誠意を受けて、リオートの中で渦巻いていた激情が少し和らぐ。
きっとこの激情はダルベルトに向けたものではないのだ。未だにバトルパフォーマンスを認めぬ父への、ラザ国民への激情。
そして──自分への怒りでもあるのだろう。
「……ああ、お前が俺の道を尊重してくれてるのはわかったよ。お前が傍にいてくれれば、ラザに戻った後も真人間でいられそうだ。ありがとうな。
それじゃあ、試合開始までの準備があるから……行ってくる」
これが最後の試合だ。
彼は従者に背を向け、闘技場に続く出口へと……
「──若!」
足を止める。
まだダルベルトには伝え残した言葉があるのだ。この言葉なしに、主を舞台へ送り出すことなどできるものか。
「応援しています! 若の剣は熱く、されど冷たく、綺麗な刃だ! 兄上とも姉上とも、お父上とも違う……若には若の刃がある! どうか最高のパフォーマンスを、俺に見せてください!
この試合……陛下もご覧になるとのこと。見せつけて、やってください!」
「…………」
軽く片手を上げて、振り返らずに歩き出す。
従者の言葉はしっかりと受け止めた。
眼前、眩い光。
闘技の舞台はすぐそこまで迫っている。
高まりゆく観客のどよめき、肌を撫でる熱風。
最後のパフォーマンスへ、少年は身を投じる。
バトルターミナルは、漠然としたざわめきに包まれていた。
中央闘技場には、あふれ返らんばかりのアマチュアパフォーマーが集っている。
レヴリッツたち『Oath』もまた。
「対戦カードがもうすぐ決まる。楽しみだね」
今回の戦略戦は、視聴者からのPPによって成績が決まる。
単純に見せ場を多く作り、投げ銭を最も稼いだチームの勝利だ。この制度は有名パフォーマーが完全に有利な競技だと思われるが……意外とそうでもない。
いかに有名なパフォーマーであっても見せ場がなければ、そこまで大量にPPが投げられることはないのだ。逆に言えば無名でも見せ場さえ作ることができれば、優勝が狙えるということ。
対戦カードを心待ちにする中、やがてペリが告げる。
「私たちの対戦相手が決まったようです。……マジか」
彼女は苦悶の表情を浮かべ、一気に青褪めた。
四人の間に不穏な空気が流れる。周囲のパフォーマーたちが沸く中で、Oathの領域だけが奇妙な沈黙に包まれていた。
レヴリッツはそんな静寂を破り、対戦相手の名前を読み上げていく。
「相手チーム『Banded』……ケビン・ジェード、ガフティマ・ナベル、グルッペ、トシュア・マロウ。ああ、あの迷惑系パフォーマーのチームか。
彼らは今回の優勝候補だったね。潰し甲斐があるな!」
リオートの道を阻みに来たのは、奇しくもケビンだった。
またガフティマは、初日にレヴリッツと決闘した初心者狩りの男。グルッペとトシュアという人物は知らないが、ガフティマはどこか因縁のある対戦相手だ。
「このチームと当たるって……最悪ですね……」
ペリは露骨に嫌な表情を浮かべるも、レヴリッツはそこまで気にしていないようだ。彼としては何者が相手でも勝つ気でいるのだから。
一方でリオートの表情は、表面上では普段と変わらないものだった。冷静さを未だに保っているのか、それとも内心は恐怖しているのか。
戦慄するペリにヨミが尋ねる。
「シュッシュセンパイ。相手の情報ってわかりますかー?」
「……失礼しました。私としたことが取り乱しましたね。
まずケビン・ジェード。彼は元プロ級だったので、相当な使い手です。おまけに独壇場まで使いこなすので、1対1での勝ち目は薄いですね……複数人で袋叩きにすれば勝機はあるかと。
次にガフティマ・ナベル。レヴリッツくんが初日でボコした初心者狩りですね。まあ、彼はそこまで強くないですが、卑怯な手を使ってきます。注意しましょう。
グルッペはガフティマの取り巻きで、魔導士です。主に弱体化魔術を使ってくるウザいやつ。たぶん指揮官を務めてくるでしょう。
そしてトシュア・マロウですが……すみません、よくわかりません。それなりに面識はありますが、戦法は興味がなくて分析してませんでした」
わからないものは仕方ない。
相手チームもヨミの戦法はわからないはずだ。お互いに一名がシークレットだと考えれば、情報戦では平等になっている。
「試合まで時間は残りわずかですが、作戦を立てましょう。相手は優勝候補ですが……勝ちますよ。とにかくPPをたくさん稼げば勝ちなのです!」
「おー!」
ヨミの気合の籠った返事を聞きつつ、レヴリッツは隣のリオートを見る。
相変わらず無表情だ。先程からまったく言葉を発していない。
「リオート、なんか変な物でも食った?」
「……ん? いや、別に。相手は強敵か……がんばろうな」
まるで感情の籠っていない声で彼は答えた。
正直、どうでもいいのだ。これが最後の試合となるのだから。
相手も強い。リオートなど見せ場を作る暇もなく退場になるに違いない。
彼は自分でそう思い込んでいた。この勝負は記念試合だと。
「……」
再びリオートは押し黙ってしまう。
レヴリッツはそんな彼に対して、どう接すればいいのか……勝負の直前だというのに、答えが出せなかった。
ー----
『チーム『Oath』、出場です』
呼び出しのアナウンスが鳴る。
レヴリッツはこれまでの各チームの試合を観戦していたが、やはり新人たちのレベルが上がりつつある。同期のパフォーマーは場慣れして着実に力をつけているようだ。
デビューから一ヶ月で同期二十四人のうち、すでに引退者は四人出ている。逆に言えば、弱者が淘汰されていると言ってもいいかもしれない。
「みなさん準備はいいですか? 行きましょう!」
ペリは意気揚々と闘技場へ向かっていく。
今回は空間拡張衛星からつながるバトルフィールドが戦場ではない。公式大会だけあって、中央闘技場で大勢の観客が見守る中、試合が行われる。
この『青葉杯』は、以前参加した『新人杯』とは規模が違う。
今期デビューした新人しか参加できなかった新人杯と違い、青葉杯はアマチュア級パフォーマーの全員に参加資格がある。
新人杯の視聴者は10000人ほど。対して青葉杯の視聴者は……50000人。それに加えて、現地で観戦している観客が8000人。
「いやはや、緊張するね。こんなに大衆の目があると」
闘技場へ続く廊下を歩きながら、レヴリッツは呟いた。
彼方には白光。あの先にはストラテジーの戦場が待ち構えている。次第にざわめく観客の声が大きくなっていく。
「……お前は緊張するような性質じゃねえだろ。いつも通りやれよ」
「リオートは冷静だね。君みたいな強い心、僕も欲しかった……って、ん?」
廊下の出口に差しかかった頃、前方に大きな人影が見えた。
リオートの従者……ダルベルト。彼は通路の壁にもたれかかり、主人を待っているようだった。
リオートは彼の姿を見て、思わず立ち止まる。
「……悪い。お前らは先に行っててくれ」
「ヨミ、ペリ先輩。行きましょう」
レヴリッツの誘導と共に、リオートのチームメイトは一足先に闘技場へ向かっていく。
リオートがこの大会に重い感情を預けていることは、チームメイトの誰もが察していた。あくまでヨミとペリは静観という立場。
三人が通路を抜け、闘技場へ入ったことを確認したリオートは、改めてダルベルトと向き合う。
「で、どうした? まさかこの大会にも出るなと?」
「いいえ。俺はただ……若へ声援を送りに来ただけですから」
「声援」
自分を連れ戻しに来たと言うのに、なんと傲慢なことか。
腹の中で沸々と怒りが煮え立つ感覚。リオートは必至に激情を抑え込み、ダルベルトを視線で射貫く。
「どうせ俺はな、ここで終わりなんだよ。この大会で活躍もせずにバトルパフォーマーとしての人生を終わらせて、また温室育ちに逆戻りだ。
……もう同期は四人が引退した。みんな非才に気づいて辞めていく。俺もまた、その中の一人になるんだろうな」
「若。俺は、この国に来て……実際に触れてみるまで、バトルパフォーマンスを見下していました。でも……こりゃ素晴らしい競技じゃないですか。素人目に見ても、武という概念の美しさを実感できる。興奮を分かち合える。
ラザじゃこんな光景は見られませんよ。武とは誉れの象徴、優れた者だけの特権……そんな風潮がありますから」
ダルベルトの口から飛び出た意外な言葉。
彼はバトルパフォーマンスという競技の魅力を、知らないながらも必死に学んでいた。偏に主人であるリオートへの献身から来る言葉であろう。
彼の誠意を受けて、リオートの中で渦巻いていた激情が少し和らぐ。
きっとこの激情はダルベルトに向けたものではないのだ。未だにバトルパフォーマンスを認めぬ父への、ラザ国民への激情。
そして──自分への怒りでもあるのだろう。
「……ああ、お前が俺の道を尊重してくれてるのはわかったよ。お前が傍にいてくれれば、ラザに戻った後も真人間でいられそうだ。ありがとうな。
それじゃあ、試合開始までの準備があるから……行ってくる」
これが最後の試合だ。
彼は従者に背を向け、闘技場に続く出口へと……
「──若!」
足を止める。
まだダルベルトには伝え残した言葉があるのだ。この言葉なしに、主を舞台へ送り出すことなどできるものか。
「応援しています! 若の剣は熱く、されど冷たく、綺麗な刃だ! 兄上とも姉上とも、お父上とも違う……若には若の刃がある! どうか最高のパフォーマンスを、俺に見せてください!
この試合……陛下もご覧になるとのこと。見せつけて、やってください!」
「…………」
軽く片手を上げて、振り返らずに歩き出す。
従者の言葉はしっかりと受け止めた。
眼前、眩い光。
闘技の舞台はすぐそこまで迫っている。
高まりゆく観客のどよめき、肌を撫でる熱風。
最後のパフォーマンスへ、少年は身を投じる。
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