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2章 氷王青葉杯

19. 氷雪霊城

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 歴史上、二度目の出来事だった。
 アマチュア級パフォーマーが独壇場スターステージを発現させるのは。

 一度目は『天上麗華』ソラフィアート・クラーラクトが。
 そして二度目は──

 「俺の舞台で踊れ!
 俺の玉座を用意しろッ!

 独壇場スターステージ──【氷雪霊城アゾフル・ステージ】!!」

 リオート・エルキスが。
 唯一の違いは、才能の有無だった。天賦の才を持つソラフィアートが顕現させる独壇場スターステージと、凡才のリオートが顕現させる独壇場スターステージ

 質も構造も、ずっとリオートの方が劣っている。
 それでも……視聴者の興奮を極限まで高めるには、十分すぎる偉業だった。そして、眼前に立つケビンを驚嘆させるにも十分すぎる覚悟だった。

 「馬鹿な……俺の警告舞台ネゼン・ステージが……侵食されていく!?」

 独壇場スターステージの強度は、創造者の意志力に左右される。

 『このパフォーマンスを貫き通す』
 『勝負に勝つ、ただそれだけ』
 『最高のパフォーマンスを魅せてやる』
 『己が人生を賭けた闘いを』

 パフォーマーによって意志の方向性は様々だ。
 ケビンの意志は『才なきパフォーマーの道を阻む』こと。

 「いいか、ケビン。俺は……お前の壁も!
 才能の壁も! すべて乗り越えて……!」

 ケビンの意志を凌駕する、リオートの意志。
 即ち『バトルパフォーマーとして生きる』こと。もう、道を阻まれない。
 彼の決意のあらわれであった。

 「お前に勝つ!!」

 「っ……!」

 叫ぶと同時、完全にケビンの独壇場スターステージが消し飛ばされる。
 氷によって無数の壁が破壊され、次々と美しい氷像が隆起する。リオートがレヴリッツとの勝負で見せた『極寒舞踏』とは比にならない冷気。

 スケートリンクのような円形の領域が広がり、轟音を響かせて巨大な城が立ち上がってゆく。
 氷で出来た城。リオートの実家……ラザ王城と外形は酷似していた。他にも氷で出来た騎士の像、魔導士の像、玉座など……王家を彷彿とさせるオブジェクトが林立する。

 これらのオブジェクトは見栄えをよくするだけの、無用の長物ではない。
 基本的に独壇場スターステージの物体は、創立者の能力を強化する。この氷像や城が破壊されればされるほど、リオートの力は弱まっていくはずだ。
 ケビンも同様に、壁を破壊されれば力が減衰する。もっとも、すでにケビンの独壇場スターステージは跡形もなく消し飛ばされてしまったが。

 「ああ、そうか……そうか!
 リオート・エルキス……手前は俺とは違うんだな。俺が勝手に手前を見誤ったか、いや……手前が自分を意志で変えやがったんだ。
 称賛を送る。心からの称賛を。その上で……俺は、全力で手前を迎え撃つ!」

 趨勢はリオートに傾いた。状況はケビンの圧倒的不利。
 相手の独壇場スターステージの中で闘うほどの下策は存在しない。
 だが、それが何だというのか。

 リオートの意志を確かめに来たケビンは、たしかにリオートの意志を受け取ったのだ。ならば、全霊で覚悟を受け止めないパフォーマーなど……パフォーマーではない。

 「ゆくぞリオートッ!」

 ケビンが疾走する。
 ──速い。しかし、リオートには先程よりも遅く見えた。
 独壇場スターステージ展開によって、能力が強化されたからだ。

 「一片氷心──《氷像指令》!」

 周囲に氷像を展開。
 向かって来るケビンに向け、数多の像をけしかける。相手は熟練の剣士、生半可な数をぶつけても全て粉砕されてしまうだけ。

 (もっと氷像を増やせ……限界まで!)

 「甘いッ!」

 ケビンは不安定な氷の地面を蹴る。まさかの光景にリオートは目を見開いた。
 摩擦が極めて小さい氷をまっすぐに跳躍し、氷像すらもリオートへ接近するための足がかりとするとは。騎士の氷像の剣がケビンの頬を掠めるが、痛みなど……もはやどうでもいい。

 だが、ここはリオートの領域内。
 第一波の攻撃が突破されることなど想定済みだ。

 「《氷城放射》!」

 ケビンの背後に聳え立つ、物言わぬ氷の城。
 城の壁面から突如として氷の鎖が飛び出した。氷の枷はリオートに迫るケビンへ手を伸ばす。

 「魔装……!」

 ケビンは全身に魔装を展開。
 己の拘束を防ぐべく、強引に纏った魔力で枷を逸らす。
 枷は回避されたがケビンの右腕を掠める。

 同時、リオートは無数の氷製の武器を生成。周囲の武器を一斉に飛ばす。

 「っ……!」

 体勢をわずかに崩したケビンへ、四方八方から氷の刃が飛来。
 卓越した剣術で猛攻を弾く彼だが、リオートを見ている余裕はなかった。

 「一片氷心──《凍嵐とうらん》!」

 手の指合計十本に、短い氷刃を装着。
 リオートはケビンへと肉薄する。挑むことに恐怖はない。
 戦場の一箇所に目印をつけ、氷の床を蹴った。

 ケビンには感謝しているのだ。
 歪なやり方であったとしても、彼は本気でリオートを気遣い、その上で真っ当な道を歩ませようとしていた。
 だが、真っ当な道でリオートは満足などできない。

 「はぁあああっ!」

 火花散る剣舞へと、彼は飛び込む。
 ケビンの鋼刃とリオートの氷刃が交錯し、激しくぶつかり合う。雨の幅を斬るかのように繊細な斬撃が、リオートの喉元を掠める。


 ──ああ、頭が割れそうだ。とっくに両者の身体は活動限界を超えている。
 全身の血液が沸騰し、血管が破裂しそうだ。血が熱を帯びる毎に、周囲は凍てついてゆく。
 だが……この苦痛が、楽しい。

 「なァ、リオート!
 手前……本当にマスターを目指す気か!?」

 「決めた事だ! 約束した!
 たとえ親父がッ! 国民が、誰もが俺の夢を馬鹿にしたって……!
 俺にバトルの才能がなくたって!

 俺は──どうしても、あの憧れに!
 辿り着きたい!」

 剣舞、剣閃、剣戟。
 この刹那に、何十の刃が舞ったのか。

 互いの意志を確かめ合うように、互いの後悔を溶かし合うように。
 夢追いの戦士と、夢捨ての剣士は相克する。

 「この独壇場スターステージこそが……俺の覚悟そのものだ!
 俺は……俺のために、強くなる!」

 力任せに、されど繊細にリオートは氷刃を振り抜く。
 ケビンが力押しされて一歩後退し、体勢を立て直そうとする。

 「待ってたぜ!
 ──お前が下がる、その時を!」

 「なっ……!?」

 周囲はすでに氷の針と化し、戦場はリオートの独壇場。
 氷ある限り、全ては支配下。斬り結びながらリオートが誘導した先。ケビンの後方へ設置した罠が作動する。

 凄まじい氷気がケビンの右足から迸り、瞬く間に身体の上方へと駆け上がっていく。

 「チッ、この程度……」

 この程度、一瞬で解除できるとケビンは言うつもりだったのだろう。
 ──だが、一瞬あれば充分だ。

 「一片氷心──《絶対零度》ッ!」

 全身の魔力を解き放つ。
 周囲の冷気が全てリオートの元へと収縮し、波動となる。
 万象を凍てつかせる波動はケビンの身へと迫り、彼の周囲一帯を包み込んだ。
 一片氷心の精霊術、最終奥義。

 そして、冷気が晴れ──そこには氷像と化したケビンの姿があった。
 リオートは歩み寄り、作動したセーフティ装置に触れて彼を戦場外へ送り出す。万感の想いと感謝をこめて。

 これで……


 (……っと、これはバトルパフォーマンスだ。忘れちゃいけない)


 「俺の……勝ちだ!」

 満身創痍のリオートは刃を掲げ、勝利を宣言した。

 「──ああ、これがバトルパフォーマンスか。
 こりゃ、とんでもなく……楽しいもんだな」
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