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2章 氷王青葉杯

20. 煽って制圧

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 特別席から勝負を見守っていたエジェティルは、想定外の事態に思わず立ち上がる。

 「まさか……娘以外のアマチュアが独壇場スターステージを発現するなんて……!」

 ありえない事態だ。
 独壇場スターステージの発現条件は、比類なき意志力。生半可な決意では用意できない、自分だけの特別な舞台。
 換言すれば、独壇場スターステージを手に入れたパフォーマーは「イってる」のだ。頭がおかしい人間しか実現できない舞台だ。

 隣で成り行きを見守っていた理事長、サーラは愉快気な表情で笑う。

 「はは……うん、やっぱり人間は何を起こすかわからないから面白い。まだまだ独壇場スターステージの質は低いけど……光るものを感じる。素晴らしい意志力だね」

 「理事長は、彼……リオート君には目を付けていましたか?」

 「いや、全然? 正直、彼は全くバトルの才能とかなさそうだったし……レヴリッツたちについて行けず引退するだろうなって……思ってたんだけど。わからないものだねー。
 あとはレヴリッツとヨミがいつ独壇場スターステージを披露するか……かな」

 バトルフィールドに聳え立つ氷の城。
 エジェティルは眩い銀氷を眺めながら、ゆっくりと席に腰を下ろした。

 数秒後、先程のサーラの言葉に違和感を覚える。

 「……ん? 今、レヴリッツ君とヨミ君が独壇場スターステージを披露できると仰いましたか? あの二人はすでに使いこなせるのですか!?」

 「あれ、言ってなかった? 二人は意志力によって形成される領域なんて、とっくに扱えるよ。
 ……まあ、披露するかどうかはともかくとして」

 「何を仰っているのかはわかりませんが、とにかく彼らは独壇場スターステージをとうに扱えると! いやあ、これは……楽しみだ」

 クククッ、と喉を鳴らしながらエジェティルは高笑いする。
 いかにも悪役な笑いだが、特に悪いことは考えていない。単純に新人のまだ見ぬ力に興奮しただけ。

 サーラは彼の気味悪い態度に呆れ、席を離れていく。

 「じゃ、後は消化試合だし帰るよ。私は忙しいんだ。学士院のおっさんたちが私に会いたいらしい。美少女はつらいね」

 「お疲れ様です。齢五百近い理事長を美少女と言っていいものか……」

 エジェティルの純粋な悪口にも反応せず、サーラは闘技場を去って行く。
 まだOath対Bandedの試合は終わっていないが、Banded側は指揮官しか残っていない。勝負の結果はとうに見えていた。

 コメント欄は大盛り上がりで、闘技場の客席からも割れんばかりの歓声が響いている。これはリオートの活躍が大きいだろう。彼の決意が、視聴者たちの心を突き動かしたのだ。
 投げられたPPは、Oathが頭一つ抜けている。彼らの優勝は決定的となった。

 「レヴリッツ君。君は何をした?」

 エジェティルは相手のタワーへ向かうレヴリッツに瞳を向ける。
 彼は今回、リオートの背中を突き動かすという大きな役割を担った。それは褒められるべき点だ。

 しかしながら、戦闘面においては大した活躍を見せていない。ガフティマとの決闘の際はカメラが故障し、その間に勝負は終わっていた。カメラはレヴリッツによって壊された……エジェティルはこの事実に気がついているからこそ、疑問を抱く。

 「君は……本当に真の力を見せずに頂点に辿り着く気か?」

 一子相伝、秘匿の技──シルバミネ秘奥。
 エジェティルも彼の秘技については、ほとんど知識を持ち合わせていない。だが、自分の核となる武術を隠してマスター級に到達できるほど、バトルパフォーマンスは甘くない。

 「辿り着けるのか? 最終拠点グランドリージョンへ。
 私は君に……希望を見出したんだ。失望はさせないでくれよ」

 ー----

 リオートの覚悟を見届け、レヴリッツはBandedのタワー制圧に向かっていた。
 敵陣制圧は彼の仕事だ。リオートにムカついたあまり、制圧の任務を先延ばしにしてしまったが……今回は戦闘面で見せ場を作れていない。

 彼は多少焦りつつ、敵のタワーへ到着。
 管制室は魔導士のグルッペが守護しているはずだ。ペリ曰く、グルッペはガフティマの取り巻きで、そこまで戦闘力はないらしいが……

 「少なくとも、パフォーマーとして生き残ってはいるんだ。戦闘力はなくとも頭は切れる……そうだろう?」

 何の長所もない人間が、バトルパフォーマンス業界で生き残れるわけがない。
 タワーを見上げながら、彼は警戒心を引き上げた。

 『レヴリッツくん、聞こえますか?
 先程ヨミさんがトシュアを倒しました。あとはグルッペを倒すだけですが……念のため、リオートくんとヨミさんの到着を待って突入すべきかと』

 「いえ、僕がやります。一人で制圧します」

 ガフティマとの闘いでは、カメラを切ってしまった。視聴者には全くレヴリッツの戦闘を見せられず、印象的なシーンを残せていない。
 この大会の主役は間違いなくリオートだ。それは認めよう。
 だが、だとしても。レヴリッツはマスター級を目指すために活躍しなければならない。

 『死に急ぎますねー。まあ、レヴリッツくんが負けるとは考えづらいですけど……くれぐれもお気をつけて』

 「了解しました」

 管制室への侵入経路は二つ。
 螺旋階段を上って素直に向かうか、窓から飛び込むか。

 レヴリッツは前者を選択。タワーへ侵入し、螺旋階段を進んでいく。
 罠は仕掛けられていない。順調に階段を上り管制室の前まであっさりと着いてしまった。

 「…………」

 戦果を挙げようと躍起になっているせいか、レヴリッツはいつもより真面目になっていた。先程のガフティマとの一件も影響しているのだろう。
 これではいけない。視聴者を楽しませることを最優先に考えなければ。

 深く息を吸い、覚悟を決める。
 扉越しに殺意を感じていた。そう、きっと管制室の扉を開ければ……

 「まあいいや。こんにちはー!」

 どうでもいい。
 レヴリッツは奇襲など気にかけず、扉を蹴り放った。

 「!?」

 瞬間、刀を抜き放つ。
 前方から飛来したのは茶色い……机のようなもの。物体の投擲は基本的な戦術だが、レヴリッツは飛んできた物体の異様さに目をみはった。

 「……レヴリッツ・シルヴァ。ケビン先輩もトシュア先輩も、ガフティマの兄貴も倒され……もはやオイラたちに勝ち目はない。
 だが……フヒヒ! アンタは! 人にこたつを投げられたことがあるのか!?」

 「……は?」

 グルッペが胡乱うろんげな瞳で唾を飛ばす。
 この男は頭がおかしくなってしまったのだろうか。部屋に入ってきたレヴリッツに対し、魔術を浴びせるのではなくこたつを投げるとは。

 そもそも、こたつなんてどこから出てきたのか。
 レヴリッツは足元の両断されたこたつを見る。よく見ると、木製の部分が煤けていた。

 「それはなあ……! トシュア先輩を敗北に追いやった、忌まわしきこたつだッ!
 クソ、屈辱的だよ……あんな負け方をするなんて……トシュア先輩は、オイラの憧れだったのに……!」

 「えっと、ごめん。話が見えてこないんだけど」

 「ええい、黙れッ! 煽りか!?
 トシュア先輩は侮辱の果てに倒されたのだ! お前らOathによって、顔面にそのこたつを投げられ、仕舞いにゃ筆とかいう意味のわからない武器で!
 先輩の仇は……オイラが討つ!」

 「何を……?」

 親の仇のような憎しみを向けられるレヴリッツだが、グルッペが何に怒っているのか……まるで理解できない。
 何を言っているんだ、こいつは。これではパフォーマンスにならない。
 レヴリッツの困惑とグルッペの激怒をよそに、視聴者たちはコメントで大盛り上がりしていたのだが。

 「問答無用! キエエエエッ!」

 奇怪な雄叫びを上げてグルッペが突進してくる。魔導士のくせに近接戦で。
 振り抜かれた拳を躱し、レヴリッツはグルッペの腕を掴んだ。

 「落ち着くんだ! 君たちの負けはほぼ確定しているが、取り乱しては稼げるPPも稼げない!
 ……ごっ!?」

 レヴリッツはグルッペを落ち着かせようと言葉をかけたのだが、「負けはほぼ確定している」という表現が神経を逆撫でした。
 怒り心頭に発したグルッペは、勢いよく頭突きを繰り出す。鼻腔に勢いよく頭突きされたレヴリッツ。彼は鼻血を出して蹈鞴たたらを踏む。

 「い……ってええええ! 僕のイケメンフェイスに傷が付いただろ馬鹿野郎!」

 「うるさァい! トシュア先輩だって顔面にこたつをぶつけられて鼻血を出していたんだぞ!」

 「もういい、君がこんな調子でまともにパフォーマンスなんてできるもんか! 手刀ッ!」

 グルッペの頭をガシッと掴み、レヴリッツは目にも止まらぬ速さで手刀を入れる。
 魅せ場を作ろうと思って意気揚々と乗り込んだのに、このザマだ。一体何がグルッペをここまで怒らせたのだろうか。
 気絶した彼を転がし、レヴリッツは管制室の中央にあるボタンに手をかける。

 「うーんこの……締まらない終わり方だなあ。じゃ、せいあーつ!!」

 かくしてチームOathは戦略戦ストラテジーに勝利した。
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