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3章 猛花薫風事件
4. 第一回 ドラゴン狩り講座! 実戦編
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『【レヴリッツ・シルヴァ/実況】第一回 ドラゴン狩り講座! 実戦編』
「…………」
〔こんにちは〕
〔やっぱこれだね〕
〔あ〕
〔なんでいつも最初黙ってるんですか?〕
軍隊と作戦会議を終えた後、レヴリッツは配信を開始する。
これより呪竜討伐作戦が決行される。バトルパフォーマーになって以来披露することがなかった、竜殺しの腕前を見せる時。
「はじめに。本配信には、動物……竜を殺害する描写が含まれます。苦手な方は視聴をご遠慮ください。ガイドラインに則り、配信後は特定箇所に編集を加える場合があります。予めご了承ください。
また、本配信及び狩猟はリンヴァルス国の認可を正式に受けて行っています。竜種の無断狩猟は犯罪となるのでご注意ください」
〔注意たすかる〕
〔アーカイブメン限にしないか?〕
〔(三・¥・三)(三・¥・三)(三・¥・三)
(三・¥・三)(三・¥・三)(三・¥・三)レヴ影分身〕
巨大な岩に蜷局を巻き、全長15メートルの呪竜が眠っている。黒き体表に、毒々しい色の鶏冠。何よりも恐ろしいのは身体の大きさだ。竜種はいずれも巨躯を誇っており、身体が大きいと言うだけで生物にとっては大きなアドバンテージとなる。
ペリはレヴリッツの後に呪竜の姿を映し、カメラマンの仕事に徹していた。
「じゃあ早速だけど、狩猟を開始しようと思う、思います。
よし……」
レヴリッツは片手を大きく振り、周囲の軍隊に合図を出す。
指揮官のゼノム中将は緊張した面持ちで作戦を見守っていた。なにせ今回の作戦は異様なものだ。レヴリッツから提案された時は耳を疑ったものだ。
「総員、戦闘用意! レヴリッツ殿が合図を出すまで動くな!」
「よしよし、みんなしっかり動けていますね。
さて、視聴者の皆さんは竜を狩るために必要な技能は何だと思いますか?」
〔知らねえよ〕
〔強さ〕
〔は?〕
〔いいからさっさとやれ〕
〔呪竜初めて見たけどかっけえ〕
レヴリッツはマイクが胸元についていることを確認。カメラから遠ざかって呪竜の下へゆっくりと歩いていく。
「──今から不意を突く。
真の強者ってのはね、ふいうちを外さないんですよ」
歩きながら、彼は滔々と講釈を垂れる。
竜種を前にしての余裕の態度に、周囲の面々は息を呑んでいた。
普通に考えれば、大岩で眠る呪竜の不意を突くと思うだろう。しかし、作戦を聞いている周囲の軍人はレヴリッツの語る「不意打ち」が呪竜に対するものではなく、視聴者に対するものであることを理解していた。
「まず武器を捨てます」
レヴリッツは刀を地面に投げ捨てた。
〔!?〕
〔は?〕
〔草〕
〔きたああああああ〕
「次に呪竜を起こします。
おはよぉおおー----!!! 起きてぇええー--!!
おきておきておきてー!!」
そして大声で呪竜の顔面を揺さぶった。
〔うっさ〕
〔わあ!?〕
〔草〕
〔これは不意打ち〕
〔おきてえええええ!!!〕
『──?(うっせえな……)』
耳元で叫ばれた呪竜は、眠そうにまぶたを開く。
黄金の竜の瞳が、レヴリッツの瞳と交差する。
彼は上体を曲げて竜と視線を合わせた。
「おはよ♡ 早く起きないとー……いたずらしちゃうぞ♡」
〔うおおおおおおおおお〕
〔これが竜殺しです、か〕
〔俺にもいたずらして♡〕
これは茶番ではない。歴とした竜殺しである。
正真正銘、命の奪い合い。
眠りから揺り起こされた呪竜は、自分の眠りを妨げた人間を凝視する。
ゆっくりと重たい首をもたげ、レヴリッツを見下ろした。竜からすれば、人間などみな等しく矮小な生物。この無礼な人間にも鉄槌を下してやる気でいた。
しかしながら、竜は小動物を狩るにも全力を尽くす生き物。その習性をレヴリッツもまた理解していた。
『──!(なんやその目つき! こっちは竜やぞ!)』
威嚇の咆哮。
大気を震わせる呪竜の咆哮が山脈に轟いた。レヴリッツはマイクを咆哮の直前にミュートしつつ、魔力で耳栓をする。
視聴者の鼓膜を守りつつ、自分の鼓膜も保護。
「まあまあ、そう怒らないで。僕は君にプレゼントを届けに来たんだ。
はい、どうぞ。毒は入ってないよ」
レヴリッツは竜が食うための肉を投擲。すっぽりと竜の大口に肉が飛び込んだ。
これは竜の身体強化を行うための加工肉。主に防御力を強化する作用を持つ。今回は流血抑制のオプションがあるので、血を流させないための処置だ。
毒がないと舌で感じ取った呪竜は、投げられた肉をそのまま咀嚼して飲み込む。瞬間、自分の身体が強化された高揚を感じ取った。
『──?』
〔もぐもぐ〕
〔かわいい〕
〔ただの餌付けw〕
餌を施された。この事実は竜種にとっては屈辱である。
本来、竜種とは強靭な力によって他者の施しを受けず、孤独に生きていく種族。レヴリッツの肉が罠かと身構えたが、どうもそうではないらしい。単純に餌を与えられたと自覚した呪竜は、気分がどこか苛立つ。
『グルルルル……』
「どう? 気に入ってもらえるように頑張って味を調合したんだけど……現役の時より腕が鈍っていてね。もしかしたら微妙な味かもしれない……ごめんねっピ」
〔ピ!?〕
〔じゅりゅレヴてえてえ〕
〔なあ、こいつペットにしないか?〕
人間の言葉は竜にはわからない。
目の前の人間が何かを喋っているようだが、もしかして自分を手懐けようとしているのか。だとしたら大きな傲りだ……と呪竜は思う。
竜種は最強の種族。誰にも懐くことはない。
ましてや下等生物の人間に服従するなど。
『──!』
突如として呪竜が咆哮。再びレヴリッツはマイクをミュート。咆哮の前兆は喉元の動きで読み取れる。
いい感じに呪竜が怒り出した。実行してみるまでは異様なブランクを感じて不安だったが、実際に作戦を行ってみると円滑に進んでいて安心する。
「来るか」
呪竜には習性がある。
まずは相手を呪術で弱らせる習性だ。強大な敵愾心を呪いの霧に変え、噴射して敵を弱らせる。
今回の呪竜も例に漏れず、口から暗黒の霧を吐き出した。
「龍狩──」
霧が眼前に迫った刹那、レヴリッツの魔力が展開される。
暗黒の霧は彼の指に吸い込まれ、次々と彼の身体に蓄積されていく。呪念の蓄積は身体に毒を溜め込むことに等しい。下手をすれば絶命する。
「吸引力の変わらない、ただひとつのレヴリッツ。君に恨みはないけれど、呪念を倍にしてお返ししよう。僕は関係ない人にも悪意を最大限にぶつけられる人間なんだ」
呪術は外道だと、かつて誹られたことがあった。あながち間違いではない。
対象への負の感情を高めることで、際限なく呪術の効用も高まるのだから。性格が悪辣なほどに、呪術のコントロールは巧みになる。
「──《呪詛返し》」
例えば、レヴリッツ・シルヴァの本性であれば。
この世で右に出る者はいないほど巧妙に。
彼の体内に蟠っていた呪力の霧が払われ、呪竜へと反射される。
レヴリッツの悪意を受けた呪竜は身を竦ませるとともに、呪術への耐性を大きく下げてしまう。目の前の人間は人間ではない。
『──(悪魔だ)』
……と。
呪竜は怯む。
その隙を見逃す竜殺しではなかった。
瞬間的にレヴリッツが動く。疾風迅雷の如く、目にも止まらぬ速さで。
呪竜の懐へ潜り込んだ彼は竜の急所……首元へ手を。竜の体内へ反射させた呪力を、すべて首元へ集中させる。
レヴリッツの手が磁石になっているように、竜の体内にある呪力が砂鉄のごとく吸い寄せられた。
「今です!」
号令と同時、周囲の軍隊が動き出す。
弱点に呪念を集められた呪竜は動くことすら儘ならず、ただ身体を震わせる。己が吐いた毒で死ぬことになるのだ。
「総員、掃射!」
ゼエム中将の合図。
四方八方から眩い閃光が弾けた。肉体を傷つけることのない、魔術の光である。白光の線が呪竜の全身を絡め取る。
レヴリッツは首元から呪竜の正面へ回り、再び視線を交差させた。
「……じゃあな。生き物を殺すってのは、こういうことだ。人間のエゴで排除される……残酷な世界を恨んで死んでくれ。恨むなら今、目の前にいる人間を恨め」
瞬間、呪竜は突如として息絶えた。
外傷がないにも拘わらず。
「ストレス死。プライドの高い竜種だからこそ頻発する死に方だ。
単純なストレス急増に加えて、呪術によって首元を圧迫されることによる動脈硬化。さらに防御力強化の餌で筋肉も硬化しているから……そりゃ死ぬ」
手を大きく振って、作戦の終了を宣言する。
軍隊が動き出し、光線の包囲を解除するとともに死体の回収に取りかかった。
〔呪竜;;〕
〔エビ、お前・・・〕
〔最後の言葉沁みたね〕
〔海老で竜を釣るか〕
この配信がレヴリッツにとって前進となるか後退となるか。
同時接続は過去最高を叩き出した。しかし、こんなしんみりとした終わり方で新規獲得に繋がるのか。
レヴリッツは一抹の不安を覚えながらも笑顔を作った。後でエゴサして配信の評判を調べよう。
「見たか、この華麗なドラゴンスレイを!
竜を屠るのは「真心」だ……呪力で動けないのって生物屈指のバグじゃないですか?」
ペリはそんな彼の様子を撮影しつつ、唖然としていた。
ふざけた茶番が始まったと思ったら、いつの間にか狩猟が終わっている。まるで雷のような一幕であった。
目の前には軍によって囲まれる呪竜の死骸。
「じゃ、これで配信終わりまーす!
おつかれー!」
〔おつ〕
〔お疲れ様です!〕
〔命の儚さを再認識した〕
〔おもしろかったぞ〕
ペリが見る限り、コメントは好感触だ。
こういう命を扱う配信は下手をすれば大炎上する。視聴者が落ち着いているのも、呪竜を殺す直前にレヴリッツが真面目な言葉をかけたお陰だろか。
普段はふざけている彼が、命を奪うに当たっては真剣になっていたことが視聴者に好印象を与えたのかもしれない。
配信を切った後、レヴリッツは己の手を見つめて呟く。
「……やっぱり違和感がある。呪念のコントロールは上手くなっているけど、竜種を相手にするのはかなり腕が鈍っているな。全盛期の僕ならあと三秒は早く仕留められた。たった一年半でここまで鈍るのか……?」
今回の狩猟では、呪竜がやけに矮小に見えた。にも拘わらず、狩猟の手腕は以前よりも衰えている。
竜殺しの仕事をしていた当時も、竜を完全に畏怖しないことはなかった。しかし、先の戦闘ではまるで子犬を相手にするかのように穏やかな心境だったのだ。
レヴリッツが恐れていたのは、竜そのものではない。久しぶりに竜に接することに対して緊張していたのだ。
「まあ、考えても仕方ないか。
よし……ペリ先輩、カメラありがとうございました」
「いえいえ。面白い配信になったと思いますよ。
……そういえば、あの死骸はどうなるんですか?」
「血液が凝固しない内に抜き取られて、後は防腐魔法を施されて輸送されます。剥製になるか、各部位が素材になるかはわかりませんけど……」
レヴリッツの仕事はここまで。理事長に頼まれた仕事は終了した。
あとは帰還していつも通りのバトルパフォーマー生活に戻る。ついでに視聴者にマウントを取る。
遠くでは軍隊が掛け声を上げて、呪竜の死骸を搬送作業を進めていた、
岩肌に寒風が吹き、若干の沈黙がレヴリッツとペリシュッシュの間に訪れた。そのわずかな間に、異様に重苦しい空気をレヴリッツは感じ取ったのだ。
「あの、レヴリッツくん……」
ペリは俯いたまま銀髪を風に揺らす。
何か──言おうとしている。彼女の様子を見ていれば当たり前にわかることだが、レヴリッツはその先に発せられる言葉に身構えた。
「……なんですか?」
「…………」
奇妙な沈黙だ。
会話の中には突如として訪れることがある。
無意味な沈黙ではなく、意味のある沈黙。
「……いえ、なんでもありません! お仕事、成功してよかったですね! さあ早く帰りましょー!」
そして沈黙を破って出てきたのが、皮を被った気丈である。
ただしレヴリッツはペリの虚構を打ち破る術を持っていない。彼女が何を伝えようとしたのか、読み取る慧眼も持ち合わせていない。
「……そうですね! あ、そうそう……来る途中でペリ先輩が言ってたゲーム、今度配信でやってみようと思うんです。よかったら色々と教えて……」
他愛のない会話に埋もれていく違和感。
二人はすぐにいつもの調子へ戻り、呪竜の死骸から離れて行った。
「…………」
〔こんにちは〕
〔やっぱこれだね〕
〔あ〕
〔なんでいつも最初黙ってるんですか?〕
軍隊と作戦会議を終えた後、レヴリッツは配信を開始する。
これより呪竜討伐作戦が決行される。バトルパフォーマーになって以来披露することがなかった、竜殺しの腕前を見せる時。
「はじめに。本配信には、動物……竜を殺害する描写が含まれます。苦手な方は視聴をご遠慮ください。ガイドラインに則り、配信後は特定箇所に編集を加える場合があります。予めご了承ください。
また、本配信及び狩猟はリンヴァルス国の認可を正式に受けて行っています。竜種の無断狩猟は犯罪となるのでご注意ください」
〔注意たすかる〕
〔アーカイブメン限にしないか?〕
〔(三・¥・三)(三・¥・三)(三・¥・三)
(三・¥・三)(三・¥・三)(三・¥・三)レヴ影分身〕
巨大な岩に蜷局を巻き、全長15メートルの呪竜が眠っている。黒き体表に、毒々しい色の鶏冠。何よりも恐ろしいのは身体の大きさだ。竜種はいずれも巨躯を誇っており、身体が大きいと言うだけで生物にとっては大きなアドバンテージとなる。
ペリはレヴリッツの後に呪竜の姿を映し、カメラマンの仕事に徹していた。
「じゃあ早速だけど、狩猟を開始しようと思う、思います。
よし……」
レヴリッツは片手を大きく振り、周囲の軍隊に合図を出す。
指揮官のゼノム中将は緊張した面持ちで作戦を見守っていた。なにせ今回の作戦は異様なものだ。レヴリッツから提案された時は耳を疑ったものだ。
「総員、戦闘用意! レヴリッツ殿が合図を出すまで動くな!」
「よしよし、みんなしっかり動けていますね。
さて、視聴者の皆さんは竜を狩るために必要な技能は何だと思いますか?」
〔知らねえよ〕
〔強さ〕
〔は?〕
〔いいからさっさとやれ〕
〔呪竜初めて見たけどかっけえ〕
レヴリッツはマイクが胸元についていることを確認。カメラから遠ざかって呪竜の下へゆっくりと歩いていく。
「──今から不意を突く。
真の強者ってのはね、ふいうちを外さないんですよ」
歩きながら、彼は滔々と講釈を垂れる。
竜種を前にしての余裕の態度に、周囲の面々は息を呑んでいた。
普通に考えれば、大岩で眠る呪竜の不意を突くと思うだろう。しかし、作戦を聞いている周囲の軍人はレヴリッツの語る「不意打ち」が呪竜に対するものではなく、視聴者に対するものであることを理解していた。
「まず武器を捨てます」
レヴリッツは刀を地面に投げ捨てた。
〔!?〕
〔は?〕
〔草〕
〔きたああああああ〕
「次に呪竜を起こします。
おはよぉおおー----!!! 起きてぇええー--!!
おきておきておきてー!!」
そして大声で呪竜の顔面を揺さぶった。
〔うっさ〕
〔わあ!?〕
〔草〕
〔これは不意打ち〕
〔おきてえええええ!!!〕
『──?(うっせえな……)』
耳元で叫ばれた呪竜は、眠そうにまぶたを開く。
黄金の竜の瞳が、レヴリッツの瞳と交差する。
彼は上体を曲げて竜と視線を合わせた。
「おはよ♡ 早く起きないとー……いたずらしちゃうぞ♡」
〔うおおおおおおおおお〕
〔これが竜殺しです、か〕
〔俺にもいたずらして♡〕
これは茶番ではない。歴とした竜殺しである。
正真正銘、命の奪い合い。
眠りから揺り起こされた呪竜は、自分の眠りを妨げた人間を凝視する。
ゆっくりと重たい首をもたげ、レヴリッツを見下ろした。竜からすれば、人間などみな等しく矮小な生物。この無礼な人間にも鉄槌を下してやる気でいた。
しかしながら、竜は小動物を狩るにも全力を尽くす生き物。その習性をレヴリッツもまた理解していた。
『──!(なんやその目つき! こっちは竜やぞ!)』
威嚇の咆哮。
大気を震わせる呪竜の咆哮が山脈に轟いた。レヴリッツはマイクを咆哮の直前にミュートしつつ、魔力で耳栓をする。
視聴者の鼓膜を守りつつ、自分の鼓膜も保護。
「まあまあ、そう怒らないで。僕は君にプレゼントを届けに来たんだ。
はい、どうぞ。毒は入ってないよ」
レヴリッツは竜が食うための肉を投擲。すっぽりと竜の大口に肉が飛び込んだ。
これは竜の身体強化を行うための加工肉。主に防御力を強化する作用を持つ。今回は流血抑制のオプションがあるので、血を流させないための処置だ。
毒がないと舌で感じ取った呪竜は、投げられた肉をそのまま咀嚼して飲み込む。瞬間、自分の身体が強化された高揚を感じ取った。
『──?』
〔もぐもぐ〕
〔かわいい〕
〔ただの餌付けw〕
餌を施された。この事実は竜種にとっては屈辱である。
本来、竜種とは強靭な力によって他者の施しを受けず、孤独に生きていく種族。レヴリッツの肉が罠かと身構えたが、どうもそうではないらしい。単純に餌を与えられたと自覚した呪竜は、気分がどこか苛立つ。
『グルルルル……』
「どう? 気に入ってもらえるように頑張って味を調合したんだけど……現役の時より腕が鈍っていてね。もしかしたら微妙な味かもしれない……ごめんねっピ」
〔ピ!?〕
〔じゅりゅレヴてえてえ〕
〔なあ、こいつペットにしないか?〕
人間の言葉は竜にはわからない。
目の前の人間が何かを喋っているようだが、もしかして自分を手懐けようとしているのか。だとしたら大きな傲りだ……と呪竜は思う。
竜種は最強の種族。誰にも懐くことはない。
ましてや下等生物の人間に服従するなど。
『──!』
突如として呪竜が咆哮。再びレヴリッツはマイクをミュート。咆哮の前兆は喉元の動きで読み取れる。
いい感じに呪竜が怒り出した。実行してみるまでは異様なブランクを感じて不安だったが、実際に作戦を行ってみると円滑に進んでいて安心する。
「来るか」
呪竜には習性がある。
まずは相手を呪術で弱らせる習性だ。強大な敵愾心を呪いの霧に変え、噴射して敵を弱らせる。
今回の呪竜も例に漏れず、口から暗黒の霧を吐き出した。
「龍狩──」
霧が眼前に迫った刹那、レヴリッツの魔力が展開される。
暗黒の霧は彼の指に吸い込まれ、次々と彼の身体に蓄積されていく。呪念の蓄積は身体に毒を溜め込むことに等しい。下手をすれば絶命する。
「吸引力の変わらない、ただひとつのレヴリッツ。君に恨みはないけれど、呪念を倍にしてお返ししよう。僕は関係ない人にも悪意を最大限にぶつけられる人間なんだ」
呪術は外道だと、かつて誹られたことがあった。あながち間違いではない。
対象への負の感情を高めることで、際限なく呪術の効用も高まるのだから。性格が悪辣なほどに、呪術のコントロールは巧みになる。
「──《呪詛返し》」
例えば、レヴリッツ・シルヴァの本性であれば。
この世で右に出る者はいないほど巧妙に。
彼の体内に蟠っていた呪力の霧が払われ、呪竜へと反射される。
レヴリッツの悪意を受けた呪竜は身を竦ませるとともに、呪術への耐性を大きく下げてしまう。目の前の人間は人間ではない。
『──(悪魔だ)』
……と。
呪竜は怯む。
その隙を見逃す竜殺しではなかった。
瞬間的にレヴリッツが動く。疾風迅雷の如く、目にも止まらぬ速さで。
呪竜の懐へ潜り込んだ彼は竜の急所……首元へ手を。竜の体内へ反射させた呪力を、すべて首元へ集中させる。
レヴリッツの手が磁石になっているように、竜の体内にある呪力が砂鉄のごとく吸い寄せられた。
「今です!」
号令と同時、周囲の軍隊が動き出す。
弱点に呪念を集められた呪竜は動くことすら儘ならず、ただ身体を震わせる。己が吐いた毒で死ぬことになるのだ。
「総員、掃射!」
ゼエム中将の合図。
四方八方から眩い閃光が弾けた。肉体を傷つけることのない、魔術の光である。白光の線が呪竜の全身を絡め取る。
レヴリッツは首元から呪竜の正面へ回り、再び視線を交差させた。
「……じゃあな。生き物を殺すってのは、こういうことだ。人間のエゴで排除される……残酷な世界を恨んで死んでくれ。恨むなら今、目の前にいる人間を恨め」
瞬間、呪竜は突如として息絶えた。
外傷がないにも拘わらず。
「ストレス死。プライドの高い竜種だからこそ頻発する死に方だ。
単純なストレス急増に加えて、呪術によって首元を圧迫されることによる動脈硬化。さらに防御力強化の餌で筋肉も硬化しているから……そりゃ死ぬ」
手を大きく振って、作戦の終了を宣言する。
軍隊が動き出し、光線の包囲を解除するとともに死体の回収に取りかかった。
〔呪竜;;〕
〔エビ、お前・・・〕
〔最後の言葉沁みたね〕
〔海老で竜を釣るか〕
この配信がレヴリッツにとって前進となるか後退となるか。
同時接続は過去最高を叩き出した。しかし、こんなしんみりとした終わり方で新規獲得に繋がるのか。
レヴリッツは一抹の不安を覚えながらも笑顔を作った。後でエゴサして配信の評判を調べよう。
「見たか、この華麗なドラゴンスレイを!
竜を屠るのは「真心」だ……呪力で動けないのって生物屈指のバグじゃないですか?」
ペリはそんな彼の様子を撮影しつつ、唖然としていた。
ふざけた茶番が始まったと思ったら、いつの間にか狩猟が終わっている。まるで雷のような一幕であった。
目の前には軍によって囲まれる呪竜の死骸。
「じゃ、これで配信終わりまーす!
おつかれー!」
〔おつ〕
〔お疲れ様です!〕
〔命の儚さを再認識した〕
〔おもしろかったぞ〕
ペリが見る限り、コメントは好感触だ。
こういう命を扱う配信は下手をすれば大炎上する。視聴者が落ち着いているのも、呪竜を殺す直前にレヴリッツが真面目な言葉をかけたお陰だろか。
普段はふざけている彼が、命を奪うに当たっては真剣になっていたことが視聴者に好印象を与えたのかもしれない。
配信を切った後、レヴリッツは己の手を見つめて呟く。
「……やっぱり違和感がある。呪念のコントロールは上手くなっているけど、竜種を相手にするのはかなり腕が鈍っているな。全盛期の僕ならあと三秒は早く仕留められた。たった一年半でここまで鈍るのか……?」
今回の狩猟では、呪竜がやけに矮小に見えた。にも拘わらず、狩猟の手腕は以前よりも衰えている。
竜殺しの仕事をしていた当時も、竜を完全に畏怖しないことはなかった。しかし、先の戦闘ではまるで子犬を相手にするかのように穏やかな心境だったのだ。
レヴリッツが恐れていたのは、竜そのものではない。久しぶりに竜に接することに対して緊張していたのだ。
「まあ、考えても仕方ないか。
よし……ペリ先輩、カメラありがとうございました」
「いえいえ。面白い配信になったと思いますよ。
……そういえば、あの死骸はどうなるんですか?」
「血液が凝固しない内に抜き取られて、後は防腐魔法を施されて輸送されます。剥製になるか、各部位が素材になるかはわかりませんけど……」
レヴリッツの仕事はここまで。理事長に頼まれた仕事は終了した。
あとは帰還していつも通りのバトルパフォーマー生活に戻る。ついでに視聴者にマウントを取る。
遠くでは軍隊が掛け声を上げて、呪竜の死骸を搬送作業を進めていた、
岩肌に寒風が吹き、若干の沈黙がレヴリッツとペリシュッシュの間に訪れた。そのわずかな間に、異様に重苦しい空気をレヴリッツは感じ取ったのだ。
「あの、レヴリッツくん……」
ペリは俯いたまま銀髪を風に揺らす。
何か──言おうとしている。彼女の様子を見ていれば当たり前にわかることだが、レヴリッツはその先に発せられる言葉に身構えた。
「……なんですか?」
「…………」
奇妙な沈黙だ。
会話の中には突如として訪れることがある。
無意味な沈黙ではなく、意味のある沈黙。
「……いえ、なんでもありません! お仕事、成功してよかったですね! さあ早く帰りましょー!」
そして沈黙を破って出てきたのが、皮を被った気丈である。
ただしレヴリッツはペリの虚構を打ち破る術を持っていない。彼女が何を伝えようとしたのか、読み取る慧眼も持ち合わせていない。
「……そうですね! あ、そうそう……来る途中でペリ先輩が言ってたゲーム、今度配信でやってみようと思うんです。よかったら色々と教えて……」
他愛のない会話に埋もれていく違和感。
二人はすぐにいつもの調子へ戻り、呪竜の死骸から離れて行った。
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ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。
「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。
危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。
一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。
彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。
追放された『修理職人』、辺境の店が国宝級の聖地になる~万物を新品以上に直せるので、今さら戻ってこいと言われても予約で一杯です
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「攻撃力が皆無の生産職は、魔王戦では足手まといだ」
勇者パーティで武器や防具の管理をしていたルークは、ダンジョン攻略の最終局面を前に追放されてしまう。
しかし、勇者たちは知らなかった。伝説の聖剣も、鉄壁の鎧も、ルークのスキル『修復』によるメンテナンスがあったからこそ、性能を維持できていたことを。
一方、最果ての村にたどり着いたルークは、ボロボロの小屋を直して、小さな「修理屋」を開店する。
彼の『修復』スキルは、単に物を直すだけではない。錆びた剣は名刀に、古びたポーションは最高級エリクサーに、品質すらも「新品以上」に進化させる規格外の力だったのだ。
引退した老剣士の愛剣を蘇らせ、村の井戸を枯れない泉に直し、ついにはお忍びで来た王女様の不治の病まで『修理』してしまい――?
ルークの店には、今日も世界中から依頼が殺到する。
「えっ、勇者たちが新品の剣をすぐに折ってしまって困ってる? 知りませんが、とりあえず最後尾に並んでいただけますか?」
これは、職人少年が辺境の村を世界一の都へと変えていく、ほのぼの逆転サクセスストーリー。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
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主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
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無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
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