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3章 猛花薫風事件

6. チュートリアル

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 『【リオート/実況】完全初見の怪物狩り【Intense Flash】』

 Intense Flash──バトルパフォーマー界で大きな人気を博すVRゲームである。
 かつて絶滅した人類の敵、『魔物』を相手に戦うゲームだ。アバターの身体能力は現実の肉体を完全にコピーし、リアルと遜色ない動きをすることができる。

 もちろん、リアルで戦闘力を持たない人への救済用に強化キットも存在する。しかし、一般人が強化キットを使用してもバトルパフォーマーのような達人には及ばず、バトルパフォーマーの魅力的な闘いを見に来る視聴者も多い。

 「こんばんは。今日はインフラやっていきます」

 〔こんばんはー〕
 〔リオート君こんばんわ!〕
 〔インフラやってくれて嬉しい!〕

 そんな沼ゲーに足を踏み入れる少年が一人。
 レヴリッツの配信とは打って変わって平和なチャット欄。リオート・エルキスの配信である。

 「今日はレヴリッツとヨミと一緒に始めてみようと思う。初見だから色々とわからないこともあるけど、そこは大目に見てくれると助かる」

 〔了解!〕
 〔はーい〕
 〔チームでやってくれて嬉しい〕
 〔レヴくん強そうw〕

 リオートは自分のチャット欄の様子を見て、遅延がないことを確認。あとは上手いことゲームが起動できればいいのだが……

 「えっと……俺、VRゲームやるのは初めてなんだよな。空間拡張衛星でバトルフィールドに飛ぶのと同じようなもんだって聞いてるけど、どんな感じなのか楽しみだ。
 ……他の二人も準備完了したらしいし、行くか」

 ヘッドセットを装着。呼気安定装置など、様々な健康被害を防ぐウェアラブルデバイスを装備。
 配信画面と意識をリンクさせ、コメントをゲーム内で閲覧できるように設定。

 あとは意識を沈めるだけだ。

 〔いってらっしゃいー〕
 〔がんばってください!〕
 〔気を付けてね〕

 ー----

 「……ハッ!?」

 まどろみから覚醒したリオート。
 見渡すと、周囲は真っ白な空間だった。地面も空もなく、周囲に起伏もないので平衡感覚がおかしくなりそうだ。宇宙空間に浮いている感覚に近い。

 『こんにちは』

 どこからともなく降り注いだ声。淡い光に包まれて、一人の男性が姿を見せた。
 リオートの髪色よりも少し明るめの空色の髪と瞳。やや長めに伸ばした髪を後ろに縛り、白を基調とした軍服に身を包んでいる。
 彼はリオートに向かって微笑む。

 『Intense Flashの世界へようこそ。僕はこのゲームの案内人、名をベフン。
 早速だがチュートリアルを始めよう』

 〔でた胡散臭い人〕
 〔チュートリアル専用お兄さん!〕
 〔この人の名前忘れてたわw〕
 〔チュートリアルで暴れてベフンさんに怒られた配信者思い出したww〕

 コメントの反応を見る限り、この男はチュートリアルにしか出てこないようだ。
 ベフンはくるくると手を回し、周囲に七色の光を描いてゆく。

 『このゲームは、大昔に世界に存在した人類の敵……《魔物》を討伐することが目標となる。太古の神話になぞらえた魔物や、文献に記録されている魔物など……出現する魔物は多種多様。
 そして、魔物と戦う舞台は無数マップからランダムに生成される。君たちの目標はランダム生成される異世界の深層へ進み、最下層を目指すこと。現在の世界最高記録は……43階層までだね。全部で何層あるのかは秘密だ。
 ……ここまでで何か質問はあるかな?』

 〔いつもの〕
 〔親の解説より聞いた解説〕
 〔3サイズ聞こう〕

 「……いえ、大丈夫です。大体は事前の知識通りです」

 ベフンは指先で数々の景色を灯してゆく。
 これがランダムで生成されるマップ群なのだろう。

 『異世界には様々なギミックが施されている。探索マップは屋内なこともあれば、屋外なこともある。また、数分で探索が終わるほど狭いマップであったり、半日かけても探索が終わらないマップもある。
 そんな無数の異世界には有用なアイテムが落ちていたり、罠が仕掛けられていたり、ワープ装置があったり……色々とギミックがある。深層へ進むほど魔物が手強くなる以上、これらのギミックは活用必至だ。
 ……いいかい?』

 「ああ、はい……たぶん実際に体験してみるのが一番かと」

 解説を長々とされても、視聴者が飽きてしまう。
 そろそろチュートリアルを切り上げ、レヴリッツたちと合流したいところだ。先輩方の配信でインフラの内容は大体把握しているため、そこまで詳細な話は聞かなくてもいい。

 『そうだね、百聞は一見に如かず。
 というわけで、実際に魔物と戦ってみようか』

 「え、今ここで?」

 『心配しないで。あくまでチュートリアルだから、簡単な敵だ』

 ベフンが指を鳴らすと、真っ白な空間に歪みが発生。
 歪みの向こう側から歩いて来たのは……小型の狼。

 〔あ、チュートリアルでやられる狼君だ〕
 〔毎日何体の牙狼サビュラがやられているのだろうか〕
 〔毎度おなじみサビュラくん〕
 〔俺ここで詰んだゾ〕

 『これは牙狼サビュラ。神代にて、北方の極寒地帯に棲息していた魔物だ。大丈夫、リオートの力ならばすぐに倒せる』

 普段は人間を相手にしているが、今回の相手は理性なき獣。
 リオートはわずかに緊張を覚えながら氷剣を作り出した。

 ー----

 「チッ……」

 リオートがチュートリアルを開始した頃、レヴリッツもまたチュートリアルの戦闘を行っていた。
 しかし、相手は牙狼サビュラではない。

 『篠突しのつく剣霊』と呼ばれる、四本腕を持つ巨人の霊だ。
 異国の伝承に語られる、地王という怪物の眷属。本来ならば30階層以降に現れる超強力な魔物であり、チュートリアルに登場することはありえない。

 「龍狩たつがり──《削落そぎおとし》」

 華麗な刀捌きで腕を切り落とし、視界を奪って急所を突く。
 長い苦闘の末、ようやくレヴリッツは敵を倒すことに成功した。重苦しい音を立てて巨体が倒れ、塵となって霧散していく。

 こんな化物と戦うことになった理由は、レヴリッツがベフンを煽り散らかしたせいである。意外とチュートリアルの案内人はキレやすい。

 『……うん、さすがの実力だ。レヴリッツ、少し見直したよ』

 「はあ……はあ……ぼ、僕なら余裕ですけどね? まあ、チュートリアルはこれくらいで勘弁してあげますけど」

 『そう遠慮しなくても、もっと強い相手をたくさん用意できるよ?』

 「い、いやいや……リオートとヨミも待ってるんで。このくらいにしときます」

 いくら対人に無敵を誇るレヴリッツとは言え、化け物相手に立ち回るのは苦労する。彼は苦し紛れに言い訳を用意してチュートリアルを終了しようとした。
 チャット欄ではもっと戦えと煽られているが無視する。

 『……そうか。もっと君と過ごしたかったけれど……仕方ないね。では、Intense Flashの世界へ行ってらっしゃい。
 これから送る先は異世界へ行く前の準備エリア……多くのプレイヤーが集って情報交換をしたり、雑談したりする場所だ。君の友人たちもそこで待っている』

 「おっけーです。ありがとうございました」

 ベフンは頷き、レヴリッツの前に門を創り出す。
 この門を潜れば正式にゲーム開始だ。

 レヴリッツは振り返ることなく扉を開け放ち、奥へと進んで行く。
 ベフンは去って行く彼を見送った。
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