上 下
46 / 105
3章 猛花薫風事件

13. 血統呪詛

しおりを挟む
 三日が経過した。
 理事長から招集があり、レヴリッツとペリは再び理事長室を訪ねた。

 サーラは机の上に鑑定書を出す。

 「結論から言おうか。
 採血された被験者に付与されていた呪いは……《血統呪詛》だよ」

 「けっとうじゅそ」

 サーラの言葉を反芻はんすうするペリ。
 呪いの名前だけ伝えられても、それが何なのかわからない。

 「そう、個人ではなく血統を呪う術。だから、呪われたのはペリシュッシュの妹そのものじゃなくて、メフリオン家が呪われたってこと。
 だから妹の代わりにペリシュッシュが呪われたかもしれないし、離婚した父親が呪われていたかもしれない。妹さんは運が悪かったねー」

 「そ、そんな……これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ!
 ……で、解呪方法はどうすればいいのですか?」

 「今回付与された呪術は、非常に珍しいもので……通常の方法では解呪できない。神代に使われた古代呪術のさらに前──超古代術式バロメ・エテリ―の一種。道理で見たことのない呪術だったわけだね。私だって上手く使えない術式だし。
 これを解くには使用者に直接解除させなければならないんだってさ」

 要するに、行使者の魔術回路をぶった斬ってやればいいだけ。レヴリッツはそう考えた。
 血液検査から呪術を付与した者も特定できているはずだ。早く結論を出せと言わんばかりに、レヴリッツは犯人を尋ねる。

 「で、呪術を行使した犯人は?」

 「──アルヘナ・ハナンス」

 「「……誰?」」

 犯人は二人がまったく聞いたことのない名前の人間だった。

 ー----

 レヴリッツはまたもや件の人物について身辺調査を行うことになる。
 アルヘナ・ハナンス。八年前まで魔導学術会議に所属していたが、現在の職業は不明。そして、ペリシュッシュの父親であるウェズン・メフリオンも同じ組織に属している。
 メフリオンの血筋そのものが呪われたということは、おそらく父親とアルヘナに確執があったのではないだろうか。

 ……というわけで、二人は魔導学術会議庁舎にやって来た。
 本当なら構成員に気軽に面会はできないのだが、サーラの紹介状があるので問題なく面会に通してもらえるだろう。

 「うーん」

 庁舎の正面玄関で、ふとペリが立ち止まる。

 「先輩、どうしました?」

 「…………」

 彼女は聳え立つ庁舎に対して、恐怖の反応を見せていた。ペリの両親の離婚理由は父親の暴力にある。
 離婚当時、彼女は七歳。父親に対して恐怖心を持っているのは仕方ないことだろう。背景を知っているレヴリッツは彼女の意を汲んで提案した。

 「先輩がいると逆に話が進まなそうですし、ここでお待ちください。正直クソ邪魔なんで」

 「あ、はい、わかりました。じゃあ悪いんですけどさ父にお話聞いっ、てもらえますか?」

 「はいはい。アルヘナ・ハナンスとやらの情報をお父上から聞いてきますよ」

 レヴリッツは振り返ることなく庁舎の中へ進んでいく。
 初夏の風が吹く中、ペリシュッシュは木陰で彼の帰りを待った。

 ー----

 サーラの紹介状を見せると、案の定ウェズン・メフリオンとの面会の許可が下りた。魔導学士院の権威は学術会議にも響き渡っている。
 通された室内は空調が効いていて快適な温度。レヴリッツがまっすぐに背筋を伸ばして着席していると、扉が開いた。

 顔を見せたのは白髪の壮年男性。きっちりとしたスーツに身を包み、姿勢よく歩いて来る。
 ウェズン・メフリオンで間違いない。
 レヴリッツは立ち上がって礼をした。

 「こんにちは。バトルパフォーマーのレヴリッツ・シルヴァと申します。お忙しい中、対応いただきありがとうございます」

 「……いや。サーラ博士の紹介とあれば断るわけにもいくまい。私はウェズン・メフリオン。魔導科学の委員会に属している。以後お見知りおきを」

 生真面目な印象を受ける。
 ウェズンは家族に暴力を振るって離婚したらしいが、暴力性も歳を取って鳴りを潜めたのだろうか。

 彼は皺が刻まれた顔を動かすことなく、真顔でレヴリッツと握手する。
 二人は黒革のソファに座って向かい合った。まずはどの話題から切り出すべきか……レヴリッツは少し悩んだが、本題から切り出すことにした。

 「さて、何のご用かね? サーラ博士の紹介があるのだから、のっぴきならない事情がありそうなものだが」

 「率直にお聞きします。アルヘナ・ハナンスという人物を知っていますか?」

 その名を告げた瞬間、わずかにウェズンの表情筋が動いた。
 しかし、その裏にある感情については読み取れない。

 彼はしばし瞑目し、やがて口を開く。

 「ああ、懐かしい名前だ。彼女は……優秀な人材だったよ。私の部下では、ずば抜けて優秀だった。
 ただし……アルヘナはだいぶ前に解雇された。今は何の活動をしているのか知らないな」

 「んー……自主退職ではなく解雇ですか?」

 「罪を犯してしまったのだよ。国が厳重に保管していた魔導書を複製し、私的利用を企んでいたらしい。魔術師としての知的好奇心に逆らえなかったのだろうな。
 ……私も彼女の気持ちはわからなくもないが、上司として責任を持って処分を下した次第だ」

 なるほど、出来た上司だ。しかし彼の仕事に対する誠実さが悲劇を起こしてしまったらしい。
 ひとまずレヴリッツは事の経緯を理解する。なぜメフリオン家に呪いが掛けられたのか……理由は単純な逆恨みだと。

 「では、複製された魔導書と言うのは『超古代術式バロメ・エテリ―』が記されたものですか?」

 「そうだ。どうして知っている?」

 「実は……あなたの元娘さん、エリフテル・メフリオンが呪いに侵食されているのです」

 レヴリッツはここまでの経緯を説明する。
 エリフテルが血統呪詛に侵されていること、彼女の血液検査から呪術の行使者がアルヘナであること。極力ペリシュッシュには触れず、事実のみを伝えた。

 「……なるほど。事態は把握した。妻や娘たちには悪い事をしたと思っている。若気の至り、傲慢。若かりし私は家族に暴力を振るい、当然の末路を迎えたのだ。まさか離婚後も迷惑をかけているとは。
 ……まあ、この話は関係ないな。つまるところ、貴殿はアルヘナの居場所を聞きたいのだろう?」

 「はい。彼女と連絡がつくのであれば、教えていただきたいと」

 ウェズンは首を横に振る。
 彼は口元を結んで項垂うなだれた。

 「悪いが、力になれることはない。彼女に関しては情報を全く追っていない。
 ただし、呪術を私的に他人へ付与することは重犯罪となる。術式照合の結果が出ているのであれば、国は捜索に動いてくれるだろう。然るべき機関に相談し、解決してもらうといい」

 国に通報するのはリスクがある。
 もしもアルヘナが自分が追われていることを察知すれば、エリフテルに掛けた呪いを激化させて殺してしまうかもしれない。
 だからこそ個人的に居場所を知っていそうなウェズンを尋ねたのだが。

 知らないのならば仕方ない。
 レヴリッツが個人的に探すしかないのだ。それに、まだ頼みの綱はある。

 「なるほど、わかりました。お尋ねしたいことはこれで全てですので。お忙しい中、ありがとうございました」

 「ああ。有益な情報が伝えられず申し訳ない」

 「いえ、背景を聞けただけでも収穫でした。それでは」

 レヴリッツは深々とウェズンに礼をする。
 一通りの挨拶を終え、客室のドアノブを捻った。

 ふと背中に声がかかる。

 「レヴリッツ殿。娘を……ペリシュッシュを頼むよ」

 「……はい」

 どうやら、ウェズンは娘の活躍を知っていたらしい。
 頼まれたからと言って特にレヴリッツにできる事はないが……彼はとりあえず頷いた。
しおりを挟む

処理中です...