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3章 猛花薫風事件

16. もういいや

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 ペリを担いで戦場を離れ、レヴリッツは《黒ヶ峰》で預かっていた彼女の生命力を返還する。

 「おはようございます、先輩。これから逃げたアルヘナを追うので遅れずについて来てください」

 「あれ……? なんか私、レヴリッツくんに斬られた記憶があるんですけど……」

 「何を寝ぼけているんですか? 僕が先輩を斬るわけないじゃないですか。早く立って、アルヘナを追いますよ」

 彼女にはここまでの意識がほとんどない。アルヘナの小屋を訪ねたかと思えば、自称悪魔の痛い人が出て来て、気絶して時間が経っていた。

 「何が何だかわかりませんが、アルヘナをしばいてエリフを目覚めさせればいいのです。行きましょうレヴリッツくん!
 ……ところでどこに行けばいいんですか?」

 「……こっちです」

 山中にわだかまる気配を辿り、アルヘナの後を追う。
 前の職業柄、逃げる獲物を追うことはレヴリッツの得意分野だ。まだアルヘナの気配は捉えている。

 悪魔の力を信頼しているのか、それとも単純に体力が切れたのか……今はゆっくりと移動しているようだ。このまま追跡すれば捕縛できるだろう。

 「走ります」

 レヴリッツは木々の合間を縫って走り出した。
 暗闇は彼の故郷に等しい。薄暗い木立を疾走して、地面を確認しつつひた走る。獣の足跡ではない、人の足跡を追って。

 「ちょ、ちょっと……速い……ので、いやもう限界っすよ」

 走り出して早々に、後ろのペリが音を上げ出した。
 思わずレヴリッツは耳を塞ぎたくなる。ああ、この女は本当に妹を救う気があるのだろうか。

 「面白いジョークですね。先輩は……仮にも一流のバトルパフォーマーですし、この程度で息切れはしないでしょう? 相変わらず面白い人だ」

 「いやもうホント苦しいんでもう無理です。ちょっと担いで行ってくれませんかね?
 ……あ、私男の子にお姫様抱っこされるの初めてなので」

 「実はね、お姫様抱っこは非効率的なんですよ。
 効率のいい運搬方法はこうやって担いで……」

 木材でも運ぶかのように、ペリを右肩に担ぎ上げる。
 彼女に与えられる衝撃などレヴリッツは考えない。走る最中、たまに木の枝がペリの顔面に叩きつけられる。

 「んぇ!? ちょ、その運び方は乱暴じゃないですかね!?
 仮にも女の子ですよ、私!!」

 「ああ、そうでした。先輩は女の子でしたね……仮にも。
 もっと高く上げてエスコートした方がいいですか?」

 レヴリッツは腹いせにペリを高く掲げ、木の枝にもっと擦れるように調整する。彼女は魔装を必死に展開し、切り傷が顔につくのを必死に防いでいた。

 「やめ、やめて……顔出し配信できなくなる。やだあ!!」

 「うるせぇなこの女……」

 正直、今回の一件でペリはお荷物にしかなっていない。
 彼女の妹のための戦いなのに、気概を感じないのだ。

 渋々ペリを担ぎ直したレヴリッツは、彼女へ率直な疑問を投げかけた。

 「どうして先輩はいつも変人なんですか? こんな時くらい真面目に協力して欲しいんですけど。だって妹さんの命が懸かっているんですよ? ふざけないで下さいよ、本当に」

 「え、マジギレしてます? 大丈夫そ?」

 「怒ってないですよ、諦めてるんです。この人はどこまでもポジティブだなあ……と。僕には無い性質で尊敬しています」

 「あ、そうですか……えへへ」

 (本当に皮肉が通じないんだ……この人、真正の馬鹿なんだろうな)

 彼の皮肉を物ともせず、ペリは呑気に赤面している。
 逆にレヴリッツと相性がいいかもしれない。いくら彼が罵倒しても気づかないのだから。

 猛烈な速度で走るレヴリッツのおかげで、アルヘナとの距離は急速に縮まっている。気配が完全に察知できるほどに接近していた。
 まもなく接敵するかと思われる頃、ペリがおもむろに口を開いた。

 「でもね、レヴリッツくんには感謝しているんです。あなたが協力してくれなければ……妹は永遠に助けられなかったかもしれない。そしたら、私は本当にふざけた人間になるところでしたよ。
 配信のキャラ付けで、いつもふざけている人間として……永遠の道化マジシャンを演じることになる予定でした。でも、それももうすぐ終わりです。私はエリフを助けて……本当の意味でふざけられる人間になりたい。お金を稼ぐための馬鹿じゃなくて、本物の馬鹿になるのです」

 「さすが先輩、いい言葉ですね。他人に担がれながら言っているところが特にかっこいいです。もっと感動的な場面で言ってください。
 あと、まだ妹さんを助けていませんから。問題がすべて解決してから笑いましょうね」

 「はーい」

 ペリを蝕んでいた呪い。彼女の人生はアルヘナの手により大きく変わってしまったのだろう。
 しかし、変わったことで得た物もある。バトルパフォーマーとしての人生、苦悩、出会いを。

 もうじき呪いを終わらせる時だ。

 ー----

 「はぁ……こ、ここまで来れば……あとは悪魔に任せて、待ってればいいだけ……よね」

 アルヘナは山を下り、息を切らしてへたり込んだ。
 もしもの時に備えて用意していた悪魔召喚の呪術が役に立った。悪魔であれば奴らを足止めしてくれるだろう。

 懐には超古代術式を記した魔導書のコピー。
 これを複製した時から、彼女の人生は大きく変わってしまったのだ。上司のウェズン・メフリオンから告発され、彼女は牢に入れられ……刑務所の中でウェズンを恨み続け。
 そして、ようやくメフリオン家に血統呪詛をかけることに成功したのだ。ウェズン本人ではなく、特に恨みのない娘のエリフテルが呪われたことは業腹だが、また呪術をぶつけてやればいい。

 生きてさえいれば、必ず復讐の機会はまたやってくるのだから。

 「……ん?」

 彼女はふと足元を見る。
 この山では見たことがない、真紅の花が咲いていた。

 刑務所から出所して以来、アルヘナはずっとこの山に住んでいたが……一度も見たことがない。元研究者のさがだろうか。未知の物に惹かれ、彼女は思わず手を伸ばした。

 「ひっ!?」

 ぬるりと。地中から伸びた緑色のつるがアルヘナの腕にまとわりついた。
 咄嗟にもう片方の手で蔓を引き剥がそうとするが、存外に固くて引き剥がせない。

 絡みついた蔓と悪戦苦闘する中、アルヘナはとある異変に気づかなかった。目の前にあった花が急成長していることに。
 やがて花が肥大化し、木漏れ日すらも覆い隠して視界を暗く閉ざした時……彼女はやっと顔を上げた。

 「これは……プレデターフラワー!?」

 『──!』

 花びらの間から覗いた鋭利な牙、高らかに響く獣の咆哮。
 花の姿をしているが、動物を捕食する害獣だ。アルヘナは縛られた腕を咄嗟に動かし、見上げるほど巨大なプレデターフラワーに応戦する。

 「チッ……なんで こ ん な と こ ろ に害獣がいるのよ! あっち行きなさい!」

 腕を縛られていても呪術は発動可能。
 自分の肉体に流れる血液を代償とし、獣除けの呪術を。

 「思念呪術──《獣脅けものおどし》!」

 『──!(ヒエッ……)』

 獣の本能に恐怖心を与える呪術を食らったプレデターフラワーは、思わず後退る。小さなアルヘナの身体が、とても恐ろしいものに見えてきた。
 プレデターフラワーは狼狽した末、そそくさと付近の木に歩いて行く。

 木の陰からペリが姿を現した。

 「ちょっとプレちゃん! なんで帰って来たんですか!? あのクソ女をしばくまで帰ってきちゃいけません!
 まずは溶解液で服を溶かしてですね、その後は蔓で拘束して、全身の穴という穴に触手を突っ込み……蹂躙するのです! エロ同人みたいに!!!」

 『…………(いや、さすがにそれは……あの人、けっこう歳食ってるし……)』

 ペリのペット、プレちゃんの趣味は女の子にまとわりつくこと。
 しかしアルヘナは、お世辞にも女の子とは呼べない──四十路の女性だ。ちょっとストライクゾーンからは外れてしまう。
 ついでに言うと、主人のペリも対象外だ。親に欲情できないのと似た感じ。

 「あ、あんたは……ウェズンの娘!? 悪魔は何をやってるの!?」

 驚愕に声を震わせるアルヘナの背後に、いつしかレヴリッツが立っていた。彼は刀をアルヘナへ突きつける。

 「あの悪魔は、強い軍人さんが相手をしています。普通の軍人なら悪魔には敵いませんけど、ゼノム中将は魔族ですからね……さすがに遅れは取らないでしょう。
 あ、縛りますね。手荒な真似はしないので抵抗しないでいただけると助かります」

 レヴリッツはロープでアルヘナを縛る。思いのほか彼女に抵抗意思はないようで、すんなりと拘束を受け入れた。おそらく最後の手段である悪魔を対処されたことにより、諦めたのだろう。

 ペリは役立たずのプレちゃんを縮めてポーチに収納する。どうやって縮めているのかは不明な模様。

 「じゃ、今までのちかえしをたっぷりとさせて貰おうじゃありませんか。ねえアルヘナさん?
 私の妹を苦しめて楽しかったですかー?」

 ペリは暗黒微笑でアルヘナの顔を覗き込む。

 「ペッ」

 だが、アルヘナは彼女の顔に唾を吐き捨てたのだった。

 「ぴゃ!? え、え……そこは「ごめんなさいお姉さんゆるして」って懇願するところですよね!?
 なんで唾なんて吐けるんですか!」

 「うるさいッ! あの男の娘ってだけで吐き気がするわ! あんたたちも、ウェズンも……私が生きてる限り呪ってやるんだから!」

 「はあああああ!? ねえねえ、馬鹿なんですかあああ!?
 やっぱりコイツ燃やしましょうよ腐れ外道め! 火あぶり、火あぶり! いいですよねレヴリッツくん!!」

 「ダメです。先輩は本当に……お頭が熱しやすいようで。熱くなれるのはいいことですけど、馬鹿を露呈させる場面は考えてください」

 炎弾をぶっ放そうとしたペリの魔力を消し、レヴリッツは両者の間に立つ。
 どちらの意見も理解できる。客観的に見れば悪いことをしたのはアルヘナだし、メフリオン姉妹は完全な被害者だ。
 だが、倫理観だけではどうにもできない感情を彼は知っている。アルヘナの感情は理解できないし、気持ち悪いが……

 「アルヘナさんは、もうエリフテル・メフリオンの呪いを解除してますよね?」

 「…………」

 「え、どういうことですか? レヴリッツくん?」

 「そもそも、呪術の維持には代償が必要なので。たぶん先輩に燃やされた小屋の中で、血統呪詛を維持する魔法陣なんかを作っていたんだと思います。その維持装置を先輩が燃やしたんで、既に妹さんの呪いは解除されているはずです。
 ただ、問題は……ペリ先輩が復讐しないと気が済まないってことですよね?」

 直接的に被害を受けたのはペリではないが、妹の生命を維持するために多大な苦労を背負ったのは彼女だ。多少なりとも復讐をしなければ気が済まないだろう。
 ペリがレヴリッツの言葉に考え込む素振りを見せると、アルヘナが叫ぶ。

 「私は……私が超古代術式をコピーして持ち出したのは、ウェズンの研究を助けるためだったのよ! なのに、あいつは私を告発して刑務所に入れて……許せるわけないじゃない!
 復讐なら私にだってする権利があるわ! 呪って、呪って……」

 「Hey レヴリッツくん。ちょっとアルヘナ黙らせて」

 「あい」

 レヴリッツは刀の鞘をアルヘナの口に突っ込んで黙らせる。
 んーんーと何かを喚いているが、何を叫んでいるのかは大体見当がつく。

 ペリは依然として何かを考えている。眉間に皺を寄せ、うんうんと唸って……時に木に頭をぶつけて。額から血が出て後悔して。
 やがて一つの言葉を紡ぐ。

 「こんな時に他力本願で申し訳ないんですけど、レヴリッツくんはどう思いますか?」

 「え、僕すか。僕は復讐とか興味ないですし、気持ち悪いと思うんで……どうでもいいです。僕の意見なんか参考にならないですよ。全ての人間を軽蔑している社不なので。
 ただまあ、僕は偽善者は嫌いなので……ここで先輩がアルヘナをボコボコにしても何とも思いません。むしろ欲望に忠実な人間だと認識します。僕の先輩に対する好感度は、すでに下限まで落ちていますから……アルヘナを煮るなり焼くなり、好きに振る舞ってどうぞ。
 ……これは皮肉じゃなくて本心ですよ」

 何気なく傷つく一言が飛んできたが、ペリは咳払いして気を持ち直す。
 やはりレヴリッツの意見は参考にならないようだ。

 「うーん……きまず。もういいや」

 ペリは苦笑を漏らして座り込んだ。
 俯いたまま何も喋らない。

 レヴリッツはしばし様子を見てから、鞘をアルヘナの口から抜き取る。よだれが汚いのでこの鞘はそこら辺に捨てて。

 「ちょ……何よ、その反応。私のこと馬鹿にしてるの!?」

 「……馬鹿にするっていうかぁ、興味ないっていうかぁ。あのねえ、私は高尚な人間なので? 復讐の連鎖を断ち切る的な?
 うん、妹の呪いを解く目標は果たしたし……何より……」

 ペリは顔を上げて立ち上がる。
 少し目元が腫れていたが、きっとそれはレヴリッツの見間違い。
 彼女はアルヘナの正面に歩み寄って言い放った。

 「私の妹は……エリフは、早く私に帰って来てほしいと思うので。あなたに構っている余裕なんてありません。たぶん捕まれば二度と牢屋から出れない重罪を犯してますし、もうあなたは終わりってことなんです。
 お疲れ様でした」

 アルヘナはただ刮目してペリを見上げていた。
 何の言葉も出てこない。このペリシュッシュ・メフリオンという少女が何を考えているのか……まったく理解できなかったのだ。

 きっとアルヘナが彼女の立場なら、相手を半殺しにするまで痛めつけていた。

 「さーレヴリッツくん、帰りますよ。あ、その人ゼノム中将に突き出すので連れて行きますか。できるだけ私には近づけないでくださいね」

 「それは近づけろというフリですか?」

 「フリじゃないです。さあさあ、早くエリフに会いたいのです。行きますよ!」

 「了解です。しかし先輩もつまらない人間ですね。残虐なプレデターフラワーによる触手プレイが見れると思ったのに……」

 「おばさんはプレちゃんの性癖にそぐわないのです。やっぱり食わせるならもっと若い子じゃないと。
 ……あっそうだ。レヴリッツくん、今度女装してプレちゃんと戯れてみませんか?」

 「いいですよ。ただ、悲しき事故が起こってプレちゃんが無残な死骸となって発見されるかもしれないですけど……」

 二人は他愛もない話に花を咲かせ、山の中を歩いて行く。
 呆然とレヴリッツに連行されて歩くアルヘナの耳には、一切の会話が入ってこない。

 夕暮れ時、ふざけた会話と軍靴の音だけが響いた。
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