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3章 猛花薫風事件

15. 悪魔の躍らせ方

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 レヴリッツの手刀により気絶したペリ。
 彼女への怒りを抑えて、現れた悪魔に相対した。

 『……その雌の人間は、お前の敵なのか?』

 「うん、敵だよ。ちなみに悪魔の君も敵だ。後ろに隠れているアルヘナもね」

 『んん……そうか。悪魔の威圧を前にして、ここまで怯まない人間は初めてだ。召喚早々、厄介な手合いに当たったな。その様子だと腕に自信もあるんだろ?』

 ペリをボロ雑巾のように蹴って追いやったレヴリッツは、悪魔から視線を逸らさずに抜刀。
 【悪魔】……一般的に呪術によって喚起される、強大な力を持つ存在だ。悪辣な精神を持ち、膨大な魔力によって召喚者の強力な兵器として動き回る。ただし、召喚には非常に大きな代償が必要となる。
 アルヘナは有事の際に備えて、悪魔を召喚する手筈を整えていたのだろう。

 「お……おい、悪魔! その男を殺して! あと、援軍が来たらそいつらも殺してちょうだい!」

 『了解した、契約者。お前はさっさと逃げていろ。この剣士は俺が食い止めるし、終わり次第お前の下に向かう。行け』

 「た、頼んだわよ!」

 悪魔を味方につけて増長したアルヘナは、レヴリッツに勝ち誇った笑みを浮かべて一目散に森の奥へ潜って行く。

 「逃げるな 卑怯者!! 逃げるなァ!!!
 ……チッ、駄目か。まずは悪魔の対処だな」

 さすがに悪魔を差し置いて彼女を追うことはできない。レヴリッツは目前の敵に集中することにした。
 悪魔という超常生物を相手にしたことはない。知性にばらつきがある竜種を相手にするのとは、根本的にわけが違うのだ。
 人間以上の知性と魔力を持つ怪物だ。

 『では、俺も召喚された直後の肩慣らしと行こう。
 人間の剣士よ、名を聞いておこうか』

 「レヴリッツ・シルヴァだ。ええと、君は……」

 『俺の名はドムスポット。冥土の土産に覚えていけ』

 「……か、かっこいいお名前ですね。では、始めようか」

 重圧は感じていても、恐怖は感じていない。
 身体の動きは問題なし。足は流麗に運ばれた。

 「龍狩たつがり──」

 ──《翼堕つばさおとし

 『……!』

 正面から振り抜かれた悪魔の拳を屈んで回避。足首を軽くひねって半回転。
 刀で悪魔の右側方を斬りつけると同時、正反対の側方から魔力の斬撃を飛ばした。

 入ったが、浅い。
 レヴリッツの斬撃は二つとも悪魔に傷をつけることはできなかった。
 おそらく魔力を纏う《魔装》により、低威力の斬撃は防がれているのだろう。

 反撃に発せられた冷気。悪魔の左手から氷の魔術が放たれた。
 一瞬で間合いを見切り、氷の柱を足場に変えて跳躍。悪魔と距離を取る。

 『……驚いたな。お前、人間とは思えない』

 「うん。僕も理由はよくわからないんだけどね、戦闘は得意なんだ。竜を相手にしても、君のような怪物を相手にしても、不思議と身体の動かし方がわかる」

 『興味深い。で、その剣技で一体何人の人間を殺してきたんだ?』

 「……ん? 何のことかな?
 僕の剣術は竜殺しの剣。人なんて殺したことないよ。少なくとも、この剣技と刀ではね」

 レヴリッツは人殺しの目をしている。
 悪魔と遜色のない意志を湛えた瞳。悪魔は不遜ながらも、目の前の少年に敬意を抱いた。この人間は自分と同じ悪意を抱く者である……と。

 『そうか。じゃあ、俺も全霊で戦おう』

 魔力解放。
 悪魔は全身から力を解き放ち、レヴリッツを全力で、かつ畏敬を持って殺すことに決めた。

 悪魔の髪色と同じ深緑の粒子が巻き上がり、ペリの手によって広げられた火炎すらも消し飛ばす。
 強い。レヴリッツは相手が格上であることを自覚しながらも後退せず。格上なのは生命としての位階であり、実力そのものでは劣っていない。彼にはそんな自覚があったのだ。

 「っ!」

 悪魔の姿が細切れの像を結ぶ。目にも止まらぬ速度。
 レヴリッツは持ち前の気配察知で悪魔の動きを読み、後方より迫った拳を刀身で往なす。そのままの勢いで地を蹴って宙へ舞い上がる。

 悪魔と視線が交差。レヴリッツは宙へ足を突き上げながら魔力を発した。

 「──《虚刀幻惑バルークゼーラ》」

 瞬間、悪魔の視界で宙を舞っていたレヴリッツが消えた。
 いや、消えたのではない。今の術には心当たりがある。

 『そこか』

 微かに揺らいだ空間の破れから、レヴリッツが姿を現す。
 紫色のオーラを宿した一閃が振り抜かれる。悪魔は咄嗟に身をよじり、致命傷を避けて胸に斬り傷を負った。
 今の一閃を受けていれば死んでいただろう。

 『見事……! その技、如何にして得た?』

 「知らない。いつの間にか習得していたんだ。どうやって使っているのかは感覚的にわかるけど……これ、魔術じゃないんだよね」

 『幻を作り出す技だな。空間に作用させる応用、見事な一太刀だった。
 しかし、一度見せた技は俺に通用すると思うな』

 レヴリッツは上の空で敵の言葉を聴いていた。
 そもそも、彼にまともに戦う気などないのだ。悪魔を相手にして危険を冒す必要などない。仮に命を奪われなかったとしても、タイマンで敗北まいりましたすれば首が飛ぶという呪いが彼には刻まれているのだから。

 「んー……」

 ふと、木陰から声が聞こえた。

 (……あ、まずい)

 邪魔者ペリシュッシュが起きてしまったのだ。
 これはまずい。悪魔に彼女が殺される。

 「ふあぁ……おはようございます。レヴリッツくんと……あ、自称悪魔w
 アルヘナはどこ行ったんですか? てか私、なんで眠ってたんです?」

 『お前の敵が起きたようだが』
 
 「そうだね。僕の敵だから僕が殺しておこう」

 レヴリッツは偽装を解除し、黒ヶ峰を取り出す。
 彼の偽装を見抜いていなかった悪魔は驚愕に目を瞠る。現れた白髪の少年は、先程まで戦っていた人間とは思えないほど洗練された佇まいだったのだ。

 「あの、先輩」

 「どうしました? 他人の前でその姿になっても大丈夫なんですか?」

 「ちょっと死んでもらいますね」

 「おファッ!?」

 レヴハルトは黒ヶ峰の白刀にてペリを斬り伏せる。
 生を司る白刀は、対象から一時的に生命力を預かる権能も持っている。ペリの生命力を一時的に吸収し、仮死状態にしたのだ。悪魔から見れば、レヴハルトがしっかりペリを殺したように見えただろう。

 『ええと……ど、怒涛の展開に頭の整理が追いつかない。これはコントか?』

 「いや、本気の戦いだ。よっと……」

 彼は再び偽装を纏って黒髪の剣士に変身。
 そして遠方から迫る気配を察知した。

 「さらに怒涛の展開になるようだね。
 混乱して思考が爆発しないように注意しなよ」

 『……何? これ以上、何を起こすと言うんだ?』

 「僕の狙いはね、君に勝つことじゃないんだ。アルヘナ・ハナンスの捕縛。君に負けさえしなければそれで十分なんだよ。だから……」

 軍靴の音。
 レヴリッツにだけ察知できて、悪魔には察知できなかった音。

 理由は明快だ。レヴリッツが周囲の環境音を、悪魔が気づかない内に遮断していたから。

 「だから、他人頼りでも構わないのさ」

 『馬鹿なッ!?』

 音響遮断を解除。
 同時、悪魔は山を進む無数の人間の気配を感じ取った。
 そして、頭上に迫っていた気配も──

 「ぬぅん!」

 どでかい人影が悪魔の上から降り注いだ。
 男……ゼノム中将が振り下ろした拳は悪魔の頭蓋を砕き、黒い霧を飛び散らせる。

 「遅ればせながら援護致します。レヴリッツ殿、ご無事ですか?」

 「はい。で、今ゼノムさんが殴ったのはアルヘナが召喚した悪魔。アルヘナはどっかに逃げましたが、まだ山のどこかに潜んでいるかと思います」

 「なるほど。道理で私が殴っても死なないわけです。悪魔……私も相手にするのは初めてですが、頑健な手合いですね」

 『っ……なんだ、この男は!?』

 先程まで戦っていたレヴリッツが優しい人間に思えるほど、ゼノムの力は破壊に満ちていた。
 悪魔は割れた頭蓋を再生しつつ、突然現れたゼノムに注意を向ける。

 「申し遅れました、悪魔殿。私はリンヴァルス国陸軍中将、ゼノムと申します。悪魔の喚起は重大な法律違反となるため、早急に貴殿を駆除致します」

 ゼノムは人知を超えた能力を持つ超有能人材。悪魔にも引けを取らない力を持つ。

 レヴリッツは彼の到着を待っていたのだ。勝利するには、アルヘナを捕縛するには、軍隊の力を頼るしかなかった。

 「よし、じゃあ悪魔はゼノムさんにお任せしますね。僕はアルヘナを追います」

 「承知しました。……で、そこに倒れているペリシュッシュ殿は」

 「yabe」

 そういえば、一時的に殺していた。
 完全にゼノムから見たら死亡案件。どう取りつくろえばいいものか。

 「だ、大丈夫です! ペリ先輩は……ま、まだギリギリ生きてるんで、あの……」

 「なるほど。急いで医療班の下へ。この場はお任せを」

 『……? その女は、彼の敵では……』
 「了解ですありがとうございます! 健闘を祈ります!!」

 こっそり木陰に運んで、しれっと黒ヶ峰の権能で生命力を返す。
 悪魔の言葉を強引に遮り、ペリを担いでレヴリッツは駆け出した。
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