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4章 咎人綾錦杯

4. アビスメモリー

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 第14階層は荒廃都市のようだ。ここまで来るとマップのテーマが壮大になってくる。同時にエリアも広くなり、一層ごとの攻略も困難に。

 レヴリッツは周囲の風景を見渡してみる。見たこともない奇妙な建築物、異質な空気。インフラのランダム生成マップは、神話や歴史を元に形成されるという。
 ここも何か元となった物語がある異世界なのだろうか。

 〔見たことないマップだ〕
 〔なんか変な建物多いねw〕
 〔建物の陰からの奇襲に気を付けろ!!〕

 「……寒いな。ヨミ、荒廃都市で注意すること」

 「んえー……迷わないようにマッピング! 建物の陰から魔物が出て来るから注意! 落ちてる食べ物は腐ってるから食べちゃだめ!
 寒いねー。レヴ、大丈夫? 厚着する?」

 「大丈夫。早くこの階層をクリアして次に行こう」

 心なしか寒いだけではなく息苦しい。
 まるで高山にいるようだが、ここは平地の都市。戦闘で足を取られる心配はない。

 二人は黙々と街中を探索。ほとんど魔物の影は見えない。

 「なあ……魔物、いなくないか?」

 「そういうマップなのかも? 戦わなくて済むのはいいことだよ」

 〔マジで敵いないな〕
 〔不気味や〕
 〔こっわ〕 

 中央に鎮座する巨大な城に向かって突き進み、中に突入。
 次階層に進む扉はどこだろうか。大抵は目立つオブジェクトの付近に置いてある。

 相変わらず敵の気配はなく、二人の足音だけが響き渡る。
 あまりの静寂に視聴者も不安に駆られているようだ。コメントを見る限りでは、このようなマップは他の配信でも確認されていないという。

 「……ん? なんだあれ」

 城の玉座の間に辿り着いたものの、次階層に続く扉はない。レヴリッツは落胆したが……何かを見つけた。
 玉座の裏側にあるテラスから、広大な『穴』が見える。

 それは本当に広大で、地平の彼方まで広がる穴だった。
 直径にして15kmはあるだろうか。高所に位置する玉座から、淵の端から端をようやく見通せる。
 
 〔なんだありゃ〕
 〔でっか〕
 〔デカスギィ!〕
 〔穴が出て来る神話とか伝承って何?〕
 〔ナバの堕天神話とかあるね〕

 「行ってみるか」

 「レヴ……? なんか、あの穴……怖いよ?」

 「そう? でも扉があるかもしれないし、行ってみないと」

 「……うん」

 レヴリッツはヨミを抱えて城から飛び降りる。
 二人は穴まで歩いて行くが、体力を奪うのは異様な寒さと息苦しさ。早くこのマップから抜け、次の階層で体力を回復しなければならない。
 ……もっとも、次の階層はさらに険しい火山や氷山の可能性もあるが。

 穴に近づけば近づくほど、その大きさに驚嘆することになる。
 やがて淵まで迫り、レヴリッツは穴の底を覗き込んだ。

 「なんも見えんが」

 「がんばって降りてみる?」

 ヨミの能力を使えば、降りられないこともない。
 底が見えないほど深く、かつ直径の大きい穴。
 下へ行くにも、かなりの体力を要する。

 「これ下りんの? ダルすぎないか? 移動中、雑談でつなぐのも大変だし」

 「つなぎはシュッシュセンパイとリオートがやってくれるんじゃないかな?
 私、あんまり下に行きたくないけど……行くしかないよね」

 「そうだね。まあ、気長に行こう。
 このマップは魔物があんまり出ないみたいだし」

 〔ペリち嫌そうな顔してて草〕
 〔リオートが応援してるぞ〕
 〔疲れそう〕
 〔この穴ほんまになんなん?w〕

 魔物が少ないと言うことは、裏を返せばフロアボスが相当強い可能性もある。
 レヴリッツとヨミは一切の油断を許していない。敵がいない中でも弛緩しかんを許さず、常に警戒して行動に出ていた。

 ──だからこそ、それの接近に気がつけたのかもしれない。
 粘着音、背後より。

 「レヴ、後ろ!」

 「ああ」

 瞬間的に迸った衝撃。
 レヴリッツは寸分の狂いなく、刀の側面を背後からの攻撃に合わせた。

 刀に逸らされたのは白い茨のようなもの。
 攻撃を放った敵性生物は一体のみ。全長3mほどの人型、全身が白い粘液で構成された魔物。
 顔にあたる部位には目も鼻も口もなく、のっぺりとした顔面をレヴリッツたちの方向に突き出している。

 〔!?〕
 〔うお〕
 〔魔物出た!〕
 〔え…きも〕
 〔キモすぎて草〕
 〔なんやあれこっわ〕

 「レヴ、この階層で初めてのエンカウントだよ! カメラ回してる?」

 ヨミはレヴリッツの背後に下がりつつ、後方支援の準備を展開。
 魔術の術式を編み、魔物に対する戦闘準備を整えた。

 しかしヨミの問いかけにレヴリッツは答えない。

 「……レヴ?」

 「……あ? あ、ああ……大丈夫だ」

 白い魔物を見た瞬間、レヴリッツの意識には空白が生まれた。
 あり得ないことだ。自分の身体に起こっている現象は、あり得ないことなのだ。

 彼は素早く刀を構え、魔物を見据える。
 柄を握る彼の腕。そこには些少さしょうの震えが生じていた。

 (俺は……あの魔物を恐れている……?)

 心中の疑念を振り払い、彼は呼吸を整えて足を運ぶ。

 「──『雷鳴波濤らいめいはとう』」

 「あの魔術ってどうやって使うんだっけ?
 えぇっと……こうだ! 《阿吽の呼吸》」

 レヴリッツは正面広範囲に雷の波を放つ。前方の魔物が巨大な雷に打たれ停止。
 そしてヨミの魔術がレヴリッツの技を複製し、後方へ雷の波を伝播させる。彼女の得手とする魔術は、現象の増減。他者が使用した魔術を増幅させたり、減少させたり。

 だが、二人は衝撃の光景を目の当たりにする。
 雷に打たれて損傷した魔物の部位が、即座に再生したのだ。白い粘体が水泡音を立てて瞬時に修復、元の形を取り戻した。

 「コイツ、普通の攻撃は通用しない……!?」

 反撃に魔物が動く。
 魔物は両手から生やした白い茨のような触手を鞭のように操り、二人めがけて振り切る。しなやかに迫った白き死線。

 レヴリッツは左方から迫る茨を刀身で払い、右方から迫る茨を足蹴にして受け流す。比類なき速度を誇る魔物の一撃。

 レヴリッツは受け流せたが、ヨミはあまり戦闘慣れしていない。能力こそ強力だが、実戦での動き方はまだ精彩を欠いていた。

 「っ……!」

 左方から迫る攻撃は躱せたものの、右方の茨が命中。ヨミは右足首から出血する。
 バランスを崩した彼女に、魔物は追撃の手を緩めず。跳躍してヨミへ背中から生やした触手を伸ばした。

 「ッ!」

 雷速。
 レヴリッツは自分では想像もつかぬほどの速度で動き出していた。

 ヨミが倒れる前に魔物に接近し、強引に魔物を吹き飛ばす。

 「レヴ、私なら大丈夫! 異能で治せるから!」

 「……その力はあまり使うな。あの魔物は僕が倒すから」

 〔強くない?〕
 〔フロアボス並みに強いな〕
 〔20層以降の雑魚敵くらい強い〕
 〔どうやって倒すの?〕

 レヴリッツは可能な限りヨミに能力を行使させたくない。
 彼女を守るようにして進み出たレヴリッツは、改めて魔物と向かい合う。

 正直、雑魚的にしては強すぎる。
 魔物の個体数が少ないので、一体ごとの強さが増しているのだろう。嫌なバランス調整だ。
 微かに震える身体を叱咤し、彼は納刀。柄に手をかけて静止した。

 「龍狩たつがり──《八重無双》」

 魔物の茨が極限まで彼の身に迫った時。静かに息を吐き、抜刀。
 魔力を宿した足を滑るように躍らせ、一気に戦場を駆け抜けた。八の刃が五月雨のように舞い、迫る触手を斬り刻む。全ての斬撃が正確に魔物の茨を裂いた。

 周囲に味方がいると味方まで斬ってしまう技だ。ヨミが遠方に下がっていて孤独になった彼だからこそ、無差別の痛撃を繰り出せた。

 「はぁっ!」

 斬撃が魔物の首を捉える。
 先程は即座に再生されたが、さすがに首を断てば……

 「っ!?」

 ──駄目だ。
 首を斬ったが、その断面も即座に繋がった。首を斬れば相手は死ぬというレヴリッツの信念を、魔物は易々と否定してしまった。

 魔物は歪な動きで顔に当たる部位を動かす。
 粘体で覆われた顔がガバリと開き、巨大な口のような裂け目が姿を現した。

 (死ぬ……!)

 即座に判断したレヴリッツは雷雲を招来。そして魔物へ雷を落とす。
 一時的に動きを止めた魔物の頭を蹴り、彼は距離を取った。靴底に付着した白い粘液が気持ち悪い。

 「あ……ごめん、レヴ……」

 ふと、背後から声が聞こえた。
 レヴリッツは咄嗟に後ろを盗み見る。

 視線の先には……

 「ヨミっ……!?」

 もう一体の白い人型の魔物に、ヨミが絞め上げられていた。
 茨がヨミの身体を縛り、離さぬように強い力で縛っている。彼女を縛っている魔物は、前方の3mほど大きくはなく、2mほど。

 〔あ〕
 〔急いで!!〕
 〔エビ動け!〕
 〔まずい〕

 倒し方はわからないが、茨を断てばヨミは救える。
 しかし距離が遠い。魔物がヨミを倒すまでに間に合うか。
 レヴリッツは魔力を足に通し、雷を身に宿して救出へ。

 「待て!」

 しかし現実は甘くない。
 ヨミを拘束していた魔物は容赦なく触手を動かし、彼女の頭をねじ切った。

 「……ぅ」

 レヴリッツは残酷な光景を目にすると同時に急停止する。
 もう間に合わない。
 『ヨミが退場しました』──という無機質なメッセージが視界の端に表示された。

 血は出ない、ゲームだから。
 ヨミは死んでいない、ゲームだから。
 落ち着いて攻略法を探すべきだ、ゲームだから。

 ゲームだから何も慌てることはない。
 わかっているのに、どうしようもなく何かが彼の心を苛立たせた。

 「ぁ……ぁああああああああああっ!」

 叫ぶ。彼らしくもない。
 真面目は似合わない。義憤は似合わない。

 レヴリッツ・シルヴァならば明るく朗らかに。
 レヴハルト・シルバミネならば皮肉交じりに冷徹に。
 それが彼の取るべき姿だったが、今の彼はどちらでもなかった。

 〔エビ落ち着け〕
 〔一人になったらもう無理やな〕
 〔大丈夫?〕
 〔うっさ〕
 〔これは無理ゲー〕

 「──!」

 声にならない激情を絞り出し、ヨミを倒した魔物を斬り刻む。
 だが悲しいかな、彼は目にも止まらぬ速さで刻まれる剣閃も即座に修復されてしまう。

 先程まで感じていた恐怖はない。
 今、在るのは激情のみ。

 斬る、斬る、斬る。
 竜殺しの剣術でもなく、人殺しの剣術でもなく、ただ其を殺すために。

 「お前は……!」

 斬る、斬る、斬る。
 再生が間に合わないほどに。

 〔はっや〕
 〔え、何も見えん〕
 〔画面モザイクになっとる〕
 〔エビこんな速く動けたん!?〕
 〔本気出した?〕
 〔ユニより速くね〕

 細切れにしても、細切れにしても……一片の細胞から魔物は蘇る。後方からはもう一体の魔物も迫っていた。
 だが、斬る度に記憶に引っかかるものがある。レヴリッツは心の中で何かが沸き上がる感覚を覚えた。

 (コイツは……アレがないと、殺せない……アレってなんだ……?)

 天の輝き、星の煌めき。
 何かまばゆい光が視界の端で舞う。

 彼は動揺する。極めて深く、思考に空白が生じた。
 自分が敵を仕留められないなど、あってはならない。

 首を断たざれば死と呼ばず、断たざれば自らが死に至る。
 それが彼の深層に横たわる妄信だったからだ。しかし、この魔物はどうか。
 首を断っても死にはしない。どれほど斬り刻んでも死にはしない。

 「お前は……?」

 どこの記憶か、いつの記憶か。
 何かを思い出しかけたところで、瞬間的に攻撃の手が休まる。

 刹那。
 彼の背後を、白い触手が貫いた。
 もう一体の魔物の動きは完全に意識の外だったのだ。

 ──どうして自分はこの魔物を知っているのか。
 答えが出せないまま長い空白が彼の思考を包み……

 「……あ。死ぬ」

 眼前の魔物が、彼の身体を真二つに引き裂いた。
 拡張空間から排除される。かくしてOathは全滅した。
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