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4章 咎人綾錦杯

7. 天界より

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 早朝の走り込みを終えた後、レヴリッツは朝食をとる。
 ヨミと別れ、彼は特に意味もなく広場の公園へ向かった。紅に染まりつつある落ち葉を踏み締めると、心地よい音が耳朶じりょうを打つ。

 自分たち87期生のデビューから半年近くの時間が経った。
 すでに引退した同期は数多く、時の移ろいと共に変化が訪れようとしている。また、もうすぐデビューする新人も入ってる予定らしい。

 「ふぁ……」

 欠伸をしながら公園を歩く。
 レヴリッツの纏う着物も、寒さに耐えるには少し心許ない季節。多少の肌寒さを覚え、彼は周囲を見渡した。

 紅葉に紛れて、もう一つの赤が木々の合間を縫っていた。
 黒のロングコートを羽織った赤髪の少女は、何やら忙しなく地面を凝視している。動きを見るに、彼女……カガリは地面の足跡と魔力の残滓を調べているらしい。

 「何やってんの?」

 「……ああ、レヴリッツね。悪いけど今はあんたと勝負してる余裕はないわよ」

 カガリは戦闘狂いのレヴリッツに、しきりに付き合ってくれている。
 彼女はアマチュア級の中では相当な実力者で、レヴリッツの稽古相手としても張り合える程度の実力はある。しかしレヴリッツと同じように人気がいまいちなく、昇格はまだ先になりそうだ。

 視聴者に媚びるということが苦手なのだろう。
 根強い固定層はいるが、万人受けしないタイプなのだ。

 「誰か探してるのか?」

 「……いや、ちょっと仕事が来てね。このバトルターミナルのどっかに、外国の大罪人が潜伏してるらしいの。あんたも裏の人間なら知ってるでしょ?
 ──レヴハルト・シルバミネを」

 不意に自分の真名が出たが、レヴリッツは眉ひとつ動かさない。
 カガリはプロの殺し屋だ。不審な様子を見せれば怪しまれる。

 「ああ、知ってるとも。でも、シルバミネ家の異端児は追放刑になって死んだんじゃなかったか?」

 「それがね、生きてたらしいわ。生存確率0%、実質死刑の追放刑を生き延びた怪物……それがレヴハルト。
 まあ、あのエシュバルト・シルバミネの息子なんだからあり得る話よね」

 「なるほどね。レヴハルトがこのバトルターミナルに潜んでいる、と……にわかには信じ難い話だが。僕も一応警戒しておくよ。ああ恐ろしい」

 「うん。でもここら辺にはいないみたい。あんたは心配しなくても大丈夫。これはあたしたちが片づける問題だから」

 あたしたち・・……と言うことは、カガリ以外にもレヴハルトを探っている人物がいる。レヴリッツは思考しながらも、カガリの詰めの甘さに呆れてしまう。
 仮にレヴリッツを信頼していたとしても、赤の他人に情報を漏らすことは殺し屋として情けない。レヴリッツにとってはメリットしかないので、今は彼女の詰めの甘さに感謝しておく。

 「……ん?」

 静かな公園に、誰かが近づいてくる。
 今のレヴリッツは話を聞いて警戒心が高まっていたので、接近してくる気配も早めに察知できた。

 「あの人、君の同業者?」

 木々の合間からカガリはその人物を凝視する。
 アッシュグレーのベストで身を包んだ長髪の男性だ。歳は二十代半ばくらいだろうか。

 彼は虚空に向かって何やらぶつぶつ語りかけていた。

 「いや、違うわね。外配信してるパフォーマーじゃない?
 ……あの人、どっかで見たことあるような」

 しばらく瞑目して記憶を辿っていたカガリ。
 やがて彼女はハッとして手を叩く。

 「あの人、『教授』のミラクだ!」

 「……誰?」

 「あんたね……少しは先輩のこと知っときなさいよ。『教授』はマスター級のパフォーマーよ?
 IQは自称300。歩く百科辞典。『ある産業スパイが処理速度の秘密を探るべくスーパーコンピューターを解体したところ、そろばんを持ったミラクが正座で珠をはじいていた』って話は有名ね。バトルパフォーマーをやる傍ら、世界一の大学で教鞭を取っている大天才……!」

 「IQ300とか絶対嘘だろ。スペックはたしかに凄いけどさ」

 レヴリッツはプロ級とマスター級の配信やパフォーマンスを観ていない。
 同じアマチュア級のパフォーマーは切り抜きを見たりして勉強しているが、上の階級は見ない。それが彼のポリシーだったから。

 「でも、なんでマスター級のパフォーマーが第一拠点ファーストリージョンにいるんだ? しかもこんな辺鄙へんぴな公園に」

 「あたしに聞かれても困る。ちょっと絡みに行きなさいよ」

 「はぁ? なんで僕が……しかもあの人、配信中っぽいし。アマチュアの木っ端パフォーマーが配信に出たら燃やされるだろ」

 言い合う二人をよそに、ミラクはゆっくりと公園を歩いていた。
 紅葉を眺め、深呼吸をし、時に花の香りを嗅ぎ。

 彼は景色を満喫し……そして二人の声に顔を上げ、そちらへ向かって行く。

 「君たち。ここで何をしているのかね?
 ……いや失敬。逢瀬おうせの邪魔立て、無粋か。風情ふぜいを解せぬ小生をどうか許してくれ」

 どうやらミラクは二人がデートしていると思い込んでいるらしい。彼の奇妙な口調に若干驚いたレヴリッツだが、とりあえず炎上回避で弁明しておく。

 「ああいや、僕たちはそんな関係じゃなくて……マスター級の方をお見かけして、驚いていただけです。どうしてマスター級の方がここにいるんですか?」

 「ふむ。郷愁の念に駆られて、しばしの足任せを。よく魍魎さいこぱすなどと誹りを受ける私にも、旧懐きゅうかいの想いは在るのでね。
 ここはかつて小生がライブを奏でた地。今から三年前の事になるか」

 (この人、言い回しめんどくせぇ……)

 一々言葉を解することに思考が必要だ。レヴリッツは思わず顔をしかめる。
 つまり、彼……ミラクはアマチュア時代に勤しんだ第一拠点ファーストリージョンを散策していたらしい。

 「ご両名。私の配信のコメントを見るに……新人杯という新興大会の、優勝者と準優勝者らしいが。
 Thupek hana実力のほどが ca-ru reginusyu気になるね。」

 「……あたしは強いですよ。まあ、そこのエビも強いですけど。
 でも昇格の声はかからないんですよねー」

 「なるほど。はかるに練達。されど人望足らず。
 ……ふむ、これは困った。どうにも小生のコメントは忙しない。『闘え、闘え』などと……どこのイェーガーか。血に飢えた人の多さに嘆きを隠せない。
 しかし小生は時間がなくてね……いずれか一方、決闘デュアルふけろうではないか」

 ミラクの言葉にレヴリッツは鼓動を打たれる。
 今、彼は視聴者からレヴリッツ・カガリと闘えと言われているのだ。

 これは好機だ。視聴者が多いマスター級パフォーマーの配信で実力を示せば、新規ファンの獲得につながる。
 曰く、時間がなくレヴリッツかカガリのどちらかしか相手できないとのこと。

 「…………僕は遠慮しておきます」

 しかし、彼は決闘を拒絶した。

 「は!? え、あんた……もしかして人格変わった?」

 「いや、今日は頭痛と腹痛が酷くてね。カガリに譲るよ、悔しいけど」

 普段は戦闘狂として振る舞い、格上を見つければ即座に挑むレヴリッツ。彼がマスター級という恰好の獲物を諦めたことに対して、カガリは青ざめて後退った。

 ミラクの実力は未知数だ。
 だからこそ、カガリの前で闘うわけにはいかない。仮に何らかのボロを出せば、自分がレヴハルトだとバレてしまう恐れがあるから。

 「え、えぇ……? まあ、あんたがそう言うなら。後で文句言わないでよ?
 せっかくマスター級と闘えるチャンスなのに……」

 「では、少女。いざ尋常に……Sha Mazyefu Dhuluk赫炎の決闘を
 空間拡張衛星を通し、戦場へ歩みを進めてくれ」

 ミラクは公園の隅に浮かんでいた衛星を起動し、バトルフィールドへ接続。
 現れたポータルを潜り、カガリもそれに続いて行った。

 ミラクの実力、カガリの底力。
 二つの力を見極めるべく、レヴリッツもまた戦場へ続く。
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