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4章 咎人綾錦杯

10. 暗躍

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 カガリがバトルターミナルの外部に出るのは久々のことであった。
 レヴハルト・シルバミネの捜索はまだ終了していないが、次なる任務の詳細を聞く会議に招集されていた。彼女が向かったのは、外部の街にあるカフェの地下。

 裏の仕事を請け負う者が交流の場としている場所だ。
 言い渡された場所へ赴くと、すでに二名の人物が席に座っていた。黒き衣帯を纏った男が、カガリの姿を見てひらひらと手を振る。

 「こっちこっち。君がカガリちゃんだね?」

 「はい。ハドリッツさんですね?」

 「うん、よろしく」

 ハドリッツ・アルヴァ。
 殺し屋で彼の名を知らぬ者はいない。仕事の成功率は100%。未だかつて仕損じたことはないと言われている。
 カガリは初めて彼と対面するが、まるで剣呑けんのんな人物には見えない。そこら辺にいる一般人のようだ。

 「で、こっちが僕の部下のアーウィン。今回は彼と一緒に仕事を熟してもらう」

 「……っす。名前はアーウィン。
 ハドリッツに仕えて、一年の新参。まだまだ多い、学ぶこと。よろしく頼むぜ、今回の仕事」

 「あ、どうも……あたしはカガリ。よろしく
 (この人、なんで体言止めで喋ってるんだろう……)」

 各々自己紹介を済ませ、三人はさっそく依頼の話を始めた。
 ハドリッツが今回の依頼を大まかに説明する。

 「今回の目標は二つ。
 一つ目は、レヴハルト・シルバミネの暗殺。これは僕が請け負うよ。危険だからね。君たちには別に当たってもらう仕事がある」

 カガリは衝撃を受けた。
 レヴハルト・シルバミネとハドリッツ・アルヴァ。両者ともに裏社会では超がつく有名人。
 その両雄が衝突するとは。

 最近までレヴハルト・シルバミネは死んだものとされていた。裏社会でも、彼の生存を知る者はほとんどいない。彼に生きていられては困る……そんな権力者が暗殺にハドリッツを寄越したのだろう。

 「で、二つ目の目的は……リンヴァルス国のバトルパフォーマーの暗殺」

 「バトルパフォーマーを? どうしてですか?」

 「厳密に言えば、来年に控えた世界大会の出場者を殺してほしいらしい。最低一人、可能ならば二人。
 どうやらこのリンヴァルス国は、相当にバトルパフォーマンスが強いらしいね?」

 ハドリッツは現役のカガリに確認した。
 たしかに、リンヴァルス国はバトルパフォーマンス発祥の地。人材も粒ぞろいだ。

 「そうですね。五年に一度の世界大会、そういえば来年でした」

 「で、他国があまりに強いリンヴァルスに業を煮やして……代表者の暗殺に踏み切った。
 いやあ、清々しいね。ここまで割り切れる誇りのなさは尊敬するよ」

 「外道、大いに結構。執行は俺たちの仕事。
 手を血で染めることこそ、俺らの仕事」

 仕事に感情は必要ない。
 カガリは思うところこそあれ、仕事は遂行する。

 「わかりました。標的は?」

 「ソラフィアート・クラーラクト、レイノルド・アレーヌ、ユニ・キュロイ。
 この三名が今のところ世界大会の代表者だね。ソラフィアートは怪物で有名だから、他二名を狙えばいい。最低一人、可能なら二人。それが依頼者のオプションだ。
 ……どう? いけそう?」

 ハドリッツは二人に視線を巡らせる。
 アーウィンは自信満々に頷いたが、カガリは正直自信がなかった。先日、マスター級のミラクと闘った際は……殺せると確信を抱いた。

 しかしながら、他の人物も同じかどうかは不明。
 世界大会の代表選抜者ということは、確実にミラクよりは強い。気取られればそこでおしまいだ。

 「やれないのか、カガリ。やるぞ、俺」

 「やるに決まってるでしょ。不意を突けばどんな強者も殺せる。生き物は必ず殺せる。ただ一つ、不安があるとすれば。
 あたしは最終拠点グランドリージョンの構造を把握していない。マスター級が暮らす区画のマップはないの?」

 「うーん……それなんだけどね。最終拠点グランドリージョンとやらの情報は一切入手できていないんだ。僕も君たちの助けになろうと、色々探ってみたんだけど……力になれなくてすまない」

 「ハドリッツ、大丈夫。俺がやる以上、結果は成功」

 自信に満ちたアーウィンと、戒心かいしんに満ちたカガリ。
 悪くない組み合わせだ。二人なら安心して仕事を一任できる……ハドリッツはそう感じた。ただし、どんな人物も絶対の成功はない。失敗する可能性も踏まえて作戦を練るべきだ。

 「レヴハルト・シルバミネの捜索は、『綾錦杯』までに僕が済ませておく。君たちも可能な限り標的に関する情報を集めておいてくれ。
 決行は『綾錦杯』の最中。バトルロイヤルの混戦に紛れて標的を殺す。セーフティ装置の無効化手段と、生配信のジャミング手段を用意しておくといいだろう」

 たしかにバトルロイヤルなら、バトルパフォーマーにふんして暗殺を行える。
 混戦を利用すれば隠れるのも容易。あとは視聴者に見られないよう、パフォーマーの配信を遮断する魔術を用意しておく必要がある。

 「バトルターミナルに関してはカガリが詳しいだろうから、アーウィンは色々と聞くように。最終拠点グランドリージョンの情報も入手できるといいね。
 ……それじゃ、お開きにしようか。
 血に塗れた君たちの一日が、すてきな日になりますように」

 ー----

 『綾錦杯』まで残り二日。

 「うーん、すばらしい!」

 ハドリッツは感嘆した。
 バトルターミナルに潜入して以来、彼はバトルパフォーマーたちの戦闘を穴が開くほど見ていた。ちなみにレヴハルトの捜索はすでに終わっている。

 ホテルの一室でバトルパフォーマーのアーカイブを次々と漁っていた。

 「このソラフィアートって子、やっぱりすごいなあ……これは僕でも狩れないね。レヴが負けたのも頷けるよ。
 で、こっちのユニって子は……すっごい速いなぁ。エシュバルトより速いんじゃないか?
 彼……レイノルドは面白いね。見ていて愉快になる。視聴者の僕まで皇帝の配下になった気分だ。

 まだまだ面白い子がたくさんいるぞ……!」

 彼はパフォーマンスに魅了された。
 バトルパフォーマーの闘いは芸術品。薄汚いハドリッツの手法では醸し出せない美しさがある。

 「そして彼……レヴリッツ・シルヴァだ。いやはや、彼はすごいね。扱いにくい竜殺し剣術をここまで昇華させるとは。実力で言えばマスター級にも劣らないけど……昇級には人気も必要なんだっけ? バトルパフォーマーって大変だなあ……ふあぁ」

 むくりとベッドから起き上がり、彼は大きく欠伸した。

 「レヴリッツ・シルヴァって名前は僕から取ったのかな?
 だとしたら……嬉しいんだけど」

 彼こそが、二日後に殺す標的だ。
 それはそれとして、ハドリッツはレヴリッツの努力に敬意を抱いた。自分がバトルパフォーマーになったら、知名度が上がらずに一生底辺をさまよっていそうだ。

 「契約」を果たすために、レヴリッツはマスター級を目指して努力しているのだろう。

 「僕もチャンネル登録しておこっと。メンバーシップにも入ろう。
 うん……そうだね。君が元気そうでよかった。
 さて、支度を始めるか。今から君を殺しに行くよ」
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