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4章 咎人綾錦杯
22. 綾の芸乱
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──服を脱げ。
アリッサはヨミに嘆願した。
「服を脱ぐことに何の意義が……?」
「先生。偉大なる芸術家とは、普遍的に"触覚"を持っているものだ。かの破風の巨匠ゴウティは、陰と陽の二つに振れた感性を。水彩の明星アースは、青眼の視界を。
至大にして絶大なるシャドヨミ先生も……特異なる触覚をお持ちだろう? 身体のどこかしらに奇妙な紋章であったり、魔力を特殊感知する器官があるはずだ。
常々先生の触覚は何なのか確認したいと思って、眠ることすらできなかったのだよ。畑に翠雨とはまさにこれ……!」
迫真の勢いを醸し出すアリッサ。
しかし、ヨミはあいにく特殊な器官など持ち合わせていない。
「あ、あの……私は何も持ってないですよ?」
「ほう、あくまで審美の根源を隠し通すおつもりか。
仕方ありませんね。僕がパフォーマンスで勝利した暁には脱いでいただく。
では……始めようか。
アリッサ・メギ」
「脱ぐのはいいんですけど、二人きりの時でお願いしますね? 私もちょっとアリッサセンパイから聞きたいことがあるんです。
ヨミ・シャドヨミ」
名乗りを上げ、二人は闘いを始める。
乱戦の玉座争奪でも、最後の二人になれば決闘と変わらない。
アリッサは両手に魔力を通し、魔装を展開。
ヨミは距離を取って筆を取り出した。
「僕の審美眼、見極めていただく。
──《魔眼解放》」
髪で隠されていない右目が光る。
アリッサの緑色の瞳がヨミを視線で射貫いた。
「さっきの歪み……」
ヨミは違和を感じ取り、咄嗟にその場から飛び退く。
彼女が立っていた場所に歪曲が生じていた。あの歪み、触れれば身体が曲がってしまう。
触れたところで大きな身体破損は即死扱いとなるので、セーフティ装置が作動して脱落となるだろう。
ヨミは瞳を閉じ、魔力の流れを感じ取る。
歪みとアリッサの間に魔力が流れている。歪みの根源はアリッサの右目。
「空域変換の魔眼ですか?」
「……! 一瞬で僕の魔眼を看破するとは……やはり触覚をお持ちか。
然り、僕の魔眼は空間を捻じ曲げるモノ。触れれば即座に脱落だとも……っ!」
再び見開かれたアリッサの右目。
歪み、歪み、歪み。次々と空間がうねる。
魔力を察知して飛び退くヨミは反撃の一手に出る。
彼女は能力を起動して筆を一振り。
「《ムキダシノシンリ》
──叡智を示せ、【パズル】」
瞬間、より大きな空間の崩壊が発生した。
アリッサが生み出す歪曲どころではない。周囲の空間が真っ白に漂白され、バラバラと瓦解していく。歪みも、ヨミの姿も、すべてがバラバラになって……
「な……なんだコレは!? 独壇場か……!?」
アリッサ以外のすべての光景が瓦解し、彼女は狼狽する。
真っ白な空間に宙ぶらりん、浮遊感を味わう彼女。断片的なヨミだった破片だけが、そこら中に浮いている。
どこからともなくヨミの声が響いた。
「独壇場じゃないですよ。能力の一つです。
センパイ、真っ白な空間を前にして芸術家は何をしますか? 芸術家を名乗るのならば、あなたの色を見せてください」
「ほう、それは……先生。僕への試練というわけか。
よろしい……真っ白なカンバスを前にして滾らぬ僕ではない。
アリッサ・メギの全霊、お見せしよう!」
互いに確かめ合う。真意を問う。
これはバトルパフォーマンスであると同時に、一種の創作活動である。
ファサ……とわざわざ効果音を付与し、アリッサの髪が払われる。
露になったのは左目。緑の右目とは異なり、紅い光を湛える瞳。オッドアイだ。
「魔眼解放──《キュビズム・アイ》」
魔力が彼女を中心として伝播。
無の空間に幾何学模様の物体がとめどなく生えていく。
彼女の視線を引き連れるように描かれる立体物。それらは空間に散りばめられたヨミのパズルピースを粉砕していく。
「右目にて模り、左目にて曲げる。
解体と再構築、色面の中に踊る無限……絵画を超越した色彩の次元を。すなわちコレは人の世にも似る──我が芸術を見よ!」
ただ闘うのではなく、ただ芸術的に魅せる。
それこそがアリッサの真価だった。
カラフルな立体物が無数に組み立てられ、歪められ、そして新たな形を作る。
「わぁ……素敵な形ですね……! アリッサセンパイの色、おもしろいです!」
ヨミはパズルピースとなって分解した体を再構成し、立体物の上に降り立つ。
興味深い試合だ。ヨミは未だに芸術性を追求したバトルパフォーマーに出会ったことはなかった。
単純に「視聴者がどう観るか」を追求するパフォーマーは多い。どうすれば衆目を惹けるのか、人気を得られるのか。そればかりを考えるパフォーマーで溢れている。
しかしアリッサは違う。自己の芸術性を保持しながらもパフォーマンスを成立させているのだ。
「あなたはすべてを見せてくれた。だから私も見せます。
あ、服を脱ぐわけじゃなくて……私の領域を」
流儀に対しては流儀で返す。
ヨミは筆を取った。
強大な意志力を以て、最大の返礼を。
「世界にわたしはただひとり。
あなただけが視えている。
独壇場──」
「っ……これは……!?」
沈む。
アリッサは奇妙な浮遊感を味わった直後、堕落の心地を覚える。
しかし、それは恐怖すべき堕落ではない。どこか快楽にも似た堕落。
どこに落ちているのかもわからない。
ただ、漫然とヨミが創り出していく領域を眺めていた。
「──《九泉世界》」
ヨミの独壇場は常に移り変わる。
人によって、精神によって、見せる顔を変えてしまう。
アリッサが両の眼で見た領域。それは果てしない作品群だった。
地平の彼方まで続く絵画、彫刻、陶芸……さらには見えないはずの音や感情まで。あらゆるモノが絶え間なく続く。
数々の芸術品は、決してヨミが手ずから創り出した物ではない。ただ漠然と、いつか創りたい、このように模りたいと願った想いの結晶だ。
「ようこそ、アリッサセンパイ。これが私の魂です。
センパイの魂は……数多の面と色彩で構築された、美しいモノでした。でも私は……まだ決まっていないのです。
こうして創りたいモノが多すぎて、どうにも定まらない。絶えず沸き続けるイメージに押し潰されそうになる日々なのです」
アリッサには無数の作品が衝撃的に映った。
あまりに可能性が広すぎる。芸術家とは本来、常人には見据えられぬ視界を持つものだ。現実的には思いつかない構図、色彩、デザイン、メッセージなど。
常識に囚われないからこそ、人々は芸術家の作品を尊ぶのだ。
しかし限度はある。芸術家ならば誰もがぶつかる壁──アイディアの枯渇。
いや、アイデンティティの崩壊。いつかは必ず自分の創造性が消える日が来てしまうのだ。
だが、ヨミはどうか?
見よ、この無限に広がる未来の被造物を。彼女の創造性は無尽、無限そのもの。
「感服、致しました……」
膝をつき茫然自失とするアリッサ。
この可能性の中で闘うなど不可能だ。無限に立ち向かうなど許されない。傷つけることすら烏滸がましい。
ヨミという人物そのものが芸術作品なのだ。
芸術家として根本から次元が違う。
先生どころではない、これは……
「神……だ」
彼女はヨミの世界を視認した瞬間、自らのセーフティ装置を起動させた。
自然と手が動いていたのだ。
瞬間、玉座争奪終了のアナウンスが鳴り響き、ヨミの独壇場は崩れ去った。
「シャドヨミ先生……僕を、弟子にしてください……」
もはや大会などどうでもいい。
アリッサは自身の敗北など歯牙にもかけず、ヨミに土下座して弟子入り志願をした。
「えっ……!? で、弟子……?」
「どうか僕に、無限の可能性を見届ける権利を……ッ!
お願いします、お願いします! なんでもします!
弟子にしていただきたい!」
「んぇ、よくわからないけどわかりました! じゃあ私が師匠ですね、えっへん!!」
「ありがとうございまぁぁす!
それと綾錦杯、優勝おめでとうございます先生!!」
意味不明な最終決戦になってしまったが、とりあえずヨミは自分が優勝したという事実に喜んだ。
視聴者目線ではなぜアリッサが敗北を認めたのかわかっていないだろうが、そこは後々配信で説明がなされるだろう。
かくして綾錦杯アマチュア部門の優勝者は、ヨミ・シャドヨミとなったのだった。
アリッサはヨミに嘆願した。
「服を脱ぐことに何の意義が……?」
「先生。偉大なる芸術家とは、普遍的に"触覚"を持っているものだ。かの破風の巨匠ゴウティは、陰と陽の二つに振れた感性を。水彩の明星アースは、青眼の視界を。
至大にして絶大なるシャドヨミ先生も……特異なる触覚をお持ちだろう? 身体のどこかしらに奇妙な紋章であったり、魔力を特殊感知する器官があるはずだ。
常々先生の触覚は何なのか確認したいと思って、眠ることすらできなかったのだよ。畑に翠雨とはまさにこれ……!」
迫真の勢いを醸し出すアリッサ。
しかし、ヨミはあいにく特殊な器官など持ち合わせていない。
「あ、あの……私は何も持ってないですよ?」
「ほう、あくまで審美の根源を隠し通すおつもりか。
仕方ありませんね。僕がパフォーマンスで勝利した暁には脱いでいただく。
では……始めようか。
アリッサ・メギ」
「脱ぐのはいいんですけど、二人きりの時でお願いしますね? 私もちょっとアリッサセンパイから聞きたいことがあるんです。
ヨミ・シャドヨミ」
名乗りを上げ、二人は闘いを始める。
乱戦の玉座争奪でも、最後の二人になれば決闘と変わらない。
アリッサは両手に魔力を通し、魔装を展開。
ヨミは距離を取って筆を取り出した。
「僕の審美眼、見極めていただく。
──《魔眼解放》」
髪で隠されていない右目が光る。
アリッサの緑色の瞳がヨミを視線で射貫いた。
「さっきの歪み……」
ヨミは違和を感じ取り、咄嗟にその場から飛び退く。
彼女が立っていた場所に歪曲が生じていた。あの歪み、触れれば身体が曲がってしまう。
触れたところで大きな身体破損は即死扱いとなるので、セーフティ装置が作動して脱落となるだろう。
ヨミは瞳を閉じ、魔力の流れを感じ取る。
歪みとアリッサの間に魔力が流れている。歪みの根源はアリッサの右目。
「空域変換の魔眼ですか?」
「……! 一瞬で僕の魔眼を看破するとは……やはり触覚をお持ちか。
然り、僕の魔眼は空間を捻じ曲げるモノ。触れれば即座に脱落だとも……っ!」
再び見開かれたアリッサの右目。
歪み、歪み、歪み。次々と空間がうねる。
魔力を察知して飛び退くヨミは反撃の一手に出る。
彼女は能力を起動して筆を一振り。
「《ムキダシノシンリ》
──叡智を示せ、【パズル】」
瞬間、より大きな空間の崩壊が発生した。
アリッサが生み出す歪曲どころではない。周囲の空間が真っ白に漂白され、バラバラと瓦解していく。歪みも、ヨミの姿も、すべてがバラバラになって……
「な……なんだコレは!? 独壇場か……!?」
アリッサ以外のすべての光景が瓦解し、彼女は狼狽する。
真っ白な空間に宙ぶらりん、浮遊感を味わう彼女。断片的なヨミだった破片だけが、そこら中に浮いている。
どこからともなくヨミの声が響いた。
「独壇場じゃないですよ。能力の一つです。
センパイ、真っ白な空間を前にして芸術家は何をしますか? 芸術家を名乗るのならば、あなたの色を見せてください」
「ほう、それは……先生。僕への試練というわけか。
よろしい……真っ白なカンバスを前にして滾らぬ僕ではない。
アリッサ・メギの全霊、お見せしよう!」
互いに確かめ合う。真意を問う。
これはバトルパフォーマンスであると同時に、一種の創作活動である。
ファサ……とわざわざ効果音を付与し、アリッサの髪が払われる。
露になったのは左目。緑の右目とは異なり、紅い光を湛える瞳。オッドアイだ。
「魔眼解放──《キュビズム・アイ》」
魔力が彼女を中心として伝播。
無の空間に幾何学模様の物体がとめどなく生えていく。
彼女の視線を引き連れるように描かれる立体物。それらは空間に散りばめられたヨミのパズルピースを粉砕していく。
「右目にて模り、左目にて曲げる。
解体と再構築、色面の中に踊る無限……絵画を超越した色彩の次元を。すなわちコレは人の世にも似る──我が芸術を見よ!」
ただ闘うのではなく、ただ芸術的に魅せる。
それこそがアリッサの真価だった。
カラフルな立体物が無数に組み立てられ、歪められ、そして新たな形を作る。
「わぁ……素敵な形ですね……! アリッサセンパイの色、おもしろいです!」
ヨミはパズルピースとなって分解した体を再構成し、立体物の上に降り立つ。
興味深い試合だ。ヨミは未だに芸術性を追求したバトルパフォーマーに出会ったことはなかった。
単純に「視聴者がどう観るか」を追求するパフォーマーは多い。どうすれば衆目を惹けるのか、人気を得られるのか。そればかりを考えるパフォーマーで溢れている。
しかしアリッサは違う。自己の芸術性を保持しながらもパフォーマンスを成立させているのだ。
「あなたはすべてを見せてくれた。だから私も見せます。
あ、服を脱ぐわけじゃなくて……私の領域を」
流儀に対しては流儀で返す。
ヨミは筆を取った。
強大な意志力を以て、最大の返礼を。
「世界にわたしはただひとり。
あなただけが視えている。
独壇場──」
「っ……これは……!?」
沈む。
アリッサは奇妙な浮遊感を味わった直後、堕落の心地を覚える。
しかし、それは恐怖すべき堕落ではない。どこか快楽にも似た堕落。
どこに落ちているのかもわからない。
ただ、漫然とヨミが創り出していく領域を眺めていた。
「──《九泉世界》」
ヨミの独壇場は常に移り変わる。
人によって、精神によって、見せる顔を変えてしまう。
アリッサが両の眼で見た領域。それは果てしない作品群だった。
地平の彼方まで続く絵画、彫刻、陶芸……さらには見えないはずの音や感情まで。あらゆるモノが絶え間なく続く。
数々の芸術品は、決してヨミが手ずから創り出した物ではない。ただ漠然と、いつか創りたい、このように模りたいと願った想いの結晶だ。
「ようこそ、アリッサセンパイ。これが私の魂です。
センパイの魂は……数多の面と色彩で構築された、美しいモノでした。でも私は……まだ決まっていないのです。
こうして創りたいモノが多すぎて、どうにも定まらない。絶えず沸き続けるイメージに押し潰されそうになる日々なのです」
アリッサには無数の作品が衝撃的に映った。
あまりに可能性が広すぎる。芸術家とは本来、常人には見据えられぬ視界を持つものだ。現実的には思いつかない構図、色彩、デザイン、メッセージなど。
常識に囚われないからこそ、人々は芸術家の作品を尊ぶのだ。
しかし限度はある。芸術家ならば誰もがぶつかる壁──アイディアの枯渇。
いや、アイデンティティの崩壊。いつかは必ず自分の創造性が消える日が来てしまうのだ。
だが、ヨミはどうか?
見よ、この無限に広がる未来の被造物を。彼女の創造性は無尽、無限そのもの。
「感服、致しました……」
膝をつき茫然自失とするアリッサ。
この可能性の中で闘うなど不可能だ。無限に立ち向かうなど許されない。傷つけることすら烏滸がましい。
ヨミという人物そのものが芸術作品なのだ。
芸術家として根本から次元が違う。
先生どころではない、これは……
「神……だ」
彼女はヨミの世界を視認した瞬間、自らのセーフティ装置を起動させた。
自然と手が動いていたのだ。
瞬間、玉座争奪終了のアナウンスが鳴り響き、ヨミの独壇場は崩れ去った。
「シャドヨミ先生……僕を、弟子にしてください……」
もはや大会などどうでもいい。
アリッサは自身の敗北など歯牙にもかけず、ヨミに土下座して弟子入り志願をした。
「えっ……!? で、弟子……?」
「どうか僕に、無限の可能性を見届ける権利を……ッ!
お願いします、お願いします! なんでもします!
弟子にしていただきたい!」
「んぇ、よくわからないけどわかりました! じゃあ私が師匠ですね、えっへん!!」
「ありがとうございまぁぁす!
それと綾錦杯、優勝おめでとうございます先生!!」
意味不明な最終決戦になってしまったが、とりあえずヨミは自分が優勝したという事実に喜んだ。
視聴者目線ではなぜアリッサが敗北を認めたのかわかっていないだろうが、そこは後々配信で説明がなされるだろう。
かくして綾錦杯アマチュア部門の優勝者は、ヨミ・シャドヨミとなったのだった。
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