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5章 晩冬堕天戦

13. その日、人類は思い出したペリ

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 『西側、ペリシュッシュ・メフリオンー!』

 「ペリ先かよ……(絶望)」

 観客たちが試験官ペリシュッシュを黄色い歓声で迎える中、レヴリッツとリオートは深い絶望に呑まれていた。
 さっきの変な技名の試験官よりも悪質なパフォーマーだ。それは同じチームの彼らが最もよく理解していた。

 「うわぁ……ひっどい顔してんねレヴリッツ。気持ちはわかるけどさ、一応相棒の晴れ舞台しょ? もっとマシな顔したら?」

 「イオ先輩……だって、あんまりじゃないですか……」

 またもや隣席に知人が座ってきた。
 イオ・スコスコピィ。ペリの元チームメイトであり、昇格戦で相手となったプロ級パフォーマーである。

 「うんうん、わかる。一試合目のリオートの対戦相手がサリー、二試合目がペリシュ。泣きたくなるよねマジ。でもさぁ……冷静に考えたらパフォーマーなんてみんな頭おかしいんだからさ、同じ穴の狢でしょ」

 「そ、そうですね……なるほど。僕だってまともな人間かと問われれば、頷くことはできません。ペリ先輩はこの上なく圧倒的に地上で類を見ないレベルで、頭のおかしな方ですが……もしかしたら今日ばかりは真面目かもしれない」

 「おねえちゃんの頭がおかしいですって!? いくらレヴリッツさんでも……それは言いすぎ……じゃないけど、言い方があると思います!」

 また新手がきた。
 ペリの妹……エリフテル・メフリオンが噛みついてきた。静かに一人で観戦したいのに、どうしてこう人が集まって来るのか。レヴリッツは首を傾げた。

 「すみません、エリフテルさん。お姉さんを悪く言う気はあるのですが、言い方はもう少し工夫すべきでしたね。
 ……あ、試合が始まるみたいですよ。集中して見ましょう」

 フィールドの中央、リオートは天を仰いでいる。
 露骨にげんなりしつつも、それを表に出さないように努めて。

 「あー……ペリシュッシュ先輩、ですか。
 いやー対戦するの楽しみだなー。全力で闘いましょうははは」

 「おやおやリオートくん……さてはビビってますね?
 仕方ないことです。この【猛花の奇術師】が相手ですからね……ふふふ」

 「ええ、ビビッてますよ。色んな意味でね。
 本当に怖いですよペリシュッシュ先輩」

 「安心してください。今日はリオートくんが主役ですから。
 忖度そんたくするわけじゃありませんが、私が過度に目立つ大奇術は披露いたしません」

 両者は煽り合いながら、じりじりと距離を取っていく。
 所定の位置まで辿り着いたところでセーフティ装置を起動。

 「俺が勝ちます。リオート・エルキス」

 「それはどうでしょうか? ペリシュッシュ・メフリオン」

 『両者、準備完了です! リオート・エルキス、一試合目の雪辱なるか……
 ──試合開始です!』

 試合が始まったと同時、フィールドに二つの魔力が走る。
 一つはリオートの魔力。おそらく独壇場スターステージを発動するつもりだろう。
 そしてもう一つはペリの波長。さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 「俺の舞台で踊り狂え……
 独壇場スターステージ──【氷雪霊城アゾフル・ステージ】!」

 まずはリオートの氷雪霊城が現れる。
 バトルフィールドのど真ん中に現れた氷の城。闘技場全体の席から観戦できるように、端に城は作らなかった。

 一気に跳躍したリオートは、城の頂上にある玉座に立つ。

 「さあ、かかってこいよ先輩。俺の城を崩して見せろ」

 「──わかっていましたよ、リオートくん。
 あなたが独壇場スターステージを披露してくることは確実でした。ですから、私も対抗手段を用意したのです。目には目を、歯には歯を……我が秘策、とくとご覧あれ!」

 ペリの魔力が一斉に波及する。
 全身が粟立つかのような感覚。ギャラリーのレヴリッツとイオは目を見開いた。

 「まさか……ペリ先輩、独壇場スターステージには独壇場スターステージで対抗する気か……っ!?」

 「マ? ペリシュ、使えたんだ。
 ここで初披露……ってとこかね。ウチも楽しみだわ」

 独壇場スターステージの相克。
 それは一流のパフォーマー同士の闘いを意味する。想像を絶する熱戦、予測不能の領域合戦。互いに全力をぶつけ合う熱い闘いが巻き起こるのだ。

 「まさかペリシュッシュ先輩……俺と同じように独壇場スターステージを!?」

 リオートに問われたペリは首を傾げる。

 「いえ違いますけど。デカいもんにはデカいもんで対抗すんですよ。
 とりあえずその城、壊しますね」

 中央に城が聳え立つ中、ペリはそそくさとバトルフィールドの端へ。
 そして……溝になっている部分に身体を丸めて入り込んだ。

 「何をする気だ……?(嫌な予感しかしねぇ……)」

 リオートはペリの奇行を警戒しつつ、魔装で防御力を高める。
 周囲におかしなところは何もない。大規模な攻撃が来る魔力の波長も感じられない。彼は氷城の頂上から必死に周囲を見渡す。

 一方、ペリは波及させた魔力を媒介とし……拡声魔法を起動。観客のざわつきを遮断し、一時的な静寂を齎した。闘技場が異様なまでに静まり返る。
 彼女は粛々とナレーションを開始する。



 「──その日、人類は思い出したペリ」


 稲妻走る。
 リオートの城を上回る巨大な影が、そこに立っていた。
 観客はみな黙して「それ」を見上げる。


 「奴らに支配されていた恐怖を。
 鳥かごの中に囚われていた、屈辱を……ペリ」

 影が蠢いたかと思うと、凄まじい爆音と衝撃が伝播。
 リオートの氷城は粉々に砕け散り……彼はまっ逆さまに落下する。影を見上げたリオートは思わず叫んだ。

 「なんだぁぁあ!?」

 「これぞ私の秘密兵器……超大型プレちゃんです!!
 ヒャッハァー!! 蹂躙しろプレちゃん!」

 全長50mを超えるプレデターフラワーを見上げ、リオートは戦慄して青褪める。
 たしかにバトルパフォーマンスで使い魔の持ち込みは認められている。
 認められている、が……

 「ペリ先輩……あ ほ く さ」
 「草。ダメみたいやね」
 「おねえちゃんすごい! あんなでっかい怪物を従えるなんて!」

 なぜかギャラリーでは歓声が上がり、実況解説も盛り上がっている。
 この観客アホたちごと全部地ならしで吹き飛べばいいのに……とレヴリッツは頭を抱えた。もう終わりだよこの競技。

 得意の独壇場スターステージを破壊されたリオート。
 彼は冷や汗を拭い、地上を睥睨へいげいするプレデターフラワーを見上げた。大きさとはすなわち脅威の値そのもの。アレをどうやって攻略するべきか……悩んでいると実況が警告を出した。

 『えー……ただいま協会から通達がありました。
 規定により、全長20mを超える使い魔の投入は禁止されているとのことです。ペリシュッシュ試験官はただちに使い魔を収容してください』

 「え……あ、そうなんですか。すみません。
 プレちゃん戻って」

 「出オチかよ」

 ペリに命じられ、超大型プレデターフラワーは煙となって消えていく。
 しかしリオートからすれば辛いものがある。独壇場スターステージの建造に費やした魔力を持っていかれた。二発連続はさすがに厳しい。

 「一片氷心──《霜走しもばしり》」

 速攻。それがリオートの選んだ選択肢。
 超大型プレちゃんが蒸発していく蒸気に紛れ、リオートは駆け出した。ペリは未だ呑気に魔装を構築している。

 魅せ場もクソもないが、とりあえず勝てば昇格は実現する。
 ペリシュッシュ・メフリオンの一番の怖さ……それは『得体の知れなさ』。正直、彼女と同じチームのリオートでも知らない情報が多すぎる。

 プレちゃんとは何か。マジックの種は何か。本気を出せばどれくらい強いのか。
 あらゆる情報が謎に包まれており、だからこそ彼女は厄介なのだ。

 「《凍嵐》」

 手の指すべてに氷の刃を装着。
 このまま蒸気に紛れ、ペリを奇襲して押し切る。

 モニター越しに状況を観察していたイオは、リオートの判断力に感心を見せる。

 「へえ。リオートの択、悪くないんじゃね? 同チのレヴリッツ的にはどう?」

 「相手が一般的な魔術師なら、奇襲の接近戦を仕掛けるのは悪くありません。
 ただ相手がペリ先輩なので……あの人、変な魔術ばっかり修めてるんですよ。僕も何が起こるかわからないです」

 素早くフィールドを駆けるリオートは、ペリの背後へ回り込む。
 完全に間合いに入った。まだペリは索敵中。

 (取った……!)

 真っ白な蒸気から抜け出し、彼は氷刃を振りかざす。
 この距離から回避することは不可能。細切れとなった視界の中、ペリは自らの背後に刃が迫っていることを察知したが……間に合わない。

 「終わりだッ……!?」

 だが、リオートの攻撃は弾かれた。
 たしかに攻撃は命中したが……美しい砕氷が宙に舞う。
 ペリの体の一部が石のように硬く、ダメージが入っていなかった。

 「刃が通らねえ……」

 「ふふふ……メフリオン家に代々伝わる謎の魔術、『超硬化カスドロン』。
 奇襲対策に用意しておいた魔術なんですが……実はこれ、発動すると私も動けなくなるんですよ。それではおやすみなさい」

 リオートの刃を防ぐために硬化したペリの首元。
 しかし、そこからじわじわと……彼女の全身が硬化に蝕まれていく。やがて彼女は物言わぬ石仏となり、バトルフィールドの中心に立ち尽くした。

 「え……いや、先輩困るんですけど。このっ!」

 『……ペリ』

 リオートが力を籠めて斬りかかっても傷はつかず。硬化したペリの石像は静かに佇んでいた。

 「ど、どうしよう……おねえちゃんが石になっちゃった!?」

 「エリフテルさん、心配しなくても大丈夫ですよ。時間が経てば戻りますから。
 それよりも、この魔力の流れは……」

 レヴリッツはフィールド全体を見渡す。どこか見覚えのある魔力の流れだ。
 そう、これはたしかペリの昇格戦の時と同じ──




 ──《炎竜花ジ・イル


 瞬間、闘技場が紅蓮に染まった。
 灼熱の花がフィールド中にぶわっと咲き誇り、すさまじい熱気が駆ける。地表に残っていた氷の欠片が跡形もなく溶けて……リオートは煉獄の中に立たされる。

 相も変わらずペリは石となって動じず。
 汗を流すリオートを見てイオは呆れかえった。

 「同チの後輩相手に、しかも昇格戦で。
 火攻めだよ。自分だけ石になって知らぬ存ぜぬ、後はリオートが倒れんのを待つだけ……いやー相変わらずクズだねペリシュ。卑怯ってレベルじゃなくて草」

 「お、おねえちゃん……さすがにそれはクソだよ……擁護できないよ」

 妹のエリフテルでさえ呆れているのに、またしても観客はなぜか歓声を上げている。見てて面白ければ何でもいいのだろう。

 苦境に立たされたリオート。
 目の前で佇む石ペリをどうにか攻略しなければ、炎のフィールドに体力を奪われて負ける。

 (考えろ、この硬質化を解除する方法を……! ただの氷じゃ歯が立たない。今まで氷属性の攻撃に頼りきりだったツケをここで払うんだ……!)

 物理的に石を砕くことは不可能。
 炎熱の中、彼は思考を冷やす。ここに至るまでのプロセスを考えて……ペリのふざけた行いにはらわたが煮えくり返った。

 「お、落ち着け……クソ、熱い!」

 ペリは全身が石化してから炎花を展開した。
 つまり、石化状態でも魔術を発動することができるし、魔術を発動するだけの意識があるということ。

 にも拘わらず、石化しながら攻撃魔術を放ってこないのは何故か?
 チームメイトのリオートはすぐにわかった。

 (──舐めプだ)

 リオートが炎に囲まれて苦しむ様を、ペリは内心ほくそ笑んで見ているに違いない。
 ならば攻略法は「あの手」に限る。彼は石像の耳元に立って呟いた。

 「……何をしている。闘えよペリシュッシュ先輩」

 『……』

 動かぬペリの肩を掴むと、熱くなった石面が手のひらを焦がす。

 「忘れたのか? 何をしにここに来たのか……」

 『…………』

 「昇格戦の試験官をするためだろ?」

 凄まじい圧を瞳に籠め、彼はペリの頭に声を投げかけ続ける。

 「俺が、リオート・エルキスがプロ級昇格に相応しいかどうかを、判断するために……
 闘うんだ。正々堂々と、試験官に相応しい態度で……」

 『………………』

 精神攻撃だ。
 いや、精神攻撃と言うことすらおこがましい。なぜならリオートは正論を説いているだけなのだから。ただ当然の責務を問うているだけ。

 「──これは、ペリ先が始めた物語だろ」

 『ひゃ、ひゃあぁああぁっ!!!』

 とうとう自責の念にさいなまれたのか、ペリが半狂乱になって硬質化を解除した。
 その瞬間こそリオートが待っていた瞬間。

 「はぁあああっ!」

 うなじにすばやく一刀。
 急所を突かれたペリは呆気なくセーフティ装置を作動させられ、紅蓮の地面に突っ伏した。

 『え、あっ……き、決まりましたーっ!
 リオート選手、よくわからない手段でプロ級へ昇格を決めました!
 ペリシュッシュ・メフリオンを試験官に任命したのは間違いでしたね!』

 決着を告げるアナウンスに、ギャラリーは今日いちばんの盛り上がりを見せる。
 一方、レヴリッツは頭を抱えていた。

 「こんな勝負を前日に見せられて、僕は明日まともに闘えるだろうか……?」
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