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5章 晩冬堕天戦

14. 月下、鋼と滾る血潮

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 三日目。
 いよいよレヴリッツ昇格戦の日だ。飛び級するには、プロ級とマスター級の両方の試験官を倒さなければならない。
 今日はプロ級昇格戦に臨む。

 皆からの激励も受け、準備は万端。問題があるとすれば……

 「仕方ないな」

 彼はSNSの誹謗中傷DMを閉じた。
 未だにレヴリッツの飛び級を認めない者は存在する。
 一定数のブーイングがあるが、彼らは今から・・・黙らせるしかない。
 圧倒的な実力を魅せ、認めさせる他ないのだ。

 合図を受けたレヴリッツは控室から出て、バトルフィールドへと進んだ。

 『みなさま、お待たせいたしました!
 これより、レヴリッツ・シルヴァのプロ級昇格戦を開始いたします!』

 薄暗い通路から一歩でも踏み出せば、そこは闘気あふれる熱戦場。
 何万人もの視聴者が現地で、そして配信を通して自宅で……彼の雄姿を目に焼き付けることになる。いまさら後戻りはできない。
 レヴリッツは自らの意志でここに飛び込んだのだから。

 『挑戦者の入場です! 東側、レヴリッツ・シルヴァー!』

 ハドリッツ譲りの着物をなびかせ、彼は堂々と歩く。
 腰に提げた刀に手を当て、青き瞳で正面を見据え。

 断じて物怖じしない態度で闘技場の中央に立つ。
 割れんばかりの歓声が彼を出迎えた。

 『続きまして、試験官の入場です!』

 ふらり。影が向かい側の通路からやってくる。
 黒いフードを目深に被った男。男性にしては長めのブロンドの髪が、フードの下からひらひらと揺れている。

 『西側、イルクリス・サウラー!』

 【烈機の吸血鬼】イルクリス・サウラ。
 プロ級の中でも最強と謳われるパフォーマー。
 当然の人選だ。すべてのプロ級パフォーマーを踏み越えて、レヴリッツはマスターの高みへと至ろうと言うのだから。
 
 イルクリスは足音を立てずに闘技場の中央まで、緩慢な足取りでやって来た。
 そしてフードを取り、真紅の瞳でレヴリッツを見据えた。

 「こんばんは、いい夜だね」

 「はじめまして。レヴリッツ・シルヴァです。
 今日は……あなたに勝ちに来ました」

 「僕はイルクリス・サウラ。勝ちに来た、か。
 この舞台に立つからには、当然備えるべき決意だ。
 だが……本当にそれだけなのか、今一度自分の心に聞いてみるといい」

 イルクリスの言葉の意味を、レヴリッツは咀嚼して考える。
 しかし、彼が言いたいことはわからなかった。
 ただ勝利への渇望をレヴリッツは抱いているだけ。

 考え込むレヴリッツに対して、イルクリスは語り続ける。

 「正直、貴君の飛び級に不満はある。群雄割拠、研鑽を積み重ねて……幾星霜の時を過ごすプロ級パフォーマーたち。彼らを置き去りにして、貴君は先へと進む。
 故に覚悟を問いたい。我々プロ級パフォーマーすべてを踏み台にして、先へゆく覚悟はあるのかと」

 ようやくイルクリスの言わんとすることに合点がいった。
 彼はレヴリッツの精神を試している。これより先へ進むことは、かなりの精神的負荷がかかる。マスター級へ飛び級したという実績は、等価値の負荷を以て襲い来るだろう。

 「ないですよ」

 「……なんと。それは驚きだね」

 「正しく言えば、耐えられるかはわかりません。もしも僕が自分に期待している以上の成果を挙げられなければ……病んじゃうかもしれないです。
 ただ、僕には望みがある」

 「望みか。いい言葉だ」

 「僕には上を目指さなければならない理由がある。それに伴う実力もある。
 心の強さはあんまりないけど……たぶん仲間やファンが支えてくれる。素質はあると自負しています。

 だから……望みを叶えるためにマスター級になります。
 ひと足先に、僕は行かせてもらいます」

 彼の覚悟……ではなく、願望を聴いたイルクリスは瞳を閉じる。
 バトルパフォーマーの道はそれぞれだ。人気者になりたい、お金が欲しい、芸能活動がしたい、強さを追い求めたい……無数の願望が溢れていて。
 まるで夜空に浮かぶ星々のように、異なる輝きを放つ。

 「僕も同じだ。上を目指す理由があって、そのために何年間も……強さと人気を求めていた。今までの軌跡を簡単に一蹴させるものか。
 だから──レヴリッツ・シルヴァ。貴君の強さを証明してくれ。

 この僕……プロ級最強と謳われるイルクリス・サウラを倒して。これより、貴君の最強の硬度を確かめる。
 僕の最強が貴君の銀刀を焼き切るか、貴君の最強が僕の月夜を穿つか。
 ──イルクリス・サウラ」

 イルクリスは身を翻す。戦意を湛えて準備を完了した。

 「無礼千万、傲岸不遜なのは百も承知。
 先輩方の顔に、敬意という名の泥を塗って……勝ちます。
 ──レヴリッツ・シルヴァ」

 レヴリッツもまた所定の位置へ下がり、刀に手をかける。
 静かに風が舞った。

 『両者、準備完了です!
 レヴリッツ・シルヴァは昇格を迎えることができるのか……
 ──試合開始です!』

 初手、イルクリスは静かに体を揺らす。そして奇妙な装置を呼び出した。
 彼の背後に浮かび上がった二つの円環。
 円環には無数の砲口が取り付けられており、レヴリッツに向かって照準を合わせている。

 対してレヴリッツは抜刀の構えを維持したまま、魔装を調ととのえていた。
 睨み合い。
 互いに出方を窺っている。

 「来なよ。試験官側から仕掛けると、少し情けない。
 貴君のすべてを受け止めてあげよう」

 「では、失礼仕る」

 今回の昇格戦でレヴリッツがイメージするのは、『レヴリッツ・シルヴァらしいパフォーマンス』。レヴハルト・シルバミネが磨き上げた殺しの術で闘うのではなく、バトルパフォーマーとしてのレヴリッツ・シルヴァを崩さない。

 すなわち武士道、かつ竜殺し。
 彼は魔力を足のみに通し、前傾姿勢を取った。

 「龍狩たつがり──《無尽》」

 刹那、試合が動く。
 レヴリッツの足は猛烈な勢いで前方に射出され、速度に乗って抜刀。
 銀色の閃が駆けた。

 先手必勝、一撃必殺。
 彼が放った一刀は純粋な居合ではない。

 「──!」

 急速に迫ったレヴリッツ目がけて、イルクリスは背後の円環から魔弾を射出。
 だが、当たらない。イルクリスが操るマシンガンは自動照準、かつ超高精度。
 この世に二つとない追尾性能を誇るアーティファクトだ。

 彼の弾幕は確実にレヴリッツを捕捉し、命中したはず。
 だがレヴリッツは二者間の距離を急速に縮めて迫っている。

 この間、わずか一秒にも満たない。
 イルクリスは間断においてレヴリッツの技を見透かした。

 (僕の弾丸を……全て斬っているのか……!?)

 何十、何百の弾幕をすべて斬り伏せ、レヴリッツは首を狙っている。
 一刀を振り抜いただけのように見えて、彼は緻密な対抗策を打っていた。
 レヴリッツの技は、竜が放つ火の粉をすべて振り払うための剣技。
 それを弾丸の撃墜に応用しているのだ。

 気づけば、イルクリスのすぐ目前に眩い刃が迫っていた。

 「貰います」

 「残念、まだ僕は負けられない」

 レヴリッツの刀は空を切る。
 その場にいたはずのイルクリスが消えていた。
 瞬間、気配を感じ取ったのは背後。

 後方から迫った紅の刃を咄嗟に回避。レヴリッツは身を翻す。

 「今の術は……転移?」

 「そう。僕は夜闇に溶け、さながら水中の泡のように飛び回る。
 すまないね、レヴリッツ。貴君を見くびっていた。先攻を譲ったのは僕の間違いだったようだ。今の一合で完全に理解したよ。貴君は僕と同等……いや、それ以上の怪物かもしれないと。
 ここからは……本気でやらせてもらおう」

 油断していたわけではない。
 ただイルクリスは、信じられなかったのだ。

 かつての同期にソラフィアート・クラーラクトという少女がいた。
 彼女はたった一年でマスター級へ昇格し、全ての凡才を置き去りにした。

 あの伝説と、大天才と同じ偉業を積み上げる者がこの世にもう一つ存在するなど……彼は信じたくなかっただけ。
 しかし、今わかった。目の前の彼もまた伝説に値するのだと。
 協会の目は間違っていなかった。

 イルクリスは闘志と高揚とを携え、戦場の幕を開ける詠唱を紡ぐ。

 「明けない夜を始めよう。月の玉座はただ一つ。
 独壇場スターステージ──」

 時刻は夜。すでに暗いというのに、より深い暗黒が空に塗りたくられる。
 クラく、クラく、クラく……夜闇すらも生温い。本当の漆黒が帳を下ろす。

 闘技場の照明は落ち、眩い光を放つ……巨大な月のみが夜空を支配した。
 イルクリスは月光を受けて快感の中に佇む。

 「──《血染月夜リグドガーラ》」

 プロ級では最強と呼ばれるイルクリス・サウラ。
 彼にはただ一つ、弱点があった。日光を浴びられない。戦闘の才能があっても、どれだけ努力を積み重ねても。陽の光が疎ましく、どこまでも邪魔をする。

 故に望んだ。光なき世界を。
 故に拒んだ。闇なき世界を。

 彼は飛翔し、月面を背景にして地上を支配する。

 「今、僕は完全となった。
 血染月夜リグドガーラ下の僕を破った者は、プロ級以下のパフォーマーには存在しない。
 貴君が初めての例外となるか……試させてもらおう」

 「最強を下してこその矜持。その月夜、一刀のもとに斬り伏せます」

 妖しく光るイルクリスの瞳。
 油断なく翔ぶ【烈機の吸血鬼】……彼は無数の砲口を地上へ向けた。

 レヴリッツは己を射す脅威に、そっと刀を添える。
 鈍色の光を浴びる侍は不敵に笑った。
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