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5章 晩冬堕天戦
15. 烈機の吸血鬼
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夜天を支配した巨大な月。そして自由自在に天を巡るイルクリス。
独壇場の只中において支配者に逆らうこと。
それは神に逆らうことに等しい。
されどレヴリッツは滾る。
相手が強者であればあるほどに、彼は逸楽を感じて仕方がない。
「穿て」
イルクリスが号令を下す。
同時、彼の周囲を飛び回るマシンガンが一斉に魔弾を射出。魔弾の数は数百、威力は穿鋼に迫り、雷をも捉える速度でレヴリッツに追尾する。
迫る脅威を正眼に収め、再び彼は納刀。
そして居合の姿勢を保つ。
先のように全ての弾丸を斬ることは難しい。イルクリスの『血染月夜』が発動している現状、容易に斬れないほど魔弾の威力も上昇しているはず。
圧倒的な質量の弾幕を前に、レヴリッツが取った手段は──
「──炎よ」
彼の身に魔弾が届く刹那、爆発が巻き起こった。
猛烈な爆炎が立ち昇る。
イルクリスが塗りたくった夜闇の中、煌々と炎の幕が輝く。
レヴリッツを囲うようにして展開された爆炎。
それらは迫る弾幕を全て燃やし尽くしていく。
彼は咄嗟の判断で着物の裏面を切り離し、そこに落雷させたのだ。
新人杯でリオート相手に披露した以来の掠め手……『火鼠の毛皮』を縫い付けた着物を使う。
「炎……おもしろい。だが、どれだけ僕の砲撃を凌いでも天には届かない」
黒煙の合間を縫ってレヴリッツが飛び出す。
しかし、彼は天空に座するイルクリスへ刃を届かせることはできない。
飛翔体に攻撃する術を彼が持っていない限り、イルクリスが一方的に天から攻撃を続けていれば勝てる。
「『人貧すれば天窮欲す。人富めば天窮失す』
……外国のことわざです。知っていますか?」
唐突にレヴリッツは地上から問うた。
イルクリスはゆっくりと首を横に振る。
「いや、知らないな。だけど素敵なことわざだ」
「つまり、どういうことかっていうと……手の届かない場所に欲しい物があるのなら、強引に奪い取らなきゃいけないってことです」
イルクリスが天を飛び、恣に戦況を操るのならば……主導権を強引にレヴリッツが奪い取ってみせる。
彼はそっと懐に手を入れ、ぐるぐると飛び回るイルクリスを目で追う。
同時に魔力を操り周囲に雷糸を巡らせた。
「ふむ……痺れるね。
だが、今の僕は生半可な攻撃じゃ鈍らせることもできないよ」
イルクリスは天空に巡らされた雷の糸に触れる。
独壇場によって超強化された彼にとって、雷糸など静電気に等しい。もしもレヴリッツが生温い雷で自分を堕とそうとしているなら、それは大きな間違いだ。
「帯電……雷光……ばーん!」
「!」
瞬間、フラッシュが迸る。
闇に閉ざされた空間。
この場において、いきなりフラッシュを焚けば強烈な目くらましになる。
イルクリスの怯みを確認したレヴリッツ。
彼は懐から黒い刃を取り出してイルクリス……ではなく、背後にあるマシンガンに向けて何十本もぶん投げた。
いわゆる苦無である。
「侍かと思った? 残念、忍者でした!」
マシンガンが爆ぜる。レヴリッツの苦無はただの鉄器ではない、周囲の魔力を引き寄せて爆発する魔鋼製。イルクリスのマシンガンはたちまち内燃機関を駄目にされ、おまけに爆発に利用されてしまった。
天空で起こった大爆発。
さしものイルクリスといえども衝撃に耐えられず、体勢を崩しながら地面に転がった。
「卑怯……とは言えないな。僕も強力な兵器を持ち込んだんだ。
それを利用されて深手を負っただけのこと……!」
たとえマシンガンなどなくても、彼は闘える。
正面からすかさず迫ったレヴリッツの剣閃。
イルクリスは半身を捻って回避。第二の兵器を着装した。
右手に戦槌、左手に小銃。
纏うは電磁装甲。
ここからが【烈機】の本領だ。
彼は槌を豪快に振り上げ、防御姿勢のレヴリッツを吹き飛ばす。
続いて小銃の魔弾を連射。
「チッ……《羽衣》!」
レヴリッツは魔力を周囲に展開し、あらゆる事象を受け流すように気流を操る。
小さな魔弾であればこれで対処可能。
彼が衝撃を凌いで視線を上げた時、そこにイルクリスの姿はなかった。
(気配が消えた……? いや……)
「上だよ」
大きな風切り音、影。
頭上では巨大な戦槌がレヴリッツを圧し潰さんと迫っていた。
瞬時の判断で刀を掲げたレヴリッツ。
刀身と鍔とが戦槌に相克。ミシミシと音を立てて……数秒後に刀が粉砕された。
重圧から逃れたレヴリッツは、大きく後退して息を調える。
(刀が壊れてしまったか……掠め手はいくつも用意しているが、メインウェポンを失ったのは痛いな。イルクリス先輩はこの『血染月夜』の下で、馬鹿げたパワーとスピードを持っている。
刀なしに彼を攻略するのは……難しい、が……)
「どうした、レヴリッツ? 貴君のことだ……まさか万策尽きたわけではないだろう?」
「もちろん。その刀、けっこう高かったのでショックを受けていただけです」
黒ヶ峰ほどでないにせよ、壊れた刀はかなりの業物だった。明日のマスター級昇格戦までに新調しなければならないと考えると、少し気が重い。
イルクリスが砲撃主体から近接主体に切り替えたように、レヴリッツもまた戦闘スタイルを切り替える。これからは今までに見せたことのない……竜殺しならざる側面を出す。無論、殺人技法……『シルバミネ秘奥』ではない。
「シロハ十法──」
何度も言っているが、レヴリッツは侍のように見えて忍者に近い。
ハドリッツから教わった術も忍術が多かった。
彼は己の得意とする雷魔術を起動。再び駆け巡った紫電。イルクリスは先程のようにフラッシュに惑わされないよう、視覚に魔力を宿す。
「──《雷遁ノ術》」
バチ。
バトルフィールド全体に紫電が広がる。
無数の蛇のように、雷の糸が明滅してのたうち。
レヴリッツは激しく光る雷光に紛れていた。
これが真昼の闘いであれば、イルクリスは即座にレヴリッツの位置を看破できていただろう。しかし今は夜よりも暗い闇。煩わしい雷の数々に溶けたレヴリッツを追うことは難しい。
イルクリスは対処法を思案する。
(こちらから追うのは下策。勝負を決めようとする以上、レヴリッツは必ず僕に接近するはずだ。
今は電磁装甲をひたすら固めて、彼が近づいた瞬間に撃ち抜く。攻撃力、防御力、速度……すべてにおいて独壇場展開者の僕が上なのだから)
気配、気配、気配。
時折輝く雷の傍に、走り回るレヴリッツの影が見える。ひたすらにシールドの強度を上げながら、イルクリスは相手の接近を待つ。
細切れの戦場、見切りの一瞬。
彼らは衝突に向けて全力で思考を巡らせていた。
(あのバリア……柔な攻撃では破れないな。こちらが接近したと同時に仕留めるつもりか。たしかに、急所を突かなければイルクリス先輩は倒せない。急所を突くために接近する必要があるが……他にも手段は残されている)
着物の裾に隠した物体に手をかける。
とある術を発動するための手榴弾。
一つしかないので、チャンスは一度だけ。
次の一手で勝負を決めなければならない。
呼吸を整えてレヴリッツは実行に移った。
まず、周囲に拡散した雷を操る。
徐々に徐々に、少しずつ……イルクリスの下へと収縮させていく。
可能な限り一箇所に雷を集めるように。
続いて、いよいよ近接戦だ。
接近して勝負を仕掛けるが……これは急所を突くためではない。
接近した瞬間、レヴリッツを仕留めようとイルクリスは猛撃を放ってくるだろう。
それらの攻撃全てを往なし、勝利する。
(打掛る……!)
雷幕より、一つの影が舞う。
レヴリッツは月影となって急襲を仕掛けた。
「来るか……!」
迫る影を捉えたイルクリス。電磁装甲の準備は万端。
もはや如何なる攻撃も寄せ付けない。
彼はそっと小銃を構え、レヴリッツを穿ち抜く姿勢を整えた。
防御に意識を向ける必要はない。ただひたすらに、レヴリッツに魔弾を命中させることだけに集中する。
「──そこだ!」
引き金を引く。
真正面、レヴリッツの眉間。紫色の小さな魔弾が穿つ。
一秒後にはセーフティ装置が鳴り、勝負が終わっているだろう……イルクリスは確信した。
だが、逸れた。
レヴリッツは予めイルクリスの行動を想定していたかのように身をよじり、銃撃を眉間ではなく肩に逸らす。
これで致命の一撃は免れたが……
(その位置に傷を負えば……もう腕は動かせない!)
重症には違いない。
強烈な魔弾を食らったレヴリッツは体勢を崩し、前のめりになって転がった。
イルクリスは追撃を仕掛けるために足元へ目を向け……
「……?」
何かがレヴリッツの手から落ちていた。
小さな、黒い楕円状の……手榴弾。
「シロハ秘術・水牢──」
爆ぜる。小さな見た目からは想像もできないほど、大量の水が溢れ出す。
まるで濁流だ。大きな水の渦がイルクリスの足元に広がった。
だが、彼は動じない。
この程度の水流……展開したシールドを破ることはできない。
おそらく水責め、もしくは濁流による体勢崩しを狙ったのだろうが、レヴリッツの策略は失敗に終わる。
「──《触神》」
一気に雷を引き寄せたレヴリッツ。
彼はイルクリスが纏う電磁装甲に触れた。
「ぐ……あぁぁあっ!?」
突如として強烈な刺激がイルクリスに走る。
そう、このシールドは電気・磁気の力で生み出した物。
ならば突破手段は物理でなくともよい。
一気に雷を寄せ集め、電磁装甲に負荷を齎す。
そして……この水渦だ。
いわゆる感電。レヴリッツの術『触神』は、水と雷の反応を急速に進める術。
本来は雨天時に行使する技だが……強引に感電を誘発させるために、水の手榴弾を携行していた。
「強固な守り……お見事です。ですが、電磁の守りこそが仇となる」
電磁装甲の電力がすべて威力に上乗せされ、強烈な感電がイルクリスに襲いかかる。
朦朧とする意識。白む視界。
波に流されながらも彼は寸前で意識を保つ。
(まだ……諦めるわけには……)
──意地だ。
プロ級を背負う者として、ファンの期待を背負う者として。
彼が倒れることはまだ許されなかった。
全身の筋肉が痺れ、意識が神経と接続せず、体はまともに動かない。
右肩を穿たれたレヴリッツはゆっくりと起き上がり、水流を踏み締めてイルクリスへ迫っている。
「まだ……!」
重い戦槌は手放した。
しかし小銃はまだ手に握られている。
体が動かないのならば、せめて腕だけでも。
一縷の望みに賭けてレヴリッツ・シルヴァの道を阻む。
「僕は……闘えるっ……!」
動かぬ肉体を励起させ、わずかに腕を持ち上げる。
たとえ無様でも、パフォーマーとしてダサくても。
彼の誇りは傷つかない。
こちらへ向かうレヴリッツへと狙いを定めて──最後の一撃を。
「……!」
放たれた魔弾。
それは静かにレヴリッツの胸元を貫いた。
だが、セーフティ装置は鳴らない。
鋭い痛みにレヴリッツは顔を顰めるも、歩みを止めることはなかった。
「全て……受け止めました。僕に対する怒り。プロとしての信念。そして……僕のような新参者がマスター級に飛ぶことへの、悔しさ。
あなたの……いいえ。あなたたちの想いを受け止め、この胸を貫いてもらった上で、僕は先へ行かせてもらいます」
イルクリスの傍に立った彼は、静かに宣言した。
視聴者の誰もが両者の信念を感じ取る。
互いにどうしても譲れないモノがあるのだと。
「あぁ……ずるいなぁ。羨ましいよ。だけど……そうだね。
試験官として判断を下そう。
レヴリッツ・シルヴァ。貴君の昇格を認める」
「──対戦、ありがとうございました」
静かに苦無を振り下ろす。
イルクリスのセーフティ装置が鳴った。
独壇場の只中において支配者に逆らうこと。
それは神に逆らうことに等しい。
されどレヴリッツは滾る。
相手が強者であればあるほどに、彼は逸楽を感じて仕方がない。
「穿て」
イルクリスが号令を下す。
同時、彼の周囲を飛び回るマシンガンが一斉に魔弾を射出。魔弾の数は数百、威力は穿鋼に迫り、雷をも捉える速度でレヴリッツに追尾する。
迫る脅威を正眼に収め、再び彼は納刀。
そして居合の姿勢を保つ。
先のように全ての弾丸を斬ることは難しい。イルクリスの『血染月夜』が発動している現状、容易に斬れないほど魔弾の威力も上昇しているはず。
圧倒的な質量の弾幕を前に、レヴリッツが取った手段は──
「──炎よ」
彼の身に魔弾が届く刹那、爆発が巻き起こった。
猛烈な爆炎が立ち昇る。
イルクリスが塗りたくった夜闇の中、煌々と炎の幕が輝く。
レヴリッツを囲うようにして展開された爆炎。
それらは迫る弾幕を全て燃やし尽くしていく。
彼は咄嗟の判断で着物の裏面を切り離し、そこに落雷させたのだ。
新人杯でリオート相手に披露した以来の掠め手……『火鼠の毛皮』を縫い付けた着物を使う。
「炎……おもしろい。だが、どれだけ僕の砲撃を凌いでも天には届かない」
黒煙の合間を縫ってレヴリッツが飛び出す。
しかし、彼は天空に座するイルクリスへ刃を届かせることはできない。
飛翔体に攻撃する術を彼が持っていない限り、イルクリスが一方的に天から攻撃を続けていれば勝てる。
「『人貧すれば天窮欲す。人富めば天窮失す』
……外国のことわざです。知っていますか?」
唐突にレヴリッツは地上から問うた。
イルクリスはゆっくりと首を横に振る。
「いや、知らないな。だけど素敵なことわざだ」
「つまり、どういうことかっていうと……手の届かない場所に欲しい物があるのなら、強引に奪い取らなきゃいけないってことです」
イルクリスが天を飛び、恣に戦況を操るのならば……主導権を強引にレヴリッツが奪い取ってみせる。
彼はそっと懐に手を入れ、ぐるぐると飛び回るイルクリスを目で追う。
同時に魔力を操り周囲に雷糸を巡らせた。
「ふむ……痺れるね。
だが、今の僕は生半可な攻撃じゃ鈍らせることもできないよ」
イルクリスは天空に巡らされた雷の糸に触れる。
独壇場によって超強化された彼にとって、雷糸など静電気に等しい。もしもレヴリッツが生温い雷で自分を堕とそうとしているなら、それは大きな間違いだ。
「帯電……雷光……ばーん!」
「!」
瞬間、フラッシュが迸る。
闇に閉ざされた空間。
この場において、いきなりフラッシュを焚けば強烈な目くらましになる。
イルクリスの怯みを確認したレヴリッツ。
彼は懐から黒い刃を取り出してイルクリス……ではなく、背後にあるマシンガンに向けて何十本もぶん投げた。
いわゆる苦無である。
「侍かと思った? 残念、忍者でした!」
マシンガンが爆ぜる。レヴリッツの苦無はただの鉄器ではない、周囲の魔力を引き寄せて爆発する魔鋼製。イルクリスのマシンガンはたちまち内燃機関を駄目にされ、おまけに爆発に利用されてしまった。
天空で起こった大爆発。
さしものイルクリスといえども衝撃に耐えられず、体勢を崩しながら地面に転がった。
「卑怯……とは言えないな。僕も強力な兵器を持ち込んだんだ。
それを利用されて深手を負っただけのこと……!」
たとえマシンガンなどなくても、彼は闘える。
正面からすかさず迫ったレヴリッツの剣閃。
イルクリスは半身を捻って回避。第二の兵器を着装した。
右手に戦槌、左手に小銃。
纏うは電磁装甲。
ここからが【烈機】の本領だ。
彼は槌を豪快に振り上げ、防御姿勢のレヴリッツを吹き飛ばす。
続いて小銃の魔弾を連射。
「チッ……《羽衣》!」
レヴリッツは魔力を周囲に展開し、あらゆる事象を受け流すように気流を操る。
小さな魔弾であればこれで対処可能。
彼が衝撃を凌いで視線を上げた時、そこにイルクリスの姿はなかった。
(気配が消えた……? いや……)
「上だよ」
大きな風切り音、影。
頭上では巨大な戦槌がレヴリッツを圧し潰さんと迫っていた。
瞬時の判断で刀を掲げたレヴリッツ。
刀身と鍔とが戦槌に相克。ミシミシと音を立てて……数秒後に刀が粉砕された。
重圧から逃れたレヴリッツは、大きく後退して息を調える。
(刀が壊れてしまったか……掠め手はいくつも用意しているが、メインウェポンを失ったのは痛いな。イルクリス先輩はこの『血染月夜』の下で、馬鹿げたパワーとスピードを持っている。
刀なしに彼を攻略するのは……難しい、が……)
「どうした、レヴリッツ? 貴君のことだ……まさか万策尽きたわけではないだろう?」
「もちろん。その刀、けっこう高かったのでショックを受けていただけです」
黒ヶ峰ほどでないにせよ、壊れた刀はかなりの業物だった。明日のマスター級昇格戦までに新調しなければならないと考えると、少し気が重い。
イルクリスが砲撃主体から近接主体に切り替えたように、レヴリッツもまた戦闘スタイルを切り替える。これからは今までに見せたことのない……竜殺しならざる側面を出す。無論、殺人技法……『シルバミネ秘奥』ではない。
「シロハ十法──」
何度も言っているが、レヴリッツは侍のように見えて忍者に近い。
ハドリッツから教わった術も忍術が多かった。
彼は己の得意とする雷魔術を起動。再び駆け巡った紫電。イルクリスは先程のようにフラッシュに惑わされないよう、視覚に魔力を宿す。
「──《雷遁ノ術》」
バチ。
バトルフィールド全体に紫電が広がる。
無数の蛇のように、雷の糸が明滅してのたうち。
レヴリッツは激しく光る雷光に紛れていた。
これが真昼の闘いであれば、イルクリスは即座にレヴリッツの位置を看破できていただろう。しかし今は夜よりも暗い闇。煩わしい雷の数々に溶けたレヴリッツを追うことは難しい。
イルクリスは対処法を思案する。
(こちらから追うのは下策。勝負を決めようとする以上、レヴリッツは必ず僕に接近するはずだ。
今は電磁装甲をひたすら固めて、彼が近づいた瞬間に撃ち抜く。攻撃力、防御力、速度……すべてにおいて独壇場展開者の僕が上なのだから)
気配、気配、気配。
時折輝く雷の傍に、走り回るレヴリッツの影が見える。ひたすらにシールドの強度を上げながら、イルクリスは相手の接近を待つ。
細切れの戦場、見切りの一瞬。
彼らは衝突に向けて全力で思考を巡らせていた。
(あのバリア……柔な攻撃では破れないな。こちらが接近したと同時に仕留めるつもりか。たしかに、急所を突かなければイルクリス先輩は倒せない。急所を突くために接近する必要があるが……他にも手段は残されている)
着物の裾に隠した物体に手をかける。
とある術を発動するための手榴弾。
一つしかないので、チャンスは一度だけ。
次の一手で勝負を決めなければならない。
呼吸を整えてレヴリッツは実行に移った。
まず、周囲に拡散した雷を操る。
徐々に徐々に、少しずつ……イルクリスの下へと収縮させていく。
可能な限り一箇所に雷を集めるように。
続いて、いよいよ近接戦だ。
接近して勝負を仕掛けるが……これは急所を突くためではない。
接近した瞬間、レヴリッツを仕留めようとイルクリスは猛撃を放ってくるだろう。
それらの攻撃全てを往なし、勝利する。
(打掛る……!)
雷幕より、一つの影が舞う。
レヴリッツは月影となって急襲を仕掛けた。
「来るか……!」
迫る影を捉えたイルクリス。電磁装甲の準備は万端。
もはや如何なる攻撃も寄せ付けない。
彼はそっと小銃を構え、レヴリッツを穿ち抜く姿勢を整えた。
防御に意識を向ける必要はない。ただひたすらに、レヴリッツに魔弾を命中させることだけに集中する。
「──そこだ!」
引き金を引く。
真正面、レヴリッツの眉間。紫色の小さな魔弾が穿つ。
一秒後にはセーフティ装置が鳴り、勝負が終わっているだろう……イルクリスは確信した。
だが、逸れた。
レヴリッツは予めイルクリスの行動を想定していたかのように身をよじり、銃撃を眉間ではなく肩に逸らす。
これで致命の一撃は免れたが……
(その位置に傷を負えば……もう腕は動かせない!)
重症には違いない。
強烈な魔弾を食らったレヴリッツは体勢を崩し、前のめりになって転がった。
イルクリスは追撃を仕掛けるために足元へ目を向け……
「……?」
何かがレヴリッツの手から落ちていた。
小さな、黒い楕円状の……手榴弾。
「シロハ秘術・水牢──」
爆ぜる。小さな見た目からは想像もできないほど、大量の水が溢れ出す。
まるで濁流だ。大きな水の渦がイルクリスの足元に広がった。
だが、彼は動じない。
この程度の水流……展開したシールドを破ることはできない。
おそらく水責め、もしくは濁流による体勢崩しを狙ったのだろうが、レヴリッツの策略は失敗に終わる。
「──《触神》」
一気に雷を引き寄せたレヴリッツ。
彼はイルクリスが纏う電磁装甲に触れた。
「ぐ……あぁぁあっ!?」
突如として強烈な刺激がイルクリスに走る。
そう、このシールドは電気・磁気の力で生み出した物。
ならば突破手段は物理でなくともよい。
一気に雷を寄せ集め、電磁装甲に負荷を齎す。
そして……この水渦だ。
いわゆる感電。レヴリッツの術『触神』は、水と雷の反応を急速に進める術。
本来は雨天時に行使する技だが……強引に感電を誘発させるために、水の手榴弾を携行していた。
「強固な守り……お見事です。ですが、電磁の守りこそが仇となる」
電磁装甲の電力がすべて威力に上乗せされ、強烈な感電がイルクリスに襲いかかる。
朦朧とする意識。白む視界。
波に流されながらも彼は寸前で意識を保つ。
(まだ……諦めるわけには……)
──意地だ。
プロ級を背負う者として、ファンの期待を背負う者として。
彼が倒れることはまだ許されなかった。
全身の筋肉が痺れ、意識が神経と接続せず、体はまともに動かない。
右肩を穿たれたレヴリッツはゆっくりと起き上がり、水流を踏み締めてイルクリスへ迫っている。
「まだ……!」
重い戦槌は手放した。
しかし小銃はまだ手に握られている。
体が動かないのならば、せめて腕だけでも。
一縷の望みに賭けてレヴリッツ・シルヴァの道を阻む。
「僕は……闘えるっ……!」
動かぬ肉体を励起させ、わずかに腕を持ち上げる。
たとえ無様でも、パフォーマーとしてダサくても。
彼の誇りは傷つかない。
こちらへ向かうレヴリッツへと狙いを定めて──最後の一撃を。
「……!」
放たれた魔弾。
それは静かにレヴリッツの胸元を貫いた。
だが、セーフティ装置は鳴らない。
鋭い痛みにレヴリッツは顔を顰めるも、歩みを止めることはなかった。
「全て……受け止めました。僕に対する怒り。プロとしての信念。そして……僕のような新参者がマスター級に飛ぶことへの、悔しさ。
あなたの……いいえ。あなたたちの想いを受け止め、この胸を貫いてもらった上で、僕は先へ行かせてもらいます」
イルクリスの傍に立った彼は、静かに宣言した。
視聴者の誰もが両者の信念を感じ取る。
互いにどうしても譲れないモノがあるのだと。
「あぁ……ずるいなぁ。羨ましいよ。だけど……そうだね。
試験官として判断を下そう。
レヴリッツ・シルヴァ。貴君の昇格を認める」
「──対戦、ありがとうございました」
静かに苦無を振り下ろす。
イルクリスのセーフティ装置が鳴った。
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しかし、勇者たちは知らなかった。伝説の聖剣も、鉄壁の鎧も、ルークのスキル『修復』によるメンテナンスがあったからこそ、性能を維持できていたことを。
一方、最果ての村にたどり着いたルークは、ボロボロの小屋を直して、小さな「修理屋」を開店する。
彼の『修復』スキルは、単に物を直すだけではない。錆びた剣は名刀に、古びたポーションは最高級エリクサーに、品質すらも「新品以上」に進化させる規格外の力だったのだ。
引退した老剣士の愛剣を蘇らせ、村の井戸を枯れない泉に直し、ついにはお忍びで来た王女様の不治の病まで『修理』してしまい――?
ルークの店には、今日も世界中から依頼が殺到する。
「えっ、勇者たちが新品の剣をすぐに折ってしまって困ってる? 知りませんが、とりあえず最後尾に並んでいただけますか?」
これは、職人少年が辺境の村を世界一の都へと変えていく、ほのぼの逆転サクセスストーリー。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
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