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5章 晩冬堕天戦
16. 蹴落とす理由
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レヴリッツ・シルヴァはプロ級への昇格を決めた。
明日のマスター級昇格戦に向けて、すぐに調整に入らなければならない。
「……連戦はきついな」
イルクリスは手強かった。
痛む右肩を抑え、彼は控室で闘いを振り返る。
正直なところ、もっと余裕で勝てると慢心していたのだ。
明日はさらに強力な相手が出てくることになる。
傷は治癒魔術ですぐに治るだろう。
ただし、魔力までは完全に回復するかわからない。
完全ではない状態で、マスター級パフォーマーに挑む……厳しい状況だ。
「やあ、邪魔するよ」
彼が明日を憂いていると、控室にエジェティルがやって来た。
「さっきの昇格戦は熱かったね。互いに意地を見せ、全力で信念をぶつけ合った。やっぱりパフォーマンスはこうでなくちゃ」
「僕も先の闘いには満足しています。ただ……明日、どうなるのでしょう」
レヴリッツは俯く。
急に不安が募りはじめた。
プロ級パフォーマーの強さが玉石混交なのは知っていた。
下位層には圧勝できるが、上位層……イルクリスには苦戦してしまったのだ。
マスター級の相手はどうだろうか。レヴリッツに務まるだろうか。
以前、カガリとミラクの闘いを見たことがある。
マスター級のミラクは一見カガリに押されていたように見えたが……アレは配信している手前、手加減していたのだろう。
まだレヴリッツはバトルパフォーマーの頂点たちの本気を見ていない。
「いまさら弱音を吐くつもりじゃないだろう? ここで弱気な姿勢を見せられては、君をマスター級に推薦した私の面目が立たない」
「わかっています。僕は勝たなくてはならない。だから勝つのです」
シルバミネ秘奥や黒ヶ峰を使ってしまえば、勝利することは容易い。
しかしレヴリッツ・シルヴァとして活動する以上は、それらの技には頼らないと決めている。
「先程、明日の試験官を務めてもらう子と話をしてきた。忖度などせずに全力でレヴリッツ・シルヴァを蹴散らしてくれ……とね」
「重畳です。相手が全力でなければつまらない」
強者と闘う喜び。
それはレヴリッツが幼少期、ソラフィアートに教えてもらったものだ。
「生か死か」……レヴリッツの価値観はそれだけだった。
しかしソラフィアートとの闘いから、彼は勝負を楽しむ精神を生み出したのだった。
今。
こうしてバトルパフォーマンスに酔っているのも、あの日のおかげだ。
「エジェティル様。ソラフィアートと僕の契約を知っていますか?」
「契約……? 娘とレヴリッツ君に何の関係が?
娘に挑みたいのは知っていたけれど……面識があったのかい?」
「僕は幼い頃、彼女を殺す契約をしました。
彼女を殺す任務を受けましたが、失敗して……その時に。
いつの日か彼女を殺す契約をしたのです」
エジェティルは面食らった。
まさか自分の娘に正々堂々と殺害予告をされるとは。
「ふ……はははっ! そうか、殺す契約か!
ちなみに、契約書などは書いたのかい?」
「いいえ。口約束です」
「口約束か。……反故にしようとは思わなかった?」
レヴリッツは人生を思い返してみる。
契約の履行を諦めようとしたことはあっただろうか。
「いいえ……ありません。
僕はずっと、その契約を糧として生きてきたのだと思います」
「ではもう一つ質問。
君はまさか……バトルパフォーマンスの最中に娘を殺すつもりかな?」
レヴリッツは答えに窮してしまう。
まさか公衆の面前で殺人を犯すわけにもいかない。しかし、ソラフィアートとの契約を果たすことが人生の終着点なら……彼女を殺して自分が死ぬのも悪くない。
どちらにせよ、契約を果たした先に目標などないのだから。
「どうでしょうか。
さすがに娘を殺されれば、エジェティル様も怒ると思いますけど」
「そりゃそうだ。だけど、レヴリッツ君にできるかな?
あるいは……「殺す」とは額面通りの意味ではないのだろうか」
幼い頃、レヴリッツは確実に『命を奪う』という意味で契約を交わした。
だが、もしも。
違う意味があるとするならば──
-----
「はぁ……」
マスター級パフォーマー、ユニ・キュロイは溜息を吐いた。
画面にはレヴリッツがイルクリスに勝利した場面が映っている。
昇格戦のアーカイブを見返して、彼女は明日闘う相手を観察していた。
飛び級。すなわち天才の証左。
過去にただ一人飛び級したソラフィアートも天才だ。
「うーん……? うぬぬ……」
だが、このレヴリッツ・シルヴァという男……天才とは思えない。
プロ級のイルクリス相手にも苦戦している始末。
いくらイルクリスがプロ最強とはいえ、マスター級には遠く及ばない。
本音を言えば、ユニはレヴリッツに負ける気がしなかった。
「まあ、人は見かけによらず。これがパフォーマンスを盛り上げるために苦戦している演技だったら……面白いんだけど」
「ユニ、さっきからブツブツ何言ってるの?」
彼女の傍にはもう一人、少女がいた。
件の天才……【天上麗華】ソラフィアート・クラーラクトである。
「明日の昇格戦の相手。なーんか微妙かもって」
「そういえば新しい人が入ってくるんだったね。
明日はがんばって」
ソラフィアートは応援しているものの、言葉に魂が籠っていない。
基本的に彼女は他人に無関心だ。
自分と同じく飛び級してくる人のことも、何も知ろうとはしないほどに。
「フィアは明日、応援来てくれる?」
「えー……めんどくさいなぁ。あんまり興味ないんだよね」
「それな。どうせフィアより強い人なんていないし。
ま、ぼくが昇格してこようとする奴なんて蹴落とすから。
安心しといてよ」
「うーん……そうだねー」
何を言っても、ソラフィアートは関心を示さない。
すべてを持つが故に、すべてに対して飽いている。
一番関心を持っているのがネットサーフィンという事実。
「ぼくはヘマなんてしないから。フィアの昇格戦の時、レイノルドがボコボコにされたみたいに……無様な醜態は晒さない」
「うん……ユニなら大丈夫。たぶん。
……あ、そうだ。ユニさ、なんかゲーム漁ろうよ。コラボでやれそうなやつ」
「フィアさあ……昇格戦のことマジで興味ないじゃん。
とりあえず明日の調整に入るから、また今度ね。明日は絶対見に来てよ!」
ユニは友人に告げ、軽やかな足取りで去って行く。
これから向かうは修練場。
明日に向けて身体は動かしておく。
いくら相手が強そうに見えないとはいえ、深奥に隠し持った力は測り知れない。
油断は禁物。負ける可能性を少しでも減らす。
「やっぱりムカつくなぁ……」
彼女は誰もいない廊下で、ひっそりと呟いた。
「フィア……本当に嫌いだよ。
レヴリッツくん、マスターには上がってこない方がいいのにな。ぼくが全力で蹴落としてあげないと。
あんなにバトルパフォーマンスを舐め腐った人が頂点なんて……知ったら幻滅するだろうな……」
明日のマスター級昇格戦に向けて、すぐに調整に入らなければならない。
「……連戦はきついな」
イルクリスは手強かった。
痛む右肩を抑え、彼は控室で闘いを振り返る。
正直なところ、もっと余裕で勝てると慢心していたのだ。
明日はさらに強力な相手が出てくることになる。
傷は治癒魔術ですぐに治るだろう。
ただし、魔力までは完全に回復するかわからない。
完全ではない状態で、マスター級パフォーマーに挑む……厳しい状況だ。
「やあ、邪魔するよ」
彼が明日を憂いていると、控室にエジェティルがやって来た。
「さっきの昇格戦は熱かったね。互いに意地を見せ、全力で信念をぶつけ合った。やっぱりパフォーマンスはこうでなくちゃ」
「僕も先の闘いには満足しています。ただ……明日、どうなるのでしょう」
レヴリッツは俯く。
急に不安が募りはじめた。
プロ級パフォーマーの強さが玉石混交なのは知っていた。
下位層には圧勝できるが、上位層……イルクリスには苦戦してしまったのだ。
マスター級の相手はどうだろうか。レヴリッツに務まるだろうか。
以前、カガリとミラクの闘いを見たことがある。
マスター級のミラクは一見カガリに押されていたように見えたが……アレは配信している手前、手加減していたのだろう。
まだレヴリッツはバトルパフォーマーの頂点たちの本気を見ていない。
「いまさら弱音を吐くつもりじゃないだろう? ここで弱気な姿勢を見せられては、君をマスター級に推薦した私の面目が立たない」
「わかっています。僕は勝たなくてはならない。だから勝つのです」
シルバミネ秘奥や黒ヶ峰を使ってしまえば、勝利することは容易い。
しかしレヴリッツ・シルヴァとして活動する以上は、それらの技には頼らないと決めている。
「先程、明日の試験官を務めてもらう子と話をしてきた。忖度などせずに全力でレヴリッツ・シルヴァを蹴散らしてくれ……とね」
「重畳です。相手が全力でなければつまらない」
強者と闘う喜び。
それはレヴリッツが幼少期、ソラフィアートに教えてもらったものだ。
「生か死か」……レヴリッツの価値観はそれだけだった。
しかしソラフィアートとの闘いから、彼は勝負を楽しむ精神を生み出したのだった。
今。
こうしてバトルパフォーマンスに酔っているのも、あの日のおかげだ。
「エジェティル様。ソラフィアートと僕の契約を知っていますか?」
「契約……? 娘とレヴリッツ君に何の関係が?
娘に挑みたいのは知っていたけれど……面識があったのかい?」
「僕は幼い頃、彼女を殺す契約をしました。
彼女を殺す任務を受けましたが、失敗して……その時に。
いつの日か彼女を殺す契約をしたのです」
エジェティルは面食らった。
まさか自分の娘に正々堂々と殺害予告をされるとは。
「ふ……はははっ! そうか、殺す契約か!
ちなみに、契約書などは書いたのかい?」
「いいえ。口約束です」
「口約束か。……反故にしようとは思わなかった?」
レヴリッツは人生を思い返してみる。
契約の履行を諦めようとしたことはあっただろうか。
「いいえ……ありません。
僕はずっと、その契約を糧として生きてきたのだと思います」
「ではもう一つ質問。
君はまさか……バトルパフォーマンスの最中に娘を殺すつもりかな?」
レヴリッツは答えに窮してしまう。
まさか公衆の面前で殺人を犯すわけにもいかない。しかし、ソラフィアートとの契約を果たすことが人生の終着点なら……彼女を殺して自分が死ぬのも悪くない。
どちらにせよ、契約を果たした先に目標などないのだから。
「どうでしょうか。
さすがに娘を殺されれば、エジェティル様も怒ると思いますけど」
「そりゃそうだ。だけど、レヴリッツ君にできるかな?
あるいは……「殺す」とは額面通りの意味ではないのだろうか」
幼い頃、レヴリッツは確実に『命を奪う』という意味で契約を交わした。
だが、もしも。
違う意味があるとするならば──
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「はぁ……」
マスター級パフォーマー、ユニ・キュロイは溜息を吐いた。
画面にはレヴリッツがイルクリスに勝利した場面が映っている。
昇格戦のアーカイブを見返して、彼女は明日闘う相手を観察していた。
飛び級。すなわち天才の証左。
過去にただ一人飛び級したソラフィアートも天才だ。
「うーん……? うぬぬ……」
だが、このレヴリッツ・シルヴァという男……天才とは思えない。
プロ級のイルクリス相手にも苦戦している始末。
いくらイルクリスがプロ最強とはいえ、マスター級には遠く及ばない。
本音を言えば、ユニはレヴリッツに負ける気がしなかった。
「まあ、人は見かけによらず。これがパフォーマンスを盛り上げるために苦戦している演技だったら……面白いんだけど」
「ユニ、さっきからブツブツ何言ってるの?」
彼女の傍にはもう一人、少女がいた。
件の天才……【天上麗華】ソラフィアート・クラーラクトである。
「明日の昇格戦の相手。なーんか微妙かもって」
「そういえば新しい人が入ってくるんだったね。
明日はがんばって」
ソラフィアートは応援しているものの、言葉に魂が籠っていない。
基本的に彼女は他人に無関心だ。
自分と同じく飛び級してくる人のことも、何も知ろうとはしないほどに。
「フィアは明日、応援来てくれる?」
「えー……めんどくさいなぁ。あんまり興味ないんだよね」
「それな。どうせフィアより強い人なんていないし。
ま、ぼくが昇格してこようとする奴なんて蹴落とすから。
安心しといてよ」
「うーん……そうだねー」
何を言っても、ソラフィアートは関心を示さない。
すべてを持つが故に、すべてに対して飽いている。
一番関心を持っているのがネットサーフィンという事実。
「ぼくはヘマなんてしないから。フィアの昇格戦の時、レイノルドがボコボコにされたみたいに……無様な醜態は晒さない」
「うん……ユニなら大丈夫。たぶん。
……あ、そうだ。ユニさ、なんかゲーム漁ろうよ。コラボでやれそうなやつ」
「フィアさあ……昇格戦のことマジで興味ないじゃん。
とりあえず明日の調整に入るから、また今度ね。明日は絶対見に来てよ!」
ユニは友人に告げ、軽やかな足取りで去って行く。
これから向かうは修練場。
明日に向けて身体は動かしておく。
いくら相手が強そうに見えないとはいえ、深奥に隠し持った力は測り知れない。
油断は禁物。負ける可能性を少しでも減らす。
「やっぱりムカつくなぁ……」
彼女は誰もいない廊下で、ひっそりと呟いた。
「フィア……本当に嫌いだよ。
レヴリッツくん、マスターには上がってこない方がいいのにな。ぼくが全力で蹴落としてあげないと。
あんなにバトルパフォーマンスを舐め腐った人が頂点なんて……知ったら幻滅するだろうな……」
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