1 / 1
造花の心
しおりを挟む
人口の減少が止まらない。
そんな中で立ち上がったものが、「造花プロジェクト」。「造花」と「増加」をかけているだとか、そんな事はどうだって良くなる程に、人口は減少していた。
年間の、命を落とした者と、産み落とされた命は比べるまでもなく命を落とした方が多い。……仮に産まれた者に生きている人間の数を足したとしても、やはり死んでしまった人間の数には遠く及ばない。
少子化にストップをかける為に、社会の体制を云々と話している内はまだよかった。
雲行きはどんどんおかしくなり、気がつけば難しい顔をした人間が難しい研究を繰り返し、「造花プロジェクト」は立ち上がっていた。
「造花プロジェクト」――。
死んだ人間の心臓に、生のプログラムを施した造花を埋め込み、人間として扱うものだ。
新鮮な、全ての機能が停止する前の死体に移植してしまえば、脳の伝達信号のかわりにすらなるらしい。また、生前の記憶を引き継ぎ、全く同じ思考、全く同じ行動をする。
その為、社会としては崩壊せず、一応の「世界の存続」は可能。……理論上では。
プロジェクトを始め、最初こそは上手く行ったように見えた。
段々と実態が見えてくると、そこに心など無く、死体だったモノが社会の歯車に組み込まれて虚ろに動くだけだ。
不気味だ、不気味だと批判を浴びるようになるまで、そう時間もかからなかった。
死者への冒涜だとかいう批判はとっくの昔になくなってしまっていたほどにひっ迫した状態であっても、自分が被害に遭うとなれば話は別だったらしい。
ところで、造花を与えられし死者の中に、一人の女がいた。
彼女は、生前は明るく優しい、皆のムードメーカー。愛する人と結婚したばかりの人間だった。
命を落とした理由はこの件には関係ないが、とにかく造花を埋め込まれる前と、埋め込まれる後とで、全く違う人間になってしまっていたのだ。
「おい」
「はい」
夫が声をかければ、無感情に、無表情に返す。
「お前、大丈夫なのか?」
「はい」
尋ねても、無感情に、無表情。
「仕事は上手くいっているのか?」
「はい」
どんな話をしても、無感情に無表情なのである。
これは彼女に限った事ではなかったのだが、夫はついには我慢が出来なくなってしまった。
我慢が出来なくなったのが、どのくらいの時間が過ぎた後だったのか。これも関係は無いのだが、とにかく「もう無理だ!」と夫は声を荒げ、ある日家を出てしまったのだ。
結婚して幸せに過ごしていた部屋には、もう、死した肉体を動かすだけの女しかいない。
「……」
女は、毎日同じ動きをする。
一応食事を作り、一応部屋を片付け、一応仕事に行く。
女の「幸せだった世界」は既に無いのだが、それに何らかの感情を動かす事は無かったのだ。
だが、状況が変わったのは、ループのような日常がふとした瞬間に途切れ時だ。
「……?」
いつものように掃除をしていた。だが、その掃除の時に、ひらりと床に何かが落ちたのである。
女は拾い上げると、どうもそれは手紙のようだった。
手紙は読むもの。この認識があったが為に、彼女はそっと封筒を開け、便箋を取り出し、眼球を動かす。
「……ぁ……」
女の頬を伝ったのは、透明な液体だった。
「あぁ……」
おそらく、涙だったのだろう。造花の心では、泣けるはずなど無かったのに。
彼女の頭には、胸の造花には、「記憶」のような物が駆け巡る。
女とその夫は、昔はよく手紙のやりとりをしていた。
『お手紙、出してよ。貴方の字が好きなの』
『仕方ないな。それじゃあ君も手紙を出してくれ。君の文字が好きなんだ』
全身を駆け巡る様に、幸せだった日々が巡る。
ポタポタと涙のような液体を流すと。
ゆっくりと視線を巡らせると、デジタル時計が目に入った。西暦や日付も入っている、電波時計だ。
「どう、して……?」
彼女が目にしたのは、おおよそ自分が生きているとは思えない日付だったのだ。
それから慌てて家の中の様々な所を開け、様々なものを取り出し、散々読み漁る。どうやら自らが死した後、造花プロジェクトにて「生き返った」らしい事。夫の痕跡はなくなっており、彼はこの空間には存在しない事。それらを知ると、女はテレビをつけた。
砂嵐が映し出されたかと思えば、微かに「今日の人口は、18人でした」などと、絶望的な声がこぼれる。
一応は機能している社会。本当に、機能しているのか?
生前の感覚をふとした拍子に取り戻してしまった女は、不自然な現状に顔を青くし、座り込んだまま動けなくなってしまった。
不自然に出来上がった物は、どこまでも不自然だ。
本当はもう、生きている人なんてほとんどいない。プロジェクトを立ち上げた人間だって、皆死んでいる。
誰に言われなくとも、理解した。
幸せだった部屋を一歩出ると、荒廃した世界。ここに、自分のように「造花」を持つ、人間だった死体がうじゃうじゃと生活している。
こんな世界、必要ではない。愛した人も、生活も、何もないのだから。
心を持った彼女は――すべてを壊そうと、あるべき姿にしてしまおうと立ち上がり……そして――。
そんな中で立ち上がったものが、「造花プロジェクト」。「造花」と「増加」をかけているだとか、そんな事はどうだって良くなる程に、人口は減少していた。
年間の、命を落とした者と、産み落とされた命は比べるまでもなく命を落とした方が多い。……仮に産まれた者に生きている人間の数を足したとしても、やはり死んでしまった人間の数には遠く及ばない。
少子化にストップをかける為に、社会の体制を云々と話している内はまだよかった。
雲行きはどんどんおかしくなり、気がつけば難しい顔をした人間が難しい研究を繰り返し、「造花プロジェクト」は立ち上がっていた。
「造花プロジェクト」――。
死んだ人間の心臓に、生のプログラムを施した造花を埋め込み、人間として扱うものだ。
新鮮な、全ての機能が停止する前の死体に移植してしまえば、脳の伝達信号のかわりにすらなるらしい。また、生前の記憶を引き継ぎ、全く同じ思考、全く同じ行動をする。
その為、社会としては崩壊せず、一応の「世界の存続」は可能。……理論上では。
プロジェクトを始め、最初こそは上手く行ったように見えた。
段々と実態が見えてくると、そこに心など無く、死体だったモノが社会の歯車に組み込まれて虚ろに動くだけだ。
不気味だ、不気味だと批判を浴びるようになるまで、そう時間もかからなかった。
死者への冒涜だとかいう批判はとっくの昔になくなってしまっていたほどにひっ迫した状態であっても、自分が被害に遭うとなれば話は別だったらしい。
ところで、造花を与えられし死者の中に、一人の女がいた。
彼女は、生前は明るく優しい、皆のムードメーカー。愛する人と結婚したばかりの人間だった。
命を落とした理由はこの件には関係ないが、とにかく造花を埋め込まれる前と、埋め込まれる後とで、全く違う人間になってしまっていたのだ。
「おい」
「はい」
夫が声をかければ、無感情に、無表情に返す。
「お前、大丈夫なのか?」
「はい」
尋ねても、無感情に、無表情。
「仕事は上手くいっているのか?」
「はい」
どんな話をしても、無感情に無表情なのである。
これは彼女に限った事ではなかったのだが、夫はついには我慢が出来なくなってしまった。
我慢が出来なくなったのが、どのくらいの時間が過ぎた後だったのか。これも関係は無いのだが、とにかく「もう無理だ!」と夫は声を荒げ、ある日家を出てしまったのだ。
結婚して幸せに過ごしていた部屋には、もう、死した肉体を動かすだけの女しかいない。
「……」
女は、毎日同じ動きをする。
一応食事を作り、一応部屋を片付け、一応仕事に行く。
女の「幸せだった世界」は既に無いのだが、それに何らかの感情を動かす事は無かったのだ。
だが、状況が変わったのは、ループのような日常がふとした瞬間に途切れ時だ。
「……?」
いつものように掃除をしていた。だが、その掃除の時に、ひらりと床に何かが落ちたのである。
女は拾い上げると、どうもそれは手紙のようだった。
手紙は読むもの。この認識があったが為に、彼女はそっと封筒を開け、便箋を取り出し、眼球を動かす。
「……ぁ……」
女の頬を伝ったのは、透明な液体だった。
「あぁ……」
おそらく、涙だったのだろう。造花の心では、泣けるはずなど無かったのに。
彼女の頭には、胸の造花には、「記憶」のような物が駆け巡る。
女とその夫は、昔はよく手紙のやりとりをしていた。
『お手紙、出してよ。貴方の字が好きなの』
『仕方ないな。それじゃあ君も手紙を出してくれ。君の文字が好きなんだ』
全身を駆け巡る様に、幸せだった日々が巡る。
ポタポタと涙のような液体を流すと。
ゆっくりと視線を巡らせると、デジタル時計が目に入った。西暦や日付も入っている、電波時計だ。
「どう、して……?」
彼女が目にしたのは、おおよそ自分が生きているとは思えない日付だったのだ。
それから慌てて家の中の様々な所を開け、様々なものを取り出し、散々読み漁る。どうやら自らが死した後、造花プロジェクトにて「生き返った」らしい事。夫の痕跡はなくなっており、彼はこの空間には存在しない事。それらを知ると、女はテレビをつけた。
砂嵐が映し出されたかと思えば、微かに「今日の人口は、18人でした」などと、絶望的な声がこぼれる。
一応は機能している社会。本当に、機能しているのか?
生前の感覚をふとした拍子に取り戻してしまった女は、不自然な現状に顔を青くし、座り込んだまま動けなくなってしまった。
不自然に出来上がった物は、どこまでも不自然だ。
本当はもう、生きている人なんてほとんどいない。プロジェクトを立ち上げた人間だって、皆死んでいる。
誰に言われなくとも、理解した。
幸せだった部屋を一歩出ると、荒廃した世界。ここに、自分のように「造花」を持つ、人間だった死体がうじゃうじゃと生活している。
こんな世界、必要ではない。愛した人も、生活も、何もないのだから。
心を持った彼女は――すべてを壊そうと、あるべき姿にしてしまおうと立ち上がり……そして――。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お姉さまに挑むなんて、あなた正気でいらっしゃるの?
中崎実
ファンタジー
若き伯爵家当主リオネーラには、異母妹が二人いる。
殊にかわいがっている末妹で気鋭の若手画家・リファと、市中で生きるしっかり者のサーラだ。
入り婿だったのに母を裏切って庶子を作った父や、母の死後に父の正妻に収まった継母とは仲良くする気もないが、妹たちとはうまくやっている。
そんな日々の中、暗愚な父が連れてきた自称「婚約者」が突然、『婚約破棄』を申し出てきたが……
※第2章の投稿開始後にタイトル変更の予定です
※カクヨムにも同タイトル作品を掲載しています(アルファポリスでの公開は数時間~半日ほど早めです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる