造花の心

二ノ宮明季

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造花の心

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 人口の減少が止まらない。

 そんな中で立ち上がったものが、「造花プロジェクト」。「造花」と「増加」をかけているだとか、そんな事はどうだって良くなる程に、人口は減少していた。

 年間の、命を落とした者と、産み落とされた命は比べるまでもなく命を落とした方が多い。……仮に産まれた者に生きている人間の数を足したとしても、やはり死んでしまった人間の数には遠く及ばない。

 少子化にストップをかける為に、社会の体制を云々と話している内はまだよかった。

 雲行きはどんどんおかしくなり、気がつけば難しい顔をした人間が難しい研究を繰り返し、「造花プロジェクト」は立ち上がっていた。

 「造花プロジェクト」――。

 死んだ人間の心臓に、生のプログラムを施した造花を埋め込み、人間として扱うものだ。

 新鮮な、全ての機能が停止する前の死体に移植してしまえば、脳の伝達信号のかわりにすらなるらしい。また、生前の記憶を引き継ぎ、全く同じ思考、全く同じ行動をする。

 その為、社会としては崩壊せず、一応の「世界の存続」は可能。……理論上では。





 プロジェクトを始め、最初こそは上手く行ったように見えた。

 段々と実態が見えてくると、そこに心など無く、死体だったモノが社会の歯車に組み込まれて虚ろに動くだけだ。

 不気味だ、不気味だと批判を浴びるようになるまで、そう時間もかからなかった。

 死者への冒涜だとかいう批判はとっくの昔になくなってしまっていたほどにひっ迫した状態であっても、自分が被害に遭うとなれば話は別だったらしい。

 ところで、造花を与えられし死者の中に、一人の女がいた。

 彼女は、生前は明るく優しい、皆のムードメーカー。愛する人と結婚したばかりの人間だった。

 命を落とした理由はこの件には関係ないが、とにかく造花を埋め込まれる前と、埋め込まれる後とで、全く違う人間になってしまっていたのだ。

「おい」

「はい」

 夫が声をかければ、無感情に、無表情に返す。

「お前、大丈夫なのか?」

「はい」

 尋ねても、無感情に、無表情。

「仕事は上手くいっているのか?」

「はい」

 どんな話をしても、無感情に無表情なのである。

 これは彼女に限った事ではなかったのだが、夫はついには我慢が出来なくなってしまった。

 我慢が出来なくなったのが、どのくらいの時間が過ぎた後だったのか。これも関係は無いのだが、とにかく「もう無理だ!」と夫は声を荒げ、ある日家を出てしまったのだ。

 結婚して幸せに過ごしていた部屋には、もう、死した肉体を動かすだけの女しかいない。





「……」

 女は、毎日同じ動きをする。

 一応食事を作り、一応部屋を片付け、一応仕事に行く。

 女の「幸せだった世界」は既に無いのだが、それに何らかの感情を動かす事は無かったのだ。

 だが、状況が変わったのは、ループのような日常がふとした瞬間に途切れ時だ。

「……?」

 いつものように掃除をしていた。だが、その掃除の時に、ひらりと床に何かが落ちたのである。

 女は拾い上げると、どうもそれは手紙のようだった。

 手紙は読むもの。この認識があったが為に、彼女はそっと封筒を開け、便箋を取り出し、眼球を動かす。

「……ぁ……」

 女の頬を伝ったのは、透明な液体だった。

「あぁ……」

 おそらく、涙だったのだろう。造花の心では、泣けるはずなど無かったのに。

 彼女の頭には、胸の造花には、「記憶」のような物が駆け巡る。

 女とその夫は、昔はよく手紙のやりとりをしていた。

『お手紙、出してよ。貴方の字が好きなの』

『仕方ないな。それじゃあ君も手紙を出してくれ。君の文字が好きなんだ』

 全身を駆け巡る様に、幸せだった日々が巡る。

 ポタポタと涙のような液体を流すと。

 ゆっくりと視線を巡らせると、デジタル時計が目に入った。西暦や日付も入っている、電波時計だ。

「どう、して……?」

 彼女が目にしたのは、おおよそ自分が生きているとは思えない日付だったのだ。

 それから慌てて家の中の様々な所を開け、様々なものを取り出し、散々読み漁る。どうやら自らが死した後、造花プロジェクトにて「生き返った」らしい事。夫の痕跡はなくなっており、彼はこの空間には存在しない事。それらを知ると、女はテレビをつけた。

 砂嵐が映し出されたかと思えば、微かに「今日の人口は、18人でした」などと、絶望的な声がこぼれる。

 一応は機能している社会。本当に、機能しているのか?

 生前の感覚をふとした拍子に取り戻してしまった女は、不自然な現状に顔を青くし、座り込んだまま動けなくなってしまった。





 不自然に出来上がった物は、どこまでも不自然だ。

 本当はもう、生きている人なんてほとんどいない。プロジェクトを立ち上げた人間だって、皆死んでいる。

 誰に言われなくとも、理解した。

 幸せだった部屋を一歩出ると、荒廃した世界。ここに、自分のように「造花」を持つ、人間だった死体がうじゃうじゃと生活している。

 こんな世界、必要ではない。愛した人も、生活も、何もないのだから。

 心を持った彼女は――すべてを壊そうと、あるべき姿にしてしまおうと立ち上がり……そして――。

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