17 / 25
17
しおりを挟む
17
私と日高は教室にいた。教室の、開けっ放しのドアの前に二人で立って、中を見る。
「――っ!」
日高が、息を飲んだのが分かった。
中は、真っ赤だ。夕日の色と、血の色。
血だまりの中、もう一人の『私』と『日高』は向かい合っている。
その足元に転がっている人物が、今なら分かる。日高を虐めていた二人組の男子生徒だ。確か、江藤と川島。
この光景を、私は一度、あの『百瀬橙子』の視点で見ている。
「だって、仕方がなかったの」
『私』が言う。狂気じみた笑顔を浮かべて。
「私、あんたを助けたかったんだもの」
『私』の手には、真っ赤に染まったナイフ。
「……百瀬、どうなってるの? これ」
「これは、人形の言葉を信じるなら平行世界の私達、って事になるんだと思う。中身は記憶の欠片そのままみたい。あの時は、あっちの私の視点で見た訳だから、ちょっと違うけど」
私の近くにいる日高が尋ねたので、答える。彼は眉間に皺を寄せて、じっと目の前で繰り広げられる光景を見ていた。
「後悔してないから。二人を殺した事」
平行世界の『私』は、誇らしげに血まみれの手を上げて、向こうの『日高』に見せる。
その『日高』は、様々な感情――怒りや、恐怖、悲しみなどがあるように思えるそれらを全て混ぜた表情をして、じっと『私』を見た。
「あんたが死んじゃう位なら、私がどうにかしてあげる。だって私、あんたの友達じゃん」
自分の事でありながら他人事。そして一度見た光景。けれど、ゾクっと全身が粟立った。
この『私』は、壊れている。
「……友達?」
「ここの、私とあんたは友達だったんでしょ。平行世界っていうんだから。この世界での時期にもよるけど、一年の時からクラスも一緒だったんじゃない?」
「あぁ、そっか……」
日高が、視線を目の前の光景から外せないままに私に尋ねた。私は、ちらりと彼を見てから答える。
呆然としている、という表現が、一番似合うような顔をしていた。
……ある意味、こいつも今まで同じような事をしていたのだけど、見るのとやるのは別なのだろう。残酷さは、一緒だと思うが。
「ねぇ、二人で逃げちゃおうよ」
血まみれの『私』は言う。確か、私があの時見たのはここまでだったはずだ。
「百瀬……」
向こうの『日高』が、震える声で名前を呼んだ。真っ赤に染まった『私』は、「何?」と首を傾げる。
「警察、行こう……」
「どうして?」
向こう側の『日高』の震える声と、向こうの『私』の真っ直ぐな声。
「私、昨日、こいつらに日高が車道に飛び込むことを強要させられた時に、思ったんだよね」
『私』は、真剣な顔で言う。その出来事は、私達が何度も見て、やり直した事と同じだったのだろうか?
「このままじゃ、日高が殺される、って」
……目の前で繰り広げられていたら、その危機感は覚える。私だって、止めようとしたのだから、それは分かった。
「私はただ、不安な要素を排除したに過ぎない。このままじゃ、友達が殺される。それを見ていられなかっただけなんだけど」
だからと言って、私には殺すという発想は出ない。そんな事、出来ない。
「百瀬、けど、これは」
「日高、嬉しくないの?」
「嬉しくは、ない」
向こう側の『日高』の反応に、『私』は、泣き出しそうな顔をする。子供じみた仕草に、自分ではないのに苛立ちを覚えた。
こんな事をしておいて、よく、そんな反応が出来る物だ、とか、私の姿で何を、とか、他にも色々感じる事はあったけれど、黙って続きを見る。
さっき日高と話していても、ここに居ても気付かれないのだから、あちらは、こちらの存在を認識する事は無いのだろう。何をしたって、無駄だ。だから、本当ならもっと近くに行って見る事も可能なのだろうが、なんだか動く気にはなれなかった。
「……嫌なの? 悲しいの? 悔しいの? 何なの?」
「俺だって、こいつらが消えてくれたらって毎日思ってた。だけど、百瀬にこんな事して貰ったって、嬉しくない。それに、死んでいる所を想像するのと、実際に死んでいるのを見るのは、違う。何度も殺してやろかと思ったし、何度も殺す事を想像した。だけど、それは、百瀬にして欲しい事じゃない」
『私』の問いに、『日高』は長々と答える。彼の表情は、真剣だ。
「百瀬が友達でいてくれるだけで、少なくとも、味方が一人いるってだけで頑張れた事、無駄になったんだよ」
なんとなく、隣に佇む日高の顔を見てみると、彼は、項垂れていた。今、どんな気持ちなのだろうか。
味方がいる事を羨んだのか、それとも、友達にこんな事をされたとしたら、を想像したのか。私には、分からない。
「でも、やってしまった事は戻らない。だから、警察に行こう」
『日高』がそういうと、『私』は、ナイフを握り直した。嫌な予感がする。
「じゃあ、やり直そう」
『私』が笑った。
「私と、日高と、全部やり直そうよ。きっとまた生まれ変われるよ」
彼女は、そう言って、握ったナイフを『日高』の腹に突き立てた。悪い予感は、当たったのだ。
「もも、せ……」
『日高』は、掠れた声で『私』の名前を呼ぶ。
「わかった……ももせだけ、わるものには……しないから」
「うん……」
「ふたり、で……やりなお、そう……」
「うん……」
二人とも、泣いていた。『私』は、自分の胸にもナイフを突き立てて、倒れ込む。
教室は、四人の血で塗れて、夕日は残酷に照らす。
ずっとそんな光景を見ていた私達の身体は、徐々に、徐々に透けて、やがて、この場所から消えてしまったのだった。
「一つ目の再生を終わりました」
白い空間で、私そっくりな人形は言う。
人形は二体とも、腕が生身の物へと変わっていて、私は慌てて自分の腕を見た。
……よかった、私は変わっていない。日高に視線を向けると、彼もどこもおかしくはなっていないようだ。
「あの世界の百瀬橙子は、日高笑太を、いき過ぎている程好きでした」
「そして日高笑太も、彼女を大切に思っていました」
人形二体が、感情の無い声で言う。
「しかし、距離感と大切にする方法を誤った二人は、あの後、死にました」
「その続きは知りません。では、連続再生を続けます」
人形の一言で、私達の見る世界は、また、変わる……。
私と日高は教室にいた。教室の、開けっ放しのドアの前に二人で立って、中を見る。
「――っ!」
日高が、息を飲んだのが分かった。
中は、真っ赤だ。夕日の色と、血の色。
血だまりの中、もう一人の『私』と『日高』は向かい合っている。
その足元に転がっている人物が、今なら分かる。日高を虐めていた二人組の男子生徒だ。確か、江藤と川島。
この光景を、私は一度、あの『百瀬橙子』の視点で見ている。
「だって、仕方がなかったの」
『私』が言う。狂気じみた笑顔を浮かべて。
「私、あんたを助けたかったんだもの」
『私』の手には、真っ赤に染まったナイフ。
「……百瀬、どうなってるの? これ」
「これは、人形の言葉を信じるなら平行世界の私達、って事になるんだと思う。中身は記憶の欠片そのままみたい。あの時は、あっちの私の視点で見た訳だから、ちょっと違うけど」
私の近くにいる日高が尋ねたので、答える。彼は眉間に皺を寄せて、じっと目の前で繰り広げられる光景を見ていた。
「後悔してないから。二人を殺した事」
平行世界の『私』は、誇らしげに血まみれの手を上げて、向こうの『日高』に見せる。
その『日高』は、様々な感情――怒りや、恐怖、悲しみなどがあるように思えるそれらを全て混ぜた表情をして、じっと『私』を見た。
「あんたが死んじゃう位なら、私がどうにかしてあげる。だって私、あんたの友達じゃん」
自分の事でありながら他人事。そして一度見た光景。けれど、ゾクっと全身が粟立った。
この『私』は、壊れている。
「……友達?」
「ここの、私とあんたは友達だったんでしょ。平行世界っていうんだから。この世界での時期にもよるけど、一年の時からクラスも一緒だったんじゃない?」
「あぁ、そっか……」
日高が、視線を目の前の光景から外せないままに私に尋ねた。私は、ちらりと彼を見てから答える。
呆然としている、という表現が、一番似合うような顔をしていた。
……ある意味、こいつも今まで同じような事をしていたのだけど、見るのとやるのは別なのだろう。残酷さは、一緒だと思うが。
「ねぇ、二人で逃げちゃおうよ」
血まみれの『私』は言う。確か、私があの時見たのはここまでだったはずだ。
「百瀬……」
向こうの『日高』が、震える声で名前を呼んだ。真っ赤に染まった『私』は、「何?」と首を傾げる。
「警察、行こう……」
「どうして?」
向こう側の『日高』の震える声と、向こうの『私』の真っ直ぐな声。
「私、昨日、こいつらに日高が車道に飛び込むことを強要させられた時に、思ったんだよね」
『私』は、真剣な顔で言う。その出来事は、私達が何度も見て、やり直した事と同じだったのだろうか?
「このままじゃ、日高が殺される、って」
……目の前で繰り広げられていたら、その危機感は覚える。私だって、止めようとしたのだから、それは分かった。
「私はただ、不安な要素を排除したに過ぎない。このままじゃ、友達が殺される。それを見ていられなかっただけなんだけど」
だからと言って、私には殺すという発想は出ない。そんな事、出来ない。
「百瀬、けど、これは」
「日高、嬉しくないの?」
「嬉しくは、ない」
向こう側の『日高』の反応に、『私』は、泣き出しそうな顔をする。子供じみた仕草に、自分ではないのに苛立ちを覚えた。
こんな事をしておいて、よく、そんな反応が出来る物だ、とか、私の姿で何を、とか、他にも色々感じる事はあったけれど、黙って続きを見る。
さっき日高と話していても、ここに居ても気付かれないのだから、あちらは、こちらの存在を認識する事は無いのだろう。何をしたって、無駄だ。だから、本当ならもっと近くに行って見る事も可能なのだろうが、なんだか動く気にはなれなかった。
「……嫌なの? 悲しいの? 悔しいの? 何なの?」
「俺だって、こいつらが消えてくれたらって毎日思ってた。だけど、百瀬にこんな事して貰ったって、嬉しくない。それに、死んでいる所を想像するのと、実際に死んでいるのを見るのは、違う。何度も殺してやろかと思ったし、何度も殺す事を想像した。だけど、それは、百瀬にして欲しい事じゃない」
『私』の問いに、『日高』は長々と答える。彼の表情は、真剣だ。
「百瀬が友達でいてくれるだけで、少なくとも、味方が一人いるってだけで頑張れた事、無駄になったんだよ」
なんとなく、隣に佇む日高の顔を見てみると、彼は、項垂れていた。今、どんな気持ちなのだろうか。
味方がいる事を羨んだのか、それとも、友達にこんな事をされたとしたら、を想像したのか。私には、分からない。
「でも、やってしまった事は戻らない。だから、警察に行こう」
『日高』がそういうと、『私』は、ナイフを握り直した。嫌な予感がする。
「じゃあ、やり直そう」
『私』が笑った。
「私と、日高と、全部やり直そうよ。きっとまた生まれ変われるよ」
彼女は、そう言って、握ったナイフを『日高』の腹に突き立てた。悪い予感は、当たったのだ。
「もも、せ……」
『日高』は、掠れた声で『私』の名前を呼ぶ。
「わかった……ももせだけ、わるものには……しないから」
「うん……」
「ふたり、で……やりなお、そう……」
「うん……」
二人とも、泣いていた。『私』は、自分の胸にもナイフを突き立てて、倒れ込む。
教室は、四人の血で塗れて、夕日は残酷に照らす。
ずっとそんな光景を見ていた私達の身体は、徐々に、徐々に透けて、やがて、この場所から消えてしまったのだった。
「一つ目の再生を終わりました」
白い空間で、私そっくりな人形は言う。
人形は二体とも、腕が生身の物へと変わっていて、私は慌てて自分の腕を見た。
……よかった、私は変わっていない。日高に視線を向けると、彼もどこもおかしくはなっていないようだ。
「あの世界の百瀬橙子は、日高笑太を、いき過ぎている程好きでした」
「そして日高笑太も、彼女を大切に思っていました」
人形二体が、感情の無い声で言う。
「しかし、距離感と大切にする方法を誤った二人は、あの後、死にました」
「その続きは知りません。では、連続再生を続けます」
人形の一言で、私達の見る世界は、また、変わる……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。
それは愛のない政略結婚――
人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。
後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる