シュガーチャーム

二ノ宮明季

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シュガーチャーム

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 佐藤さんは、砂糖が好きなのかもしれない。

 僕は向かい側に座る佐藤さんが、シュガーポットから角砂糖を摘まんで、紅茶の中に投入したのを見ながら思った。

「なぁに? じっと見ちゃって」

「いや、甘そうだな、と」

「そう?」

 僕の前にはブラックコーヒー。佐藤さんの前には、数分前までは何の甘味も入っていなかった紅茶が置かれている。

 そうこうしている内に、彼女はまた一つ、角砂糖を紅茶の中に放り込んだ。

「……それ、何個目?」

「8個目」

「入れすぎじゃない?」

「そうかも」

 彼女は僕を見ながら、にっこりとほほ笑む。あまりにも美しいその顔に、僕は思わず胸を高鳴らせた。

 紅茶に延々砂糖を入れ続ける理由は、僕には「砂糖好き」以外浮かんでこないが、もしかしたら物凄い理由があるのかもしれない。そう思わせるには十分すぎるほど、美しい微笑みはミステリアスだ。

「飲まないの?」

「うーん」

 彼女は、ティースプーンで紅茶の中をかき混ぜる。

 胸やけを覚えた僕は、自分のコーヒーを啜った。苦い。目の前の砂糖を見た後だから、余計に。

「まだダメね」

 ぽい。角砂糖もう一つ。

「何、してるの?」

「お砂糖を入れているのよ」

「う、うん、まぁ、分かるけど」

 というか、視覚的情報はそれしかない。

「うーん、言って理解出来るかしら?」

「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。でも話して貰えないと、どちらも難しいよ」

「それもそうね」

 佐藤さんは僕の答えに満足したように、ゆっくりと頷く。

「蠱毒をしてるの」

「蠱毒!?」

 想像もしていなかった言葉に、僕は目を丸くする。

「ああ、蠱毒を知らないの? 毒虫やカエルなんかを共食いさせて、最後に残った一匹が尊い存在になるの。早い話が、神霊化した毒虫を使って、憎い相手を殺したり、巨万の富を手に入れたりする呪術」

 呪術、って……。大体、飲み物を目の前にするような物じゃない。飲食物と毒とは、明らかに喰い合わせが悪い。

「それと、今の砂糖の関係は?」

「あら、理解出来なかったみたい」

 佐藤さんは肩をすくめて見せる。

「あのね、今はお砂糖で蠱毒をしているのよ」

「そうだね」

 やっぱりよくは分からないが、蠱毒をしているのだと言い切るのなら、そうなのだろう。砂糖には、毒虫程の強力な何かが入っている訳ではないが。

「溶けきれずに残ったお砂糖が、一番強くて尊いの」

 いや、それ、残ったのは飽和状態になっちゃって、もう溶かせなくなってるだけなんじゃないの?

 疑問は、彼女の微笑みの前では無意味だ。僕はそっと口を噤んだ。

「一番最後に、溶けきらなかったお砂糖が一番強いのよ?」

 にっこり。

 そうして彼女は、10個目の角砂糖を紅茶に入れて混ぜた。

 僕と佐藤さんの前に、甘い紅茶と苦いコーヒー。相反する二つの飲み物が鎮座している。

「あら素敵、出来上がったわ」

 佐藤さんは、ティーカップからティースプーンを取りだした。スプーンの上には、煌めく琥珀色の液体と、キラキラと光る白い粉。

 すなわち、蠱毒の頂点に立った砂糖だ。

「どうぞ」

「え?」

 彼女がティースプーンを僕の方へと向ける。丁度、あーん、の形だ。

「あら、さっき言ったでしょう? 蠱毒は呪術だ、って」

「僕を呪い殺したいの?」

「まさか!」

 彼女は心底可笑しそうに笑う。

「恋のおまじないも、呪術の一つでしょう?」

 ……。

 …………。

 理解するまでに、暫しの時間を要した。つまり、そういう事か。

 僕は差し出されたティースプーンの、蠱毒で勝ち抜いた砂糖を口にした。

 じゃり、と、溶けきらない砂糖特有の食感を、苦いコーヒーで流す。

「おまじないの効果はどうかしら?」

「これはもう、覿面に効いたね」

 神霊化された砂糖は、この上なく甘い。

「よかったわ」

 佐藤さんは微笑みを浮かべて、ようやっと紅茶に口をつけた。きっと、冷めてしまっているだろう。

「とっても甘いわね。蠱毒の後の紅茶は」

 ペロっと舌を出す様は、魅力的。

「ところで、おまじないの効いた私の恋人さん」

「何かな?」

 恋人というフレーズに照れくささを感じながらも問い返す。

「コーヒーを一口、下さらない?」

 初めてのおねだりは、可愛らしい。蠱毒などと口にした人と同一だとはとても思えなかった。

 僕の答えは決まっていた。

「苦いけど、それでもよければ」

 テーブルの上。甘い紅茶と苦いコーヒー。位置はすり替わって、あっという間に僕の前には甘い紅茶。

 さて、この甘いお茶を飲むのは骨が折れそうだ。あるいは、骨に沁みそう、とでも言うべきか。

 それでも僕は、コーヒーカップに指を掛けた彼女と同じような格好で、ティーカップに指を掛けたのであった。 
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