精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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一章

1-1 オレ、どの時代にでも戻れるのなら甘い物の原料を消して歩く

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 汽車というものが、この世に出来てどのくらい経っただろうか。オレはその乗り物の座席にぐったりと凭れ掛かり、虚ろな視線をさまよわせながら思った。

 オレは、人間を運搬する人工物が嫌いだ。
 もしどんな過去にでも行けると言うのならば、汽車やら船やらの出来る前に行って、設計図でも破り捨ててやりたい位だ。皆人生生き急ぎすぎだろ。
 大体の事は自分の足で歩けばどうにかなるのだから、肉体強化の一環として人類は汽車よりも徒歩を推奨するべきであると、オレは声を大にして言ってやりたい。船にしたって、泳げばどうにかなるんだ。
 が、それを口にするには今は気分が悪すぎた。何しろ、乗り物酔いの最中なのである。

「ねえ、ルト!」

 無駄に元気な声が、オレの耳から侵入する。何とか視線を向けると、片胸を両手で包んでも余りそうなほどの巨乳が、ぷるんぷるんと汽車の振動で揺れてた。
 今だけは、汽車の事をほんの少し愛せそうだ。良い眺めだけど、乗り物酔いが……キツイ。
 巨乳の主は、幼い声で「クッキー食べる?」と尋ね、甘ったるい匂いのする袋をオレに近付けた。
 あ、もう無理だわ。

「……オレ、おわった」

 オレ、どの時代にでも戻れるのなら甘い物の原料を消して歩く。
 苦手な乗り物で酔った状態で、苦手な甘い物を差し出された状況で、意識を保っていられる方法を知っている奴がいたら、今すぐ教えて欲しい。

 というか、何でこんな事になったんだっけ……何で、汽車に乗って甘いものが目の前にある状況に、な、ったん、だ……。

   ***

 ひと月前の五月にも、今日のように汽車に揺られていた。吐き気と焦燥感、それから未来への漠然とした不安が全て倦怠感としてオレに襲い掛かり、とっとと目的地に着く事だけを望んでいたものである。

「あのぉ、相席、いいですか?」

 ボックス席に妹と座っている時だった。その巨乳が現れたのは。
 巨乳にかかる程度の、ミルクチョコレートのような甘さ漂う癖っ毛の少女は、幼い顔立ちと小さな身長によって年齢不詳だ。今後の伸びしろに期待をしたい程度の身長のオレよりもあきらかに小さいのだから、相当なミニマムサイズである事が分かる。

 が、巨乳。たゆんたゆん。そんな年齢不詳の彼女は、更に年齢を惑わせるピンクのリュックサックを背負ってニコニコ笑っていた。

「あぁ、どうぞ」

 この世を儚んだ態度のオレの代わりに、妹のスティアが答えて、自分の隣の空席を叩く。こういった態度を、世の中ではイケメンと呼ぶらしいと言うのは、ここ数日でようやっとわかった所だ。

 というのも、地元で就職してはクビ――もとい、地元で自分に合った職業が見つからないオレは、学校を卒業して一年も過ぎた頃には、自分探しと地元以外での就職活動をしていた。
 そんなオレのせいで地元就職が出来ないと現実を見せつけられた妹もまた、オレと同じように地元以外での就職活動をしていた。
 その過程で、妹だけは時々「イケメン」と呼ばれていたのである。……悪魔、という呼び名もあったが。
 まぁ、悪魔はともかくとしても、どう考えたっておかしい。妹とオレの外見はとてもよく似ていて、平均的な顔に、黒い髪。風を連想させる青と緑の間の色をした碧眼。違いと言えば、妹は髪が長いのでポニーテールにしている事くらい。
 それなのに、妹だけがイケメンと呼ばれ、オレにはモテる兆しの一つも見られない。

 ……尤も、二人揃って就職活動は難航していたのだが。スティアだって、どうせモテるのなら就職活動に有効になる状況でモテたい事だろう。

「よいしょ、っと」

 巨乳のちびっこは、リュックサックを下ろして、スティアの隣に腰かける。

「この汽車って、クヴェル街に行きますよね?」
「あぁ、私達もそこに向かうつもりですよ」
「あー、よかったー! あたし、就職活動真っ最中何ですけど、迷子になって大変だったんですよぉ」

 就職活動という単語に反応して、オレは相手の巨乳をマジマジと眺めた。そりゃあもう、これ幸いにと。
 胸元の開いた服で、胸の間には深い谷底。これは妹には一生かかっても出来る予定の無いものだ。だが、オレが確認しているのはそれではない。
 右の鎖骨の下。ここに、花びら型の痣があるかどうかである。

「んげぇ……」

 確認すると同時に、オレの口からは誰が聞いても嫌そうだとしか思えないであろう声が出た。これに関しては、内容物が出なかっただけマシだと受け取って貰いたいのだが、声が出た原因は巨乳のちびっこの痣にあった。

 ここ数十年で爆発的に増えた『魔法使い』の証明。これは、胸の痣で確認出来る。
 花びらの数により使える魔法の強さなどが変わり、枚数が多い程に社会的な立場が良くなるのだ。1枚から13枚まであり、名前と苗字の間に枚数が入る。多くなればなるほど、人口も少ない。
 それでこいつはといえば、10枚だ。魔法使いの中でも、10枚から上は大魔法使いと言われ、職場や学校での待遇がかなり良くなるのである。
 オレが出てきた村でも、同窓生に10枚はいた。威張り腐っていてムカツク奴だった。
 前の職場にも10枚がいた。威張り腐っててムカツク奴だった。
 その前の職場には11枚がいた。威張り腐っててムカツク奴だった。
 更にその前の職場には……もう、止めよう。自分の胃袋を締め付けるような事を考えたって、仕方がない。

「ふむ。実は私達も就職活動中なんですよ」
「そうだったんですかー! ごきょーだいですか?」
「まぁ、そうですね」
「じゃあ、じゃあ、お姉さんはあたしの1歳上とか? あ、あたし、16歳なんですけど」

 巨乳ちびっこ大魔法使いは、ちびっこ部分とも巨乳部分ともかけ離れた年齢を口にした。
 この国では、16歳とは成人である事を指す。5~15歳までは義務教育。それを終えて卒業すれば成人だ。

 だがこいつはどうだろう? おおよそ成人しているようには思えない程顔や声は幼く、成熟した巨乳は16歳にはあまりにも重く見えたのである。
 だが、それとこれとは話が別だ。どんなに巨乳であっても、オレの事を弟と間違えやがるのは、とてつもなく失礼な事だ。オレはスティアの兄なのだ。兄なりのプライドというものもある。
 これは、いかなる巨乳も侵略の出来ない部分だと思う。

「……ぷっ、くくくっ」
「おい、スティア。笑うな。お前に向けて胃液を吹きかけるぞ」
「いや、こいつは私の兄で……ぷふっ、私は、10月の誕生日を迎えれば、貴女と同じ16歳、です……くくくっ」
「あわわ、これは大変失礼しましたぁ!」

 クソッ、スティアめ。マジで吹きかけるぞ。吹いた物に自分でも気持ち悪くなって共倒れするだろうが、この際構わない気すらしてくる。

 巨乳ちびっこ大魔法使いはといえば、自分の間違いに気が付いたようで、オレに対して申し訳なさそうに頭を下げた。頭を下げてもなお、巨乳の谷間が目に入る。
 グッジョブ、前屈み。弟と勘違いした事は、谷間に免じて一度だけ許してやろう。
 オレは吐き気に負けそうになりながらも、そんな事を思った。スティアはその光景を見ながらオレを睨んでいる。
 どうやら巨乳に対する恨みの視線を本人に向ける訳にはいかず、代わりにオレへと向けているようだ。八つ当たりも良い所である。
 お前が貧乳なのは、母に似たんだ。恨むなら母の貧乳を恨め。

「ごめんなさい」

 巨乳ちびっこ大魔法使いは、もう一度謝るとリュックサックへと手をかけた。そのまま「あれ? ない。こっちにもない」なんぞと、がそごそと漁ると、やがて「あった!」と弾んだ声をあげた。
 そしてリュックサックの中から、やたらと可愛らしいラッピング包装された、不穏な物体を取りだした。なにこれ怖い。

「これ、お詫びの品です。あげる!」

 彼女は、オレにその不穏な塊を差し出す。オレの不穏と言う勘はどうやら当たっていたようで、ふんわりとした――もとい、むせ返るような、強い吐き気をもよおす糖分と脂肪分の塊に、オレは意識をどこかに飛ばしそうになる。いや、飛ばす。確定事項だ。

「あぁ、終わった」

 渡された物体は、クッキーである事は確かだったと思う。
 好きな人ならば、どこの店の物だとかどんな味の物だとか、香りだけで判断する事が出来ただろう。残念ながらオレの身体は、味覚としての甘味も嗅覚としての甘味も、受け付けやしないのだが。
 徐々にオレの意識は薄れていく。確定事項と言う名の未来予知がちゃんと出来ていた証拠だ。
 何の事は無い。未来予知は乗り物酔いと甘い香りによって今後起こされるであろう肉体的、あるいは精神的損傷を読み解く事で出来るようになる。やってみたい人は、是非試してみて欲しい。
 ただし、こう付け加えておく。ラッピングの中身のクッキーと同じように、意識も粉々に砕かれる事が多々あるので気を付けろ。今のオレみたいにな。

 意識が消える間際のオレの耳には、巨乳ちびっこ大魔法使いの申し訳なさそうな声と、悪魔のような妹の笑い声だけが残った。
 魔王にでもなりたいのか、スティア。

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